The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
黄金島での戦いを終えた後の翌朝。
拠点として与えられた家の寝室には、窓から差し込む柔らかな朝日が、穏やかな一日の始まりを告げていた。鳥のさえずりが、どこからか聞こえてくる。
「ん……あさ……?」
朝日で目覚めたアキシャは大きな欠伸を一つすると、眠たげな目をこすりながら、ゆっくりと身体を起こす。ベッドから降り、軽く身体を伸ばすと、関節がポキポキと音を立てた。隣のベッドではエクアルが既に身支度を整え始めており、艶やかな黒髪を丁寧に櫛で梳いていた。
「おはよう、お姉ちゃん」
「ん……おはよ……」
アキシャはまだ少しぼんやりとした頭で返事をする。彼女も決して朝に強い方ではないのだ。
エクアルは、もう一つのベッドで布団に頭まですっぽりとくるまり、すやすやと穏やかな寝息を立てているラビリアに優しく声をかけた。
「ラヴィ、朝よぉ。起きてぇー」
しかし、布団の中のラビリアは「んー……あと、一時間……ねむい……」と寝言のような返事をすると、もぞもぞと動き、さらに深く布団の中に潜り込んでしまう。
「もう……相変わらずなんだから」
エクアルがやれやれと肩をすくめている。その様子を、欠伸を噛み殺しながら見ていたアキシャが、クククと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
アキシャは音もなくベッドを抜け出すと、猫のように静かな足取りでラビリアのベッドに忍び寄る。そしてその背後からそっと、布団の中に身体を滑り込ませた。温かい布団の中、無防備に晒されているラビリアの寝間着の裾から、そろりと手を差し入れる。次の瞬間――
「ん……ふふっ……あっ……きゃはははっ! や、やめて、アキシャ……! くすぐったい……! あっはははは!」
アキシャは容赦なく、ラビリアの脇や脇腹、そして太ももの付け根の柔らかい部分をくすぐり始めた。突然のくすぐり地獄に、ラビリアは堪らず甲高い声を上げて笑い転げる。じたばたと暴れるが、布団の中では上手く抵抗できない。時折、吐息交じりの少し色っぽい声が漏れるが、アキシャはお構いなしに指を這わせた。
「ふふっ……あははっ! もう、やめ……!」
「起きねぇお前が悪いんだろー?」
しばらくして、ようやくアキシャの攻撃が止むと、ラビリアは涙目でぜえぜえと息をしながら、布団から顔を出した。寝癖で跳ねた淡い桃色の髪が、彼女の不機嫌さを物語っている。
「……ひどいよ、アキシャ……最悪の目覚め……」
じとりとした恨みがましい視線で、ラビリアはアキシャを睨みつけた。
「へへっ、起きねぇのが悪いんだろ?」
アキシャは悪びれる様子もなく、けらけらと笑うのだった。
※※※
三人はリビングで朝食をとる。少し不機嫌そうだったラビリアも、甘いジャムがたっぷり塗られたパンを頬張ると、すぐにいつもの調子を取り戻していた。
食後、食器を片付けながらエクアルが提案する。
「今日は少し休息日にしましょうか。昨日までの戦いで手に入れた物資の整理もしたいし、神器の使用感を一度確かめておいた方がいいと思うの」
その提案にアキシャとラビリアも賛成した。昨日の戦闘でそれなりに身体は疲れているし、手に入れたばかりの神器の性能も気になるところだった。
三人はこれまでの島攻略で手に入れた神器を、リビングの大きなテーブルの上に並べていく。ペンギン飛行船で見つけた「Log4Shell」と「シンプルグレネード」。それに加えて、デーモンアイ島や黄金島などで新たに入手した五つの神器があった。
一つは、なんとも形容しがたい赤紫色をした、干し肉のような塊。
一つは、杖の先端に渦潮を模した美しい装飾が施された、水色の杖。
一つは、骨組みに淡い桃色の絹が張られ、満開の桜が描かれた、雅な扇子。
一つは、先端に雷を思わせる黄色い宝石がついた、小ぶりな杖。
そして最後の一つは、畑仕事に使うにはあまりにも立派すぎる、黄金色に輝く鍬。
エクアルは「見通しの書」を使い、それぞれの神器の名称と効果を読み上げていく。
「まず、このお肉は……『ナゾの肉』。食べると狂気的な力がみなぎる……ですって」 「神器って言ってたが……一応食いもんなのか? 見た目もかなり毒々しいぜ?」
アキシャが怪訝な顔で謎の肉塊を摘まむ。
「次にこの杖は『渦潮の杖』。振ると渦潮を発生させるそうよ、水辺だと効力が高まるみたい」
「へぇ、水中戦とか船の上での戦いで使えそうだねー」
ラビリアがその杖の美しい装飾に見入りながら呟いた。
「こちらの扇子は『ハルウララ』。扇ぐと春のそよ風を起こす……と」
「地味だな……。それ、戦いで役に立つのか?」
扇子をぱらぱらと開閉させたアキシャが訝しげな目でその扇子を確かめる。
「この小さな杖は『サンダー・レイ』。指定した地点に雷を落とすことができるみたい」 「おー、これは強そう! ピンポイント攻撃ができるなら、使い勝手も良さそうだし」
その小さな杖の先端に埋め込まれた黄色い宝石を、ラビリアは食い入るように見つめ、脳内で様々な運用方法をシミュレーションしているようだった。
「そして最後は……『豊穣の鍬』。骨粉……アンデッドから採れる素材ね、それを消費することで、作物の成長を促進するらしいわ」
「……これは私たちよりも、島の人達に使ってもらったほうが良さそうかなー」
ラビリアの言葉に、アキシャとエクアルも頷いたのだった。
※※※
「よーし、じゃあ早速試してみるか!」
アキシャは、テーブルに並べられた神器の中から、真っ先にあの奇妙な「ナゾの肉」を手に取った。
「ちょ、お姉ちゃん! いきなりそれを食べる気!?」
「おうよ! 神器の使用感は試しておいたほうがいいだろ?」
エクアルの制止も聞かず、アキシャは躊躇なく、紫色の干し肉を大きな口で咀嚼し、飲み込んだ。
「……ん? 意外と美味い……? いや、なんか……腹の底から力がみなぎってきたぞ!」
次の瞬間、アキシャの身体から、禍々しい紫色のオーラが、まるで炎のように立ち昇った。彼女の瞳は爛々と輝き、その口元は好戦的な笑みに歪んでいる。
「力が……湧き上がってくるぜぇ!」
彼女はその有り余る力の発散場所を求めるように、庭に置かれていた訓練用の丸太へと駆け寄ると、何の躊躇もなく、拳を叩き込んだ。
ゴッ、と鈍い音が響き、次の瞬間、丸太は凄まじい衝撃で木っ端微塵に砕け散った。
「うぉ……やべっ」
我に返ったアキシャが、呆然と自分の拳と丸太の残骸を見比べる。その傍らでエクアルとラビリアは完全にドン引きしていた。
「……お姉ちゃん、それ、もう二度と食べないでね?」
「うん……私もそう思う……。というか、あの肉、本当に大丈夫なの……?」
次にラビリアが、美しい桜が描かれた扇子「ハルウララ」を手に取った。
「じゃあ、私はこれにしよっかなー。春のそよ風、だってさ」
彼女は優雅な仕草で扇子を開くと、試しに軽く、ふわりと扇いでみる。すると、扇子の動きに合わせて、心地よい春風のような風が巻き起こった。
「……うん、普通だね。もっと強く扇いだらどうなるんだろ」
ラビリアは少し力を込めて、扇子を素早く数回扇いだ。すると、風は渦を巻き始め、彼女の目の前に小さな竜巻となって立ち昇った。竜巻は周囲の落ち葉や小石を巻き上げ、数秒間その場に留まると、ふっと消えていった。
「おー……! 見た目によらず、結構な威力。使い方次第では、目くらましとかに使えそうだねー」
ラビリアは扇子の意外な力に少し驚きながらも、満足げに頷いた。
「おー、すげぇじゃん! ちょっと貸してみろ!」
まだ「ナゾの肉」の効果が残っているのか、妙にテンションの高いアキシャが、ラビリアの手からひったくるように「ハルウララ」を奪い取った。そして、先ほど丸太を粉砕した膂力を込めて、扇子を全力で扇いだ。
――ゴオオオオオッ!!
春のそよ風とは到底言い難い、凄まじい暴風が巻き起こる。その風は、エクアルとラビリアの二人に真正面から吹き付けた。
「きゃっ!?」
「わわっ!?」
暴風は容赦なく彼女たちのスカートの裾を大きくはためかせ、一瞬、隠されていたものと白い素肌を露わにした。
咄嗟に顔を庇う二人。そしてその暴風は容赦なく彼女たちのスカートの裾を大きく捲り上げ、一瞬だけ……隠されていたものとしなやかな白い太ももが露わになる。二人は慌ててスカートを押さえ、アキシャを睨みつけた。
「お姉ちゃん!!」
「もうー、アキシャ……」
「へへっ、わりぃわりぃ! 思ったより風強ぇな、これ!」
悪びれもなく笑うアキシャに、今度はラビリアが仕返しとばかりに『サンダー・レイ』を手に取った。
「……アキシャ、ちょっとこっち来て」
「あ? なんだよ」
「ちょっとだけねー」
ラビリアがアキシャに向かって、にっこりと微笑みながら杖を向ける。その杖先に魔力を込めると、先端の黄色い宝石が激しく明滅し始めた。
「あっ、待ってラヴィ、それはまずいんじゃ――!」
エクアルの制止も虚しく、ラビリアは躊躇なく魔力を解放した。
――バチィィィン!!
アキシャのすぐ横の地面に、小規模ながらも鋭い雷が落ち、土を黒く焦がした。
「うおっ!? てめぇ、本気でやりやがったな!?」
「ふふっ、アキシャが先にやったんでしょー?」
「上等だ! その杖と扇子、どっちが強いか勝負だ!」
「望むところ!」
そして庭先で「ハルウララ」を持ったアキシャと、「サンダー・レイ」を持ったラビリアによる、神器を使った熾烈な争いが始まってしまった。
「二人とも、いい加減にしなさぁぁい!」
エクアルが怒りの声を上げるが、完全にヒートアップした二人のじゃれ合いは止まらない。
そこでエクアルは、最終手段とばかりに「渦潮の杖」を手に取り、近くにあった水桶に、その先端を勢いよく突っ込んだ。
「こうなったら……!」
彼女が杖に魔力を込めると「ゴボゴボゴボ……!」と不気味な音を立てて、水桶の中に小さな、しかし強力な渦潮が発生した。渦潮はみるみるうちに勢いを増し、中の水を竜巻のように巻き上げ、勢いよく周囲に撒き散らし始めた。
突然の水のシャワーにアキシャも、ラビリアも、そしてもちろんエクアル自身も、あっという間にびしょ濡れになってしまった。
「「「…………」」」
三人は、ずぶ濡れのまま顔を見合わせる。アキシャの髪から、エクアルの頬から、ラビリアの鼻の先から、ぽたぽたと水滴が滴り落ちる。その滑稽な姿に、最初に吹き出したのはアキシャだった。
「ぶはっ! なんだそりゃ!」
「ふふっ……あはははっ!」
「もう……! ふふふっ」
そんな三人の笑い声が、穏やかな昼下がりの空に響き渡った。
※※※
一通り神器で遊び終え、びしょ濡れのままリビングに戻った三人は、反省会を開いていた。
「……『ナゾの肉』は、なんかヤバそうだから封印だな。下手に食ったら暴走しそうだ」 「うん、あれは常用しちゃダメなやつだねー。ちょっと面白かったけど」
「『ハルウララ』と『サンダー・レイ』は使い方次第かしら……。『渦潮の杖』は一応、陸地でも使えるから、戦いにも役立ちそうね」
そして、最後に残った金色の「豊穣の鍬」について話し合う。
「これは、やっぱり私たちには必要ないわね。戦闘には使えそうにないし」
「うん、農家の人とかにあげたら喜ぶんじゃないかなー。交易島の人たちには、色々お世話になってるしね」
三人の意見は一致した。
着替えを済ませた後、三人は交易島で畑が広がっているエリアへと向かった。そこで、黙々と畑を耕している一人の農夫に声をかけ、「豊穣の鍬」を譲りたいと申し出た。
農夫は最初、見慣れぬ少女たちからの突然の申し出に恐縮していたが、神器の効果を知るとその表情を目一杯に輝かせ、深々と頭を下げて鍬を受け取った。
「こ、こんな素晴らしいものを……! ありがとうございます! 本当に、ありがとうございます! これさえあれば、今年の収穫は安泰です!」
農夫は改めて三人に何度も感謝を伝えた。
「あなた方のおかげで、盗賊から襲われる心配もなくなりましたし、こんな素晴らしい鍬まで頂いて……あなた方はこの島の勇者です!」
「いやぁ……まだそれほどの事はしてねぇよ」
「いえいえ、そんなことはありません! あなた方が来てくだすったおかげで、島のみんながどれだけ救われたことか! これで安心して、畑仕事に打ち込めます。本当に、ありがとうございます!」
島民からの純粋で、温かい感謝の言葉。それは、どんな高価な報酬よりも、三人の心を温かく満たした。
この世界を守るという、漠然としていた使命が、少しだけ具体的な形をもって感じられた瞬間だった。