The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
白い弾丸となって眼下の浮島へ飛び出したアキシャは、空中でしなやかに身体をひねり、寸分の狂いもなく草地に着地した。土と草の匂いが、新たな世界の訪れを改めて実感させる。想像していたよりも身体が軽く、それなりの距離を跳躍できたことに彼女自身が少しだけ驚いていた。
「おっ? 思ったり跳べるみたいだな」
能力解放度がとんでもなく低くても、彼女たちの種族由来のとんでもない身体能力は健在らしい。アキシャが安堵の息をついた直後、影がふわりと隣に落ちる。より軽やかで、音すらもほとんど立てないほど完璧な着地。淡い桃色の髪を揺らしながら、ラビリアがそこに立っていた。
「ふふっ、なかなかやるねアキシャ」
「へっ、お前もな!」
二人が拳をこつんと突き合わせたところに、少し遅れてエクアルが舞い降りる。姉や幼馴染とは違い、その着地はどこまでも慎重で、周囲への警戒を怠らない。彼女は乱れた黒髪をかきあげながら、呆れたように腰に手を当てた。
「もう……! 無茶はしないでって言ったでしょ、お姉ちゃん!」
「大丈夫だって! これくらい、どうってことねぇから」
エクアルはまた溜息を吐くと、その場で何度か飛び跳ねてみて、冷静に分析し始める。
「……どうやら、この世界は私たちがいた場所より、少し重力が弱いみたいね。だから、問題なく跳べるみたい」
「ああ、なるほどな。道理で身体が軽いわけだ」
アキシャが納得したように頷いていると、隣でラビリアが魔道具を使って簡単な雷魔法の行使を試していた。
「マナの質もやっぱり違うね。なんだろう……すごく気まぐれっていうか、掴みどころがない感じ」
「ええ、そうみたい。魔力を練ろうとしても、上手く馴染んでくれないわ。こちらの意図を弾いてくるような……そんな感覚があるの。この世界で魔法を行使するには、まずこのマナの癖を理解する必要がありそうね」
エクアルが真剣な表情で語る。特に日常的に魔法を扱う彼女にとって、魔法が使えるかどうかはかなり重要かつ深刻な問題なのだ。
だが、そんな小難しい話に、アキシャがいつまでも付き合っていられるはずもなかった。
「よく分かんねぇが、動きやすいならそれでいい! ラビリア、あそこまで競争だ!」
「望むところだよー」
アキシャは不敵に笑うラビリアの返事を聞くやいなや、再び大地を蹴った。彼女を追って、ラビリアも駆け出す。
二人のウサギは、天空の遊戯に興じるかのごとく、次々と浮島を渡っていく。アキシャは力強く、最短距離を直線的に突き進むのに対し、ラビリアは垂直に近い岩壁を蹴って三角飛びをしたり、空中でくるりと回転したりしてアクロバティックな動きでアキシャを追う。その様は、まるで対照的な二羽の蝶が戯れているかのようだった。
「待ちなさい二人ともー!」
エクアルの悲鳴にも似た声が、どこまでも広がる蒼穹に虚しく響き渡っていった。
※※※
暫く小島を跳んで渡っていると、三人はやや開けた草原が広がる島に降り立った。そこは、今までの荒涼とした遺跡や、切り立った岩肌の島々とは打って変わって、驚くほど穏やかな空気に満ちていた。
柔らかな風が草の海を揺らし、心地よい音を奏でている。そして、そこかしこから聞こえてくる「メェー」という気の抜けた鳴き声。声の主は、丸々と太った羊たちだった。彼らは三人の来訪を気にするでもなく、ただ黙々と、あるいはのんびりと草を食べている。
「なんだこいつら、食えるのか?」
アキシャが物珍しそうに、一匹の羊にそろりと近づく。羊はアキシャを一瞥したが、特に恐れる様子もなく、再び地面に顔を戻した。あまりの無防備さに拍子抜けしながら、アキシャはその丸まった背中、分厚い羊毛をぽんと叩いてみる。「ボフンッ」と鈍い音がして、彼女の手は手首まで、その純白の毛に沈み込んだ。
「うわっ、すっげぇフワフワ!」
その想像を絶する弾力と柔らかさに、アキシャは子供のようにはしゃぎ、羊毛をわしゃわしゃと撫で回した。羊は少し迷惑そうにしながらも、されるがままだ。
その隣で、ラビリアは別の羊の毛を少量摘み取り、その強度や質感を確かめている。
「この弾力……すごいね。何かに使えないかな……そうだねぇ、この毛を編んでロープ代わりにすれば、万が一の時に役立つかも」
彼女の探究心は、どんな時でも尽きることがない。二人の様子を少し離れた場所から見ていたエクアルは、安堵のため息を漏らした。
「……随分と人懐っこいのね。少なくとも、敵意はなさそうで助かったわ」
束の間の平穏。エクアルはこの隙を利用して、先ほどから気になっていた、この世界の「マナの操作」を試みることにした。彼女は静かに目を閉じ、意識を自身の内側へと集中させる。すると、周囲に満ちる無数の光の粒子――マナが、彼女の存在に気づいたかのように、その周りに集まってきた。
エクアルが自身の魔力で、そのマナにそっと触れようとする。普段ならば、マナは術者の意のままに従うだけのエネルギーに過ぎない。だが、この世界のそれは違った。
周囲のマナはただ従うだけでなく、反応のようなものを返してきたのだ。まるで、こちらの存在や、手に持つ杖を興味深げに吟味するかのように、彼女の魔力に触れてくる。
「なるほど……。扱うんじゃなくて、触れたり、手懐けたり……そうやってマナと打ち解けていく必要があるのかもしれない。まるで……精霊ね」
エクアルは内心で、この世界の理を悟る。
それは、途方もなく繊細で、根気のいる作業になるだろう。だが、攻略の糸口が見えたことに、彼女は口元をわずかに綻ばせた。
※※※
羊たちに別れを告げ、三人は再び交易島を目指して島渡りを再開した。
先ほどよりも、明らかに三人の動きは軽くなっていた。早くもこの世界の独特な重力に慣れ、身体の動かし方のコツを掴み始めていたのだ。
アキシャの跳躍はより力強く、狙いが正確になり、ラビリアの動きはさらに変幻自在の軌道を描く。そして、最後尾を進むエクアルの着地は、羽のように静かで、一切の無駄がなくなっていた。
いくつもの小さな浮島を越え、ついに目的の島が眼前に迫る。
そこは三人が予想していた通り、人々の活気で満ち溢れていた。石で造られた素朴ながらも頑丈そうな家々が所狭しと立ち並び、屋根の上では大きな風車がゆっくりと回っている。島のあちこちから、人々の賑やかな喧騒が風に乗って聞こえてきた。島の縁に設けられた港らしき場所には、帆を畳んだ小柄な飛行船が数隻停泊しており、人々が忙しなく荷物の積み下ろしをしているのが見える。
「……よかった。ちゃんと、人の文明はあるみたいね」
エクアルがその光景を見て、ほっと胸を撫で下ろした。これならば、情報収集も期待できる。
ラビリアは目をきらきらと輝かせながら、辺りを見渡す。
「おー、先進的とは言えないけど、そこそこ賑やかな島だね。こういうところにはきっと面白い技術が眠っているはず……」
「折角だし、ウマい飯食おうぜ!」
腹を押さえながら、アキシャが快活に笑った。その意見には、二人も異論はないようだった。
三人は島の外れ、あまり人目につかない木陰の広場に着地する。
初めて見る人々の姿、初めて聞くこの世界の言葉。三人は少しの緊張と、それを上回る大きな期待を胸に、島の中心部へと続く石畳の道へ、その第一歩を踏み出した。彼女たちの、新たな出会いが、もうすぐそこまで迫っていた。