The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第20話 異形な植物の迷宮

 吹雪によって仲間たちとはぐれてしまったエクアルはただ一人、異様な紫色の植物――コーラスプランツに覆われた森を進んでいた。空気は薄く、高地にいるかのように呼吸が少し苦しい。

 

(お姉ちゃん……ラヴィ……無事でいて……!)

 

 不安を押し殺し、彼女は二人が目指しているであろう島の中心部へと向かう。強い呪いの気配が、進むべき道を指し示していた。

 やがて彼女はコーラスの巨木の真下にたどり着く。見上げるほどの巨木……その太い幹には、自然にできたとは思えない、内部へと続く洞穴のような入り口が、ぽっかりと口を開けていた。

 

「……やはり、この中ね」

 

 エクアルは意を決し、ハイドロスタッフを構えながら、巨木の内部へと足を踏み入れた。

 内部はコーラスプランツ自体が淡い紫色の光を発しているのか、明かりがなくとも、ぼんやりと視界が確保されていた。道は複雑に入り組み、上へあるいは下へと、迷宮のように続いている。

 エクアルは壁に片手を添え、極力物音を立てないように、慎重に上層階を目指して進み始めた。仲間との合流が最優先。無用な戦闘は避けたいところだった。

 

 しかしダンジョンの中には、これまでの森にはいなかった、新たな魔物が徘徊していた。

 それは、異常なまでに手足が長く、全身が影のように漆黒の身長3メートルはあろうかという長身の人型の魔物だった。その両目だけが、暗闇の中で妖しい紫色の光を放っている。

 エクアルは即座に「見通しの書」で確認する。

 

「……『エンダーマン』。空間を瞬間移動する能力を持つ、謎めいた魔物……非常に攻撃的だけれど、通常は敵意を示さない……。ただし、その瞳を直視すると……襲ってくる。比較的水に弱い」

 

 エクアルは息を呑む。目を合わせなければ安全。しかしこの薄暗いダンジョンの中で、あの不気味な紫色の瞳から視線を逸らし続けるのは至難の業だった。彼女はできるだけエンダーマンの姿を視界に入れぬよう、足音を忍ばせて静かに進む。

 

 ある程度、巨木を登ったところで、エクアルは通路の脇にある小部屋のような空間に、小さな祭壇のようなものが設えられているのを発見した。そしてその祭壇の上には、場違いなほど可愛らしい、イチゴと純白のクリームで美しくデコレーションされた、一切れのカットケーキがぽつんと置かれていた。

 

(ケーキ……? こんな場所に、どうして……。罠? それとも……神器かしら?)

 

 先ほどの「ブルーゼリー」の例もある。この世界の神器は、必ずしも武器や防具の形をしているとは限らない。エクアルは好奇心に抗えず、その小さなケーキに近づき、そっと手を伸ばしてみた。

 

 しかしエクアルの指先がケーキの柔らかなスポンジに触れた、まさにその瞬間だった。

 天井から、何の前触れもなく、黒い靄のような魔物――死霊の群れが音もなく現れる。

 

「!?」

 

 エクアルは咄嗟に身構えるが、既に遅かった。

 死霊たちが一斉に放った、呪詛が込められた矢の一本が、エクアルの右脇腹に深く突き刺さった。

 

「うぐっ……!」

 

 鋭い痛みと同時に、エクアルの視界が急速に暗闇に包まれていく。死霊の矢による、視界を奪う呪いだった。

 

「まずい……!」

 

 平衡感覚を失ったエクアルは、不運にもすぐそばにあった下り階段を踏み外し、バランスを崩す。

 

「―――っ!!」

 

 短い悲鳴と共に彼女の身体は、ダンジョンの暗く冷たい下層へと、為す術もなく落下していった。

 落下しながらも、彼女は必死に受け身の体勢を取ろうとする。ハイドロスタッフを握りしめ、水魔法で衝撃を和らげようとするが、視界が完全に奪われているため、地面がどこにあるのか、いつ衝撃が来るのか、全く分からない。

 ドンッ、という鈍い衝撃と共に、エクアルはダンジョンの最下層、硬い石の床に叩きつけられた。受け身はなんとか取れたものの、左足首に骨がきしむような激痛が走る。

 

「……っ、捻挫……したわね……。最悪……」

 

 視界を奪う呪いは一時的なものだったのか、数秒でエクアルの視界はゆっくりと戻ってきた。だが目の前に広がっていたのは、絶望的な光景だった。

 彼女が落下した場所は、エンダーマンの巣窟のような場所だったらしい。周囲には、十体弱ものエンダーマンが、まるで柱のように静かに佇んでいた。

 そして落下してきたエクアルの存在に気づき、ゆっくりとその黒い巨体をこちらへと向ける影たち。そのうちの一体とエクアルの視線が、不運にも真正面から、ばっちりと交わってしまった。

 

 ――ギギギ、ギャアアアアアアアッ!!

 

 エンダーマンは黒板を爪で引っ掻くような、気味の悪い叫び声を上げながら、その異常に長い腕を振り上げ、エクアルに襲いかかってきた。他のエンダーマンたちも、次々と敵意を剥き出しにし、エクアルを取り囲むように動き出す。

 

(このままじゃ……やられる!)

 

 絶体絶命。足の痛みと迫りくる死の恐怖に、エクアルの心が折れかけた、まさにその時だった。

 彼女は咄嗟に、落下する直前に掴んでいた、あの可愛らしいケーキを祈るように胸の前で掲げた。

 

(お願い……! 何か起きて!)

 

 するとポンッ、という場違いなほど軽やかな音と共に、エクアルの隣にふわりと人影が出現した。

 それは黒と白で構成された、シックで機能的なデザインのメイド服に身を包み、腰にはホルスターに収められた物々しい二丁の大型拳銃を携えた、銀髪の美しい少女だった。

 

「……あなたは?」

 

 エクアルは困惑しながらも、「見通しの書」で手にしたケーキの情報を確認する。

 

『名前:コール:メイド』

『説明:銃火器を扱うメイドを一時的に召喚する神器。召喚されたメイドは術者の指示に従うが、言葉を発することはない。一定時間で消滅する』

 

 召喚されたメイドは、美しい顔に何の表情も浮かべないままエクアルを一瞥すると、即座に状況を理解したようだった。彼女は流れるような動作で腰の拳銃を抜き放つと、迫りくるエンダーマンたちに向かって、躊躇なく引き金を引いた。

 

 ダダダダダッ!!

 

 けたたましい銃声が、静かだったダンジョンに響き渡る。メイドが放つ弾丸はエンダーマンの硬い皮膚を貫き、確実にダメージを与えていく。

 そのメイドは驚異的な射撃精度で次々とエンダーマンを撃退していく。言葉こそ発しないが、その背中からはエクアルを守るという強い意志が感じられた。

 エクアルはその隙に自身の足に治癒魔法を施し、痛みを和らげる。まだ完治とはいかないが、なんとか立ち上がれるくらいには回復した。

 

 しかし、説明通りメイドの召喚時間には限りがあった。激しい戦闘の末、数体のエンダーマンを倒したものの、メイドの身体が徐々に透き通り始め、やがて光の粒子となって、静かに消えてしまった。

 再びエンダーマンの脅威に晒されるエクアル。だが彼女の瞳には、もう絶望の色はなかった。先ほどのメイドの奮闘が彼女に勇気を与えていた。

 

「……水の苦手なあなたたちに、これはどうかしら!」

 

 エクアルはハイドロスタッフを構え、周囲に水の礫を乱射する。エンダーマンは水に触れると、まるで火傷でもしたかのように苦しみ、身を捩らせて動きが鈍る。

 エクアルはその隙に持ち前の跳躍力を駆使し、壁を蹴り、足の痛みを堪えながら、必死に上層階へと向かってダンジョンを駆け上がる。

 

 だが、残念ながらそれだけでは、エンダーマンたちを振り切ることはできなかった。エンダーマンは不気味な音と共に、エクアルの近くに瞬間移動すると、腕を振り上げて執拗に襲いかかってくる。

 さらに先ほどエクアルを落下させた死霊たちも、上階から弓矢で彼女のことを狙い撃ってきていた。

 

 エクアルは必死に応戦する。ハイドロスタッフで水の刃を放ち、「Log4Shell」でポーチにしまっておいた木片を何発も撃ち出す。だが足の怪我の影響もあり、徐々に動きが鈍り、追い詰められていく。

 そしてついに……彼女は行き止まりの通路へと追い込まれてしまった。

 

「……まだ、諦めないから!」

 

 しかしそんな状況でも彼女はまだ瞳に希望を宿していた。

 最後の抵抗を試みようとエクアルが杖を構えた、まさにその時だった。

 

 ――ドゴォォォン!!

 

 背後の壁が凄まじい轟音と共に破壊されたのだ。

 

「エクアル! 無事か!」

「見つけたよ、エクアル!」

 

 粉塵の中から、聞き慣れた声が響いた。壁の向こうから飛び込んできたのは、息を切らせたアキシャとラビリア、そしてブレイブナイトの姿だった。

 

「お姉ちゃん! ラヴィ! ……それに、ブレイブナイトも!」

「話は後だ! こいつら、ぶっ飛ばすぞ!」

 

 アキシャはそう叫ぶとエクアルの前に立ちはだかり、迫りくるエンダーマンと死霊の群れに、猛然と斬りかかっていく。

 

 アキシャとブレイブナイトが前衛で敵を薙ぎ払い、ラビリアが後方から的確な援護射撃を行う。エクアルも回復した魔力で水魔法を放ち、エンダーマンたちの動きを封じた。

 形勢は一気に逆転した。エンダーマンと死霊たちは、三人の兎と一人の騎士の前に、成す術もなく倒されていく。

 

「私の妹を怪我させて……無事で帰れると思うなよ?」

 

 圧倒的不利な状況に怯えて逃げ出そうとするエンダーマンに、ドスの利いた声でアキシャは言った。刹那、背後から鋭い弧を描くように斬撃を放ち、その長い体躯をいとも容易く切り裂く。

 そして――エンダーマンと死霊たちは余すことなく、黒い灰となって消えてしまったのだった。

 

「ふぃー、なんとか間に合ったみてぇだな」

「無事でよかったー、危ないところだったね」

「ごめん……ありがとう……」

 

 エクアルの目に安堵の涙が浮かぶ。ふとアキシャの太ももを見ると……そこには、増殖靄によって爛れた生々しい傷跡が、痛々しく残されていた。

 

「お姉ちゃん……その足の傷、いつの間に……?」

「ん? ああ、お前らを探すのに必死ですっかり忘れてたな。大したことねぇよ。それより、お前だって結構ボロボロじゃねぇか。脇腹に矢まで刺さってやがる」

 

 彼女の言う通り、エクアルの右脇腹には未だに死霊の矢が刺さっており、服の隙間から血が滲み出していた。

 

「少し怪我の治療をした方が良さそうだねー。この後、何があるかまだわからないし」

 

 ラビリアの提案を受け、三人は比較的安全そうな壁際へと移動し、互いの傷の手当てを始めた。

 エクアルはまず、アキシャの太ももの傷にそっと手をかざす。淡い緑色の光が溢れ出し、爛れた皮膚を優しく包み込んでいく。

 

「……しみる?」

「……別に。それより、お前の方こそ大丈夫なのかよ」

 

 痛みを顔に出さないように努めているが、アキシャの声はわずかに震えていた。エクアルはそんな姉の強がりを理解しつつも、黙って治療を続ける。

 アキシャの治療が終わると、今度はラビリアがエクアルの脇腹の矢傷を手当てする。幸い、矢は深く刺さってはいないようだった。

 

「んー……よし、こんなもんかな。エクアル、動ける?」

「ええ、ありがとう、ラヴィ。もう大丈夫よ」

 

 互いの無事を確認し合い、三人は安堵の息をついた。

 

「主様たちが無事そうでよかったー! 敵は来てないから大丈夫だよ!」

「うん。見張りありがとうねー、ちび騎士くん」

「よし! あとはてっぺんまで行くだけだな!」

 

 アキシャの合図と共に三人と一人の騎士は、巨木の最上階へと向かう。

 道中にはエンダーマンが幾らか徘徊していたが……視線さえ合わせなければ、特にこれと言って攻撃してくる気配もなかった。

 そして、何事もなく巨木の最上階に到達する。

 

 そこはこれまで登ってきたどの階層よりも広大な空間だった。天井は高く、壁一面に淡い光を放つコーラスフラワーが咲き誇っており、荘厳な雰囲気を醸し出している。そしてその広間の中央には、ひときわ大きく、禍々しいオーラを放つ祭壇が鎮座していた。

 

「……あった! あれね!」

 

 エクアルが指差す祭壇の上。そこに件の『呪われた神器』が突き刺さるように鎮座していた。

 

「よし、さっさと終わらせるぞ!」

 

 アキシャ、ラビリア、そしてブレイブナイトが警戒する中でエクアルは神器の前に静かに膝をつくと、目を閉じて強く意識を集中させた。

 エクアルの祈りに応えるように、彼女の身体が柔らかな金色の光に包まれる。その光は呪われた紅蓮の剣へと流れ込んでいき……禍々しいオーラを、少しずつ浄化していく。やがて呪いのオーラは完全に掻き消え、紅蓮の剣は禍々しさを失い、ただそこにある美しい剣としての輝きを取り戻した。

 同時に、巨木全体を覆っていた呪いの気配が、霧散するように消え去っていったのだ。

 

「……ふぅ。終わった、みたいね」

 

 エクアルは安堵の息をつき、ゆっくりと立ち上がった。

 

「色々と大変だったな……だが、結果良ければ全て良しだ!」

「んー、ひと仕事したねー。帰ってシャワー浴びたいなぁ」

 

 アキシャは肩を回し、ラビリアは伸びをする。ブレイブナイトも「お疲れ様!」と元気よく声をかけてくれた。激闘の後の疲労感はあったが、それ以上に仲間と再会して共に試練を乗り越えた達成感が、皆の心を温かく満たしていた。

 

「よし……それじゃあ、交易島に帰りましょうか!」

 

 こうして、コーラスフラワー島での激戦は幕を下ろしたのだった。

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