The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
コーラスフラワー島での激闘から一週間ほどの時が流れていた。
交易島にある拠点のリビング。三人はテーブルに広げられた古びた地図を囲みながら、朝食後の穏やかなひとときを過ごしていた。地図の上には彼女たちが踏破し、浄化を終えた島々を示す赤い×印が、いくつも書き加えられている。
「……ここ一週間、結構な数の島を回ったわね」
エクアルが感慨深げに、地図に書き加えられた印を指でなぞりながら言った。その声には確かな達成感が滲んでいる。
「まぁな。ちょいちょい追い込まれはしたが、なんとかなって良かったぜ」
アキシャはテーブルに頬杖をつきながら、少しだけつまらなそうに答えた。彼女にとっては、もっと手応えのある戦いが欲しかったのかもしれない。
ラビリアが、カップに残っていたミルクを飲み干しながら、この一週間の冒険を振り返るように語り始めた。
「色んな島があって面白かったなー。『墓場島』はちょっと不気味だったね、チェンソーゾンビとまた出会ってびっくりしたし」
墓場島。その名の通り、古い墓石が立ち並び、アンデッド系の魔物が徘徊する陰鬱な島だった。スカルソルジャーや死霊に加え、デーモンアイ島で遭遇したチェンソーゾンビまで現れた時は、流石の三人にも緊張が走った。
エクアルも、別の島を思い出しながら続ける。
「『氷炎島』は、暑いのと寒いの、両極端で大変だったわね。特に氷の島は、あの吹雪の時のことを思い出してしまって……少し、怖かったわ」
エクアルの表情がわずかに曇る。彼女は無意識に、自分の両腕をさすった。白いブラウスの袖の上からでも、あの時の凍えるような感覚が蘇ってくるようだった。その仕草が、普段の冷静な彼女からは想像もつかないほど、か弱く見えた。
そんなエクアルの様子を見て、アキシャがからかうように、しかしどこか優しく、その肩をぽんと叩いた。
「んなこと言って、氷漬けのドラウンド相手に、『渦潮の杖』で無双してたじゃねぇか」
「そ、それはそれ、これはこれよ! 水魔法が得意な私にとっては、有利な地形だっただけだから!」
エクアルが頬を朱色に染めながら、慌てて反論する。
それを横目にラビリアが、地図に描かれた奇妙な形の島を指差した。
「私は、ここの『ミニチュア島』が一番印象的だったかなー。大きな瓶の中に、それぞれ違う世界の景色が閉じ込められてるなんて、まさにロマン……! 素敵だったねー。まあ、エンダーマンにはちょっと苦労したけど」
ミニチュア島。そこは、巨大なガラス瓶が三本、空中に浮かんでいるという、奇妙な島だった。それぞれの瓶の中には、緑豊かな草原、灼熱の地獄、そして星空のような異空間が、まるで箱庭のように再現されていた。様々な種類の魔物が混在しており、攻略には苦労したが、その神秘的な光景はラビリアの心を強く捉えたようだった。
「最後の『廃墟島』は、敵はピグリンしかいなくて拍子抜けだったけどな」
アキシャが付け加える。苔と蔦に覆われた巨大な遺跡、廃墟島はその規模に反して、黄金島のピグリンたちが住み着いているだけの、比較的安全な島だったのだ。
※※※
一通り島の思い出を振り返った後、エクアルはラビリアがテーブルの上に置いていた魔道具――能力解放度を計測できる装置の数値を確認する。
「これで浄化した島は合計10個。私たちの能力解放度は……〇・八五パーセント。順調に力は戻ってきているわね」 「はぁ!? たったそれだけかよ! 結構頑張ったのに、全然伸びてねぇじゃん!」
アキシャが、予想外の低い数値に不満の声を上げる。
「もー、アキシャは数字しか見てないんだから。〇・五から〇・八五だよ? 約一・七倍、結構な上がり幅だと思うけどなー。最初の頃より、かなり動けるようになったでしょー?」
ラビリアが、呆れたようにアキシャを見る。確かに、初めてこの世界に来た時と比べれば、身体の重さや魔力の扱いにくさは格段に改善されていた。
「う……。ま、まあ、そうかもしれねぇけどよ……。でもよぉ……」
図星を突かれたアキシャは少し言葉に詰まる。しかし、それでもまだ納得がいかない様子だ。
ラビリアは、そんなアキシャを見て、さらに追い打ちをかけるように、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「自称『最強』のアキシャ様が、こんな僅かな数字の変動で一喜一憂しているなんて……ふふっ、先が思いやられるねー」
「んだとぉ!」
カチンときたアキシャが、ラビリアの柔らかい頬をむにーっと引っ張った。
「ふにゃー! またやるー!? いひゃい、いひゃいってばー!(いたい、いたいってばー!)」
「うっせー! からかってんじゃねぇ!」
二人のいつものじゃれ合いが始まった。エクアルはやれやれと首を振りながらも、その賑やかな光景を微笑ましく見守っていた。
※※※
アキシャとラビリアがじゃれていると、控えめなノックの音と共に、エルド長老が様子を見に訪ねてきた。
「皆様方、いかがお過ごしかのぅ?」
三人は慌てて姿勢を正して、エルドをリビングへと招き入れる。
そしてエクアルが代表して、これまでの攻略の進捗を報告した。計10個の島を浄化し終えたことと、残る主要な島は赤島のみであることを伝える。
「……なるほど、順調に進んでおられるようですな。ワシの耳にも、皆様方の活躍は届いておりますぞ。して、次なる目標は……やはり『赤島』ですかな?」
エルドが、地図に描かれたひときわ大きな、赤黒い島を指差しながら尋ねる。
「はい。他の島はここから遠すぎたり、間に小島がなくて私たちの足ではたどり着けない場所ばかりですので。必然的に、次は赤島ということになります」
「ふむ……」
彼女の言葉にエルドは深く頷いてみせた。
「確かに、そろそろこの地図だけでは限界じゃろう。赤島を越えれば、さらに未知の空域が広がっておるはずじゃ。……分かりました。交易島の書庫にある古い文献をさらに詳しく調べ、今のものよりも、さらに広範囲を網羅した地図を作成してみましょう」
「ありがとうございます、エルドさん」
エクアルが丁寧に礼を言うと、エルドは嬉しそうに目を細めた。
「礼を言うのはワシの方じゃよ。皆様方が来てくださってから、この島に活気が戻ってきた。皆の顔から、不安の色が薄れ、笑顔が増えたのじゃ。これも全て、皆様方のおかげじゃ……本当に、感謝しておりますぞ」
エルドの温かい言葉に、三人は少し照れくさそうにする。自分たちの行動が、確かにこの世界に良い影響を与えている。その実感が、彼女たちの心を温かく満たした。
そんな穏やかな空気を破るように、アキシャが勢いよく立ち上がった。
「よし、話は決まりだな! 善は急げだ! 早速『赤島』とやらに乗り込むぞ!」
「もう、お姉ちゃんは……。でも、そうね。準備ができ次第、出発しましょうか」
エクアルも同意する。ラビリアも、いつもの調子で頷いた。
「んー、最大の難関って感じかな。気合入れないとねー」
三人はエルドに改めて礼を言うと、すぐさま赤島攻略のための準備を始めた。武器の手入れを入念に行い、薬や食料などの物資をポーチに補充する。そして、これまでの冒険で手に入れた新たな神器の効果を再確認する。
これまでの島とは違う……明確な「強敵」がいる可能性が高い。三人の間にも、自然と心地よい緊張感が漂い始めていた。
「んじゃ、行こうぜ!」
「おー」
全ての準備が整った三人は玄関へと向かい、エルドが見送りの言葉をかけようとした、まさにその時だった。
何の前触れもなく、リビングの中央の空間が陽炎のように揺らいだ。そして、白いフードを目深にかぶった神――叡智の神、ウィ=キが音もなく姿を現したのだ。
「ウィ、ウィ=キ様!?」
突然の神の顕現に、エルドは驚きのあまり腰を抜かしそうになりながら、その場で慌ててひれ伏す。三人も予期せぬ来訪者に警戒の色を浮かべ、若干身構えてしまった。
ウィ=キはひれ伏すエルドには目もくれず、ただ真っ直ぐに三人を見据えて、有無を言わせぬ重々しさで告げた。
「……赤島へ行くつもりだね? ……それなら警告しておこう。あの島は、これまでの島とは訳が違う。特に……『天使』には、くれぐれも注意して欲しい」