The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
「……赤島へ行くつもりだね? ……それなら警告しておこう。あの島は、これまでの島とは訳が違う。特に……『天使』には、くれぐれも注意して欲しい」
叡智の神、ウィ=キの静かだが重々しい声が、出発直前の高揚していた空気を一瞬にして凍りつかせた。エルド長老は驚きのあまり声も出せず、その場でひれ伏したまま動けないでいる。予期せぬ神の顕現と、その口から発せられた不穏な警告に、アキシャたち三人も息を呑み、警戒の色を浮かべていた。
「天使……ですか?」
エクアルが神妙な面持ちで問い返す。彼女の声には、緊張が滲んでいた。
ウィ=キは白いフードの奥で表情を変えることなく、静かに頷いた。
「そう。君たちが元の世界で知る天使とは少し……いや、全く異なる存在かもしれないけどね」
彼の言葉は淡々としていたが、その奥には底知れない何かが隠されているように感じられた。
するとウィ=キは、ふと視線を三人それぞれに向け、穏やかな声色で続けた。
「その話をする前に、まずは礼を言わせてほしい。君たちが多くの島を浄化してくれたおかげで、僕たちもこうして神域の外へ、僅かな時間だが顕現できるようになったんだ」
「え……?」
意外な言葉に、エクアルが小さく声を漏らす。
「邪神の呪いは僕たちの力を削ぐだけでなく、この交易島への干渉すら阻害していたんだ。ルーモアのような、人との繋がりが特に強い神を除いてはね。エルド、君に直接語りかけるのも、随分と久しぶりだ」
「も、勿体なきお言葉……!」
ひれ伏したままのエルドが、感極まったように声を震わせる。
「君たちの働きがなければ、こうして直接警告することも叶わなかっただろう。君たちの力は僕たちの予想を、良い意味で裏切ってくれた。だからこそ、警告に来たんだ。君たちのような希望を、ここで失うわけにはいかないからね」
神からの予期せぬ感謝と信頼の言葉。それは三人の胸を静かに熱くさせた。
ウィ=キは本題である赤島の特異性について説明を始める。
「赤島に生息する魔物……その個々の強さ自体は、君たちがこれまで戦ってきたものと大差はないかもしれない。ピグリンやブレイズ、あるいはそれ以上のものもいるだろうが、君たちの敵ではないだろう。しかし、問題なのはその数だ」
「数……? 敵の数が多い島はこれまでにも結構あったぞ?」
「……つまりそれ以上に多いってことだ。赤島はこの近辺の空域では、群を抜いて巨大な島だ。それ故に、生息する魔物の数も桁違いに多い。力押しだけでは、いずれ消耗してしまうだろう。常に周囲を警戒し、無駄な戦闘は避けるべきだね」
そしてウィ=キの声に、わずかに険が混じった。
「そして、最も警戒すべきが『天使』の存在だ。赤島ほどの規模の島となると、そこから得られる呪いの力も計り知れない。当然、邪神トゥルタリアにとっても、決して手放したくない重要な拠点となる。故に奴は特に重要な島には、その『呪われた神器』を守護するために、強力な番人を遣わすことがある。……邪神から遣わされた番人、僕たちはそれを『天使』と呼んでいる」
神々が天使と呼ぶ存在。それは三人が知る慈悲深い翼を持つものではなく、邪神が生み出した、恐るべき守護者であるらしかった。
「赤島には、ほぼ間違いなく天使がいるはずだ。その力は、これまでの魔物とは比較にならない。決して油断しないことだ」
ウィ=キからの、重々しい警告。エルドは息を呑み、エクアルとラビリアも表情を引き締めた。
しかしそれを聞いたアキシャの反応だけは、他の者たちとは全く異なっていた。彼女の琥珀色の瞳は恐怖ではなく、むしろ純粋な強い闘志にギラギラと燃えていたのだ。
「天使……! へっ、面白ぇ! やっと手応えのある奴が出てきそうじゃねぇか!」
彼女は腰に手を当て、仁王立ちのポーズを取りながら、胸を張って快活に笑った。その姿には一片の恐れも感じられない。
そんな姉の様子に、エクアルは小さくため息をつきながらも、ウィ=キに向き直り、力強く告げた。
「ウィ=キ様。警告、感謝いたします。ですが、私たちの決意は変わりません。世界の歪みを正すためならば……どんな敵が相手であろうと、退けてみせます」
その声には、揺るぎない覚悟が込められていた。隣でラビリアも、ひょうひょうとした態度は崩さないものの、その淡い桃色の瞳の奥には、ただならぬ決意の光が虹のように滲んでいた。
「んー……どちらにせよ、やるしかないよねー。それにちょっと強い敵の方が、攻略しがいがあるし。ね?」
ラビリアはアキシャとエクアルに同意を求めるように、軽く肩をすくめてみせた。
神からの警告にすら臆することなく、むしろ闘志を燃やす三人の姿。その規格外の精神力に、ウィ=キはフードの奥で、わずかに感嘆の息を漏らしたようだった。
「……なるほど。君たちならば、あるいは……本当に成し遂げるのかもしれないね」
満足げに頷くと、彼はひれ伏しているエルドに向き直った。
「エルド、君が作成するという新たな地図。僕も協力しよう。書庫の文献だけでは読み解けない、古い時代の情報も提供できるはずだ」
「は、ははぁ! ウィ=キ様自ら……勿体なき幸せにございます!」
エルドは恐縮しながらも、その願ってもない申し出を、震える声でありがたく受け入れた。
ウィ=キは再び三人に視線を戻す。
「……では、僕はこれで失礼するよ。くれぐれも、油断しないように。君たちの無事を祈っている」
そう言い残し、彼は現れた時と同じように、音もなく空間に溶けるように、ふっと姿を消した。
神が去った後、三人は改めて顔を見合わせる。ウィ=キの警告は、彼女たちの決意を揺るがすどころか、むしろその覚悟をより強固なものにしていた。未知の強敵「天使」への挑戦。それは、かつて冒険者だった彼女たちの魂を、激しく燃え上がらせていた。
「よし、行くか!」
アキシャの号令と共に、三人は今度こそ、拠点を出発した。エルドは彼女たちの後ろ姿が見えなくなるまで、深く頭を下げて見送っていた。
※※※
いくつかの小島を飛び移り、三人はついに「赤島」の空域へと到達した。
遠目に見えるその島の光景は、これまでのどの島とも全く異なっていた。島全体がまるで血に染まったかのように、深い赤色に覆われている。空の色も、交易島周辺の穏やかな青色とは明らかに違い、赤黒く淀み、不気味な暗さを漂わせていた。
島には、巨大な真紅のキノコが、まるで異界の森のように、無数に生い茂っている。その大きさは、交易島にあった家々をも上回るほどだ。よく見れば、その真紅の森の中に所々毒々しい青色をした、歪な形の巨大キノコも混じって生えている。
地面は赤い砂礫のようなものと、黒曜石のように鈍く光る黒い岩石で覆われているのが見てとれる。
「……想像以上に、気色悪ぃ島だな」
アキシャが、思わず顔をしかめる。美しいとは到底言えない、禍々しさに満ちた光景だった。
「ええ……。ウィ=キ様の警告通り、ただならぬ気配を感じるわね……」
エクアルも、ハイドロスタッフを握る手に力を込める。肌を刺すような、呪いの気配。これまでの島々とは、明らかに次元が違う。
「んー……まぁ、どんな島だろうと、やることは変わらないけどね」
ラビリアだけは冷静に呟き、フォトンフォースの安全装置を、カチリと音を立てて解除した。
三人は眼前に広がる異様で禍々しい赤島を、各々の覚悟を胸に、睨み据えたのだった。