The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第24話 赤き島の守護者

 赤き森での終わりなき戦いから一時撤退した三人は、巨大な真紅のキノコ――その内部が幸運にも空洞になっているもの――を見つけ、その中に身を隠して束の間の休息を取っていた。

 洞穴の入り口はアキシャが近くにあった黒い岩石で大雑把に塞ぎ、内部にはエクアルが灯した小さな魔法の光球が、頼りなく揺らめいている。外からは、依然として動脈や静脈たちの不気味な呻き声や、ドクンドクンという心臓の鼓動にも似た脈打つ音が微かに聞こえてくるが、ひとまず追手は撒けたようだった。

 三人は持ち寄った携帯食料と水筒の水で、渇きと飢えを静かに癒していく。数時間に及ぶ激戦は、彼女たちの体力と精神力を容赦なく削り取っていた。特に前線で戦い続けたアキシャと、トリッキーな動きで敵を翻弄したラビリアの疲労は色濃い。

 

「……ふぁ……ねむ……」

 

 ラビリアは既に限界だったのか、隣に座るアキシャの肩にこてんと頭を預けると、あっという間に「すぅすぅ……」と穏やかな寝息を立て始めた。その無防備な寝顔は、これまでの激戦が嘘のようにあどけなく、年相応の少女のそれだった。

 エクアルは、魔法で温めた薬草茶をカップに注ぎ、ふぅと白い息を吐きながら一息ついている。彼女も疲労の色は濃いが、二人よりはまだ幾分か余裕があるようだった。

 

 ふとアキシャの肩に寄りかかり、安心しきって眠るラビリアの姿を見て、その表情にほんの少しだけ、羨ましそうな色が浮かんだ。姉の隣は、いつだって一番安心できる場所だから。

 

「なんだ? お前も眠たいのか?」

 

 壁に背を預け、周囲の気配を探っていたアキシャが、その鋭い視線を和らげ、エクアルに問いかける。

 

「べ、別に……私はまだ大丈夫っ」

 

 心の内を見透かされた気がして、エクアルは少しむっとしたように顔を背ける。

 そんな妹の分かりやすい反応に、アキシャは「へへっ」と悪戯っぽく、しかし優しく苦笑すると、有無を言わせずエクアルの腕をぐいと引き寄せた。

 

「ほらよ」

 

 アキシャは自分の脚をぽんぽんと叩いてみせる。それは膝枕をしてやろうという、姉からの滅多に見せない不器用な優しさの表れだった。

 

「えっ!? い、いや、私は……!」

 

 エクアルは驚きと戸惑いを見せ、顔を赤らめる。しかしアキシャはそんな妹の抵抗など意にも介さず、その頭を優しく引き寄せると、自身の太ももの上にそっと乗せた。鍛え上げられた、しなやかで、それでいて確かな温もりを持つ感触が、エクアルの緊張をゆっくりと解きほぐしていく。

 

「……たまには、甘えとけって」

 

 ぶっきらぼうな姉の言葉。エクアルは最初こそ戸惑っていたが、滅多に見られない姉の優しい態度と、伝わってくる確かな温もりに、次第に身体の力が抜けていく。

 少しだけ、ほんの少しだけ、甘えるように目を閉じた。姉の太ももから伝わる温かさと、微かに香る汗の匂いが、不思議と心を落ち着かせてくれた。

 

 

※※※

 

 

 エクアルとラビリアがしばしの休息を取る間も、アキシャは眠ることなく、五感を研ぎ澄ませて周囲の気配を探り続けていた。その集中力は凄まじく、洞穴の外のわずかな物音、空気の揺らぎ、敵意の有無すらも捉えようとしているかのようだ。まるで、眠る二人を守る番犬のように。

 浅い眠りからふと目覚めたエクアルが、そんな姉の張り詰めた様子に気づき、心配そうに問いかけた。アキシャの膝の上から、そっと顔を上げて。

 

「……お姉ちゃん、無理してない? 少しは休んだ方が……」

 

 アキシャは一瞬、いつものように「平気だ」と答えようとしたが……ふと思い直し、どこか遠い目をして、ぽつりと本音を漏らした。

 

「……いや、無理してるかもしれねぇな」

「え……?」

 

 意外な言葉に、エクアルは目を瞬かせる。

 

「……なあ、エクアル。お前も気づいてるんだろ? この世界に来てから、私たちの……『月の加護』の力が弱まってることに」

 

 エクアルは黙って頷く。死に瀕しても瞬時に回復する、あの絶対的なまでの生命力。仲間を守るための最後の砦。それが、この世界では明らかに以前よりも弱まっていることを、彼女もまたこの世界での戦いの中で痛感していた。

 

「あの加護が薄れたせいでよ……分かるようになっちまったんだ。『死ぬ』っていう感覚が、さ」

 

 アキシャは自嘲するように、乾いた笑いを漏らす。

 

「多分この世界じゃ、私たちだって、いつ死んでもおかしくねぇ……お前や、ラビリアもな」

 

 その言葉は、重く、エクアルの胸に突き刺さった。

 

「……死ぬのが怖ぇとか、そういうんじゃねぇ。そんなこと考えてたら戦えねぇし、戦場で精神が持たねぇのも分かってる。けどよ……本気で戦うなら、自分たちが『死ぬかもしれない』ってことを、ちゃんと分かっておくのも、悪くねぇと思うんだ。……覚悟、みたいなもんかな」

 

 それは常に先陣を切って戦い、仲間を守る盾となってきたアキシャなりの、覚悟の示し方だった。そして妹への、仲間への、祈りにも似た警告だったのかもしれない。

 

「仮にあの災厄が訪れたら、この世界はきっと消し飛ぶ。それを未然に防ぐために私たちはここに来たんだ……死なんか怖がってらんねぇよ」

 

 エクアルはそんな姉の弱音とも取れる本音を、ただ静かに受け止めていた。そして、ゆっくりと身体を起こすと、アキシャの頬にそっと手を添えた。姉の頬は緊張のためか、少し冷たかった。

 

「……だったら、お姉ちゃんだってちゃんと休みなさい。休める時に休んで、万全の状態で戦う。それが『最強』を目指すお姉ちゃんのやり方でしょ?」

「…………」

「……お姉ちゃんが死ぬのは……ラヴィも、私も……絶対に嫌なんだから」

 

 真っ直ぐな妹の言葉と、その瞳に宿る強い意志。それにアキシャは一瞬、虚を突かれたような顔をしたのだ。

 

「……へっ、仕方ねぇな」

 

 そしてぶっきらぼうに、しかしどこか嬉しそうにアキシャは笑い、ようやく肩の力を抜いた。

 

 

※※※

 

 

 しばしの休息の後、三人の体力と気力はある程度回復していた。アキシャの表情にも、先ほどまでの張り詰めた空気はなくなっている。

 

「よし、そろそろ行くか!」

 

 アキシャの号令で、三人は再び赤黒い森の中へと足を踏み出した。

 敵は相変わらず、群れをなして出現した。動脈、静脈、白血球、そしてデーモンアイ。しかし、休息によって体力と集中力を取り戻した三人の前には、もはや先ほどのような脅威とはなりえなかった。

 アキシャが「イシキリブレード」と真紅の大剣を巧みに使い分けて道を切り開き、ラビリアがフォトンフォースによる精密射撃と「シンプルグレネード」による範囲攻撃で、敵の波を的確に押し止める。そんな二人をエクアルが的確な指示と、「Log4Shell」や水魔法でサポートする。こうして、三人は危なげなく敵を退け、着実に森の奥へと進んでいった。

 

 そして休憩からさらに数時間が経過した頃、三人はついに鬱蒼とした巨大キノコの森を抜け、とてつもなく開けた円形の広場へとたどり着いた。

 ラビリアが近くの巨大キノコによじ登り、周囲の地形とコンパスや地図の情報を照らし合わせる。

 

「……うん、間違いない。ここが、この赤島の中心部みたいだねー」

 

 広場には濃く、湿った霧が立ち込めており、視界はあまり良くない。だがその霧の中心にぼんやりと、しかし禍々しく輝く紅蓮の剣――『呪われた神器』が、地面に突き刺さっているのが確認できた。

 

「……あったわね」

 

 エクアルが、緊張した面持ちで呟く。同時に三人の脳裏に、ウィ=キの警告がよぎった。

 

『天使には、くれぐれも注意して欲しい』

 

 しかし広場には神器以外、動くものの気配は一切感じられなかった。先ほどまでの赤い森での喧騒が嘘のように、不気味なほどの静寂が広がっているだけだった。

 

「……天使ってのは、いねぇのか?」

「ウィ=キ様も、確実にいるとまでは言っていなかったし……いないなら、それに越したことはないけど……。エクアル、最大限警戒しながら、浄化をお願いできる?」

 

 銃を右腕に抱えたラビリアが、周囲を警戒しながら言う。

 

「ええ、分かってるわ」

 

 エクアルは頷くと神器へと慎重に近づき、祈りの体勢に入る。アキシャとラビリアは、エクアルを守るように、それぞれ武器を構え、背中合わせになって周囲への警戒を強めた。

 

 ふと――彼女が祈りを捧げ始めると、『呪われた神器』から漏れ出る禍々しい呪いのオーラが、わずかに強まった気がした。まるで、浄化に抵抗しているかのように、剣が低く唸っているようにも聞こえる。

 エクアルがそれを怪訝に思った――まさにその瞬間だった。

 

 突如として、広場を覆っていた濃い霧が、まるで生き物のように脈動し、晴れ渡っていく。

 そして同時に、これまでのどの魔物とも比較にならないほど強大で、邪悪で、それでいてどこか神聖さすら感じさせる圧倒的な気配が天から降り注いだ。

 

「――上だ!!!」

 

 アキシャが本能的に空を見上げ、声を荒げた。彼女の叫び声に呼応するように、エクアルは祈りを中断し、ラビリアと共に神器から飛び退く。

 次の瞬間、凄まじい轟音と共に、空から大きな影が落下してきた。

 

 紫色の、禍々しい二本の角を持つ頭部。

 同じく紫色をした、岩石のようにゴツゴツとした両腕。

 それ以外の部位は存在しない、異形の存在。

 

 その存在は落下してきた勢いのまま、その拳を三人がいた場所――神器のすぐそばの地面へと、隕石のように叩きつけた。

 

 ――ズゥゥゥゥンッ!!

 

 大地が揺れ、地面が蜘蛛の巣状に砕け散り、衝撃波が広がる。さらに拳が叩きつけられた箇所から、まるで火山が噴火したかのように、爆炎が凄まじい勢いで吹き上がり、周囲を焦がした。

 

 爆風と熱波をなんとか凌ぎ、三人が顔を上げる。

 目の前には地面に巨大なクレーターを作り出し、その中心で禍々しい赤い双眸をこちらに向け、ゆっくりと身を起こす、異形の存在――ウィ=キが警告した『天使』がその圧倒的な威容を誇示するように鎮座していた。

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