The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第25話 巨掌の魔神(1)

 爆炎と砂塵がゆっくりと晴れていく。

 三人の少女たちの目の前にあるのは、巨大なクレーターと天使と思われる存在。

 

 紫色の禍々しい二本の角を持つ頭部――その額には、まるで第三の目のように、紅く輝く宝石のようなものが埋め込まれている。そして、頭部に比してやや大きく、ゴツゴツとした岩石のような質感を持つ両手。それ以外の部位は存在せず、頭部と両手だけで構成されたその姿は、まさしく異形、あるいは魔神と呼ぶにふさわしいかった。

 

 その赤い双眸が、冷たく、静かに三人を見据えている。

 これまでのどの敵とも違う、肌を刺すような、次元の違う圧倒的なプレッシャー。空気が重く、粘性を帯びたかのように、呼吸すらもままならない。

 

「……こいつが、天使……」

 

 アキシャは真紅の大剣の柄を強く握りしめ、警戒を露わにする。エクアルはハイドロスタッフを握りしめ、ラビリアもフォトンフォースの銃口を、静かに目の前の敵へと向けた。

 張り詰めた静寂の中、その異形の存在は重々しい口を開き、低い声を発した。

 

「クエ ナリ ゴア?」

 

 それは三人の知らない、原始的でどこか物悲しい響きを持つ異界の言語だった。

 

「……何言ってやがる、人間の言葉とも違うぞ?」

 

 アキシャが眉をひそめる。エクアルは即座に言語解読魔法を皆に施した。

 

「待って、お姉ちゃん。……もう一度、話してもらえますか? あなたの言葉、理解できます」

 

 天使はエクアルが自身の言語を理解したことに、その赤い瞳をわずかに見開いて驚いた様子を見せた。しかしすぐに構わず、有無を言わせぬ威厳を込めて語り始めた。

 

「……ワズ ヘトゥケダゥ イル。カイル ズール サイ」

「……俺はヘトゥケダゥ。この地を守る者だ」

 

 エクアルは翻訳するように奴の言葉を述べた。かなり原始的な言語ではあるが……ギリギリ魔法で翻訳できる範疇だった。

 

「お前たち……何をしに来た? なぜ、この島の呪いを解こうとする?」

 

 ヘトゥケダゥの赤い瞳が、探るように三人を射抜く。

 

「私たちは、世界の歪みを正すために来ました。そのためには、この島の呪われた神器を浄化する必要があります」

 

 エクアルが毅然とした態度で答える。

 

「……世界の歪みだと? ふん、くだらん。お前たちが、あの神々に与する者であることは、おおよそ見当がついている。奴らの甘言に惑わされたか」

 

 その瞳はどこか虚ろで哀しげで……虚構を見ているかのようだ。しかし彼の表情からは、その真意を探ることは残念ながらできなかった。

 

「邪神の……トゥルタリア様の命に従い、お前たちをここから先へ進ませるわけにはいかない」

 

 その言葉と共にヘトゥケダゥの両手が、ゴゴゴゴ……と地響きのような不気味な音を立てて、巨大化を始めた。紫色の皮膚が、まるで生き物のように脈打ちながら盛り上がり、人間の腕の十数倍はあろうかという、岩石のような巨大なものへと変貌していく。

 それが……ヘトゥケダゥとの戦いの幕開けだった。

 

「話が通じねぇなら、力づくだ!」

 

 アキシャは即座に懐から「ブレイブブック」を取り出し、強く念じる。

 

「ちび騎士! 手伝え!」

「了解だよ、主様!」

 

 蒼い光と共に現れたブレイブナイトが、アキシャの隣に小さな剣を構えて並び立つ。

 エクアルも間髪を容れず、後方で「渦潮の杖」を構え、杖先に膨大な魔力を集束させ始めていた。

 

「ありったけをぶつけるから……お姉ちゃん、ラヴィ! サポートお願い!」

「おうよ!」

「了解……!」

 

 エクアルの言葉を聞くやいなや、アキシャとブレイブナイトが、同時にヘトゥケダゥへと突撃する。アキシャはクリムゾンチェインブレードに渾身の魔力を込め、刀身を紅蓮の輝きで纏わせながら、巨大化したヘトゥケダゥの右腕目掛けて、力任せに振り下ろした。

 

「おらあぁぁぁぁっ!」

 

 しかしヘトゥケダゥはその一撃を、まるで小枝でも受け止めるかのように、巨大な右手でいとも簡単に受け止めた。

 

 ――ガキンッ!

 

 金属同士がぶつかったかのような、甲高い音が響き渡る。アキシャの渾身の一撃は、ヘトゥケダゥの巨大な手の平に、びくともせずに止められていた。

 

「なっ……!?」

 

 アキシャが驚愕に目を見開く。受け止められた箇所から、凄まじい衝撃が右腕全体に走り、痺れて感覚がほとんどなくなっていた。

 

(……硬ぇ! なんだこいつの腕!?)

「その程度か……」

 

 ヘトゥケダゥの声が、嘲るように響く。次の瞬間、アキシャは巨大な手に、まるで虫けらのように軽々と弾き飛ばされた。彼女の身体は錐揉みしながら後方へと吹き飛び、ブレイブナイトが慌てて空中で彼女を受け止めたが、その衝撃までは殺しきれず、二人して地面を転がった。

 

「ぐっ……! ……わりぃ、ちび騎士!」

「だ、大丈夫だよ、主様!」

 

 アキシャがすぐさま体勢を立て直そうとしている間に、今度はラビリアが動いた。

 

「なら、こっちはどうかな!」

 

 ラビリアは高く跳躍し、空中からフォトンフォースを連射する。彼女はまるで重力を無視するかのようにアクロバティックな動きで翻弄しながら、額に埋め込まれた赤い宝石や、巨大化した両腕の付け根など、弱点と思しき箇所を狙って光弾を撃ち込んでいく。

 

「鬱陶しい……」

 

 しかしヘトゥケダゥは面倒くさそうに呟くと、巨大化させた左手から、強烈な光条を放った。光の束はラビリアの変幻自在の動きを正確に予測し、薙ぎ払うように迫る。

 

「わわっ!?」

 

 紙一重でビームを回避するラビリア。しかしその熱波でバランスを崩し、地面に叩きつけられそうになる。受け身を取ってなんとか着地したが、彼女のベージュのコートの背中部分は、ビームの熱で大きく焼け焦げていた。

 

「ラヴィ! 大丈夫!?」

「うん……、エクアルは魔法に集中して」

「……ええ!」

 

 その言葉と同時に、エクアルの詠唱は完了した。彼女は「渦潮の杖」を高々と掲げ、杖先に集束させた、限界までの魔力を解き放つ。

 

「喰らいなさい!」

 

 エクアルの身体を中心に、凄まじい勢いで水の渦――「渦潮の杖」の力を最大限に増幅させた大渦潮が発生し、轟音と共にヘトゥケダゥへと殺到する。それは、並の魔物ならば一瞬で飲み込み、粉砕するほどの威力を持っていた。

 しかしヘトゥケダゥは冷静に、巨大化させた左手をかざした。その手の平から、濃密な魔力障壁が展開され、エクアルの渾身の一撃をいとも容易く受け止めてしまった。

 

 ――バシャアアアンッ!

 

 激しい水飛沫が上がり、障壁に激突した大量の水が、高温で蒸発していく。

 

「効かぬ……」

 

 ヘトゥケダゥの嘲るような声が再び響く。最大級の魔法を、いともたやすく防がれたという事実に、エクアルは愕然とする。魔力の消耗も激しく、膝がわずかに震え、白い額に汗が滲んだ。

 

「お前たちの覚悟は……その程度なのか? 期待外れだったようだな」

 

 彼女らの攻撃に飽き飽きとしたのか、ヘトゥケダゥは巨大化させた両手を地面に叩きつけた。その瞬間、幾多の光り輝く紫色の魔法陣が地面に展開され――魔法陣からいくつもの巨大な岩の棘が、爆発を伴いながら、槍のように突き出してきた。

 

「うわっ!?」

「きゃあっ!」

 

 三人とブレイブナイトは、咄嗟に跳躍してそれを回避する。しかし休む間も与えず、ヘトゥケダゥは巨大化させた両手を前方に突き出し、その手の平に灼熱のエネルギーを集束させ始めた。

 

「まずい、何か来るわよ!」

 

 エクアルの警告と同時に両の手の平から、灼熱の火炎が、薙ぎ払うように放たれた。戦場全体が一瞬にして焼き払われ、地獄と化した。地面の赤い砂礫が溶け、黒い岩石が赤熱する。

 その圧倒的な攻撃範囲と威力を前に、彼女たちは回避と防御に徹するしかなかった。

 

「熱っつ!!」

 

 アキシャは燃え上がったコートの裾を慌てて叩き、炎をかき消す。エクアルとラビリアも一瞬だけに火炎に飲まれていたが……なんとか無事のようだった。

 

「くそっ、やりたい放題しやがって!」

 

 焦げたコートの裾を忌々しげに払いながら、アキシャは叫んだ。

 それを意に介さず、ヘトゥケダゥは再びあの光条を放とうと、巨大化させた左手を構えた。

 

 ――その攻撃の予備動作、ほんの一瞬の隙。

 

 アキシャは隣で同じく攻撃の隙を窺っていたブレイブナイトと、アイコンタクトを取った。

 

「頼んだぜ、ちび騎士!」

「任せて、主様!」

 

 ブレイブナイトは盾となるべく、決死の覚悟でヘトゥケダゥの前に飛び出し、その小さな剣を構えた。放たれた光束が、ブレイブナイトの身体を直撃する。甲高い音と共に、彼の灰色の甲冑が激しくひび割れ、身体を包む光が弱々しく揺らめいた。

 しかしその一瞬が、アキシャにとっては何よりも貴重な時間だった。彼女はブレイブナイトが稼いだわずかな隙を突き、ヘトゥケダゥの頭部の真下へと、全速力で潜り込む。

 

「隙アリだ!!!」

 

 ヘトゥケダゥの顎下、あるいは額の赤い宝石目掛けて、アキシャは真紅の大剣を下から上へと、渾身の力で突き上げる。

 

 今度こそ捉えた――誰もがそう思った。

 

 しかしその刃がヘトゥケダゥに届く寸前、彼の赤い瞳がまるで全てを見通していたかのように、わずかに細められた。

 刹那――アキシャの身体に、見えない鉄槌で全身を殴りつけられたかのような、凄まじい衝撃が走った。会心の一撃を叩き込まれる直前……そのわずかな時間でヘトゥケダゥは右手でアキシャの胴体を、無造作に鷲掴みにしていたのだ。

 

「ぐ……あ……っ!」

 

 ミシミシ……と骨の軋む嫌な音が響く。凄まじい握力に、アキシャの口から苦鳴が漏れた。握りしめられた衝撃で、彼女の口の端から一筋の血が顎を伝う。

 

「お姉ちゃん!!」

「アキシャ!!」

「主様!!」

 

 仲間たちの悲鳴にも似た叫び声が、赤黒い空に響き渡る。

 彼女たちが最も恐れる死へのカウントダウンが……始まろうとしていた。

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