The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第27話 巨掌の魔神(3)

「そうか……いいだろう。異界のウサギ共、お前たちに敬意を示すと共に、この俺がここでぶっ潰す!」

 

 宣告と共に、ヘトゥケダゥの紫色の両手が、その色を塗り替えるほどの眩いオーラを纏った。それはまるで、地核から汲み上げられたマグマそのもの。破壊を司る右手も、魔法を司る左手も、等しく灼熱の輝きを放ち始めた。

 

 ヘトゥケダゥは天を仰ぎ、その両手を広げると、容赦なく地面へと叩きつけた。

 轟音と共に、両手の触れた地点を中心として、まるで溶岩が浸透していくかのように、戦場が急速に赤熱化していく。ゴボゴボと気泡が弾けるような音を立て、岩石の亀裂から、灼熱の蒸気が白い槍となって噴き出した。

 瞬く間に、その戦場は立っているだけで足の裏が焼けるような灼熱の舞台へと変貌していた。

 

「熱っ……!」

 

 アキシャはブーツの底を通して伝わる高熱に、思わず顔をしかめた。エクアルとラビリアも、噴き出す蒸気と熱波に顔をそむけ、わずかに体勢を崩している。

 だがそんな状況下で、アキシャの思考は極限まで加速していた。目の前の「天使」が放つ魔力の圧は、先程までとは比較にならないほど膨れ上がっている。

 

(ヤベェ……。このまま正面からまともにやり合ったら、確実に力で押し負ける……!)

 

 肋骨の痛みが、ズキズキと熱気の中で鈍く主張する。しかしその痛みが、逆にアキシャの意識を研ぎ澄ませていた。

 やがて……彼女は短時間で、とある一つの活路を見出した。

 

「エクアル、ラビリア、ちょっと耳貸してくれ」

 

 アキシャは二人に素早く駆け寄り、灼熱の蒸気が満ちる中で、考えついたばかりの作戦を小声で伝える。それはあまりにも博打的で、あまりにもアキシャに負担が偏る作戦だった。

 

「……本気で言ってるの、お姉ちゃん? いくらなんでも無茶よ。貴方の身体が……!」

「……確かに勝算あるかもだけど……その分、アキシャが危なくなる」

 

 当然の懸念だった。アキシャはすでに深手を負っている。仲間であると共に、何にも代えがたい大切な存在である彼女に、これ以上無茶をさせたくない。二人の表情には、そんな葛藤が色濃く浮かんでいた。

 アキシャは、そんな二人の視線を真っ直ぐに受け止め、ニッと口の端を吊り上げた。

 

「……私を信じろ。やってやるから」

 

 その覚悟を決めた琥珀の瞳を見て、エクアルとラビリアは息を呑んだ。一瞬の逡巡の後、二人は同時に、強くこくりと頷いた。

 

 三人の少女たちが覚悟を決めた、その刹那。

 しびれを切らしたヘトゥケダゥが、灼熱の大地を蹴って高く跳躍した。人間大の頭部と巨大な両手という異形の姿が、赤熱した戦場に巨大な影を落とす。

 

「逃がさんぞ!」

 

 空中で体勢を反転させたヘトゥケダゥは、三人が固まっていた地点目掛け、両手を勢いよく振り下ろしてきた。

 三人は阿吽の呼吸で、即座に三方向へと飛び退いて回避する。直後、ヘトゥケダゥの両手が地面を粉砕し、轟音と共に深いクレーターを穿った。

 だが、攻撃はそれで終わりではなかった。両手が叩きつけられた地点を中心に、先程アキシャたちを苦しめた光り輝く紫色の魔法陣が、今度は戦場を埋め尽くすほどの数、灼熱の地面に刻まれた。

 

「うおっ!?」

 

 回避した先、足元に出現した魔法陣にアキシャが目を見開く。次の瞬間、魔法陣から先程とは比較にならないほど巨大で、鋭利な岩の棘が、いくつも爆発四散しながら無差別に突き出してきた。

 

「わわっ……!」

「くぅっ……!」

 

 ラビリアとエクアルも、迫りくる岩棘を必死に回避しようとするが、その数はあまりにも多い。三人は爆発の凄まじい余波に巻き込まれ、灼熱の地面を無様に吹き飛ばされた。

 アキシャは受け身こそ取ったものの、衝撃で肋骨に激痛が走り、顔を歪ませる。エクアルとラビリアも為す術なく地面を転がり、ただでさえ破れていた服のあちこちが、さらに無惨に引き裂かれていく。

 だが、アキシャは痛みに呻きながらも、即座に体勢を立て直すと、作戦開始の合図を送った。

 

「ラビリア!」

 

 アキシャの鋭い声に、ラビリアが即座に反応する。彼女は懐から、彼女の扱う魔動機術の根幹を成す魔道具――マギスフィアを取り出した。銀色の球体が、彼女の手中でカシャカシャと小気味よい音を立てて変形していく。

 

「……久しぶりだから、上手くいくといいけど」

 

 呟きと共に、マギスフィアはグレネードランチャーのような形状へと姿を変えた。ラビリアはそれを、ヘトゥケダゥの頭部目掛け、正確に投擲する。

 ヘトゥケダゥは飛来するそれを、鬱陶しそうに左手で叩き落とそうとした。だが、グレネードはヘトゥケダゥの手に触れる寸前で炸裂する。

 ボフッ、という気の抜けた音と共に、煙幕が一気に噴射され、瞬く間に灼熱の戦場を覆い隠していく。

 

「小賢しい真似を……!」

 

 彼女の投げたグレネード――スモーク・ボムによって視界を完全に奪われたヘトゥケダゥが、苛立ちの声を上げ、巨大な両手で煙を払おうとする。

 その声を切り裂くように、二陣の風が煙の中から猛然と飛び出した。

 

「おらぁっ!」

「主様に合わせるよ!」

 

 アキシャと彼女の影から飛び出したブレイブナイトが、左右からヘトゥケダゥの頭部目掛けて渾身の斬撃を叩き込む。

 しかしヘトゥケダゥは、煙の中でも二人の気配を正確に捉えていた。

 ガキンッ、という硬い音と共に、その両手がアキシャの紅蓮の大剣とブレイブナイトの剣を、寸分の狂いなく掴み止める。

 

「くそが……!」

 

 アキシャは悪態をつきながらも、掴まれた大剣を強引に引き抜くと、そのまま超近接戦闘へと雪崩れ込んだ。

 

 ――ここからが正念場だ。

 

 折れたかもしれない肋骨が、動くたびに悲鳴を上げる。だが、アキシャはそれを気迫でねじ伏せた。まるで灼熱の舞台でダンスを踊るかのように、ヘトゥケダゥの懐で紅蓮の大剣を閃かせ、最小限の動きで斬撃を浴びせ続ける。

 しかし、ヘトゥケダゥの防御は鉄壁だった。アキシャの斬撃は、的確に両手でいなされ、弾かれ、受け止められる。それどころか、ヘトゥケダゥは防御と同時に、マグマのように燃え盛る両手での殴打や薙ぎ払いでアキシャに的確な反撃を加えてきた。

 

「がはっ……!」

 

 灼熱の拳がアキシャの脇腹を掠め、黒いロングコートを焦がし、その下の白い肌に鮮やかな火傷の痕を残す。衝撃で再び吐血するが、アキシャの動きは止まらない。

 

「……まだまだぁっ!」

 

 ブレイブナイトも、その小さな身体で必死にアキシャを援護し、ヘトゥケダゥの注意を引こうと剣を振るう。

 だが、激しい攻防の最中、ブレイブナイトの蒼い身体がふっと半透明になり、チカチカと明滅し始めた。

 

「わわっ……! あ……ごめん、主様……! もう時間みたい……!」

 

 ヘトゥケダゥの拳を辛うじて回避したブレイブナイトが、悔しそうな声を上げる。

 彼もまたメイドと同じく、召喚時間に限界があるのだった。

 

「でも、君なら……大丈夫。信じてるよ!」

「ああ! サンキュ、ちび騎士!」

 

 アキシャは戦いながら、ここまで戦ってくれた相棒に感謝を告げる。ブレイブナイトは光の粒子となり、アキシャの腰に提げられたブレイブブックへと吸い込まれていった。

 

 こうして――心強い援護を失ったアキシャは、即座に劣勢に立たされてしまう。

 

「終わりだ……小娘!」

 

 アキシャの剣戟の隙間を縫って、ヘトゥケダゥの炎で燃え盛る右拳が、ガラ空きになったアキシャの胴体へと正確に叩き込まれた。

 アキシャは大剣で防御しようとしたが、そのあまりにも速く、重い一撃は、彼女の反応を上回っていた。

 

「があああっ……!」

 

 凄まじい衝撃が、アキシャの身体を内側から破壊する。

 盛大な血反吐と共に、アキシャの小さな身体は、まるで壊れた人形のように吹き飛ばされ、灼熱の地面を何度もバウンドして転がった。

 

 ――もう、動けなかった。意識が、焼けるような痛みと共に遠のいていく。

 ボロボロに破け、焦げ付いた服の下、白い肌は血と火傷と泥に汚れ、その姿は凄惨としか言いようがなかった。

 

 ヘトゥケダゥが、動かなくなったアキシャにとどめを刺そうと、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

 ――再び訪れた絶体絶命。

 

 

 そんな状況にも関わらず、血まみれのアキシャは痙攣する身体を動かし、かろうじて顔を上げて――不敵な笑みを浮かべ、声を漏らした。

 

「小娘、何がおかしい……?」

「……どうやら間に合ったみたいだな」

「……何?」

 

 アキシャの予期せぬ言葉と笑みに、ヘトゥケダゥがわずかに足を止める。

 その時だった。アキシャが稼いだ、長くて短い時間。ラビリアの放った煙幕が、まるで舞台の幕が上がるかのように、ゆっくりと晴れていく。

 ヘトゥケダゥが、アキシャではない別の方向から、凄まじい魔力の奔流を感じて、ふと上空を見やった。

 

 

 そこには、信じられない光景が広がっていた。

 魔法によって宙に浮遊するエクアルが、その両手でこの戦場全体を覆い尽くさんばかりの、凄まじく巨大な水の塊を掲げていたのだ。

 エクアルの全身から、目に見えるほどの蒼い魔力のオーラが立ち昇り、天高く掲げられた水の塊へと激しく注ぎ込まれる。彼女の顔は極度の魔力消耗で真っ白になっていたが、その琥珀の瞳だけが、姉の覚悟に応えんとする強靭な意志の光を宿している。

 水塊は蒼いオーラを吸収するたびに激しく渦を巻き、今にも弾け飛びそうなほどの凄まじいエネルギーを内包していった。

 

「……お姉ちゃんの覚悟……絶対に無駄にはしないから!」

 

 荒い息の下から絞り出した裂帛の気合と共に、エクアルは超巨大な水の塊を、真下にいるヘトゥケダゥ目掛けて投擲した。

 落下する水の塊、それだけではない。エクアルは即座に、腰に差していた「渦潮の杖」を抜き放つと、自らの残った魔力のすべてを、その杖に注ぎ込んだ。

 それは――自らの魔法と神器の力による、美しきコンビネーション。

 

 

「全てを飲み込みなさいッ! ――メガロ・ワール!」

 

 

 エクアルの絶叫に応え、落下していたただの水の塊が、凄まじい勢いで回転を始める。それはやがて、全てを飲み込み、圧し潰す、強烈な大渦潮となってヘトゥケダゥに襲い掛かった。

 

「効かぬと言ったはずだ……!」

 

 天を覆う大渦潮を睨み据え、ヘトゥケダゥは即座に左手を天に掲げた。その頭上を覆うように、分厚い半球状の魔力障壁が展開される。

 

 だがそれも、アキシャの予想通りだった。

 

 ヘトゥケダゥが渦潮への対処で、上空に意識と魔力のすべてを集中させた瞬間。その死角、真背後から、いつの間にか回り込んでいたラビリアが静かに姿を現した。

 そして彼女の持つ魔法銃「フォトンフォース」は、尋常ではない魔力が込められた影響で、銃身全体が赤熱化し、陽炎のように揺らめいている。

 

「……君に見せてあげる。私が追い求めたロマンある一撃を!」

 

 ラビリアの覇気のある言葉に、ヘトゥケダゥが驚いて背後を振り向く。だが、もう手遅れだった。  ラビリアはありったけの魔力を注ぎ込み、限界を超えたフォトンフォースを構えた。

 

 

「――プリズム・バレット」

 

 

 次の瞬間、フォトンフォースの銃口から放たれたのは、もはや光の弾丸ではなかった。

 全ての色を内包し、それ故に純白にさえ見える、美しい虹色のエネルギー光線。ラビリアのロマンの全てが込められた虹色の光線は、ヘトゥケダゥが展開していた魔力障壁に直撃した。

 

 凄まじい貫通力。

 

 ラビリアの必殺の一撃は、ヘトゥケダゥの分厚い魔力障壁を、まるで熱したナイフがバターを切るかのように容易く破壊し、そのまま障壁を展開していたヘトゥケダゥの左手すらも根本から撃ち抜いた。

 

「ぐぁぁ……!?」

 

 左手を貫通され、障壁の維持ができなくなったヘトゥケダゥの動きが、完全に止まった。魔力障壁は消滅し、左手のほとんどを失ったことで完全な無防備状態となる。

 そんな奴の真上から、エクアルが生み出した必殺の渦潮が、もはや何の抵抗も許さず、ヘトゥケダゥの全身を飲み込んだ。

 

「ぐおおおおおっ……!?」

 

 ヘトゥケダゥの絶叫は、広場を揺るがす凄まじい水柱と轟音にかき消されていった。

 

 

※※※

 

 

 水が空高くはじけ飛び、灼熱と化していた広場に、恵みの雨のように降り注いだ。ジュウジュウと音を立てて蒸気が立ち上り、戦場の熱を急速に冷ましていく。

 エクアルとラビリアは二人とも、ほとんど全ての魔力を使い果たしていた。

 エクアルは浮遊魔法を解いて、ふらつきながらも地上に降り立つと、そのまま膝から崩れ落ちるようにへたり込んだ。

 

「……やれることは……やったわよ」

 

 ラビリアもまた、赤熱化していたフォトンフォースを抱きしめるように地面に座り込む。

 

「……さすがに、限界かも」

 

 二人は、荒い息を繰り返すことしかできなかった。

 

 

 ――だが、次の瞬間。

 

 

 未だに勢いが収まらない渦潮の中心から、二人の絶望を誘うかのような、凄まじい雄叫びが響き渡った。

 

「まだだ……! まだ終わらん……!」

 

 バシャアアアンッ!

 水飛沫を弾き飛ばし、傷だらけのヘトゥケダゥが、渦潮の中心を突き破って飛び出してきた。

 ラビリアの「プリズムバレット」によって左手はほぼ失われ、エクアルの「メガロ・ワール」によって頭部もボロボロに損傷している。だが奴の右手だけは、まだ健在だった。

 ヘトゥケダゥは、残った右拳を槍のように前に突き出し、動くことのできないエクアル目掛けて、最後の突進を開始した。

 

 

「そ、そんな……!?」

 

 

 琥珀の瞳が、絶望に染まった……その刹那。

 エクアルの前に、ボロボロ黒いコートを翻しながら、血塗れの影が飛び出してきた。

 

 

「……やり合おうぜ、最後まで」

 

 

 それは……全身ボロボロで、どうしてまだ立っていられるのかすら分からない状態のアキシャだった。

 怒涛の闘気すらも超えた、悍ましいほど狂気じみた表情で、彼女はヘトゥケダゥを一瞥すると……クリムゾンチェインブレードを、その震える両手で大きく振りかぶった。

 

 満身創痍の身体。

 

 だがその大剣には、先程までとは比較にならないほどの、紅蓮の魔力が渦を巻いて溢れ出していた。

 

 

「斬撃砲――ッ!」

 

 

 アキシャは、突進してくるヘトゥケダゥの右拳を目掛け、大剣を一気に振り抜いた。大剣に込められていた全ての魔力が、圧縮された紅蓮の波動砲となって発射される。

 そしてアキシャの「斬撃砲」とヘトゥケダゥの「破壊の右拳」が、真正面から激突した。

 

 空間が歪むほどの衝撃。

 

 永遠にも思える拮抗だった。

 紅蓮の光と灼熱のオーラが激突し、互いの存在を消し合わんと激しくせめぎ合う。アキシャのボロボロの身体から絞り出された最後の魔力が、紅蓮の光をさらに増幅させ、その輝きを強めていった。

 

 やがて、波動砲が甲高い音を立てて極限まで収束し、その貫通力を一点に集中させる。

 ピシリ、と硬質な音が響いた。ヘトゥケダゥの右拳を覆うオーラに、そして拳そのものに、確かな亀裂が走る。アキシャの執念が、天使の「破壊」の力を上回った瞬間だった。

 

 ついには轟音と共に、アキシャの紅蓮の波動砲はヘトゥケダゥの右拳を粉砕し、そのまま勢いを殺すことなく、その頭部を貫通したのだった。

 

 

「……馬鹿な」

 

 

 両手をボロボロに砕かれ、頭部を半壊させたヘトゥケダゥが、突進の勢いを失い、その場に崩れ落ちる。貫かれた頭部から、これまで身体を構成していた魔力が霧散していく。あれほど燃え盛っていた灼熱のオーラは完全に消え失せ、紫色の巨体はまるで糸が切れた操り人形のようにバランスを崩し、ゴシャリと鈍い音を立てて灼熱の地面に倒れ伏した。

 

 最後に……仰向けの状態で、もはや動くこともままならない天使は、静かに空を見上げて呟いた。

 

 

 

「……俺の負けだ、ウサギ共」

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