The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
たどり着いた島の外れにある木陰の広場から、三人は島の中心部へと続く石畳の道へと足を踏み入れた。
道は緩やかな坂になっており、道の両脇には素朴ながらも手入れの行き届いた花壇が続いている。見たこともない、淡い光を放つ花々が風に揺れていた。すれ違う島民たちは皆、驚いたように足を止めて三人の姿、特にその頭でぴんと立つウサ耳を好奇と警戒の入り混じった目で見つめていた。
「思ったより、ジロジロ見られてんな……そんなに珍しいか?」
「多分……この世界にはあまり獣人がいないんだと思う」
アキシャの呟きにエクアルがやんわりと答える。
やがて、道の先が開け、井戸のある広場へと出る。そこは島民たちの憩いの場になっているらしく、井戸端で談笑する女性たちや、広場を元気に走り回る子供たちの姿があった。香ばしいパンの焼ける匂いが、どこからか漂ってくる。
しかし、見慣れない三人の少女の登場に、その穏やかな喧騒はぴたりと止んだ。静まり返った広場に、三人のブーツが石畳を叩く音だけが、やけに大きく響いた。
ひそひそと、ささやき声が聞こえ始める。その言葉は、まだ彼女たちの知らない言語。だが、視線だけで十分にその意味は伝わってきた。母親が子供を背中に隠す仕草、男たちが用心深く身構える様子、それは彼女たちが「異質な存在」であることを物語っていた。
「こうなると、襲われてもおかしくはないか……」
突き刺さるような視線に、アキシャは長年の経験がもたらす警戒心を滲ませる。あからさまに表情は変えないものの、その雰囲気は先ほどまでの快活なものから、いつでも動けるという鋭さを帯びたものへと変化していた。
そんな緊張感をよそに、ラビリアは周囲の視線をあまり気にしていない様子で、きょろきょろと辺りを見回している。
「へぇ、井戸は手動式かぁ。あの家、屋根の構造が面白いね。風の抵抗を上手く逃がす作りになってる」
彼女の興味は、もっぱらこの島の建築様式や技術に向けられているようだった。
エクアルは背筋を伸ばし、にこやかな、しかし一切の隙を見せない表情で周囲をゆっくりと見渡す。そして、自身の喉元にそっと指を触れ、誰にも聞こえないほどの小声で呪文を紡いだ。
彼女の指先に淡い翠色の光が灯り、それが蝶のようにふわりと舞い上がると、アキシャとラビリアの額に吸い込まれるように消えていく。
言語解読魔法。どんな未知の言語であっても、自国の言葉のように理解し、話せるようになる便利な魔法だ。次の瞬間、アキシャとラビリアの脳内に、先ほどまで意味不明な音の羅列だったささやき声が、明瞭な言葉として流れ込んできた。
※※※
準備を終えたエクアルは、にこやかな表情のまま一歩前に出ると、できる限り穏やかな声で広場の人々に話しかけた。
「こんにちは。突然お邪魔してしまってごめんなさい。私たちは旅の者です」
その流暢な言葉に、島民たちの間に警戒と好奇の混じったどよめきが広がる。
「旅の者……?」
「船も使わずにどうやって……?」
ざわめく人々の中から、簡素な革鎧を身に着けた、自警団らしき男性が一人、用心深く前に出てきた。その手は、腰に下げた剣の柄に、いつでも抜けるように添えられている。
「待ちな。あんたたち、見かけない顔だが……どこから来た? 船が着いたという知らせは受けていないぞ」
エクアルは動じることなく、当たり障りのない笑みで答える。
「とても、遠いところからです。船は使ってなくて」
「船を使わずに……だと? まさか、自分の足で島々を渡ってきたとでも言うのか」
自警団の男性は眉をひそめ、ますます訝しげな視線を三人に向けた。その視線が、彼女たちの携える異様な武器へと注がれる。特に、アキシャが背負う、彼女の小柄な身体には不釣り合いなほど巨大な真紅の大剣に、隠しきれない警戒の色が浮かんだ。
「その物騒な得物はなんだ。傭兵か何かか?」
「いえ、傭兵ではないですね。これは護身用……と言ったところでしょうか」
張り詰めた空気が流れる中、輪の後ろからひょっこりと顔を出した幼い少年が、ラビリアの背負う、流線形の美しいフォルムを持つ魔法銃を指差した。
「ねぇ、お姉ちゃん。あれ、なぁに?」
その無邪気な声に、場の緊張がわずかに緩む。ラビリアはにこりと微笑むと、子供の前に歩み寄り、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「んー? これのこと? これはね、フォトンフォースっていうんだ。光の力を撃ち出す、すごい銃なんだよ。カッコいいでしょー?」
ラビリアは悪戯っぽく片目をつむぎ、子供の頭を優しく撫でた。その様子に、周囲の大人たちの表情も少しだけ和らぐ。
エクアルの落ち着いた物腰と、ラビリアの屈託のない態度。少なくとも、問答無用で襲いかかってくるような危険な存在ではないらしい。自警団の男性もそう判断したのか、剣の柄からそっと手を離した。
「ともかく、詳しい話を……」
彼がそう切り出そうとした、まさにその時だった。
※※※
ブゥゥン、という低く、重たい機械音が、どこからともなく響き渡った。
それは徐々に大きくなり、やがて足元の石畳をビリビリと微かに振動させるほどの轟音へと変わっていく。
その音を聞いた瞬間、島民たちの顔から血の気が引いた。先ほどまでの和やかな空気は跡形もなく消え去り、純粋な恐怖が広場を支配する。
「ま、まさか……この音は!」
「奴らだ! 盗賊団が来たぞ!」
誰かの絶叫を皮切りに、広場はパニックに陥った。人々は悲鳴を上げ、我先にと家の中へ、あるいは物陰へと逃げ込んでいく。
三人が空を見上げると、巨大な影が太陽を遮り、広場を薄暗く染め上げていた。
雲間から姿を現したのは、巨大なペンギンの形をした、なんとも珍妙なデザインの飛行船だった。
「なんだありゃ? すっげぇ変なデザインだな」
アキシャが首を傾げながら呟く。しかし、そのコミカルな見た目とは裏腹に、船体は鈍色に光る黒鉄で覆われ、船体のあちこちには物々しい武装が施されていた。けたたましい駆動音を響かせながら、それはゆっくりと広場の上空へと降下してくる。
やがて、飛行船の側面ハッチが音を立てて開き、そこから何本もの太いロープが投げ下ろされた。 ロープを伝って、粗末な革鎧を身に着けた男たちが、猿のように次々と広場に降り立ってくる。その数は二十を超えるだろうか。彼らはごつごつとした石製の剣を手にし、ぎらついた目で周囲を見回している。
「敵襲……みたいね。タイミングが悪いったらありゃしないわ」
エクアルは背負っていた水色の杖を手に持つと、静かに様子を観察する。
最後に、一際体格のいいリーダー格の男が、重々しい音を立てて着地した。彼は怯えて物陰に隠れる島民たちを嘲笑うかのように見渡すと、近くにあった露店の積荷を何の躊躇もなく蹴り飛ばした。色とりどりの果物が、石畳の上にゴロゴロと散らばる。
先ほど三人に話しかけてきた自警団の男性が、顔面蒼白になりながら、切羽詰まった様子で三人に小声で告げた。
「君たち、今のうちに逃げろ! 奴らは女子供にも容赦ねぇぞ!」
その言葉を裏付けるように、リーダー格の男が自警団の男性の胸ぐらを乱暴に掴み上げた。
「さあ、今月のお恵みの時間だ。さっさと出すもん全部出しやがれ!」
男の恫喝に他の盗賊たちも、野卑な笑い声を上げながら島民たちを脅し始める。島民たちの悲鳴と、盗賊たちの下卑た笑い声が広場に響き渡った。
その喧騒の中心で、三人のウサ耳の少女たちは、ただ静かに佇んでいた。自警団の男性が、逃げもせず平然としている三人を、信じられないといった表情で振り返る。
その視線の先で、アキシャは冷めた目でリーダー格の男を見据えていた。彼女の表情に変化はない。だがその右手の拳が、ギリッと音を立てて強く握りしめられる。