The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第32話 嵐を晴らさん

「上等だ! まとめてかかってきやがれ!」

 

 アキシャはぬかるんだ地面を蹴り、敵の大群へと真正面から飛び込んでいく。ずぶ濡れになった白い髪が、彼女の動きに合わせて激しく揺れた。

 だが敵陣の目前、なんとアキシャは背中に背負っていた真紅の大剣を、走る勢いのまま鞘へと納めた。

 

「お姉ちゃん……?」

 

 後方で「夜影」の迎撃を再開したエクアルが、その不可解な行動に怪訝そうな声を漏らす。

 

「弱点を突いた方が効率的なのは……アイツで証明済みだ!」

 

 アキシャは、あの赤島での死闘――ヘトゥケダゥとの戦いを思い返す。ただ力任せに押すだけでは……この世界の強敵には届かない。

 彼女は鞘に納めていた、とある神器を抜き放った。

 それは、剣身そのものが燃え盛る炎を宿したかのような、赤橙色に輝く片手剣。かつて「火の剣」と呼ばれていたが、赤島の「呪われた神器」を浄化したことで「烈火の剣」へと変貌したのだ。その剣身から発せられる熱が、豪雨に打たれたアキシャの身体から一瞬にして水蒸気を立ち上らせる。

 

(あの緑の本によれば、「雷弄者」の弱点は物理、「氷妨者」の弱点は火だ……!)

 

 アキシャは「烈火の剣」を逆手に構え、迫りくる敵の群れへとさらに加速する。

 真正面から稲妻と化して突進してきた一体の「雷弄者」に対し、アキシャは臆することなく踏み込んだ。雷の剣が振り下ろされる直前、その動きを完璧に読み切り、華麗なステップでその攻撃を回避する。

 すれ違い様、アキシャは「烈火の剣」を逆袈裟に切り上げた。豪雨の中でも燃え上がる刃が「雷弄者」の核を捉えると、奴は断末魔を上げる間もなく黒い灰へと変わる。

 

 一呼吸もおかず、アキシャはその勢いで茂みの奥に陣取る「氷妨者」の群れへと突貫した。

 「氷妨者」たちが慌てて氷の矢をつがえ、アキシャめがけて一斉に放つ。舞台で舞う踊り子の如く、アキシャはそれを華やかに避けていくが、避けきれなかった一発の矢が彼女の右腕を深く掠めた。パキパキと音を立て、アキシャの右腕が肘から先まで、分厚い氷で覆われていく。

 

「……この程度!」

 

 凍った右腕ごと、アキシャは「烈火の剣」を力任せに振るう。すると神器が宿す猛烈な炎の力が、右腕を覆う氷を内側から爆散させた。

 砕け散った氷片が豪雨に混じって飛び散る中、アキシャは「氷妨者」の懐に飛び込み、その胴体を容赦なく両断する。炎という弱点を突かれた「氷妨者」は、甲高い悲鳴を上げながら炎に焼かれ、黒い灰となって蒸発するように消滅した。

 アキシャは豪雨の中、炎を纏う剣を振り回し、ずぶ濡れの黒いコートを美しく翻しながら敵陣を蹂躙していく。時には「雷弄者」の高速移動に合わせて回し蹴りを差し込み、体勢を崩させてから剣で貫くなど、その戦いぶりは荒々しくも、確かに戦略に基づいていた。

 

 一方、上空では「夜影」の群れが、豪雨を切り裂いてラビリアとエクアルに襲いかかっていた。そんな中でラビリアは、地上で楽しそうに暴れ回るアキシャの姿を、ずぶ濡れになった髪の隙間から一瞥する。

 

「……アキシャ、楽しそうだねー。ま、こっちもさっさと終わらせよっか」

 

 半分呆れ、半分感心したようなやんわりとした表情。

 彼女もアキシャに見習うべく、フォトンフォースでの狙撃を止め、銃を背中に戻した。そして代わりに、まるで農具の鍬のような、奇妙な形状の杖を取り出した。

 それは、かつて天を翔け、世界を波乱に貶めた飛竜すら討ち落としたという神器「飛竜落としの術」だ。

 

「……雨の中で輝くのは、やっぱり雷だよねー」

 

 ラビリアがおっとりとした口調で、その鍬のような神器を豪雨の空に掲げる。すると神器の先端に、豪雨の中のわずかなマナが集束し、バチバチと紫電を迸らせ始めた。

 

 ――直後、眩い光が空を白く染め上げていく。

 

 神器を構えたラビリアが狙いを定めた宙空。「夜影」の群れが旋回する空を目掛けて、天から裁きの雷が、それこそ豪雨のように幾筋も降り注いだのだ。

 

「シャーッ!?」

 

 空を飛ぶ敵に絶大な威力を持つ稲妻が、半透明の身体を次々と正確に直撃する。雷に貫かれた「夜影」は甲高い悲鳴を上げ、その場で黒焦げになりながら、力なく草原へと墜落していった。

 

 氷と雷を纏う相手に臆することなく戦うアキシャと、新たな神器を手慣れた様子で扱いながら空の敵を制圧するラビリア。

 そんな二人の戦いを見ていたエクアルもまた、アキシャと「氷妨者」の群れを見据え、新たな神器を構えた。

 黄金色に輝く、先端に太陽を象った荘厳な装飾が施された、美しい杖。聖霊のオーラを放ち、邪悪な存在を討ち払う神器「エンジェルレイ」だ。

 

「お姉ちゃん、そこ、動かないで!」

「あ……? お前、私ごと撃つつもりか!?」

 

 「氷妨者」の群れと乱戦を繰り広げていたアキシャが、思わず抗議の声を上げる。

 そんな姉の言葉をエクアルは無視し、その黄金の杖をアキシャと彼女の背後にいる「氷妨者」の群れに向けて一直線に構え、聖なる光線を放った。

 眩いばかりの光の奔流が杖から溢れ、アキシャの身体を包み込んでいく。

 

「……!?」

 

 意味不明な妹の行動に、アキシャは衝撃に備えて身構える。

 しかし……その光には熱も衝撃もなく、むしろ温かな陽だまりのように、アキシャの身体を優しく満たしていった。今までの乱戦で受けてしまった細かい切り傷が瞬時に塞がり、豪雨に奪われた体力がみるみるうちに回復していく。

 

「……おお、すげぇな!」

 

 力がみなぎってくる感覚に、アキシャが驚きの声を上げる。

 そして、アキシャの身体を通り抜けた聖なる光線は威力を落とすどころか、彼女の背後にいた複数の「氷妨者」をまとめて撃ち抜いた。

 貫かれた氷の魔物たちは、浄化されるように苦しむ間もなく、溶けるように黒い灰となって消滅したのだ。

 

「ほぉ……? 攻撃と治癒を同時にやってのける神器か」

「……でも、魔力の再充填に少し時間がかかるわ。連発はできないから、気をつけて」

 

 エクアルが魔力を大きく消耗したのか、わずかに息を切らしながら杖を下ろした。

 

「いや……充分だ!」

 

 おおよそ回復したアキシャが、再び「烈火の剣」を握り直し、新たな「氷妨者」の群れへと突撃しようとした、その時だった。

 茂みの奥から放たれた「氷妨者」の矢が、アキシャではなく、後方のエクアルを狙って放物線を描く。

 

「エクアル、来るぞ!」

 

 咄嗟にアキシャが叫ぶ。エクアルはハッと顔を上げるが、ハイドロスタッフを構え直して魔法を放つほどの時間は残されていなかった。

 だがその氷の矢がエクアルに着弾する寸前、豪雨を切り裂いて一筋の光弾が横から飛来し、氷の矢を空中で正確に撃ち抜いて粉砕した。飛来した方向――ラビリアがフォトンフォースの銃口から硝煙を漂わせている。

 

「……よそ見、ダメだよー」

 

 フォトンフォースを構えたままのラビリアが、わずかに安堵の表情を浮かべながらそう言った。

 彼女はエクアルの無事を確認すると、即座に視線を空の「夜影」へと戻す。しかし、エクアルの窮地を救ったその一瞬の隙を、地上の敵が見逃すはずはなかった。ぬかるんだ地面を、凄まじい勢いで稲妻が迸り、ラビリアの背後から無音で迫ってきていたのだ。

 

「ラヴィ……後ろ!」

 

 今度は、エクアルが警告の声を張り上げた。

 ラビリアが警告に反応して振り返ると、それとほぼ同時、足元の地面が爆ぜるように弾け、雷の奔流から飛び出してきた「雷弄者」が、その帯電した腕をラビリアの足首に向かって伸ばしてきた。

 

「わわっ……!」

 

 驚異的な反射神経で、ラビリアは真上へと高く跳躍する。彼女が先程まで立っていた空間を、「雷弄者」の腕が空しく薙ぎ払い、豪雨で濡れた地面をジュッと焦がした。

 

「ちっ、しつけぇな!」

 

 その一連の流れを見ていたアキシャは「烈火の剣」を即座に仕舞い、背中の真紅の大剣へと瞬時に持ち替えた。ずぶ濡れの黒いコートをなびかせ、ぬかるんだ地面を蹴ると、ラビリアを襲った「雷弄者」へと向かって弾丸の如く跳んだ。

 

「おらぁっ!」

 

 空中で体勢を整えた「雷弄者」が迎え撃つよりも早く、アキシャの大剣による渾身の叩きつけが、その身体を直撃する。

 凄まじい質量攻撃を受け、「雷弄者」は抵抗する間もなく黒い灰となって粉砕され、その衝撃波が地面を激しく割った。

 だが、大剣を振り下ろした直後、アキシャの身体にわずかな硬直が生まれる。その隙を、上空で待機していた「夜影」の一体が狙い澄まし、豪雨を切り裂いてアキシャの背後へと急降下してくる。

 

「……させない!」

 

 アキシャの危機を即座に察知したエクアルが、ハイドロスタッフを正確に「夜影」へと向けていた。

 エクアルの杖先から放たれた高圧力の水鉄砲が、空気を貫き、「夜影」の薄い皮膜の翼を正確に撃ち抜く。翼をやられた「夜影」はバランスを崩し、けたたましい悲鳴を上げながら地面に激突した。

 

「サンキュ、エクアル!」

 

 アキシャは体勢を立て直すと、再び「烈火の剣」に持ち替えて「氷妨者」の群れへと飛び込む。

 三人はずぶ濡れのまま泥と血に汚れながらも、互いの死角を完璧に補い合い、敵の軍勢を圧倒していく。それは数々の死闘を共に乗り越えた彼女たちだからこそ、可能な阿吽の呼吸の連携だった。

 

 

※※※

 

 

 やがて、敵の数が目に見えて減り、その猛攻が緩んだ。

 

「今だ! 一気に中央の湖に向かうぞ!」

 

 アキシャが合図を出すと、エクアルとラビリアが即座に頷いた。

 三人は残った魔物を振り切り、呪いの気配が最も強い、島の中央にある広大な湖を目指して突撃した。豪雨に煙る湖の中心、そこには小さな浮島が浮かんでいた。

 

「……あれだ!」

 

 アキシャが、その浮島の中心を指差す。

 そこには、見慣れた台座に突き刺さった一本の剣。赤黒い瘴気と、不気味な紫色の輝きを同時に放つ『呪われた神器』が鎮座していた。三人はアキシャが生み出した「羊の加護」の足場で湖面を瞬時に渡り、浮島へと上陸する。

 

「二人とも、お願い!」

 

 エクアルが叫び、即座に『呪われた神器』の前で膝をつき、浄化の祈りを捧げ始めた。アキシャとラビリアは、エクアルを守るように立つと、最後の抵抗を試みようと迫りくる敵の軍勢を迎撃する。

 

「最後の……踏ん張りどころだ!」

「ここから先は、何があっても通さないよー?」

 

 空からは「夜影」の残党が、そして湖の対岸からは「氷妨者」や「雷弄者」が、エクアルを妨害せんと迫ってくる。特に「氷妨者」は、その特殊な能力を使い、湖の水面を足元から凍らせながら、氷の上を滑るようにしてこちらへ向かってきていた。

 アキシャは氷渡りをしてくる「氷妨者」の群れに正面から飛び込んだ。炎の剣が氷の魔物を両断し、同時にその足場となっている湖面の氷ごと蒸発させていく。フォトンフォースを連射するラビリアは、上空の「夜影」とアキシャを援護するように対岸の「雷弄者」を正確に撃ち抜いていった。そして……二人が決死の防衛を繰り広げている間、エクアルの祈りは最大に達する。

 

 金色の光がエクアルの身体から溢れ出して「呪われた神器」へと注ぎ込まれる。紫色の輝きと赤黒い瘴気が、聖なる光によって浄化されていき、剣が本来の清らかな輝きを取り戻した。

 

 その瞬間――島全体を覆っていた豪雨が、まるで嘘のように、急速に止んでいった。分厚い雨雲がみるみるうちに割れ、そこから眩い太陽の光が差し込んできた。その光が、浄化された湖の水面に反射し、島から空へと向かって、巨大な七色の「虹」を架けた。

 そして虹の輝きに溶かされるかのごとく、三人につきまとっていた敵の大群は黒い灰となって消えていったのだった。

 

「……おお。すげぇ……」

 

 ずぶ濡れのまま、アキシャがその光景に息を呑む。

 

「わぁ……。本当に、虹の島だったのね」

 

 エクアルはその場に座り込みながらも、うっとりと空を見上げた。

 

「んー……。これは、中々に綺麗だねー」

 

 ラビリアも、頬の泥を拭いながら、満足そうに目を細めた。

 三人はずぶ濡れのまま、美しい虹と呪いが晴れた心地よい風に包まれ、一戦を終えた達成感と、しばしの安堵に浸っていた。ずぶ濡れの服が、温かい太陽の光を浴びて、少しずつ乾いていく感覚が心地よかった。

 

 空には浄化された湖面を起点として、鮮やかな七色の光の橋が、まるで空を祝福するかのように架かっている。湖面にもその虹がくっきりと映り込み、二重の虹が世界を彩っていた。アキシャは武器を鞘にしまうと、両手を空に突き出し、思いっきり伸びをした。

 

「はーっ、終わった終わった! 流石にあの雨の中での戦闘はキツかったな」

 

 その快活な声に、エクアルもふふっと笑みをこぼす。

 

「本当に……そうね。それにしても……マナや空気も澄み渡っていて、すごく気持ちいい」

 

 エクアルが、浄化されたマナを確かめるように深呼吸する。

 

「そうだね。かなり骨が折れたけど……苦労した甲斐があったねー」

 

 ラビリアも、アキシャの隣にごろりと寝転がり、空を見上げた。三人は互いの泥と血と水でボロボロになった姿を見て、顔を見合わせ、再び笑い合った。この束の間の平和が、何物にも代えがたい報酬だった。

 

 

 だが、その安堵は、突如として破られた。

 

 

 ――ヒュルルルルルルッ!

 

 これまで聞いたことのない、空気を激しく切り裂く鋭い飛翔音がどこからか聞こえてきたのだ。

 

「……なんの音だ?」

 

 アキシャが空を見上げた瞬間、ラビリアが叫び声を張り上げた。

 

「まずい……なにか飛んでくる……!」

 

 三人はラビリアの声に反応し、考えるよりも早く、浮島から湖の岸辺に向かって全力で跳躍した。

 次の瞬間、三人が先程まで立っていた浮島に、大砲の球のような黒い物体が着弾し、とてつもない爆風が巻き起こった。

 

「うわっ!?」

「きゃあっ!」

「わわっ……!」

 

 三人は凄まじい爆風に背中から煽られると、湖の岸まで吹き飛ばされ、ずぶ濡れのまま地面を激しく転がった。

 

「……っ、人がくつろいでいるところに……!」

 

 アキシャたちは驚きと痛みの中、即座に体勢を立て直し、急いで辺りを見回して状況を確認する。

 今まで豪雨で見えていなかっただけなのか。雲が晴れた空、虹島のすぐ岸辺に、それは音もなく停泊しようとしていた。かつて交易島を襲った、あのペンギン型の飛行船を玩具と見紛うほどの、超巨大な空中要塞。禍々しい装飾が施された……巨大な「飛行船」だった。

 

 

「……なんだよ、あのデケェ船は」

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