The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
三人が見つめる先、浄化された虹島の岸辺に、まるで島そのものが停泊するかのように、巨大な飛行船がゆっくりと接近してきていた。
禍々しい装飾が施された船体は、虹島そのものと同じくらいの巨体を誇り、その側面には幾多の砲門が並んでいる。
「飛行船……? いえ、あそこまで来ると、もはや要塞ね……」
突如として現れた絶望的な戦力に、エクアルは思わず息を呑む。
「あの船の武装……まともに相手しちゃいけなさそうだねー」
ラビリアも、いつもの口調ながら、そのピンク色の瞳は鋭く敵艦を分析していた。
三人は虹島での激闘を終えたばかりの疲労困憊の身体で、再び武器を構え直す。激戦と豪雨でずぶ濡れになった服が、泥と汗で肌に張り付き、不快感が極限まで高まっていた。
「あの大きさ……もしかして」
エクアルはかつて交易島を襲った「ペンギン型の飛行船」そのものに『呪われた神器』が設置されていたことを思い出す。そして彼女は懐から、ウィ=キに貰ったばかりの新しい地図を急いで広げ、目の前の要塞と照合した。
「この近くにある島で該当するのは……やっぱり『空賊島』かしら?」
エクアルは地図を睨みつけながら説明する。
「島そのものが飛行船となった、実質的な空中要塞。その名の通り、邪神が生み出した空賊と呼ばれる魔物たちに占拠されている、と記されているわ」
「なるほど……つまりあれも浄化対象ってわけだな。なら話は早ぇ!」
三人が状況を分析している、まさにその最中。再び「空賊島」の側面、ずらりと並んだ砲門の幾つかが火を吹いた。
「来るぞ、散開しろ!」
いち早く攻撃の予兆に気づいたアキシャの叫びが響く。
三人は今度こそ爆風を食らわぬよう、即座に三方向へ跳躍し、着弾点から距離を取った。直後、先程まで三人がいた岸辺の地面が大爆発を起こし、土砂を派手に巻き上げる。大砲からの砲撃だというのに狙いは恐ろしいほどに正確だった。
それとほぼ同時、けたたましい金属的な警報音が「空賊島」全域から鳴り響き始めた。船体に備え付けられた拡声器から、雑音混じりの、しかし明確な敵意に満ちた男の声が響き渡る。
「目標捕捉! 目標捕捉! 全戦闘員に通達! 命令に従い、ただちに『兎の戦士』たちと戦闘を開始せよ!」
その怒鳴り声のようなアナウンスと共に、要塞の巨大な甲板が開かれる。
そこからかつて、ペンギン飛行船で遭遇した「盗賊」に似た、しかし遥かに重装備――金属製の鎧や魔力を帯びた装飾を身につけた集団が、虹島の草原へとゾロゾロと降りてくる。
「……だってさ。明らかに、私たちを狙ってきてるね」
そのアナウンスを聞いていたラビリアが、冷めた口調でそう言った。
「……ええ。地図の情報では、『空賊島』の本来の縄張りはこの虹島から大きく外れてる……。この島に来たのは、私たちを追ってきたとしか考えられないわ」
エクアルも、最悪の推測が当たったことに唇を噛む。
「だとしたら……誰かの差し金かもねー」
「誰かって……誰だ?」
「分からないわ。けれど……ヘトゥケダゥを倒した以上、他の天使とかに私たちの存在が知られていてもおかしくない」
エクアルの冷静な推測に、アキシャは忌々しげに唇を噛みしめる。
「……なるほどな。いよいよ私たちも敵にとって脅威になってきた……ってわけだ」
虹島を浄化したこの完璧なタイミングで、これほどの戦力と対峙するなんて偶然にしては出来すぎている。正体不明の何者かが、裏で糸を引いていると考えるのが妥当だ。
虹島での激戦を終えたばかりの状態で、敵の思惑通りに新たな大群と戦うのは、あまりにも無謀だ。そこでエクアルは、この状況を打開する最も合理的な手段を口にする。
「二人とも、ここは一度撤退したほうが……! このまま連戦は危険すぎるわ! 『羊の加護』で一度交易島に……!」
「……ダメだ」
エクアルが「羊の加護」での撤退を提案するが、普段の彼女らしくない低く抑えられた声がそれを制止した。その声にエクアルが驚いて姉の横顔を見ると、その琥珀の瞳には静かに燃える覚悟が宿っていた。
「仮にアイツらの狙いが私たちだとしたらだ。私たちが交易島に逃げたら、アイツらも交易島に来るんじゃないか?」
アキシャは、巨大な要塞を見据えながら続ける。その口調は淡々としているようにも見えるが……明らかに熱がこもっている。
「じいさんやあの島の人達を……危険に晒すわけにはいかねぇだろ」
その言葉に、エクアルは息を呑んだ。自分はただこの窮地から脱し、体勢を立て直すことしか考えていなかった。だがアキシャは……この極限の状況下で、自分たちを助けてくれた恩人たちの安全までをも考慮していたのだ。
だが同時に突きつけられた「連戦せざるを得ない」という絶望的な現実が、エクアルの全身に緊張を走らせる。
アキシャはふっと息を吐くと、敵の大群を目を細めて見据える。
そしてクリムゾンチェインブレードを構え直し、ニヤリと不敵な笑みを貼り付けたのだった。
「やるしかねぇだろ。こんな奴ら、さっさと蹴散らしてゆっくり休もうぜ!」
自分が負けることを一切考慮していない自信に満ち溢れた声。
そんなアキシャの掛け声にラビリアも、ほんわかとした笑みを浮かべると、その眠たげな瞳をギラつかせて敵軍を見据える。
「そうだねー。ここで全部終わらせちゃった方が、案外楽かもよー?」
死闘を潜り抜けたばかりだというのに、全く動じていない二人の姿。その揺るぎない強さに勇気づけられ、エクアルの心の恐怖が払拭されていく。
(全く……どこまでも前向きなんだから)
姉と幼馴染の勇敢な背中を見つつ、エクアルも覚悟を決めた。彼女はハイドロスタッフを強く握りしめ、目の前の脅威と真正面から向き合ったのだった。
※※※
三人が戦う決意を固めた……その時だ。
虹島に上陸してきた地上の集団が陣形を整えるより早く、「空賊島」の甲板から、新たな飛行部隊が、甲高い音を立てて飛び立ってきた。
それは一見すると、かつて「剣の遺跡島」で出会った「スカルアーチャー」に似た、骸骨の魔物だ。だがその背中には鳥の翼のような……いや複数の板を組み合わせたような、無骨な滑空翼が取り付けられている。さらにその手に持った弓矢には、パチパチと輝く雷のマナが迸っていた。
「飛行部隊……!?」
エクアルは即座に「見通しの書」を掲げ、高速で接近してくる敵影に焦点を合わせる。脳内に流れ込む情報を、彼女は叫んだ。
「あれは『スカルハーピィ』……翼で滑空し、雷の矢を放ってくるわ! 矢の着弾地点には……風の渦が発生するみたい!」
エクアルが情報共有を済ませた直後、「スカルハーピィ」の群れが三人の真上に到達する。そして幾多の骸骨たちが、その手に持った弓をしならせると、一斉に雷の矢を雨のように放ってきた。
「散れ!」
アキシャの号令で、三人は即座に散開する。
しかし矢そのものは回避できても、矢が着弾することで発生した小さな竜巻のような強烈な風の渦が彼女たちを襲う。
「うおっ!?」
アキシャは、突如として発生した風の渦に煽られ、体勢を崩されそうになる。ただでさえ虹島での連戦と豪雨でずぶ濡れの服が、強烈な風圧でさらに身体に張り付き、動きを著しく鈍らせる。
「また空飛ぶ敵かよ! 面倒くせぇな!」
アキシャは忌々しげに舌打ちし、あの「夜影」の如く、空を奇妙な軌道を描いて動きまくる「スカルハーピィ」の群れを睨みつけた。
しかしその直後……彼女はなにかを思いついたのか、その琥珀の瞳を爛々と輝かせ、不敵な笑みを浮かた。すると彼女はあろうことか、自分の相棒である真紅の大剣を背中の鞘に納めると、代わりに一見普通の弓矢にしか見えない神器を取り出した。
「柄じゃねぇけどよ……たまにはこういうのも面白いだろ!」
アキシャはその神器――「フックショットボウ」を構え、狙いを澄まして矢を放つ。
空を切り裂いた矢は、狙い違わず、上空を旋回していた一羽の「スカルハーピィ」の肋骨に見事着弾した。
「……捉えたぜ!」
アキシャがそう呟いた瞬間、神器の効果が発動した。
矢に繋がる見えない糸のようなものに引かれ、アキシャの身体が重力を無視して、まるで砲弾のように「スカルハーピィ」の懐へと射出された。
これこそが神器「フックショットボウ」の真価だ。この神器は矢が着弾した場所へ、装備者自身を瞬時に引き寄せるという、如何にもフックショットのような機能を持った弓矢の神器だった。
まさか地上の獲物が、一瞬にして自らの懐に飛び込んでくるとは予想だにしなかったのだろう。突然目の前に迫りくるアキシャをその空っぽの眼窩で戸惑うように見つめ、動きを一瞬止めてしまう骸骨。
その戦闘においては致命的すぎる硬直を見逃すアキシャではない。射出の勢いをそのまま利用し、空中で流れるように背中の真紅の大剣を抜き放つ。
「そこだ!」
空を切り裂く紅蓮の軌跡が、骸骨の脆い背骨を一刀両断にする。
斬り裂かれた「スカルハーピィ」は最期の抗いすら見せることなく、黒い灰となって霧散していった。
しかしアキシャの快進撃はここで終わらない。
「――次だ!」
アキシャは、霧散していく「スカルハーピィ」の残骸を空中で踏み台にし、兎ならではの跳躍力でさらに高く舞い上がった。彼女をきらびやかに輝かせる虹の空、眼下には驚愕してこちらを見上げる「スカルハーピィ」の群れ。
「おらぁっ!」
真紅の大剣を上から叩きつけて、二体目の骸骨も灰に変えると、ソイツも踏み台にして次の標的を狙い始める。
ここでアキシャは空中で身体を捻り、今度は神器のもう一つの機能――矢を着弾させた対象を「引き寄せる」力を使った。
「こっちに来やがれ!」
遠くの「スカルハーピィ」に矢を突き刺し、弓を引き絞ると、敵がアキシャの元へと凄まじい勢いで引き寄せられる。そしてアキシャは引き寄せられてきた骸骨を、カウンター気味の大剣の一振りで粉砕した。
「フックショットボウ」による縦横無尽の高速機動と、大剣による一撃必殺の斬撃。そして兎の跳躍力を組み合わせた、近接アタッカーとは思えない三次元的な空中戦が、虹島の空で繰り広げられていた。
そんなアキシャの常軌を逸した戦いぶりを見て、地上でラビリアが感嘆の声を漏らす。
「おー、流石はアキシャだー。……じゃあ地上の敵は私の担当かな」
ラビリアはアキシャが空を制圧している間に、虹島に上陸してきた地上の空賊集団へと向き直る。彼女は懐から取り出したマギスフィアに触れ、それを瞬時に機械刀へと変形させた。
「エクアル、地上の敵の情報、よろしくー」
「ええ……! 基本的に性質は盗賊と同じだけど、脅威度はこっちの方が遥かに上よ! 『炎の空賊』は炎のクロスボウ、『水の空賊』はトライデント、『雷の空賊』は雷の剣を装備しているわ……防具も硬そうだから注意して!」
「オッケー」
ラビリアはエクアルからの詳細な情報を受け取ると、機械刀を低く構えた。彼女のピンク色の瞳が、獲物を定めるように目の前の空賊集団を冷静に射抜く。
「雷迅ー……」
いつもの気の抜けた声でラビリアが呟いた――次の瞬間、ラビリアの姿がその場から掻き消え、空賊たちの陣形のど真ん中に黄色い稲妻が迸った。
「な、なんだぁ!? 消え――」
一番近くにいた空賊が驚愕の声を上げるが、その言葉は続かなかった。
彼の首筋、金属鎧のわずかな隙間を、ラビリアの機械刀が音もなく駆け抜ける。鮮血が迸り、空賊は自らが斬られたことすら認識できずに、その場に崩れ落ちた。
「速す――うわあぁぁぁっ!」
隣にいた空賊もトライデントを振りかぶるが、ラビリアは既にその背後に回り込んでいた。ラビリアは振り向きざまの空賊の腹部に強烈な蹴りを叩き込む。重い金属鎧ごと宙に浮いた空賊の身体を、そのまま機械刀で心臓部ごと貫いた。
「くそ……どこだ! どこにいる!?」
「囲め! 炎で焼き払え!」
周囲の空賊たちがクロスボウを構え、慌てて炎の矢を乱射する。
だがラビリアは敵陣のまっただ中を、まるで予測不可能な稲妻のように駆け巡っていた。彼女のベージュのロングコートが激しく翻り、その下の灰色のミニスカートが、高速移動とアクロバティックな回避のたびに、ふわりと舞い上がる。
炎の矢を紙一重で回避しながら、ラビリアは重装備の鎧の隙間――関節部、脇の下、膝裏――的確に弱点を狙い澄まし、目にも留まらぬ速さで斬り刻んでいく。
空賊たちの断末魔と金属鎧の擦れる甲高い音が戦場に響き渡る。ラビリアの残像だけが、黄色い稲妻のように戦場を駆け巡っていた。
※※※
アキシャとラビリアはその卓越した戦闘技術で空賊たちを圧倒していた……しかし虹島での激戦によって抱えてしまった疲労は、彼女たちの魔力や体力だけでなく、精神力も確実に削っていた。
三次元機動で戦うアキシャは確かに「スカルハーピィ」の群れを圧倒していた……しかしそれは虹島での連戦で蓄積した疲労を、アドレナリンで無理やり押さえつけての曲芸だった。
空中で一体の骸骨を踏み台にし、次の獲物へと跳躍しようとした……その瞬間。アキシャの動きが、ほんのわずかに鈍る。
(……くっ、ちょっと無理しすぎたか?)
蓄積した疲労が、一瞬だけ彼女の身体のキレを奪った。その一瞬の隙を突き、「スカルハーピィ」が放った雷の矢が、アキシャの左肩を掠める。
「ぐっ……!」
激しい痛みと共に、雷の力が肉を焼く。衝撃で空中の体勢が崩れ、アキシャは受け身も取れずに地面へと叩きつけられた。黒いロングコートが焼け焦げ、その下の白い肌が裂け、鮮血がわずかに飛び散る。
地上でも、ラビリアが限界を迎え始めている。敵に捉えさせない高速戦闘よる魔力消耗は、やはりと言うべきか、激戦を繰り広げた後の身体にはかなり響く。
「はぁ……はぁ……。ちょっと、数が多いかもー」
彼女の息が荒くなり、玉のような汗が頬を伝い、薄いピンク色の髪がじっとりと肌に張り付く。濡れたベージュのロングコートの下、白いブラウスが彼女の華奢な胸の起伏をくっきりと映し出していた。
「囲め! あのピンク髪を先に仕留めろ!」
「さっきはよくもやってくれたな!? 食らいやがれ!」
ラビリアの動きが鈍ったのを見て取った「炎の空賊」たちが、一斉に炎のクロスボウを放つ。ラビリアは即座に後方へ跳躍して回避するが、そのうちの一本が彼女の頬を深く掠めた。
「……っ!」
チリッ、と皮膚が焼ける鋭い痛みに、ラビリアは小さく顔をしかめる。白い頬に、一筋の火傷の痕が赤く残った。
その間にも「空賊島」の甲板からは、ロープや滑空翼を使って次々と増援が送り込まれ、敵の数は一向に減る気配がない。後方で戦況全体を冷静に分析していたエクアルが、ハイドロスタッフで一体の空賊を水流で押し返し、二人に叫んだ。
「やっぱり敵の数が多すぎる……! 持久戦はあまり得策じゃないわ!」
このまま防衛戦を続けても、こちらの消耗が激しくなるだけだ。エクアルは、増援を送り続ける巨大な空中要塞を見据え、この膠着状態を打破するための、唯一にして最速の活路を決断する。
「あいつらの狙いが私たちで、あの船が元凶なら……!」
エクアルはハイドロスタッフを「空賊島」の巨大な甲板へと向けた。
「このまま防衛するより、こっちから甲板に乗り込んで、親玉を叩くわよ!」
彼女が提案するにはあまりにも無謀な策。だが空中で左肩の傷を押さえながら体勢を立て直したアキシャは、傷口から流れる血を乱暴に拭うと、獰猛に笑った。
「上等だ! 任せとけ!」
地上で敵のトライデントを機械刀でいなしたラビリアも、その口の端を吊り上げた。
「了解ー。まあ、派手に暴れたほうが楽しいもんねー」
三人は次なる戦場――巨大な空中要塞「空賊島」の甲板を、決意と共に見据えた。