The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
「行くぞ!」
三人は浄化された虹島の岸辺から、眼前に迫る巨大な空中要塞「空賊島」の甲板へと、一斉に跳躍した。
まさか標的が真正面から乗り込んでくるとは思わなかったのか、甲板の上ですでに出撃準備を整えていたおびただしい数の空賊たちが驚愕の声を上げる。
「なっ!? 奴ら、乗り込んできたぞ!」
「馬鹿なのか!? いや、血迷ったか! 殺せ!」
混乱と怒号を飛び交わせる空賊たちの、まさにそのど真ん中に、三人は甲板の分厚い木材を軋ませ、着地した。
まだ濡れたままの黒いコートを翻したアキシャは、その鋭い琥珀の瞳で即座に周囲の状況を把握する。甲板の中央付近、船尾楼のように一段高くなった場所に、船内へと続くであろう、禍々しい紋章が刻まれた重厚な金属製の扉を発見した。あれが……この要塞内部への入り口に違いない。
「よし、ここは私に任せとけ! 時短するぞ!」
アキシャの言葉にエクアルとラビリアは一瞬、その意図が読めず、首を傾げた。
しかしアキシャが紅蓮の大剣を両手で握りしめ、腰を落とし、あの見覚えのある体勢を取ったのを見て、瞬時にその意図を理解した。二人は即座に、アキシャの左右へと駆け出し、射線上の空賊たちを蹴散らして進む。
アキシャは、真正面から迫りくる空賊たちを睨みつけながら、自らの魔力の流れを大剣へと集中させた。
(大丈夫だ……今の私ならできる!)
今までの戦いでもたらされた疲労が嘘のように、彼女の奥底から、煌めく紅蓮の魔力が引き出され、大剣の刀身に渦を巻いて集束していく。
「――吹き飛べッ!」
狙いを定めた船室の分厚い壁目掛けて、アキシャは渾身の力で大剣を振り抜いた。
斬撃砲――圧縮された魔力の波動砲が、叫び声と共に解き放たれ、紅蓮の衝撃波となって発射される。アキシャの前に立ちはだかろうとしていた空賊たちが、その圧倒的な衝撃をその身に受けて「ぎゃぁぁああ!」と断末魔を上げ、空中で黒い灰となって消滅した。
そして、紅蓮の衝撃波は一切勢いを衰えさせることなく、分厚い金属製であったはずの船室の壁に直撃。轟音と火花を撒き散らしながら、それをまるでガラス細工のように粉々に破壊した。
「今のうちだ、突っ込むぞ!」
「ええ……!」
「了解ー!」
アキシャが破壊した壁の穴――まだ爆煙と金属の破片が舞う、その穴を指差して叫ぶ。
他の空賊たちは、アキシャが放った大技の衝撃と破壊力を目にして、完全に度肝を抜かれていた――その一瞬の隙を突いた三人は脇目も振らず、破壊された壁の穴から要塞内部、飛行船の船室へと潜り込んだ。
※※※
三人が船内に侵入した直後、けたたましい侵入者警報が、船内の隅々まで鳴り響き渡った。
船内はかつて攻略したペンギン型の飛行船とは比べ物にならないほど広く、迷路のような複雑な構造になっていた。所々が薄暗い木造の通路かと思えば、島そのものをくり抜いて要塞化している影響か、ゴツゴツした岩肌が剥き出しの洞窟のような場所も混在している。
「『呪われた神器』の気配は、船の底から感じるわ……こっちよ!」
目を閉じてマナの流れを感じ取ったエクアルは、水色の杖で通路を指し示す。
三人はエクアルを先頭に、警報が鳴り響く船内を突き進んだ。しかし迷宮のような通路の曲がり角から、警報を聞きつけた空賊たちが次々と現れ、三人の前に立ちはだかる。
「止まれ! 兎ども!」
「ここから先は通さねぇぞ!」
クロスボウを構えた空賊が、炎を纏った矢を容赦なく放ってくるが、それよりも早くアキシャが先陣を切って飛び出した。
「邪魔だ!」
アキシャはまるで舞台に踊り出るかのように華麗なステップで炎の矢を回避すると、その真紅の大剣を盾のように構え、突進してきた空賊の剣を、火花を散らしながら受け止めた。
「おらよっ!」
アキシャは力任せに空賊の剣を跳ね除けると、その反作用の勢いを利用して身をくるりと回転させる。遠心力を乗せた大剣の柄が、空賊の兜にめり込み、体勢を崩させた。そしてよろめいた敵の鎧の隙間に、アキシャはすかさず力強い蹴りを叩き込み、壁に叩きつけた。
「アキシャ。横、がら空きだよー」
だがアキシャが一体を仕留めた直後、その死角から別の空賊が剣を振りかぶっていた。その空賊よりも速く、ラビリアが狭い通路の壁を駆け上がる。反対側の壁を蹴って三角飛びで宙を舞い、アキシャの頭上を越えていく。
「……よっと」
灰色のスカートが重力に逆らってふわりと翻り、その下の引き締まった太ももが惜しげもなく露わになった。
アキシャの隙を狙った敵の首筋を、空中で華麗に舞うラビリアが機械刀で正確無比に切り裂く。鮮血が飛び散り、空賊はわずかに呻くとそのまま崩れ落ちたのだった。
瞬く間に前衛を片付けた後、三人は再びエクアルを先頭にして走り出す。警報が鳴り響く中、鉄格子の扉を蹴破り、蒸気が噴き出すパイプの下を潜り抜け、ゴツゴツした岩肌の洞窟を駆け抜けていく。
そんな中、エクアルが次の分岐点でちょっと自信なさげに叫んだ。
「こ……こっちよ!」
アキシャとラビリアがエクアルに従って角を曲がると、そこは無慈悲な行き止まりだった。
「お、おい! 行き止まりじゃねーか!」
「ご、ごめんなさい! 内部構造が想像以上に複雑で……マナの反応が入り乱れているみたい!」
道を間違えてあたふたしているエクアルを落ち着かせようと、ラビリアが彼女の隣に並んで立ち、彼女の肩に優しく手をおいた。
「慌てない慌てなーい。深呼吸して集中だよー?」
「う、うん……」
ラビリアのアドバイス通り、エクアルは一度目を閉じ、深呼吸する。
「……今度こそ合ってるはず、こっち!」
今度のエクアルの案内は間違えてなかったようで、奥まで通路が続いていた。
だがその通路を駆け抜けようとした三人の前に、行く手を阻むように空賊がトライデントを構えて立ちはだかった。
「ここから先は通さねぇぞ!」
「ラビリア! 合わせろ!」
「オッケー」
アキシャが真正面から真紅の大剣を振りかぶり、空賊のトライデントに力任せに叩きつける。
ガギンッ、と凄まじい金属音が響き渡り、空賊がその圧倒的な力に耐えようと踏ん張った、その瞬間。ラビリアが、アキシャの足元をスライディングするように滑り込み、空賊の足元を機械刀で薙ぎ払った。足首から鮮血を撒き散らしながら、体勢を崩した空賊は抵抗も虚しく、前のめりに倒れそうになる。
「……貰った!」
崩れ落ちる空賊の頭上から、アキシャが慈悲無く大剣を振り落とし、頭蓋を叩き割って沈黙させたのだった。
アキシャとラビリアは、エクアルの道案内に惑わされつつ、完璧な連携で空賊たちを瞬時に退け、船の奥深くへと突き進んでいく。
狭い通路での戦闘は敵に囲まれるリスクが低い……エクアルの「甲板に乗り込む」という判断は、結果として正しかったと言えるだろう。
食料庫、武器庫、そしてなぜか氷漬けの魔物が保管されていた冷凍庫など、様々な区画を駆け抜ける。
そして三人はついに、船の最深部――轟音と共に巨大な歯車が回り続ける、機関室のような場所へと到達した。そこには紫色の禍々しい輝きを放つ「呪われた神器」がいつも通り、灰色の台座に突き刺さっていた。
「おっ、見つけたぞ!」
アキシャが嬉しそうに叫ぶ。
しかし神器の近くには、やはりと言うべきか……ひときわ豪華な装備を身につけた男の空賊が、なにやら機械っぽいものを慌てふためきながら弄っていた。その容姿から察するに、奴は今まで空賊たちを指揮していたリーダーの様な存在なのだろう。
「ヒッ……! な、なんで……あの戦力を相手にして……化物か、お前ら!」
男は、血と泥に塗れながらも最奥部までたどり着いてしまった三人の姿を見て、明らかに狼狽し、泣き言を叫んだ。
だがアキシャたちがじりじりと距離を詰めると、男は覚悟を決めたように、背中に背負っていた異様な形状の神器を構える。それはオレンジ色に輝く、散弾銃のような無骨な武器だった。
「あなたに命令したのは誰? ヘトゥケダゥと同じ……天使かな?」
ラビリアが機械刀の切っ先を向けながら、核心を突いた質問を投げかける。
その言葉に、男は肩をビクッと震わせたが……首をブンブンと振りながら怒鳴り返した。
「うるせぇ! テメェらに言う訳ねぇだろ! それに、喋ったら俺が殺されちまうんだよ! お前らこそ、ここで死ねぇ!」
空賊の指揮官はヤケクソ気味にそう叫ぶと、そのオレンジ色に輝くショットガンの引き金を、躊躇なく引いた。
銃声が轟くと、銃口からピンク色に美しく輝くダーツのような幾多の弾丸が、機関室全体に撒き散らされるように発射される。機関室の中、三人は即座に散開してダーツを回避しようとしたが……
「きゃっ! 反射した……!?」
エクアルが、ハイドロスタッフで飛来したダーツを弾きながら驚愕の声を上げる。
なんと弾丸は、機関室の壁や床、剥き出しの歯車に当たると、甲高い音と火花を散らして跳弾し、ありえない軌道を描いて再び三人を自動的に追尾し始めたのだ。
「もしかして……これも神器!?」
エクアルは即座に「見通しの書」を取り出し、指揮官が持つオレンジ色のショットガンへと掲げた。
「名前は『クリスタルシャッガン』! 魔力をダーツとして射出し、壁に当たると跳弾、自動的に標的を追尾する……!」
エクアルが情報を読み取った直後、壁から跳ね返ったダーツがエクアルの頬を掠める。
「わわっ……!」
ラビリアも壁を蹴ってアクロバティックに跳弾を回避するが、予測不可能な軌道を描いたダーツの一本が、彼女の回避先を読んでいたかのように飛来し、その脚に深々と突き刺さった。
「いっ……!?」
ラビリアの口から、素直な痛みの声が漏れた。
機械刀を握りしめたまま、片膝をつきそうになるのを必死に堪える。ずぶ濡れだった灰色のミニスカートが、流れ出した鮮血でじわりと赤く染まっていく。
「大丈夫か、ラビリア!?」
一方、アキシャは四方八方から迫るピンク色のダーツの嵐を、その真紅の大剣で弾き返しながらも、その軌道を冷静に見切っていた。
「……随分と厄介な武器じゃねぇか」
そう呟きつつアキシャは集中力を限界まで引き上げる。指揮官が魔力を充填しようと、銃口をわずかに下げた――そのわずかな隙を彼女は見逃さなかった。
不敵な笑みを浮かべると、アキシャは超人的な動体視力で、自分に向かってきた跳弾ダーツ三本を、あろうことか素手で掴み取ったのだ。
「なっ!? 掴んだ……!?」
空賊の指揮官が、信じられないものを見たかのように目を見開き、わなわなと震え始める。
「んじゃ……お前にそっくりそのまま返してやるよ!」
掴み取ったクリスタルダーツを、アキシャは空賊の指揮官に向かって、渾身の力で投げ返した。
アキシャの腕力で放たれたダーツは、銃弾をも超える豪速となり、指揮官の分厚い鎧を紙のように貫通し、その胸に深く突き刺さった。
「が……はっ……」
指揮官は自らの武器によって貫かれた己の胸を見下ろし、信じられないという表情のまま、激しく吐血すると、黒い灰となって消滅した。床には彼が持っていたオレンジ色のショットガン――「クリスタルシャッガン」が、カランと音を立てて転がったのだった。
「やはりアキシャは脳筋バニー……やーい」
「少し黙っとけ」
あまりにも荒唐無稽な決着のつけ方にラビリアが煽ると、アキシャは真紅の大剣を背中に収めながらバツが悪そうにそっぽを向いた。
※※※
追手が来ないことを確認し、エクアルが即座に「呪われた神器」に駆け寄り、浄化の祈りを捧げ始めた。
金色の光が神器を包み込み、紫色の輝きが浄化されていく。やがて神器が本来の輝きを取り戻すと、轟音を立てていた機関室の動力炉がゆっくりと停止し、船全体の振動が止まった……「空賊島」は飛行船としての機能を完全に失ったのだ。同時に船内に残っていた空賊や、外を飛んでいた「スカルハーピィ」も、すべて黒い灰となって消滅していった。
今度こそ全ての戦いが終わった。
そう確信した三人は、ドッと肩にのしかかってくる疲労に促されるまま、その場にへたり込んだ。
「……はぁー……疲れた……。流石にキツすぎたぜ」
アキシャは機関室の冷たい床に、大の字になって転がった。
彼女がコートの内に着ていた白いブラウスは、あらゆる液体でぐしょぐしょに濡れそぼり、その下の色っけのない下着のラインがわずかに透けていた。
「……無茶しすぎなのよ。ほら、お姉ちゃん、腕の傷見せて」
エクアルも荒い息を整えながら、アキシャの傍らに座り込んだ。そして彼女が「スカルハーピィ」に負わされた左肩の傷に、治癒魔法の淡い光を灯す。
「……雨も止んだし、襲撃してきた奴らも制圧できた……これでやっと帰れるねー」
ラビリアは壁に背中を預け、痛む脚を投げ出していた。彼女の頬には、空賊の炎の矢による火傷の痕が痛々しく残り、脚にはまだピンク色のクリスタルダーツが突き刺さったままだった。
エクアルはアキシャの応急処置を終えると、今度はラビリアの脚の治療を始める。
「……結局、誰の差し金だったんだ?」
大の字になっていたアキシャがむくりと上半身を起こし、同じく床に座り込んで、ぐったりとしている二人を代わるがわる見つめながら呟いた。
「分からないわ。でも……ヘトゥケダゥとは別の、私たちを明確に敵と認識している存在がいることは確かね」
エクアルがラビリアの太ももに深々と突き刺さったクリスタルダーツを慎重に引き抜きながら、険しい表情で答える。
「……ソイツともいつかは、戦うことになりそうだねー」
ダーツが引き抜かれたラビリアの傷口から、再び鮮血が滲む。ラビリアは痛みに顔をしかめながらも、壁に寄りかかったまま、億劫そうに言った。
「んー……情報吐くまで、痛めつければ良かったかなー?」
「そんな時間なかっただろ? それに……やったらやったで気分悪いしな」
ラビリアの物騒な冗談を、アキシャがぶっきらぼうに制する。そんな彼女の言葉にラビリアは少し目を丸くすると、クスリと笑ってみせた。
「ふふっ……そうだねー。やっぱりアキシャは優しいなぁ」
エクアルによる止血と治癒が終わり、脚が動くようになったラビリアはよろよろと立ち上がると、アキシャの隣にすすっと移動し、その隣に再び座り込んだ。
そして包帯が巻かれたばかりのアキシャの右腕に、甘えるようにそっと抱きついた。激闘の末に汚れた二人の肌が、じかに触れ合う……その柔らかさと温もりが、アキシャの身体をビクリと震わせた。
「ひっつくな、暑苦しい! 汗くせぇだろ!」
「くさくないもーん」
「……ゔゔゔ、離れろぉ!」
アキシャは頬が朱色に染まるのを隠したいのか、ラビリアの頭をぐりぐりと押し返した。だがその声と行動に本気の拒絶はこもっていない。
こうして「虹島」と「空賊島」という、二つの死線を立て続けに乗り越えた三人は、ようやく訪れた束の間の休息に、疲労困憊の身体を委ねるのだった。
※※※
夜の帳が下り、月明かりだけがその静かな島を青白く幻想的に照らし出していた。
十字架を模した無数の墓石が、丘の上に整然と並び、まるで眠る魂たちを守るかのように、黄色い薔薇を咲かせた茨と蔦がそのすべてを優しく覆っている。
一人の少女が、その霊園をゆったりと歩いている。
月光を反射して白銀に輝く、薄水色の長い髪が夜風に流れるように揺れている。彼女の頭上には、この霊園の花と同じ、黄色い薔薇が咲いた茨の冠が戴かれていた。ゆったりとした白色のワンピースは彼女の清廉さを際立たせているが、その背中からは……この神聖な場所にはあまりにも不釣り合いな、吸血鬼を思わせる一対の黒い翼が生えていた。
少女がひときわ大きな墓石の前で立ち止まると、その墓石の影が歪み、中から黒尽くめの魔物が音もなく現れ、その場に深く跪いた。
「……ご報告いたします。『空賊島』の者たちは、命令通り対象である兎の戦士たちと接触しましたが……」
魔物は感情を一切排した声で、淡々と事実だけを告げる。
「ヘトゥケダゥ様を倒したという報告通り、対象は圧倒的な戦闘力を有しており……返り討ちに遭い、『空賊島』は浄化され、機能停止しました」
少女はその失敗の報告を聞いても、表情一つ変えなかった。ただ「ふーん、そうなんだ」と、夜空に浮かぶ月を見上げたまま、相槌のように呟いただけ……。
やがて彼女はその白い首筋をゆっくりと巡らせ、報告者である魔物を見下ろす。その光が一切宿らない、美しい緑色の瞳が、楽しそうに細められた。
「そっかぁ、勝てなかったかぁ。あんなにいっぱいいたのに……残念だねっ」
その声は鈴が鳴るように明るく活発で、聞く者を惹きつける可憐さがあった。
しかし彼女の瞳は、その声色とは裏腹に一切笑ってはいなかった。
「まぁでも、仕方ないよね。報告ありがとっ! もう下がっていいよ」
「はっ」
黒尽くめの魔物は短く応えると、まるで影に溶けるかのように、その場から音もなく消え去った。
再び一人きりとなった少女は、霊園を渡る優しい風に、その長い髪をなびかせながら、再び夜空を見上げる。その瞳が夜空の向こう、遥か彼方にいるであろう、ただ一人の愛しい主の姿を思い浮かべる。
「トゥルタリア様、まかせてください。……あたしが、あの神々の目論見を、必ず阻止してみせますから」