The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第35話 戦いを彩る神器たち

 想定外の死線を乗り越えた、その翌朝のことだ。

 穏やかな日差しが窓から入り込み、貸し与えられた交易島の拠点の中を静かに照らしていた。

 

「んにゅー……」

 

 共同寝室のベッドから、アキシャが猫のような独特の伸びをしながらゆっくりと身体を起こす。連戦による疲労は、昨夜の深い眠りでも完全には取り切れておらず、全身の筋肉が心地よい倦怠感を訴えていた。

 まだ覚醒しきらない頭で、彼女はふらふらと寝室を出ると、あまり手入れされていないが日当たりの良い庭へと歩み出た。

 

「ふぁ……。いい天気、だな……」

 

 朝のひんやりとした新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、ようやく意識がはっきりとしてくる。

 今のアキシャの服装は、もちろんあの血と泥に汚れた戦闘服ではない。ラビリアに頼んで仕立ててもらった淡いピンク色の柔らかい綿のシャツと、動きやすい同色の短パンというこの世界のファッションに溶け込んだ寝間着姿だった。寝間着の胸元と袖口には、主張しすぎない、小さな白いリボン――それが風を受けてふわりと揺れ動く。

 寝起きの無防備な姿……ゆったりとした寝間着の襟元はわずかに緩み、白い首筋や汗で湿った鎖骨が、穏やかな朝日にきらりと照らされている。

 

 アキシャが庭で大きく身体を伸ばして、日課のストレッチをしていると、先に起きて物干し竿に洗濯物を干していたエクアルが話しかけてくる。

 

「おはよう、お姉ちゃん。よく眠れた?」

 

 物干し竿にはすでに、三人の戦闘服が丁寧に修復された状態で、綺麗に洗濯されて干されている。

 ちなみにエクアルの服装も、交易島で物々交換して手に入れたというラフな私服スタイルだった。洗い立てのような清潔な水色のブラウスに、足首まであるゆったりとしたベージュのロングスカート。その姿は戦場を駆ける彼女の凛々しさとは違って、年相応の少女の可憐さを感じさせた。

 

「ん……まぁな、おはよ。……うわ、もう洗ったのか。私たちの服、大丈夫そうだったか?」

 

 アキシャは、頻繁にボロボロになる自分のコートが新品のごとく修復されているのを見て、素直に感心する。

 

「うん、なんとかね。でも……魔法で修復できる素材だからって、雑に扱わないでよね? 結構大変なんだから……!」

 

 エクアルは洗濯ばさみを手にしたまま、少し頬を膨らませて抗議する。

 

「んなこと言われてもなぁ……死と隣り合わせの状況で服なんか気にしてられっかよ」

 

 アキシャは悪びれもなくポリポリと頭をかく。彼女にとって、戦闘中の服装は「鎧」であり、汚れることも破れることも、命を守るための当然のコストだった。

 

「まぁ、そうだけどさぁー」

 

 エクアルは溜息交じりにそう言いながらも、どこか楽しそうだった。

 ふと自分の新しい服装にアキシャの視線が向いたのを察すると、エクアルは今がチャンスとばかりに、期待に満ちた瞳を輝かせた。戦闘服ではない……ただの「女の子」としての自分。一番身近な姉に、たまにはそういうところも見てほしかったのだ。

 彼女はアキシャの周りを「どう?」とでも言うように、スカートの裾を少し揺らしながら、少しだけくるりと回ってみせた。

 

「えへへ。これ、この島のお店で手に入れたの……可愛い?」

 

 妹の分かりやすい「褒めて」というアピール。だが、生憎とアキシャはそういった乙女心には極めて鈍感であった。まだ冴え渡っていない頭で、彼女は返答を考える。

 

「あー? うん。水色だし、エクアルっぽいじゃん。可愛いんじゃないか」

 

 外見にほとんど頓着しないアキシャが、眠そうにあくびを噛み殺しながら、思ったままの回答を返す。

 その瞬間、エクアルが期待していた賛辞とは、あまりにも程遠い反応に……彼女の表情が、笑顔のままピシリと凍り付いた。そしてエクアルは頬を「ぷくー」とリスのように目一杯膨らませると、アキシャからプイッとそっぽを向いてしまった。

 

「……もういいわよ。朝ご飯の準備、手伝って」

 

 明らかに、声のトーンが三段階は低くなっている。

 

「え、なんで怒ってんだよ……」

 

 なんの悪気もなく答えたはずなのに……。

 アキシャはそんな妹の気持ちが全く理解できず、本気で首を傾げるしかなかった。

 

 

 三人がリビングのテーブルにつき、スープやパンといった簡素だが温かい朝食が並ぶ頃、ようやくラビリアが眠たそうな目をこすりながら起きてきた。

 

「おはよー……ねむい……」

 

 かつてアキシャによる地獄の「くすぐりの刑」に処されて以来、どれだけ眠くてもアキシャに起こされるのだけは嫌なのか……ラビリアはなんとか自力で起きるようにはしていた。

 ラビリアの服装もラフな寝間着だ。清楚な白色の薄手のシャツに、ホットパンツ丈の灰色の短パン。シャツの裾からはしなやかで美しい太ももが惜しげもなく伸びている。相変わらずだが。淡いピンク色の髪には、あちこちに寝癖がついて跳ねていた。

 

 三人の座席は自然といつもの位置に決まっていた。アキシャとラビリアがテーブルの片側に並んで座り、そのアキシャの正面にエクアルが座る形だ。エクアルはまだ不機嫌そうに黙々とスープをスプーンでかき混ぜ、すくって飲んでいる。

 

「んー……どうしたのー? エクアル」

「……なんでもないわ」

 

 あからさまに「なんでもなくない」態度のエクアルと、何も分かっていないアキシャを交互に見たラビリアは、なんとなく何が起きたのかを察した。ラビリアはやれやれと小さく息をつくと、何事もなかったかのように、脈絡なくエクアルに話しかけた。

 

「あ、そうだ。エクアル、その私服すっごい可愛いねー。とっても似合ってるよー」

 

 エクアルが一番欲しかったその言葉。

 単純な彼女はその一言で、まるで暗雲が晴れたかのように、パァッと笑顔を咲かせた。

 

「えへへ、本当!? ありがとう、ラヴィ! このスカート、刺繍も可愛くって。今度ラヴィの服も一緒に、見に行きましょうよ!」

「いいねー、付き合うよー?」

 

 すっかりご機嫌になったエクアルを横目に、隣に座るラビリアはアキシャの耳元にこっそりと顔を寄せて、小声で伝える。

 

「ちゃんと褒めてあげないと可愛いそうでしょー?」

「うっ……めんどくせぇな……。分かったよ」

 

 ラビリアの吐息が耳にかかり、アキシャは少しだけ身体を震わせた。彼女は乙女心の機微という、戦闘よりも遥かに難解なものに直面し、仕方なく反省するのだった。

 

 

※※※

 

 

 和やかだったかもしれない朝食が終わり、三人が一緒になって食器を片付けた後。

 気分を切り替えるように、エクアルが「さて、昨日手に入れた神器の整理をしましょう!」と提案した。三人はリビングの広めのテーブルに、昨日の激戦で手に入れた神器の中でも、アクセサリーっぽさが際立つ品々をずらりと並べていた。

 並べられたのは、不気味な勾玉、血に染まったコサージュ、ハート型のチャーム、新芽のブローチ、そして淡い光を放つ小瓶。どれも個性的だが……「イシキリブレード」や「烈火の剣」のような、分かりやすい武器としての迫力は皆無だった。

 

「これが昨日、手に入れた神器の中でも直感的に使い方が分からない神器ね」

 

 すっかり朝の不機嫌から立ち直ったのか、いつもの調子を取り戻したエクアルが、知的好奇心を瞳に宿しながら「見通しの書」を片手に仕切り始める。

 

「まぁ……そうだな。『豊穣の鍬』みたいなもんか?」

 

 アキシャは寝間着の短パン姿で椅子にふんぞり返り、行儀悪く足をぶらぶらさせながら、テーブルの上の小物を眺める。その様子から見るに、神器の効果をあまり期待していないようだった。

 

 まずはテーブルの上でひときわ異彩を放つ、暗い青緑色をした勾玉。アキシャはその禍々しい色合いに少し顔をしかめつつ、一番分かりやすそうな大きさのそれをつまみ上げた。

 

「うわ、なんかヒヤッとするな……気味が悪い」

 

 まるで生き物の体温ではなく、無機質な石らしい――こちらの熱を吸い取るような、生命力を拒絶するような冷たい感触だった。エクアルが即座に「見通しの書」でその情報を読み取る。

 

「『魂喰らいの勾玉』……身につけた状態で敵を倒すと、装備者の傷を癒やす、ですって」

「名前の通り、魂を喰らうってことかなー?」

 

 ラビリアがアキシャの手の中にある勾玉を、その淡いピンク色の髪を揺らしながら、興味深そうに覗き込んだ。

 

 アキシャは勾玉をテーブルに戻し、次に血で赤黒く染まった花の形のコサージュに触れる。

 

「こっちも似たような感じか?」

 

 見た目はカピカピに乾いているかと思いきや、指先で触れてみると、意外にも柔らかな手触りが返ってきた。

 

「『血塗られた矜持』……身につけた状態で敵対生物を武器で攻撃すると、装備者の傷を癒やす。勾玉と効果が似ているけど……こっちは近接限定、じゃなくて武器での攻撃が条件なのかしら」

 

 エクアルがアキシャの動作に合わせて解説を続ける。

 その花の隣に並ぶのは、アキシャが絶対に進んで手に取らなさそうな、可愛らしいハート型のチャーム。それをヒョイとつまみ上げたのはラビリアだった。

 

「これ、可愛いねー。どんな効果なの?」

 

 彼女はそのチャームを日差しに透かし、キラキラと輝くのを楽しんでいるようだった。

 

「『生命のチャーム』。身につけると生命力が少しだけみなぎってくる……ですって。ちょっと効果が曖昧ね」

 

 読み取った情報に少し首を傾げたエクアル。そして彼女自身も、チャームのそばに置かれていたほんのりと暖かい新芽のブローチを手にとって確かめてみる。

 

「『木洩れ日の新芽』……身につけると、わずかだが外気のマナを吸収して自身の魔力に変換できる……らしいわね」「ふーん……植物が養分を吸収しているようなもんなのかね」

 

 アキシャはその地味な効果を聞き流しながら、自分なりに解釈した。

 最後にテーブルの上で待っていたのは、淡い桃色の輝きを放つ小瓶。ラビリアは「生命のチャーム」をテーブルに戻すと、今度はその小瓶に吸い寄せられた。中でピンク色の光が、まるで生きているかのように儚げに揺らめいている。

 

「これ、綺麗で……かわいいねー」

 

 彼女はその小瓶をそっと両手で包み込むように手に取り、自分の瞳の高さまで持ち上げ、食い入るように見つめている。

 

「『妖精の小瓶』。身につけると妖精の力で仲間たちをわずかに癒やすことができる……ですって」

「妖精……なんだ。へぇー」

 

 一緒に戦ってくれる精霊のブレイブナイトとは違って、言葉を発しない小さな光の存在に、ラビリアはどこか心の安らぎを感じているようだった。

 

 テーブルに並べられた神器の効果の説明を一通り聞き終えたアキシャは、椅子の上で「うーん」と腕を組んで唸った。彼女が期待していた派手な効果は、一つもなかったからだ。

 

「……なんかこう、イマイチぱっとしねぇな。もっとこう……派手な神器はないのか? 剣に魔力が宿るとか、爆発するとか」

 

 アキシャはテーブルに並んだ小物たちから、すっかり興味を失ったように、人差し指でつんつんと突きながら不満を漏らした。彼女の脳筋な戦闘スタイルからすれば、当然の反応だった。

 

「んー……私は十分派手だと思うけどねー」

 

 手の中の「妖精の小瓶」を愛おしそうに眺めながら、ラビリアが呆れたように呟く。

 ただ……この戦闘狂な幼馴染が、分かりやすい武器以外に全く興味を示さないであろうことは、なんとなく分かっていた。

 

「リボンの神器とかなら……つけたくなるかもだけど」

 

 ほとんど無意識に、アキシャは自身の好みをポツリと口にする。

 

「……お姉ちゃん、本当にリボン好きよね」

 

 真面目に神器の効果を考察していたエクアルが、姉のそんな一言に、呆れたように、しかしどこか微笑ましそうに言った。その言葉に……ラビリアのいたずら心が、ピクリと反応する。

 

「ふふっ。リボンは今度、私がアキシャに似合うの作ってあげるから、今はこれで我慢しなー」

 

 ラビリアの目が楽しそうに細められる。彼女は「妖精の小瓶」をそっとテーブルに置くと、アキシャが先程「気味が悪い」と評した「魂喰らいの勾玉」を摘み上げた。そして椅子からわずかに腰を浮かせ、隣に座るアキシャの顔にぐっと近づくと……アキシャの頭、その白くてピンと立った耳の付け根あたりに、ひんやりとした勾玉を当てがおうとする。

 

「やめろ! 気色悪いって!」

 

 アキシャはその不気味で冷たい感触が、自身の耳の付け根に触れるのを本能的に嫌い、身をよじってラビリアの手を払い除け、そのままラビリアの手からその不気味な勾玉をひったくった。

 しかしその勾玉を握りしめた瞬間、アキシャはふとその冷たい感触に意識を奪われた。「魂が吸われる」ような不快感とは別に、何か自分の魂の奥底が、この勾玉の冷たさと「共鳴」するような……ゾクゾクするほど強く惹かれる、奇妙な感覚を抱いた。

 

(なんだ……この感覚。もしかして……コイツが私を求めている、のか?)

 

 アキシャの戦闘本能が瞬時に直感する。

 これを使えば、もっと戦い続けられる。どれだけ傷を負っても、敵を喰らえば、また立てる。自分の継戦能力がこれ一つで飛躍的に上がるのではないか……と。

 

「……まぁ、使ってやるか」

 

 アキシャはその不気味な勾玉を、二人に気づかれないようにギュッと強く握りしめた。

 

 テーブルに並んだ神器を見渡しながら、エクアルが結論を出す。

 

「持っていける神器には限りがあるわ。それぞれの戦闘スタイルに合わせて、選びましょう」

 

 その結果、分配は自然と決まった。

 アキシャは敵を倒すたびに回復できる「魂喰らいの勾玉」と「血塗られた矜持」の継戦能力特化セット。ラビリアは耐久力を上げる「生命のチャーム」と、サポートもこなせる「妖精の小瓶」。そしてエクアルは魔力消費の激しさをわずかでも補うための「木洩れ日の新芽」。

 

 三人は手に入れた新たな力を確認しつつ、次なる攻略対象について話し合いながら、つかの間の休息日を満喫するのだった。

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