The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第36話 旋律は不安を煽る

 交易島での数日間の休息を経て、三人の体力と魔力は全快していた。

 アキシャ、エクアル、ラビリアは洗濯と修復が完了したいつもの戦闘服を身に纏い、次なる「呪われた神器」が待つ島を目指していた。

 

「しかし、こうも毎回跳んで渡っていると、流石に飽きてくんな。景色もずっと雲と奈落だけだしよ」

 

 アキシャは自身の魔力で「羊の加護」を展開しながら、先頭を駆ける。

 彼女の足が宙を踏むたび、その軌跡上にフワフワとした純白の羊毛の足場が瞬時に生成される。だがその足場は暫くすると霧散してしまうため、三人は立ち止まることなく、次々と生成されては消えていく足場を、軽やかなステップで跳び移り続けていた。

 

「確かに私も少し見飽きたかもー。でも、不思議な島ばかりだし攻略は単調じゃなくていいよねー」

 

 アキシャのすぐ後ろを、ラビリアが淡いピンク色の髪を揺らしながら、楽しそうに続く。

 最後尾を駆けていたエクアルは風に煽られないよう、懐から取り出した使い古されたメモ帳を取り出すと、そこに書き写した情報を確認していた。エルド長老から借りた、交易島の書庫奥に眠っていた古文書の写しだ。

 

「おそらく次の目的地……『ピアノ島』にはもうすぐ着くはずね」

「『ピアノ島』ねぇ……どうせまたロクでもねぇんだろ?」

 

 アキシャが羊毛を蹴って跳び上がりながら、うんざりしたように言った。

 

「『ピアノ島』……その名の通り、巨大なグランドピアノを模した島。島からは常に音楽が流れ……その旋律を聞き続けた者は、やがて精神を汚染され、パニック状態に陥るらしいわ」

「音で精神汚染かー。もし本当だとしたら相当厄介だねー」

 

 ラビリアは先頭を駆けるアキシャの背中を見つめながら、楽しそうだった表情をわずかに曇らせた。

 音による攻撃……それは物理的な攻撃や罠よりも遥かに防ぎようがなく、たちの悪い機構だった。

 

「それにしてもさー、グランドピアノを模した島って……。前の『ミニチュア島』もそうだったけど、自然にできる形じゃないよねぇ」

 

 ふとラビリアが次の羊毛の足場へ軽やかに跳び移りながら、根本的な疑問を口にする。

 彼女の脳裏にはこれまでに攻略してきた島々が浮かんでいた。巨大なガラス瓶に箱庭世界が再現されていた「ミニチュア島」、そして今回の「ピアノ島」。どちらも、自然現象によって生まれたとは到底思えなかった。

 

「んぁー? 言われてみりゃそうか。島っつったら、もっとゴツゴツした岩とか、草原とかだもんな」

 

 アキシャもラビリアの指摘に、初めてその不自然さに気づいたようだ。

 目の前の目標を成し遂げることしか考えていなかった彼女は、島の形状など気にしたこともなかったが、言われてみれば確かに奇妙だった。

 

「確かに……」

 

 最後尾でメモ帳を懐にしまいながら、エクアルが思案するように眉をひそめた。

 彼女の脳裏に、かつて交易島の神域で対面した神々の荘厳な姿と、彼らから告げられた、この世界の成り立ちが蘇る。

 

「神様たちは、邪神トゥルタリアのせいで、大地が砕かれて奈落の上に浮く『浮き島』になってしまったと言っていたけれど……。それにしては、ちょっと不自然というか……」

 

 神々の言葉通りなら、島々は混沌とした奈落の上に浮かぶ言わば世界の破片のようなもののはず。それなのにどうして、明確な「意思」や「デザイン」が介在したかのような形をしているのか……。

 まるで誰かが意図的に「作った」かのような島々。ラビリアはその言いようのない違和感に首を捻った。

 

「うーん……なんか引っかかるんだよねー。まぁ気にしすぎても仕方ないけど」

 

 ラビリアは眼下に広がる奈落の闇を一瞥し、それ以上考えるのをやめた。今は憶測を重ねるよりも、目の前の目的に集中すべきだ。

 

「それより、対策どうすんだよ」

 

 アキシャが二人の思考を断ち切るように、現実的な問題へと話を戻した。

 

「音楽を聞くのが危険ってなら、耳栓でもしながら戦うか?」

 

 そう言うと、アキシャは自分の頭の上でぴこぴこと動く、純白の長い耳を指差す。

 

「ダメだよー。そんなことしたら、私たちの声も聞こえなくなって、連携が取れなくなっちゃう。それに音無しで敵の攻撃を避け続けるなんて、相当難しいよー?」

「ラヴィの言う通りよ。それに、精神汚染が音波からだけとは限らないわ。魔力的な干渉の可能性もあると思うの」

「んー……結局、突っ込んでみるしかねぇってことか」

 

 アキシャが面倒くさそうに頭をかき、再び前方の虚空へと新たな足場を生成したのだった。

 

 

※※※

 

 

 暫く三人は空を駆けていると、風に乗って、微かに……だがはっきりと、優雅なピアノの旋律が聞こえてきた。それはクラシックのようでもあり、子守唄のようでもあった。ラビリアが懐からマギスフィアを取り出し、即座に望遠鏡へと変形させて、旋律が聞こえてくる方向を覗き込む。

 

「あ、見えたー。エクアルが言っていた通り、グランドピアノの形をしてるねー」

 

 雲の切れ間に、巨大な黒い塊――グランドピアノの形をした島が浮かんでいた。

 不思議なことにそのピアノの旋律を聞いていると、ここまで羊毛の足場を跳び続けてきた疲労が和らぎ、気持ちが落ち着くような、心地良い感覚に包まれた。

 

「……なんか、心がふわふわする曲だな。疲れが取れる感じだ」

 

 アキシャの表情から警戒心がわずかに解け、その琥珀色の瞳から鋭さが消えた。どこか陶然とした、とろけるような光が彼女の瞳に宿り始めると……それまで隣で警戒を続けていたエクアルが、アキシャのその緩んだ表情を見て、サッと血の気が引いた。

 

「ちょっと……ダメよ、お姉ちゃん!」

 

 エクアルは思わず立ち止まっていたアキシャの肩に手を伸ばし、ガクガクと揺さぶった。

 

「それが精神汚染の第一段階かもしれないんだから……できるだけ気にしないようにして!」

「う、おう……。分かってるよ」

 

 肩を揺さぶられた衝撃と、エクアルの切羽詰まった声に、アキシャはハッと我に返った。彼女は自分が無防備にも音楽に聴き入っていたことを自覚し、即座に表情を引き締める。

 

 島に近づくにつれて、その音色はより鮮明に、より甘美に三人の耳元へと忍び寄ってきた。

 三人は「羊の加護」の足場を、先程までの無邪気さとは違う、明確な「焦り」を持って駆け抜けた。そしてピアノ島が肉眼でもはっきりと見える距離まで近づいてきた……その時だった。

 

「……ん?」

 

 アキシャの長い耳が、ピアノの旋律とは別の微かな違和感を察知した。彼女はふと自分の眉間に、太陽光の反射とは違う、不自然な一点の赤い光――まるでレーザーポインターのようなものが当てられていることに気づいた。

 悪寒が背筋を駆け抜ける……思考するより早く、アキシャはこれまでの戦闘で培った直感で、腹の底から叫んでいた。

 

「伏せろっ!!」

 

 慌てて三人は即座に羊毛の足場へと倒れ込む。それと、遠くから「パシュン」という、空気を切り裂く乾いた銃声が聞こえてくるのは、ほぼ同時だった。

 直後、先程までアキシャの頭があった空間を、高速の銃弾が貫通していき、三人が乗っていた羊毛の足場に拳ほどの風穴を空けたのだ。

 

「きゃあっ!? な、何!?」

 

 足場が突如として揺れ、エクアルは今まさに起きた事態を理解できずに悲鳴を上げた。羊毛にしがみつきながら、彼女は恐怖に見開いた目で姉のアキシャを見る。

 

「狙撃だな……ピアノ島からか?」

 

 アキシャは自分の額を狙われたという事実に、背筋を凍らせながらも即座に体勢を立て直す。まだ心臓が警鐘のように鳴り響く中、彼女は冷や汗を流しながら唇を噛みしめ、銃弾が飛んできた方向――ピアノ島を鋭く睨みつけた。

 望遠鏡を構え直したラビリアは、ピアノ島の開いた屋根の下、グランドピアノの譜面台があるであろう暗がりに、即座に焦点を合わせた。

 

「……いるね、ピアノの屋根の下。深緑色の防弾チョッキみたいなのを着た骸骨が、こっちにライフルを向けてる……!」

 

 ラビリアの冷静な報告を受け、エクアルが慌てて「見通しの書」をピアノ島へとかざす。だが、残念ながら距離が遠すぎるせいか、情報が脳内に流れ込んでこない。

 

「……ヤベェな、このままじゃ島にたどり着く頃には蜂の巣になってるぞ?」

 

 遮蔽物の何もない空中から、超長距離の狙撃。こちらの攻撃は一切届かず、相手は一方的にこちらを狙える。これ以上ないほど圧倒的に不利な状況だった。次の羊毛の足場へ跳び移った瞬間、先程までいた足場が再び銃弾によって消し飛んだ。

 

「アキシャ! 『羊の加護』って足場だけじゃなくて、壁も作れたりしないかな!?」

 

 この危機的な状況で、ラビリアがほとんど閃きに近い奇策を叫んだ。

 

「なるほど……やったことねぇが、やるしかねぇ!」

 

 アキシャは即決した。それなりの魔力を消費することは確実だったが、このまま撃ち抜かれるより遥かにマシだ。

 

「エクアルは私とアキシャの後ろに隠れて! アキシャは、私たちが隠れられるだけの羊毛の壁を進行方向に作りながら、全速力で島に突っ込んで!」

「おう、任せろ!」

 

 アキシャは、自らの魔力を最大限制御し、「羊の加護」を最大出力で起動させる。体内の魔力がゴッソリと持っていかれる感覚と共に、三人が乗る足場の前方に、分厚い羊毛の壁が瞬時に生成された。

 ほぼ同時に、「パシュン!」「パシュン!」と立て続けに乾いた銃声が響き渡る。生成されたばかりの羊毛の壁に、銃弾が突き刺さった。分厚い羊毛が、その運動エネルギーを強引に吸収し、弾丸の威力を殺す。しかしその代償として、純白の壁がボコボコとえぐれ、少しずつ削られていった。

 

「一気に詰めるぞ! 続け!」

 

 アキシャは足場と壁を同時に、途切れることなく生成し続けながら、ピアノ島に向かって物凄い勢いで接近を開始する。

 足場の生成と、分厚い壁の維持。それはアキシャの魔力と体力を、想像以上に激しく消耗させた。アキシャの額には玉のような汗が浮かび、息も荒くなる。しかし彼女は歯を食いしばり、気合でピアノ島までの道と壁を作りきったのだった。

 

「おらぁ! 繋げきったぞ!」

 

 そんなアキシャの奮闘の甲斐あって、三人はついにピアノ島の甲板――グランドピアノの開いた屋根の部分に、強行着陸を果たした。

 

「ラビリアは援護! エクアルは情報!」

 着地と同時に、アキシャが指示を飛ばす。ふと見ると、譜面台が備え付けられている場所にいる狙撃銃を構えた数体の骸骨が、慌てたようにアキシャたちに銃口を向け直そうとしていた。カチカチと骨の擦れる音が不気味に響く。

 エクアルが物陰に隠れながら「見通しの書」を掲げ、直ぐ様情報を共有する。

 

「あれは『スカルスナイパー』……卓越した狙撃技術を持つアンデッド系の魔物よ! 幸い、武器は狙撃銃のみ、近接戦闘は苦手なはず!」

「近接が苦手なら、話は早ぇ!」

 

 腰に下げた「魂喰らいの勾玉」が、獲物を求めるように冷たく脈打つのを感じながら、アキシャはその戦いへの渇望に身を任せるように、ピアノの滑らかな屋根をブーツで強く蹴った。

 狙撃銃を構え直すよりも早く、一気にスナイパーの一体に肉薄する。スナイパーはカチカチと顎の骨を鳴らし、慌てて狙撃銃で防御しようとするが、彼女が振り抜いた真紅の大剣の方が圧倒的に早かった。

 

「おらよっ!」

 

 アキシャの容赦のない剣戟は、狙撃銃の硬い銃身ごとスナイパーの貧弱な肋骨を叩き割った。金属と骨の砕ける甲高い音が、ピアノの旋律に混じって響き渡る。

 

 しかし、一体目が灰となって崩れ落ちるのとほぼ同時に、別のスナイパーがアキシャの側面へと銃口を向け、その引き金に指をかけようとしていた。

 

「させないよー?」

 

 しかしそのスナイパーの頭上、ピアノの屋根の上から、ラビリアが冷静にフォトンフォースの照準を合わせていた。放たれた輝く光弾が、甲高い発射音と共に、正確無比にスナイパーの頭蓋骨を撃ち抜く。頭部を粉砕されたスナイパーは、ピクリと痙攣し、そのまま力なく崩れ落ちた。

 

 アキシャとラビリアの完璧な連携により、残るスナイパーたちもなすすべなく真紅の大剣と魔法銃の餌食となり、あっという間に殲滅させられてしまった。

 全てのスナイパーが黒い灰になったのを確認し、アキシャは荒い息を吐きながら、大剣を背中に背負い直す。

 

「……はぁ……はぁ。クソッ、マジで危なかったな……」

 

 先程レーザーポインターで狙われた額の汗を、彼女は手の甲で乱暴に拭う。

 

(もし、あの赤い光に気づくのが一瞬でも遅れていたら……頭を撃ち抜かれて、死んでいた)

 

 この世界に来た時点で、「月の加護」による超回復力は、著しく弱体化している。以前なら死には直結しなかった致命傷が、今では文字通りの死をもたらす。その事実が……この世界にはあのような魔物が普通にいるという現実が、アキシャの心に戦いへの恐怖とは異なる、重いプレッシャーとしてのしかかってきた。

 

 三人が安堵を得たのも束の間、島から流れ続ける優雅なピアノの旋律が、よりはっきりと耳に届いた。

 

(なんだ……この妙な感じ? さっきから、胸がザワザワする、怖い……のか?)

 

 アキシャは、胸に込み上げてきた形容しがたい不安感を振り払うように、強く頭を振った。

 

「……行くぞ。こんなとこに長居は無用だ」

 

 三人はスナイパーが陣取っていた譜面台の丁度真下――ピアノの鍵盤部分へと降り立った。そこにはグランドピアノの内部へと続くかのように、真っ暗な入り口がぽっかりと口を開けていた。

 

「……うん、この奥から『呪われた神器』の強い気配を感じるわ」

 

 エクアルが、杖をギュッと握りしめながら、そう言った。

 三人はゴクリと息を呑むと、各々武器を構え直し、その暗闇の迷宮――ピアノ島内部へと足を踏み入れた。

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