The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第39話 暗黒に包まれた島

 彼女たちが次に足を踏み入れたのは、その名の通り、漆黒の闇に閉ざされた「暗黒島」だった。島に上陸した瞬間から、太陽の光はおろか、あらゆる自然光が遮断され、一寸先は闇に包まれてしまっている。

 アキシャが左手に掲げた神器「光照のランプ」が放つ、頼りなさげな限られた光だけが、三人の周囲を辛うじて照らし出している。そしてその光の輪郭の外側、底知れぬ暗闇の奥から、幾多のアンデッドの群れが、音もなく襲いかかってきていた。

 

「あぁもう! 暗すぎて戦いづれぇ! 二人とも、私から離れすぎんなよ!」

 

 アキシャは、ランプの光が届く範囲で背中合わせの陣形を組みながら、忌々しそうに叫んだ。

 今の彼女が振るっているのは、真紅の大剣ではない。かつて「水の剣」から進化した、新たな神器「激流の剣」。その刀身は、ランプの光を浴びて青白く輝き、絶えず激しい水流を纏っていた。

 暗闇から灰色に変色したゾンビのような魔物――「憎悪者」が、その鋭い爪を振りかぶり、アキシャに襲いかかる。

 

「――らぁっ!」

 

 アキシャは、ランプの光に照らされた敵の動きを冷静に見切る。襲い来る爪を、華麗なステップで紙一重に回避すると、即座にカウンター気味に「激流の剣」を叩き込んだ。

 剣が「憎悪者」の腐肉を切り裂き、同時に刀身が纏っていた高圧の水流が傷口から内部に侵入し、その胴体を内側から破裂させた。すると「憎悪者」は堪らず、相手を激しく呪うようなうめき声をあげながら、黒い灰となって消えていったのだった。

 

 間髪を容れず、薄い赤色に染まった巨大な斧を担いだスケルトン――「断切者」が中折れ帽子を揺らしながら、アキシャの頭上めがけて斧を振り下ろす。アキシャはそれを「激流の剣」で受け流し、体勢を崩した「断切者」の肋骨を、強烈な蹴りで粉砕した。

 

(多分強さは「氷妨者」や空賊の連中と同等だな……だが今の私たちなら負ける気がしねぇ!)

 

 「ピアノ島」で悍ましくも懐かしい記憶を思い起こさせられたことで、彼女たちの連携と士気は最高潮に達していた。アキシャは、ピアノ島での鬱憤を晴らすかのように、疲労を感じさせない動きで、次々と敵を圧倒していく。

 それを見ていたエクアルが、自分も負けじとアキシャとラビリアを守るように、杖を構えた。

 

「お姉ちゃん、魔法で援護するわ!」

 

 エクアルが、杖でゴツゴツとした黒い岩の地面を指し示す。すると、敵陣の真っただ中に青い魔法陣が描かれ、そこを起点に激しい水流が発生した。アキシャたちに群がろうとしていた「憎悪者」と「断切者」の群れが、その強力な水流に足を取られ、押し流されていく。

 

「主様たち、右から二体! 左からも一体来てるよ!」

 

 アキシャの肩に乗っているブレイブナイトはそう叫んだ。

 精霊であるブレイブナイトは、暗闇でもマナを知覚できるため、ランプの光が届かない外側から接近する敵の動きを逐一報告し、三人の「目」としての役割を果たしていた。

 

「そこだぁ!」

 

 ふとブレイブナイトはアキシャの肩から飛び立つと、エクアルの水流からギリギリ逃れた敵の足元に飛びかかり、その小さな剣で蒼い軌跡を描きながら斬り裂く。

 その動きは明らかに最初に出会ったときよりも、素早く研ぎ澄まされており……この上ないほど頼れる存在となっていた。

 

 水流による被害を受けなかった「断切者」が、中折れ帽子を揺らしながら詰め寄ってくると、アキシャの頭上に斧を振り下ろす。当然……そんな分かりやすい動きをアキシャが見逃しているはずもない、彼女は水流を纏う剣でその斧を軽々と受け止めると、華麗に受け流してみせた。

 しかしその隙に「憎悪者」が、アキシャとブレイブナイトの包囲網を振り切り、後衛のラビリアへと襲いかかった。

 

「そっち行ったぞ、ラビリア!」

「オッケー! んー……遠くが見えないんじゃ、相性が悪いかなぁ」

 

 ラビリアは、即座に「憎悪者」を光弾で撃ち抜いて灰に変えたが、この暗闇では自慢の狙撃の射程が活かせないと判断する。彼女はフォトンフォースを背中に背負うと、代わりに、緑色の装飾が施された、古風なレンズ付きフィルム――いわゆるカメラのような神器を取り出した。

 

「ラヴィ……それは?」

 

 エクアルが、敵の足止めをしながら尋ねる。

 

「ピアノ島で見つけた神器だよ。名前は『デ・スナップ』、ちょっと試してみたくてねー」

 

 ラビリアはそう言うと、その奇妙なカメラ「デ・スナップ」を構え、敵の群れの周りを軽快なステップでぐるぐると回り始めた。この神器は撮影した魔物の魂そのものに干渉し、目に見えないダメージを与えるという、非常に不思議で恐ろしい代物だった。

 

「はーい、撮るよー?」

 

 古風なカメラを構えたラビリアが合図とともにシャッターを切る。

 カシャッ、と暗闇に乾いた音が響いた。直後、アキシャに襲いかかろうとしていた「憎悪者」の一体が、突如として見えない何かに顔面を殴られたかのように、激しくよろめいた。

 

「おー、効いてる効いてる。じゃあ、こっちもねー」

 

 カシャッ。カシャッ。

 ラビリアがシャッターを切るたびに、敵が次々と不可解なダメージを受けて混乱し、よろめき、終いにはその場に崩れ落ちて黒い灰となっていく。ラビリアは、まるで危険な戦場で写真撮影を楽しむかのように、敵を弄びながら次々とシャッターを切り続けた。

 

「うんうん、良い感じに撮れてるねー」

 

 写真を現像することは一切できないカメラを手に、ラビリアは満足げに頷いてみせた。そんなラビリアの奇妙な攻撃により、敵の陣形はあっという間に崩壊してしまったのだった。

 

「……よ、よく分かんねぇが、助かるぜ!」

 

  ただそのラビリアの奇行によって生み出された好機を、アキシャは見逃さなかった。いまだによろめき続ける敵たちを見据えると「激流の剣」を目の前に構え、弾丸のごとく駆け出し始める。

 

「エクアル、援護頼むぞ!」

「分かったわ!」

 

 ラビリアの「デ・スナップ」による混乱からいち早く立ち直った「断切者」が、その薄赤色の巨大な斧を振りかぶり、アキシャの突進を受け止めようとする。

 敵の巨大な斧が描く安直過ぎる軌道、それを読み切った彼女はわずかな動きで敵の死角へと潜り込むと「激流の剣」の側面でその斧を滑らせる。

 キィィンッ、と甲高い金属音と火花が暗闇に散った。斧が持つ凄まじい運動エネルギーを殺さず、アキシャはそのまま敵の横へと受け流した。それはまさに熟練の剣士による完璧な「いなし」だ。

 「断切者」の体躯はバランスを崩し、その無防備な脇腹をアキシャのランプの光の中で無様に晒してしまった。その完璧なタイミングに……エクアルが魔法を放つ。

 

「貫きなさい!」

 

 アキシャの背後から放たれた、圧縮された高威力の水の刃が、凄まじい速度で飛翔する。それは「断切者」の鎧の隙間を掻い潜り、晒された脇腹へと吸い込まれるように飛んでいき、容赦なく貫いた。

 「断切者」の身体がバラバラに粉砕され、辺りに骨という骨がカランコロンと音を立てながら転がる。上半身だけの奴が、必死の形相浮かべながら、最期の力を振り絞って武器を振るおうとするも――

 

「終わりだ!」

 

 アキシャは、受け流した剣を即座に反転させ、「激流の剣」の圧倒的な水流の力で、敵の頭蓋骨を水平に両断した。

 

 一方でラビリアとブレイブナイトも、息の合った連携を展開していた。

 

「ラビリア様! 左後方、暗闇の奥から二体来るよ!」

 

 ブレイブナイトは報告と同時に、空を切るように飛び出し、暗闇から現れた一体目の「憎悪者」の顔面めがけて、その小さな剣を突き立てる。その小さいながらも強力な奇襲により、「憎悪者」の注意が完全に彼へと向いた。

 

「オッケー、その辺りだねー」

 

 ラビリアは、ブレイブナイトが稼いだその一瞬で、敵たちが潜んでいるであろう、さらに奥の暗闇へと「デ・スナップ」を向ける。カシャッ、と強烈なフラッシュが漆黒の闇を切り裂き、そこに潜んでいた「憎悪者」の姿を白日の下に晒した。

 不意の光に目が眩み、怯んだ灰色のアンデッドの懐へ、ラビリアは音もなく滑り込む。

 

「はい、終わりねー」

 

 いつの間にか機械刀に持ち替えていたラビリアが、すれ違い様にその首を切り裂き、黒い灰に変えてしまう。ブレイブナイトもまた、「憎悪者」の顔面からアクロバティックに離脱すると、敵の周りを高速で飛び回ると小さくも鋭い剣技であっという間に粉砕してしまった。

 

 三人と一騎の、もはや芸術的とも言える圧倒的な連携だった。暗闇というデメリットすら、今の彼女たちの前では何の意味もなさなかった。「憎悪者」と「断切者」の群れはほぼ一方的に掃討され、辺りには鉱石がぶつかり合うような美しい音だけが戻ってきた。

 

 

※※※

 

 

「主様たち、こっちだよ!一番強い呪いの気配は、この奥からだ!」

 

 ブレイブナイトの案内に従い、三人はゴツゴツとした黒い岩の地面を奥へと進んでいく。道中、闇に紛れていたアンデッドたちが襲いかかってくることもあったが、もはや彼女たちの敵ではなかった。

 そして何事もなく、島の中央部――黒い石のレンガで作り上げられた、儀式場のような広大な祭壇へとたどり着いた。祭壇の中央には、これまでと同じように、紫色の瘴気を放つ「呪われた神器」が灰色の台座に突き刺さっていた。

 

「……よし、敵はいないみたいだな」

 

 「激流の剣」を力強く握りしめたアキシャが、周囲を軽く見渡し、気配を感じ取りながら呟く。彼女の白い耳が少しの音も逃すまいと、ピクピクと揺れ動いているのが分かる。

 

「そうだねー」

 

 ラビリアも、機械刀を構えたまま頷いた。

 エクアルは、アキシャとラビリアが周囲を警戒する中、「呪われた神器」に近づき、静かに浄化の祈りを捧げ始めた。金色の光がエクアルの手から溢れ出し、神器を包み込んでいく。紫色の瘴気が、聖なる光によって浄化されていく。

 

「ふぅ……これで浄化完了ね」

 

 エクアルが額に浮かんだ汗を拭ったその瞬間――島全体を覆い尽くしていた、あの息苦しいほどの暗黒が、まるで分厚いカーテンが開くかのように、急速に晴れていった。眩い太陽の光が差し込み、あっという間に明るくなっていく。

 

「ま……眩しっ」

 

 慌ててアキシャが手で光を遮りながら、目を覆った。目が慣れるまでの間、彼女たちを心地の良い静寂が包み込む。

 その後、アキシャはおずおずと目を開けると……視界に入ってきた光景に思わず、唖然としてしまったのだ。

 

 彼女、いや彼女たちが目にしたのは、先程までの不気味な暗闇とは似ても似つかない、幻想的な光景だった。祭壇の周囲、そして島全体のゴツゴツとした黒い岩の地面から、色とりどりの水晶が無数に生えていた。太陽の光が、その幾多の水晶群に乱反射し、島全体を虹色に照らし出していた。

 島を歩くたびに聞こえていた、あの鉱石が鳴るような美しい音は、この水晶同士が共鳴して鳴っていた音だったのだ。

 

「……すげぇ。ここ、こんなに綺麗な場所だったのかよ」

 

 アキシャが、その輝きに目を細めながら呟く。

 

「……ええ。暗闇に閉ざされていたのが、もったいないくらい」

 

 その幻想的な光景に、エクアルも思わず笑みをこぼし、琥珀色の瞳を輝かせながら辺りを眺めていた。

 

「綺麗……あとで少し持って帰ろー」

 

 そう呟いたラビリアは、無粋だと思ったのか、機械刀をマギスフィアに戻して、懐にしまった。

 三人は予想外の美しい光景に、しばし武器を収め、その幻想的な輝きに見入るのだった。

 

「この世界も……元々は凄い美しい世界だったんだろうな」

 

 アキシャが、しみじみと呟く。

 

「きっと呪いを浄化していけば……元の世界に戻せるよ、きっと」

 

 ラビリアの言葉に、三人は強く頷きあった。

 この空島世界の島々を全て浄化するという、途方もない使命を請け負った彼女たちだったが……今の彼女たちなら喜んでその戦いの道を歩むのだろう。

 なぜなら彼女たちは、この世界のことを好きになっていたから――

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