The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
「おい、聞こえねぇのか? さっさと金目のもん全部出しやがれ!」
「従わねぇなら、どうなるか……分かってんだろうなぁ?」
広場を支配していたのは、島民たちの悲鳴とそれを嘲笑う強者の下卑た声だった。
自警団の男性の胸ぐらを掴み、唾を飛ばしながら恫喝するリーダー格の盗賊。その周りでは、他の盗賊たちが家々に押し入ろうとしたり、怯えて動けなくなった島民から金品を奪おうとしたりと、その傍若無人な振る舞いはエスカレートしていく一方だった。
その喧騒の中心で、アキシャはただ静かにその光景を見つめていた。
彼女の表情は変わらない。だが、その琥珀色の瞳の奥には、氷のように冷たく、どこまでも静かな怒りが宿っていた。
弱い者が、ただ生きているというだけで理不尽に蹂躙される光景。それは、彼女がこれまでの旅路で何度も目にし、そして何よりも嫌悪してきたものだった。強き者は、その力を弱き者を守るために振うべきだ。それが彼女の揺るぎない信念。
隣でエクアルとラビリアは、ただ静かにその時を待っていた。アキシャが動き出す瞬間、そのタイミングを彼女たちは呼吸ですら理解している。
「……始まったわね」
エクアルが誰に言うでもなく、そう小声で呟いた。ラビリアは黙って頷き、背中に背負った愛銃、フォトンフォースの冷たい感触を確かめる。
「うん……全く、どこの世界にもいるんだね。こういうつまんないことする奴ら」
リーダー格の男は、自警団の男性から奪い取った僅かな金品に「ちっ、こんだけかよ」と舌打ちすると、用済みとばかりに彼を突き飛ばした。
そして、石畳に背中を強く打ち付けて苦痛に呻く彼を嘲笑うかのように、ソイツは顔面を踏みつけようと大きく足を振り上げる。
――その刹那、アキシャが動いた。
石畳を蹴る音すら置き去りにするほどの、神速の踏み込み。広場にいた誰一人として、その白い影の動きを正確に捉えることはできなかった。ただ、一陣の風が吹き抜けたように感じただけだった。
ゴッ、と肉を打つ鈍い衝撃音が、広場の喧騒を切り裂いて響き渡る。
アキシャは背中に差した大剣を抜いてはいなかった。ただ、この上なく強く握りしめた右の拳を、リーダー格の盗賊のがら空きの腹部へと、深くめり込ませていた。
男の絶叫が、広場に木霊する。その巨体は衝撃で「く」の字に折れ曲がり、まるで子供が蹴り飛ばした玩具のように数メートル先まで吹き飛んで、散らばった果物を無様に巻き上げながら、近くの露店に激突した。木製の柱がへし折れ、男は瓦礫の下敷きになって呻き声を上げている。
一瞬の静寂が場を支配する。
島民も、盗賊たちも、何が起きたのか理解できずに、その場に立ち尽くす。全ての視線が、静かに拳を振り抜いた姿勢のまま佇む、白いウサ耳の少女に集まっていた。
アキシャは、吹き飛ばした男に一瞥もくれず、ゆっくりと顔を上げると、残りの盗賊たちを冷たく見据えて言い放った。
「見ていて胸糞悪ぃんだよ……この人達に手ぇ出すなら、私らを倒してからにしろ」
その言葉を合図に、エクアルは水色の杖を、ラビリアは流線形の魔法銃を、それぞれ静かに構えた。三人の少女が放つ、場違いなほどの静かな闘気が、広場の空気をビリビリと震わせる。
※※※
リーダーの惨状に一瞬呆然としていた盗賊たちだが、すぐに我に返り、その表情を驚愕から獰猛な怒りへと変えた。
「このアマァ!」
「なにしやがる! 殺せ!」
「八つ裂きにしてやる!」
統率の取れていない、獣のような怒号を上げながら、十数人の男たちが白兎の少女に殺到する。その動きは粗野だが、一人ひとりの身体能力は常人を遥かに凌駕している。石製の剣が、陽光を鈍く反射しながら振り下ろされた。
「……遅ぇよ」
アキシャは呟くと同時に背中の大剣、クリムゾンチェインブレードを抜き放つ。鞘から解き放たれた真紅の刀身が、まるで血に飢えた獣のように禍々しい輝きを放った。
本来の力は出せないかもしれないが……彼女が磨き上げた技術は損なわれていない。
殺到する盗賊たちの石剣の嵐を、アキシャは最小限の動きでいなし、弾き、受け流す。一歩もその場から動くことなく、ただ上半身と腕の動きだけで、全ての攻撃を完璧に捌いていく。
彼女の放つ、怒涛の剣戟が盗賊たちの武器を跳ね飛ばした。
「はぁ――――ッ!!」
気合一閃。
大剣を振るい、正面の男を弾き飛ばす。返す刀で別の男の腹に柄を叩き込み、怯んだ隙に背後の男の足払いを跳躍で回避する。
彼女に、敵を殺す気はなかった。大剣の腹や柄を巧みに使い、急所を的確に打撃して、次々と盗賊たちを戦闘不能に追い込んでいく。その様は、まるで嵐の中で舞う赤い蝶のようだった。
「貰ったぁ――――ッ!」
だが、多勢に無勢。アキシャが正面の敵をいなしている隙を突き、一人の盗賊が死角となる側面から斬りかかってきた。アキシャのウサ耳がぴくりと動き、それを察知するが、体勢を立て直すにはコンマ数秒、間に合わない。
その瞬間、乾いた発砲音が響いた。
ヒュン、と風を切って飛来した一筋の光弾が、盗賊の持つ石剣の柄を正確に撃ち抜く。衝撃で剣が手から弾き飛ばされ、盗賊は体勢を崩した。その隙を、アキシャが見逃すはずもなかった。
「その言葉……そっくり返すぜ」
体勢を崩した盗賊の腹に、強烈な蹴りを叩き込み、沈黙させる。
少し離れた物陰から、ラビリアがフォトンフォースを構え、冷静に戦場全体を俯瞰していた。
「んー、私が倒すべき敵は……っと」
彼女の眠たげな瞳は、今は獲物を狙う狩人のように鋭く、戦場のあらゆる情報を拾い上げている。アキシャの死角から迫る奴、遠くで剣を投擲しようとする奴。それらの脅威を瞬時に判断し、引き金を引く。
放たれた光弾は敵を傷つけるのではなく、その手から武器を弾き飛ばし、足元を撃ち抜いた。盗賊たちの体勢を崩させ、的確に無力化していく……それは戦場を支配する、静かな狙撃だった。
一方、エクアルはハイドロスタッフを構え、魔法の行使を試みていた。しかし、この世界の気まぐれなマナは、彼女の意図通りには動いてくれない。
「うぅ……まだ完全に掌握できない……!」
杖先に集まるべき魔力が安定せず、淡い光となって霧散してしまう。焦りが彼女の心を過る。本来であれば、強力な範囲魔法で一掃できる相手。その力を使えないもどかしさが、彼女の唇を噛ませた。
しかし、彼女は即座に思考を切り替える。今は魔法に固執すべきではない。彼女の真価は、その卓越した戦術眼にある。彼女は戦況を冷静に分析し、的確な指示を飛ばすことに専念した。
「ラヴィ、三時の方向、二人そっちに行くわよ!」
「お姉ちゃん、背後から回り込んでるのが一人! 気をつけて!」
その凛とした声は、剣戟の騒音の中でも的確に二人のウサ耳に届き、この乱戦におけるパーティの生命線となっていた。
※※※
戦況は、完全に三人の少女たちに傾いていた。その時、異変が起こる。
アキシャの大剣の腹で強打され、地面に倒れ伏した盗賊の一人が、突如として甲高い悲鳴を上げた。見れば、その身体が端からボロボロと崩れ始め、黒い灰となって風に霧散していく。
「なっ……!?」
アキシャが思わず目を見開く。ラビリアも狙撃の手を止め、その異様な光景を凝視した。
「なに……? コイツら、もしかして人間じゃないの?」
ラビリアが呆然と呟く。その問いに、エクアルが冷静な声で答えた。
「……なんというか、明らかな敵意を剥き出しにした淀んだ力を感じるわ。もしかしたら、奴らは邪悪なマナで作り上げられた傀儡のようなものなのかも」
「なるほどね、つまり容赦しなくていいってことかな?」
「うん。人間相手だから殺さないようにしていたけど、幸いその必要はないみたい」
「正体が何だろうが関係ねぇ! 鬱陶しい奴らは叩き潰すだけだ!」
アキシャはそう叫ぶと、さらに動きを加速させる。真紅の大剣が、今度はその鋭利な刃をもって敵を捉え始め、鮮血が舞うようになる。
「ラヴィ、前方の五人、足止めを!」
「分かった! ちょっと面白いもの、つかっちゃおっかなー」
エクアルの指示を受け、ラビリアはコートの懐から金属製の球体を数個取り出し、前方の盗賊たちの足元へと投げつけた。それは着弾と同時に眩い光を放ち、粘着質の網となって盗賊たちの動きを封じる。
「お姉ちゃん、今よ!」
「任せろ!」
アキシャがそこへ、獣のような速さで突っ込む。クリムゾンチェインブレードを横薙ぎに一閃。動きを封じられた盗賊たちが、まとめて薙ぎ払われ、赤黒い血と共に灰となって消滅した。
残るは数人。仲間たちの末路を見た彼らは、完全に戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように飛行船へと逃げ出そうとする。
「逃がさないわ!」
エクアルは再度マナに意識を集中させる。
(流れを掴んで……合わせるように!)
祈るように杖を構えると、彼女の強い想いに応えるかのように、今まで反発していたマナが、すっと杖先に集束していく。
彼女が杖を振るうと、数条の水の刃が放たれ、逃げる盗賊たちの足を正確に撃ち抜いた。水刃は彼らの革鎧を切り裂き、その脚に浅くない傷を刻む。鮮血がわずかに石畳を濡らし、盗賊たちは悲鳴を上げて転倒した。威力こそ低いが、それは彼女がこの世界で初めて成功させた、記念すべき攻撃魔法だった。
※※※
逃げ遅れた最後の盗賊をアキシャが背後から叩き伏せると同時に、広場での戦闘は終わりを告げた。
飛行船に残っていた者たちは、仲間を見捨てるのも構わず、慌てて船を発進させ、黒い煙を吐きながら空の彼方へと逃げていった。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、広場に静寂が訪れる。物陰から様子をうかがっていた島民たちは、恐る恐る姿を現した。
彼らは、目の前で起こったことが信じられないといった表情で、返り血ひとつ浴びていない、無傷で佇む三人の少女をただ呆然と見つめていた。
倒れていた盗賊たちが、次々と黒い灰となって風に消えていく光景が、その非現実感をさらに加速させる。
アキシャは大剣を汚した土と血を、軽く振るって払うと、無造作に背中の鞘へと戻した。その表情に、強敵と戦った後のような高揚感はない。むしろ、不愉快そうに小さく舌打ちをした。
「……ったく、時間の無駄だったな」
弱い者から一方的に搾取するだけの不届き者の討伐、こんなものは戦いですらない。ただの害虫駆除だ。
彼女は、先ほど殴られて地面に倒れていた自警団の男性に近づくと、ぶっきらぼうに手を差し伸べた。
「ほら、立てよ。怪我はねぇか?」
「……ありがとう、旅の者」
「アキシャだ、そう呼んでくれ」
彼の手を掴んだ彼女の手は……ぶっきらぼうだが、紛れもない優しさが込められたのだった。