The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第41話 茨の制裁(1)

「んー、美味いなぁ。それにしても……やっぱ、神様って強えんだな! 相当追い詰められちまったぜ」

 

 夕暮れ時の拠点、そのリビングでは、三人の少女たちが少し早めの夜ご飯を囲んでいた。アキシャが、日中のウルバンとの模擬戦の興奮冷めやらぬ様子で、シチューに浸したパンを大きな口で美味しそうにもぐもぐと頬張っている。

 

「……お姉ちゃん、口にパン入れたまま喋らないで。それに急にウルバン様と模擬戦だなんて……見てるこっちの方がヒヤヒヤしたんだから」

 

 エクアルが、綺麗に切り分けられたサラダを口に運びながら、呆れたように姉をたしなめる。

 

「まぁ、アキシャもウルバン様も、楽しそうだったから良いんじゃないかなー」

 

 ラビリアが、シチューの具材をスプーンでつつきながら、いつもの調子で相槌を打つ。

 三人があの常軌を逸した模擬戦のことを思い出しながら他愛のない会話を続けていると、ふと当たり前のように食卓にいた人物が、その会話に加わってきた。

 

「分かるー! あそこまでウルバンと渡り合える人なんてほぼいないし、良い手合わせ相手が見つかって、きっと喜んでるよ」

 

 エクアルはパンを口に運びながら「そうですよねー」と、何の違和感もなく相槌を打ちかける。しかし次の瞬間。彼女は自分のとなりに神が平然と席に座って、自分たちのご飯を食べていることに気づき、その琥珀色の瞳をカッと見開いた。

 

「……って、ルーモア様!? なんでいるのよ!」

 

 エクアルが、椅子をガタつかせる勢いで立ち上がり、ビシッとルーモアを指差した。目の前では絆の神ルーモアが、エクアルの分のシチューをスプーンですくい、ふーふーと息を吹きかけて冷ましているところだった。

 

「えー、別にいいじゃーん。みんなで食べた方が美味しいよ?」

 

 ルーモアは、あっけらかんとした様子でシチューを一口すする。そのあまりにも自然な振る舞いに、エクアルは状況が飲み込めず、目を白黒させる。

 

「それで、島の浄化は順調そうだけど……なんか気になることはあった?」

 

 神のその天衣無縫な振る舞いに毒気を抜かれつつ、エクアルは脱力感を覚えて、溜息と共に再び席に着いた。そしていつもの冷静な表情に戻しつつ、エクアルはルーモアの質問に答える。

 

「そう言えば……『虹島』を浄化した直後に『空賊島』の魔物たちに襲われたんです」

 

 エクアルは、あの時の連戦を思い出す。あの怒涛の連戦は確かにキツかったのだが、それよりも空賊たちが明らかに自分たちを付け狙っていたことに、違和感を覚えていたのだ。

 

「明らかに私たちを敵視して、待ち構えていました。誰かの命令で動いているようでしたし……」

「なるほどねー」

 

 ルーモアはスプーンを口に咥えたまま、少しだけ思案にふける。その紫色の瞳から、先程までの親しみやすさがすっと消え、神としての理知的な光が宿る。

 

「やはり、天使による命令で動かされていたのでしょうか?」

 

 エクアルが、自らの推測を神に確認するように問う。

 

「あの野蛮な盗賊や空賊たちを統率できる存在……。そう考えると、天使くらいしか思い浮かばないかな。……あの辺りの島にいる天使、かぁ」

 

 ルーモアは再び腕を組んで考え込むが……残念ながら思い当たる節はないようだった。神々であっても、流石に邪神側の陣営の動向は、把握できていないのだ。

 

「まあ、出会ったら潰せばいいだけだろ」

 

 アキシャはそんな張り詰めた空気など意にも介さず、呑気にパンのおかわりをシチューに浸した。彼女にとっては、敵の正体や目的など些末な問題だ。目の前に現れたなら、斬る……ただそれだけだった。

 

「考えたところで正体が分からないのなら、仕方ないねー」

 

 ラビリアも、アキシャに同意するように、食後の果物を小さな口でもきゅもきゅと食べ始めた。彼女もまた、今ここで情報のない推測を重ねるよりは、実際に見て判断したほうが早いと思っているのだろう。

 

 ――その時だった。

 ふとエクアルの黒いウサ耳が、食事や会話の音とは異なる、空気に混じった微かな違和感を察知したかのようにピクリと動いた。

 

「……ん?」

 

 彼女は怪訝そうな顔でスプーンを止め、窓の外……夕焼けに染まる空へと視線を向ける。

 

「……なんか今……マナが大きく揺れたような」

 

 そのエクアルの呟きに、アキシャがパンを口の中に放り込もうとしていた手を止め、その琥珀色の瞳を鋭く細めた。エクアルのマナ感知能力を、アキシャは誰よりも信頼している。だから彼女もまた、自らの本能的な第六感――戦場での死線を潜り抜けてきた野生の勘で、言い知れぬ「何か」の気配を感じ取ろうと集中する。

 ラビリアも食べるのをやめ、懐から円盤状の計測器を取り出し、レンズを覗き込んだ。

 

「……マナの波紋が、こちらまで届いてきてる。それも、かなり大きい」

 

 計測器に表示された数値が、ラビリアに異常を告げていた。彼女の淡いピンク色の瞳が、わずかに見開かれる。

 

「……この感じ……ヘトゥケダゥよりも、強いか……?」

 

 アキシャが、かつて死闘を繰り広げた相手である魔神の姿を思い出し、緊張に顔を強張らせて呟く。肌が粟立つような、明確な敵意と圧……あの魔神と対峙した時以上のプレッシャーだった。

 

「まさか……」

 

 ルーモアは、三人が同時に察知したその強大な気配に、弾かれたように立ち上がった。彼女は窓辺に駆け寄り、気配のする方角――中央広場がある辺りを、険しい表情で見つめた。

 

 

※※※

 

 

「だって、あの人たちは……トゥルタリア様に刃を向けたんだから」

 

 その言葉は、広場の喧騒にかき消されることなく、夕暮れの冷たい空気と共にエルドと家政婦の耳に届いた。

 広場の石畳の上で立ち尽くす二人が見上げる先、噴水の縁に腰掛けていた黒翼の少女は、ふわりと音もなく立ち上がると、軽い足取りで二人からわずかに距離を取るように歩く。

 

「……それにしても、順調に島を解呪してるみたいじゃん、凄いね」

 

 少女は小首を傾げながら、無邪気に微笑む。しかし、その輝きの一切ない緑色の瞳が夕日を反射し、悍ましいほど冷たく光った。

 

「……っ! 長老様、お下がりください!」

 

 家政婦の女性が、目の前の少女が放つ尋常ならざる気配を察し、買い出しの荷物をその場に落として、腰に差していた鉄の剣を抜き放つ。彼女はエルドを背後に庇うように、少女に向かって切っ先を向けた。

 

「あはっ。あたしを前にして逃げないなんて、やるねぇー。その勇気は褒めてあげるよ」

 

 少女が可憐な声で、楽しそうに腕を後ろにまわしながら言う。

 

「でもさぁ、それって無謀じゃない? それとも、自分の実力も分かんない、ただのお馬鹿さんなのかな?」

 

 その声色は、明らかに二人を小馬鹿にしていた。

 少女はすっと、右腕を横に薙ぎ払うようにゆっくりと振るう。何もない虚空から、夕焼けの光を浴びて橙色と黄色に輝く、荘厳な装飾の施された片手剣が、まるで主の呼びかけに応えたかのように、音もなく彼女の右手に出現した。

 

「長老様! 早く、勇者様たちを……!」

「ならん! お主を見捨てて、ワシだけ逃げることなどできん! ワシはもう、誰も死なせたくないんじゃ……!」

 

 エルドの悲痛な叫びが広場に響く。彼の脳裏には、魔物によって命を奪われていった者たちの顔が浮かんでいた。もう二度と、目の前で誰かが死ぬのを見過ごすわけにはいかなかった。

 

「あははっ! 大丈夫だよ、心配しないで……トゥルタリア様に歯向かう者は、みーんな、あたしが殺してあげるから!」

 

 黒翼の少女が、その言葉と共に地を蹴った。

 石畳が爆ぜるかのような、常人には反応不可能な音速の踏み込み。家政婦は迫りくる死の気配と圧倒的な殺意に、咄嗟に鉄剣で防御の体勢を取る。

 ガギンッ、と甲高い金属音。少女の振り下ろした橙黄色の剣が、家政婦の鉄剣と激突した。その細腕からは想像もつかない神がかった膂力が、鉄剣を通して家政婦の腕を痺れさせる。

 そして華奢な身体の少女は体勢を崩すどころか、そのまま剣を押し込み、家政婦の貧弱な鉄剣を、まるで玩具のようにいとも容易く弾き飛ばした。

 

「しまっ……!」

 

 がら空きになった胴体。少女は無邪気な笑みを浮かべたまま、その剣を目にも留まらぬ速さで真横に薙ぎ払う。

 ザシュッと肉を断つ鈍い音が響き、家政婦の腹部を深く、容赦なく斬り裂いた。

 

「あ…………」

 

 鮮血が夕焼けに染まる石畳の地面に飛び散り、生々しい模様を描く。

 家政婦は、斬り裂かれた自身の腹部を押さえ、信じられないといった表情で、その場にがくりと膝をついた。大切な存在を守るために必要な鉄の剣が、カランと虚しい音を立てて石畳に落ちる。

 

「じゃあねー」

 

 黒翼の少女は、倒れゆく家政婦に同情の欠片も見せず、その黒い翼でふわりと宙に浮き上がった。夕日を背負い、そのシルエットだけがエルドの目に映る。

 そして跪いた彼女の頭部にとどめを刺そうと、少女はその橙黄色の剣を無慈悲に振り下ろした。目の前で繰り広げられる惨劇に、エルドは声も出せず、ただ家政婦の死を覚悟した。

 

 

 

 その刹那――

 

 

 

「させるかぁぁぁっ!!」

 

 裂帛の気合と共に、広場の入り口から紅蓮の閃光が迸る。少女の振り下ろした剣が家政婦の頭蓋を砕く寸前、弾丸のごとく駆けつけたアキシャが、その真紅の大剣で少女の剣を真正面から受け止めていた。

 

 キィィィィン!

 

 凄まじい火花と衝撃波が広場に拡散し、噴水の水面が激しく揺れ動く。

 片手剣と大剣……体格も武器の質量もこちらが上のはずなのに、アキシャはその少女の神がかった重い一撃に、腕の骨が軋むのを感じて歯を食いしばる。

 黒翼の少女は、自らの一撃を真正面から受け止めたアキシャの姿を見て、その輝きのない緑色の瞳を面白そうに、わずかに見開いた。

 

「ぐ……それなら……!」

 

 アキシャはその一瞬の隙を見逃さず、即座に力を受け流し、少女の剣を弾き返した。少女は体勢を崩すことなく、翼で衝撃を軽減するように後方へ少しだけ下がると、静かに着地する。

 

「じいさん! その人を連れて早く逃げろ!」

「ここは私たちが!」

「早く行きなー」

 

 アキシャに続き、エクアルとラビリアも広場に駆けつけ、エルドたちを庇うようにアキシャと並んで黒翼の少女と対峙する。三人は目の前の少女から放たれる、ヘトゥケダゥをも凌駕するかもしれない圧倒的な重圧を肌で感じ、息を呑んだ。

 

「お、おぉ……! 皆様方、ありがとうございます……!」

 

 エルドは駆けつけた三人に感謝を述べながら、意識が朦朧とし始めた家政婦の肩を担ぎ、急いで広場から避難していく。

 

 勇者達と天使が睨み合う、張り詰めた空気の中、続いてルーモアも広場に姿を現した。

 

 ルーモアはアキシャたちの隣に立つと、その黒翼の少女を見つめ、まるで信じられないものを見るかのように、悲しげにその名を呼んだ。

 

「……レクシエル、やはり貴方なのね」

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