The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第3章 兎は甘き夢を叶えるか
第52話 爆発四散!(1)


 交易島の拠点における穏やかな朝。窓から差し込む柔らかな陽光が、塵一つなく片付けられたリビングを明るく照らしている。

 レクシエルとの死闘からおよそ二週間。その間、アキシャ、エクアル、ラビリアの三人は、交易島での平穏な日々の中で、傷ついた心身を癒やすことに専念していた。

 

 今まさにリビングで出発の準備を進める彼女たちの肌には、かつて刻まれていた幾多の傷跡はもうどこにも見当たらない。彼女たち特有の再生能力と十分な休息によって、彼女たちの身体は完全なるコンディションを取り戻していた。

 

 三人はそれぞれの愛用するロングコートに袖を通し、鏡の前で身だしなみを整える。

 アキシャは裏地が鮮やかな赤色に染まった黒いコートをバサリと翻し、引き締まった背中を包み込んだ。激しい運動にも耐えうる赤いショートパンツからは、健康的かつ艶めかしい輝きを放つ太ももが惜しげもなく晒されている。彼女は足元の黒いブーツの紐をきゅっと結び直すと、満足げに軽く足踏みをした。

 

 その隣で、エクアルは黒いコートの襟元を丁寧に整えていた。清楚な白いブラウスに、膝上丈のふわりとした青いスカート。その装いは彼女の知的な雰囲気を際立たせているが、同時に風に揺れるスカートの裾から覗く白い素足が、年頃の少女らしい可憐さを感じさせる。彼女は艶やかな黒髪を耳にかけると、真剣な眼差しで自身の装備――腰のポーチや杖の固定具を確認していた。

 

 ラビリアはゆったりとしたベージュのコートを羽織り、胸元の茶色のリボンを整えていた。白いブラウスに灰色のミニスカートという軽装は、彼女の華奢な体格を強調しているように見えるが、その細い足には爆発的な機動力が秘められていることを仲間たちは知っている。彼女は愛用のアクセサリーを身につけると、どこか眠たげな瞳で仲間たちを見渡した。

 

 準備を整えた三人が、部屋の中央で顔を見合わせる。エクアルが二人の顔色を伺いながら、心配そうに問いかけた。

 

「みんな、身体の調子はどう? 傷が塞がったとはいえ、動かしてみて違和感があるようなら無理は禁物よ」

「んー、問題なし……いつでも最大出力で動けるよー」

 

 ラビリアがその場で軽く屈伸をし、身体の軽さをアピールする。ふわりと揺れるスカートが、彼女の軽快な動作に追従して舞った。

 

「おう! エクアルとラビリア、それにあの猫神様のおかげで、私も絶好調だぜ! ベッドの上で大人しくしていた分、力が有り余って仕方ねぇ!」

 

 アキシャが拳を掌に打ち付け、パチンといい音を鳴らす。その琥珀色の瞳は、新たな冒険への渇望と、強敵と戦えるかもしれないという期待でギラギラと輝いている。

 

「それじゃ……行こっか」

 

 ラビリアの号令を合図に、三人はそれぞれの得物を手に取った。

 アキシャは背中に愛用の巨大な「クリムゾンチェインブレード」を、エクアルは手に水色の宝玉が埋め込まれた「ハイドロスタッフ」を、そしてラビリアは背中に流線型のフォルムが美しい愛銃「フォトンフォース」を背負う。

 さらに腰には、これまでの冒険で手に入れた数々の神器――敵の魂を糧とする「魂喰らいの勾玉」や、癒やしの力を持つ「妖精の小瓶」などがジャラリと提げられた。

 

「行くぞ……。この世界の呪いを払って、真実とやらを見つける旅にな!」

 

 アキシャはやる気に満ち溢れた凛々しい表情で、拠点のドアを勢いよく開け放つ。吹き込んだ風が、三人のコートと髪をなびかせた。

 エクアルとラビリアが彼女の頼もしい背中を、信頼と期待のこもった眼差しで見つめる中、アキシャは広がる青空に向かって、高らかに右腕を突き上げた。

 

 

 

「よっしゃあ! 『爆弾島』に出発だぁーーッ!」

 

 

 

 ラビリアも釣られるように、脱力した声で、しかし同じポーズで右腕を上げる。

 

「おー」

 

 感動的な旅立ちの再開――になるはずだった。

 

 

 

「ストーーーーップッ!!!」

 

 

 

 エクアルの鋭く、そしてよく通るツッコミが、爽やかな朝の空気を切り裂いた。

 彼女は反射的にアキシャのコートの襟首を後ろからガシッと掴み、強引に引き留める。勢いよく飛び出そうとしていたアキシャの身体が、首が締まるような形で強引に制止させられた。

 

「ぐぇっ!? な、なんだよエクアル! 折角いい感じに出発しようとしてたのに、水差すなよ!」

 

 アキシャが眉をひそめ、不満げに振り返る。

 その横で、ラビリアが「んー?」ととぼけたように首を傾げた。

 

「なにか忘れ物でもあったー? おやつなら持ったけど」

「忘れ物じゃないわよ! 行き先よ、行き先! 事前の作戦会議では、比較的安全な『温泉島』か、様子見で『桜島』辺りを攻略しようって話にまとまったはずでしょ!?」

 

 エクアルが詰め寄るが、アキシャは悪びれる様子もなく、平然と言い放つ。

 

「あ? そりゃお前、名前からして『爆弾島』が一番楽しそうだからに決まってるだろ!」

「私の話聞いてた!? 危険なのよ!? 『常に爆発音が絶えない』ってウィ=キ様も言ってたじゃない! 病み上がりの身体でいきなり爆心地に突っ込むなんて、正気の沙汰じゃないわ!」

 

 エクアルは必死に正論を説く。いくら傷が癒えたとはいえ、リハビリもなしに危険地帯へと突っ込むなど自殺行為だ。リスクヘッジという概念がこの姉の辞書には載っていないのかと、頭を抱えたくなる。

 

「いい? 危険な島は後回しにして、まずは安全な場所で身体を慣らしつつ、情報を集めて……」

「でもさー、エクアル。どうせ全部回るんだし……早めに行ったほうが後が楽になるよー?」

 

 ラビリアが横から、もっともらしい顔で口を挟む。

 

「それに……仮にあの島に眠る未知の爆発性素材を手に入れれば、『反物質加速粒子砲』の完成へと一歩近づけるかもしれない……。うん、戦略的にも非常に合理的だね」

 

 ラビリアが目を輝かせながら、欲望丸出しのトンデモ理論を展開する。

 

「ラビィ……まだそれの開発、諦めてなかったの……? というか、そんな物騒なものをこの世界で作ろうとしないで……」

 

 エクアルは特大の溜め息を吐き出し、両手で頭を抱えた。

 暫くの間、真面目な顔をしている二人しか見ていなかったため忘れていたが……彼女たちは元々こういう奴らだったのだ。

 「面白そう」「強そう」「楽しそう」「ロマンがある」。そんな単純明快な理由だけで、地獄の釜の蓋だろうが何だろうが嬉々として開けに行く、生粋のトラブルメーカーたち。

 

(ああ……もう! この流れになったら、もうどうしようもない……)

 

 二人の目が、冒険への期待でキラキラと輝いているのを見て、エクアルは抵抗を諦めた。一度火がついた彼女たちを止めるのは、暴走する機関車を素手で止めるより難しい。

 エクアルが観念したのを察したのか、アキシャがニカッと白い歯を見せて笑う。

 

「よし! ごちゃごちゃ言ってないで行くぞー!」

 

 アキシャはエクアルの腕をグイと掴むと、有無を言わせず引っ張りながら、拠点の外へと駆け出した。

 

「ちょっと! 話聞いてた!? もうーー!」

 

 アキシャに引きずられるエクアルと、その後ろを楽しそうについていくラビリア。

 交易島の住人たちが、嵐のように騒がしい三人の出発を、苦笑いと安堵の混じった温かい目で見送っていた。

 

 

※※※

 

 

 交易島を飛び出し、空の旅が始まる。

 アキシャが先頭に立ち、ウィ=キから授かった神器「羊の加護」を発動させる。彼女が虚空へ踏み出すたびに、足元にモコモコとした白い羊毛の足場がポコッ、ポコッと出現する。

 

「ほらよっと!」

 

 アキシャが軽快に跳ぶと、その衝撃で足場がわずかに揺れる。

 

「きゃっ! 揺らさないでよ!」

 

 エクアルは少しバランスを崩しそうになりながらも、次の足場へと慎重に着地した。ラビリアはそんな二人を後方から眺めつつ、しっかりと足場の強度を確かめながら進む。

 

「んー、快適快適。これならどこまでも行けそうだねー」

 

 三人は生成されては消えていく羊毛の足場を、リズミカルに跳び移っていく。

 空島世界特有の澄み渡った青空と、眼下にどこまでも広がる純白の雲海。吹き抜ける風が彼女たちのスカートやコートを悪戯にはためかせ、太ももや肌を時折露わにするが、開放的な空の旅を楽しむ本人たちは気にする様子もない。

 今回は「虹島」のような視界を奪う豪雨も、「ピアノ島」のような心を揺さぶる不気味な旋律もなく、道中は拍子抜けするほど順調だった。

 

 やがて、雲の切れ間から、目的の島がその異様な全貌を現した。

 

「おい見ろよ! あれだ!」

 

 アキシャが指差す先。そこには、あまりにも奇妙で、ウィ=キの説明通り危険な香りのする島が浮いていた。

 巨大な岩石の塊には違いない。だが、その形状はどう見ても自然の産物ではなかった。

 土台となるのは、長方形に切り出されたかのような黄色っぽい巨大な岩塊。そしてその中央には、円筒形の真っ赤な岩が鎮座している。さらにその赤い岩の周囲は、半透明のクリスタルのような鉱脈でガラスケースのように囲われていた。

 

「……うわぁ。如何にもって感じだねー」

 

 ラビリアが感嘆の声を漏らす。その形状は、漫画や絵本に出てくるような、コテコテの「起爆スイッチ」そのものだった。

 

「……遠目に見ると、完全に『起爆スイッチ』ね。自然にできたとは到底思えないわ。前にもこういう島は幾つかあったけど……恐らくその類ね」

 

 エクアルが呆れたように呟く。だが、アキシャの反応は正反対だった。彼女は少年のように目を輝かせ、ウサ耳をピコピコと動かす。

 

「へっ、分かりやすくていいじゃねぇか! あのでっけぇ赤いところ、絶対押したら島ごとドカンといくやつだろ!」

「お姉ちゃん、押せたとしても押そうとしないでね……?」

 

 エクアルは釘を刺しつつ、冷静に島の構造を分析する。

 

「見たところ……あの赤いスイッチに見える部分が上層部で、黄色い土台部分が内部ダンジョンになっている下層部……といったところかしら。まずは土台の上に着陸しましょう」

 

 三人は最後の足場を蹴り、勢いよく「爆弾島」の大地へと着陸した。

 地面は黄色い砂岩のような材質で、所々がクレーターのように凸凹している。硫黄と火薬の混じったような、鼻をつく刺激臭が漂い、ここが危険地帯であることを嗅覚からも訴えてくるようだった。

 

 

※※※

 

 

 上陸してすぐのことだった。アキシャたちは、前方の岩陰から音もなく現れた「それ」と遭遇した。

 

 それは、四本の短い足でよちよちと歩く、奇妙な生物だった。

 直立した円柱状の胴体には腕がなく、全身が苔むしたようなまだらな緑色の皮膚で覆われている。顔には虚ろな黒い穴のような目と、への字に曲がった口があるだけで、感情を一切読み取ることができない。

 

「……なんだコイツ? サボテンか?」

 

 アキシャが首を傾げる。

 その生物は、アキシャたちの存在に気づくと、四本の足を動かし、ゆっくりと近づいてきた。唸り声を上げるわけでもなく、牙を剥くわけでもない。ただ静かに、無機質に歩み寄ってくる。

 

「敵意は……なさそうだな。この島の家畜か何かか?」

 

 アキシャは警戒を解き、大剣を下ろして少し近づいて様子を観察しようとする。その姿は、牧場にいる牛や羊のような、無害な存在に見えたからだ。

 だが、エクアルの直感が警鐘を鳴らした。彼女は素早く懐から緑色の革表紙の本――「見通しの書」を取り出し、その奇妙な生物へと掲げた。

 

「油断しないで、お姉ちゃん。一応、調べるから……」

 

 その瞬間、いつも通り情報がエクアルの脳内へと流れ込んでくる。彼女はその情報を噛み締めつつ、読み上げた。

 

「……名前は『クリーパー』。全身が緑色で覆われた奇妙な生物。標的を見つけると足音を立てずに忍び寄って、爆発する」

 

 その説明文を読み上げ終わった瞬間、エクアルの顔からサーッと血の気が引いた。目の前には、まさにその生物がアキシャの目の前まで迫っている。

 

「お姉ちゃん、離れて!!」

「あん?」

 

 アキシャがきょとんとした顔で振り返った、その時だった。

 目の前にいたクリーパーの身体が、突然、激しく明滅を始めた。内側から膨れ上がるエネルギーが、緑色の皮膚を透かして白熱する。

 

 

 キュイィィィィィィィィン!!

 

 

 空気が急速に収縮するような、背筋の凍る導火線の音が響き渡る。緑色の身体が、限界まで膨れ上がった風船のように歪む。

 

「っ!?」

 

 本能が身の危険を告げる。アキシャは思考するより早く、全身のバネを使って全力のバックステップで後方へと跳んだ。

 

 

 ――ズドォォォォォォォンッ!!!

 

 

 直後、クリーパーがいた場所を中心にして、凄まじい爆発が巻き起こった。

 地面が深々と抉り取られ、土砂と岩塊が四方八方に飛び散る。強烈な爆風が三人の髪やコートを激しく煽り、砂煙が視界を奪う。

 

 アキシャは爆煙の中から転がり出ると、埃を払いながら立ち上がった。その顔には冷や汗が浮かんでいる。

 

「ッぶねぇ!! なんだアイツ! いきなり爆発しやがったぞ!?」

 

 煙が晴れると、地面には深さ数メートルはあろうかという巨大なクレーターが出来ていた。たった一匹でこの威力。直撃していれば、頑丈なアキシャといえどもただでは済まなかっただろう。

 

「自爆特攻にも程があるだろ! 最高にイカれてやがるな……」

 

 呆れと怒りが混じった声を上げるアキシャだったが、すぐにその口元がニヤリと歪んだ。驚きはすぐに戦闘への興奮へと変わる。彼女は背中の真紅の大剣を抜き放ち、切っ先をクレーターに向けた。

 

「面白くなってきやがった! この島、退屈しなさそうだぜ!」

 

 ラビリアもまた、爆発の威力を目の当たりにして、技術屋としての血を騒がせていた。

 

「おおー。生体反応を利用した起爆……不思議な生き物だねー。中身どうなってるんだろ」

 

 彼女はフォトンフォースの安全装置をカチャリと解除し、楽しそうに目を細める。

 

「アキシャー? 貴重な素材を吹っ飛ばさないようにねー。サンプルとして持って帰りたいから」

「善処する!」

 

 二人のあまりに能天気な反応に、エクアルだけがげっそりとした顔で杖を構えた。

 

「もう……やっぱりろくな島じゃないわ……。とりあえず、中央にあるあのスイッチっぽい高台の方へ向かってみましょう。あそこに何かあるはずよ」

 

 三人は爆煙を背に、さらなる爆発とスリルが待ち受ける島の奥地へと足を踏み入れた。

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