The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

55 / 57
第55話 それは最高の湯船につき

 案内された村長の屋敷は、雪深い村の景色に馴染むような、太い梁と漆喰の壁で造られた立派な建物だった。

 通された客間は、外の凛とした寒気が嘘のように暖かく、心地よい空気に満たされている。部屋の中央に切られた囲炉裏では赤々とした炭火がパチパチと爆ぜており、鉄瓶から立ち上る白い湯気が、香ばしい茶の香りを部屋中に運んでいた。

 

 アキシャ、エクアル、ラビリアの三人は、畳の上に置かれた四角いちゃぶ台を囲んで座り、旅の相棒ともいえる空域図の縮小版を広げていた。

 彼女たちの向かいに座るのは、この村を治める村長だ。白髪交じりの髪を後ろで束ね、威厳と優しさを兼ね備えた初老の男性である。その隣では、彼の妻と思われる温和な雰囲気の女性が、丁寧な手つきで客人である三人に湯呑みを差し出している。

 

 アキシャたちは、湯呑みから伝わる熱で冷えた指先を温めながら、これまでの経緯を語った。五柱の神々と協力体制にあること、世界中の島々を蝕む呪いを浄化して回っていること、そしてこの「温泉島」を救うために遥々空を渡ってきたこと。

 常識で考えれば到底信じがたい壮大な話を、村長は一言も遮ることなく、静かに耳を傾けていた。やがて話が終わると、彼は熱い茶を一口すすり、深く頷いて皺の刻まれた顔を綻ばせた。

 

「なるほど……。おおよその事情は把握できました。まさか、繋がりが途絶えていた交易島からの使いが、本当に現れるとは……」

 

 そのあまりにも素直な反応に、エクアルはきょとんとして目を瞬かせた。

 

「こんな突拍子もない話を……すぐに信じてくださるんですか?」

 

 エクアルの戸惑いに、村長は穏やかな笑みを返した。その瞳には、長い年月を生きてきた者特有の、人を見る確かな光が宿っている。

 

「私の眼はそこまで衰えていませんよ。それに……村の入口にある『お地蔵様』の結界をくぐり抜け、ここまでたどり着けたこと自体が、貴方たちが悪しき者ではない何よりの証明なのですから」

「お地蔵様? ……ああ、あの竹林にあった石の人形か」

 

 アキシャが納得したようにポンと手を叩く。あの雪に埋もれていた、寒そうな石像のことだ。

 

「そうです。この村は古くから、あのお地蔵様の張る結界によって守られています。おかげで、島のあちこちに跋扈する魔物たちも、村の中には一歩も立ち入れずにいるのです」

 

 村長の言葉に、ラビリアが「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。

 

「やっぱりねー。私の読み通りだったでしょ?」

 

 ラビリアが少し得意げに胸を張り、エクアルに視線を送る。エクアルも苦笑しながら頷き返した。やはりあの時、石像の雪を払ってあげたことで、ここにたどり着けたのだろう。

 

「神々が協力してくださっているのであれば、私たちも協力しない訳にはいきません。交易島との関係を取り戻し、魔物の脅威から解放される……これ以上に嬉しいことはない」

 

 村長は力強くそう言ったが、次の瞬間、困ったように眉をひそめ、言葉を濁した。

 

「ですが……困ったことに、この島で生まれ育った私たちですら、件の『呪われた神器』を見かけたことがないのです。お力添えできずに申し訳ない」

 

 村長が深々と頭を下げる。その様子に嘘や隠し事は感じられない。エクアルは慌てて手を振り、頭を上げさせた。

 

「いえいえ、頭を上げてください! 情報がないなら、私たちが探しますから」

 

 口ではそう言ったものの、エクアルの内心ではわずかながら焦燥感が募っていた。

 いつもなら、島に上陸した時点で肌を刺すような呪いの気配を感じ取れる。その瘴気の発生源を辿れば、自然と神器の場所に行き着くが……この島は違う。

 

(この島のどこからも、呪いの気配を感じない……。いつもなら神器が放つ強烈な瘴気を頼りに探せるのに、まるで霧の中にいるみたいに何も掴めないわ)

 

 気配がないということは、隠されているか、あるいは今までとは全く違う形で存在しているか。

 

「思ったより、一筋縄ではいかなそうね……手がかりがないと、闇雲に探すしかなくなるわ」

 

 エクアルが独り言のように呟くと、三人の間に重い沈黙が落ちた。空を駆けてきた上で、寒空の下を歩き続けた疲労が、ふとした瞬間に滲み出る。

 それを見て取ったのか、村長が提案した。

 

「ひとまずこの村の中は安全ですから……よければ一息ついていかれませんか? 当村自慢の露天風呂がありますよ。旅の疲れを癒やすには最適です」

 

 その言葉を聞いた瞬間、アキシャの頭上のウサ耳がピーンと反応して直立した。彼女の表情が、パッと明るく輝く。

 

「やっぱり、露天風呂もあるのか!?」

 

 そんな分かりやすい反応を示したアキシャに、ラビリアも同調したように頷く。

 

「うんうん。温泉に浸かってリフレッシュしながら作戦会議でもしようよー。エクアルも、ね?」

 

 そう言ってラビリアは、エクアルの顔を覗き込んだ。

 エクアルも二人の期待に満ちた目と、自身の身体の芯に残る冷えを感じ、観念したように微笑んで頷いた。

 

「そうね……少し休憩しましょうか。温かいお湯が恋しいのは事実だし、身体を温めてから考えた方が効率的かもしれないわ」

 

 

※※※

 

 

 村長に案内されたのは、村はずれにある温泉施設だった。

 磨き上げられた木造の床が、歩くたびに心地よく軋む脱衣所。昼過ぎという中途半端な時間帯のためか、他に客の姿はなく、広い脱衣所は三人の貸切状態だった。壁には竹で編まれた棚があり、籐の籠が整然と並んでいる。

 三人はそれぞれの籠を確保すると、手早く服を脱ぎ始めた。

 

「っふー! あー、早く入りてぇ!」

 

 アキシャはエクアルに修繕してもらったばかりの黒いロングコートを脱ぎ捨て、籠に放り込む。続けて白いブラウスのボタンを乱雑に外し、肩から滑り落とす。

 露わになったのは、戦士として極限まで鍛え上げられた肉体美だった。引き締まった腹筋にはうっすらと縦線が入り、しなやかな背中のラインは美しい弓なりの曲線を描いている。

 彼女は裸になることに全く躊躇いを見せず、下着を脱ぎ捨てると、堂々とした立ち振る舞いでタオルを一枚ひっつかみ、浴室への扉へと向かう。その歩く姿すらも、野性っぽさと気品が同居した独特の色気を放っていた。

 

 一方、エクアルは少し恥ずかしそうに周囲を気にしながら、脱いだ服を丁寧に畳んで籠に入れていた。

 露わになったその肌は、雪国の日差しを知らないかのように透き通るほど白く、滑らかだ。慎ましやかだが形の良い胸の膨らみや、くびれた腰のラインは、女性らしい柔らかさを感じさせる。彼女はタオルで胸元と腰回りを隠すようにしながら、小走りでアキシャを追った。

 

「お姉ちゃん、走らないでよ。床が滑るかもしれないんだから」

「へーきへーき!」

 

 ラビリアもまた、マイペースに服を脱いでいく。

 華奢だがメリハリのある身体つき、透き通るような肌には、血管が青く透けて見えるほどだ。彼女もアキシャほどではないが、比較的オープンな様子で、伸びをしながらあくびをした。

 

「んー、あったかそー。眠くなりそう……」

 

 三人は湯気で白く煙る浴室――洗い場と湯船が一体となった趣あふれる空間へ足を踏み入れた。

 簡易的な木製の洗い場で身体を流す。冷えた身体に熱いお湯がかかるたび、白い肌がほんのりと桜色に染まっていく。石鹸の香りが湯気に混じり、甘く漂った。

 

 身体を清めた後、三人は露天風呂へと向かう。

 目の前に広がったのは、息を呑むような絶景だった。巨岩で囲まれた広々とした湯船からは、源泉かけ流しの乳白色の湯がなみなみと溢れ、もうもうと湯気が空へと立ち上っている。周囲には雪を被った木々が並び、静寂の中に時折、枝から雪の落ちる音が響く。まさに雪見風呂の風情だ。硫黄の香りが心地よく漂い、秘湯の雰囲気を醸し出している。

 

 アキシャはタオルを湯船の縁にある平らな岩の上に置くと、ザブンと豪快にお湯しぶきを上げて湯船に浸かった。

 

「っふー! 生き返るぜぇ! やっぱこれだよな!」

 

 アキシャが心底気持ちよさそうに声を上げる。少し熱めの湯が、冷え切った身体の芯まで染み渡り、凝り固まった筋肉をほぐしていく感覚。彼女は湯船の縁にある岩へと頭をもたせかけ、手足を思い切り伸ばしてリラックスした。乳白色のお湯の中で揺らぐ白い肌が、湯気越しに艶めかしく映る。濡れた銀髪が肌に張り付き、水滴が鎖骨の窪みに溜まる様は、一枚の絵画のようだ。

 

 エクアルも静かにお湯に入り、肩まで浸かってふぅっと息を吐く。

 

「はぁ……。普段のお風呂とはまた違って、良いわね……広くて開放感があって、本当に気持ちいい」

 

 湯船に浸かることで、全身の血行が良くなり、白い肌がほんのり桜色に染まっていく。長いまつ毛に付いた湯気が、陽光を浴びてキラキラと光った。

 彼女はお湯をすくって肩にかけ、その温もりを噛み締めるようにゆっくりと目を閉じた。

 

 

※※※

 

 

 二人が温泉の風情を堪能している傍らで、ラビリアは一人、別のことをしていた。

 彼女は懐から取り出した小さなガラス瓶にお湯を汲み、それを太陽の光に透かして、ジッと真剣な眼差しで眺めていたのだ。

 

「……ラビィ、何してるのよ。せっかくの温泉なのに」

 

 エクアルが片目を開けながら声をかける。

 

「んー? 温泉の成分分析のためのサンプル回収だよー。この独特な成分構造を再現できれば、いつでもどこでも温泉に入れる『携帯型人工温泉発生装置』が作れるかもしれない……夢あるでしょ?」

 

 ラビリアは瓶を振りながら、熱っぽく語る。その思考回路は相変わらず技術屋のそれだった。

 だが、意外にもアキシャが真面目な顔で口を挟んだ。

 

「まあ夢はあるけどよ……温泉ってのは、成分だけじゃなくて、こういう景色とか雰囲気込みで楽しむのが良いんじゃねぇか?」

 

 普段、風情やロマンチックなことには興味を示さず、実利を優先するアキシャの発言に、ラビリアはきょとんとして瞬きをした。それから、嬉しそうにクスクスと笑った。

 

「へぇ……アキシャも良いこと言うじゃん。意外ー」

 

 ラビリアはサンプル瓶を湯船の縁に置くと、お湯をかき分けながらアキシャの隣ににじり寄った。お湯の中での移動に合わせて、温かい湯が波打ち、アキシャの肌を撫でる。

 

「ん? なんか近くねぇか?」

 

 アキシャが怪訝そうに小首をかしげる。その様子に普段のような警戒心はなかった。

 ラビリアは悪戯っぽい笑みを浮かべると、アキシャの濡れた白い髪を優しく撫で始めた。

 

「よしよし、偉いねー。悟りを開いたのかなー?」

「な、なんだよ急に……」

 

 アキシャは困惑しつつも、頭を撫でられる心地よさに目を細め、なされるがままになっている。その無防備な様子を、エクアルが少し羨ましそうに、そして微笑ましそうに見つめていた。

 

 しばらく撫でていたラビリアの手が、不意に滑るように下がり、アキシャの長い耳の付け根――彼女にとっての最大の弱点へと伸びた。そして、その敏感な部分を指先でキュッと甘噛みするように摘んだ。

 

「ひゃうっ!?」

 

 アキシャがビクリと大きく震え、変な高い声を上げてお湯をバシャリと跳ねさせた。一瞬で顔が沸騰したように真っ赤になり、耳まで染まる。

 

「て、てめぇ……! それするために油断させやがったな!?」

「あはは、バレたー? だってアキシャ、隙だらけなんだもん」

 

 アキシャの顔が羞恥と怒りで染まり、獣のような目でラビリアを睨む。

 

「逃がすか!」

 

 ラビリアは慌てて逃げようとするが、湯船の中ではアキシャの瞬発力に敵わない。すぐに捕まり、背後から抱きすくめられる。二人の滑らかな肌が密着し、お湯がざぶんと溢れた。

 

「そういうことをする奴にはこうだ!」

 

 アキシャの指が、ラビリアの脇腹や太ももの付け根、くびれといった敏感な箇所を容赦なくくすぐり始めた。

 

「ひゃっ、あはははは! だめ、そこっ! 降参、降参だってばー!」

 

 ラビリアが身をよじって笑い転げ、お湯が激しく波打つ。水しぶきが舞い、二人の白い肢体が湯の中で絡み合う。濡れた肌が触れ合う艶めかしい音と、楽しげな笑い声が響く。

 

「もう! ここは皆のお風呂なのよ、少しは大人しくしなさい!」

 

 見かねたエクアルが二人の間に割って入り、それぞれの腕を掴んで強引に引き離した。その拍子にエクアルの豊かな胸元も揺れ、しずくが滴り落ちる。

 

「あーい……」

「はぁ、はぁ……助かった……死ぬかと思ったー」

 

 アキシャは苦笑いしつつ、ラビリアは息を切らしながら、それぞれの定位置に戻った。

 

 

※※※

 

 

 騒ぎが収まり、三人は再び湯船に肩まで浸かって温まる。雪がちらつく中、静寂が戻ってきた。

 ふと、エクアルが何回か瞬きすると眉をひそめてみせた。

 

「ねえ……この温泉、なんか変じゃない?」

「あん? こんなにいい湯なのにか?」

 

 アキシャが不思議そうに首を傾げる。だがエクアルの表情は真剣そのものだった。

 

「さっきまで感じなかったのに……微かに呪いの気配がするの。この辺りから……」

 

 エクアルの言葉に、アキシャの表情が引き締まる。彼女は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませて周囲を探った。

 

「……うーん、私にはわかんねぇな。硫黄の匂いしかしないぜ」

 

 アキシャは正直に答える。だが、エクアルの感覚を疑っているわけではない。

 

「気になるなら、上がってから女将さんに許可取って、詳しく調べるか?」

「そうだねー。安全だとは言っても、過信は禁物だし。何か隠されてるかも」

 

 ラビリアも同意する。

 三人の意見が一致し、湯船から上がろうと腰を浮かせた、その瞬間だった。

 

 

「キャアアアアッ!!」

 

 

 脱衣所の方から、先ほど案内してくれた女将の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 ――ドオォン!!

 

 

 直後、爆発音と共に地面が大きく揺れ、湯船の湯が激しく波打って溢れ出した。

 

「なんだ!?」

 

 三人が立ち上がり、脱衣所の方を振り返る。裸のまま、水しぶきを上げて臨戦態勢を取ろうとするが、武器は脱衣所の籠の中だ。

 

 バンッ!

 

 その直後に脱衣所の引き戸が乱暴に破壊され、砕けた木片と共に熱風が浴室へとなだれ込んできた。湯気が吹き飛び、視界が開ける。

 

 そこにいたのは――全身が赤熱し、溶岩のように輝く人型の魔物だった。手には燃え盛る剣を持っている。

 

「あ……?」

 

 アキシャが呆然と声を漏らす。なぜならソイツは「爆弾島」で遭遇した「炎延者」そのものだったのだ。

 なぜここにいるのか、思考する暇もなく、魔物はぎらつく目で三人を捉え、剣を構える。

 湯気の中、一糸まとわぬ姿の三人が、その光景に唖然として立ち尽くすのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。