The Sky Blessing ~Rabbit Edition~ 作:ella_coat
「ル、ルーモア様! なぜこのような場所に……!?」
エルド長老の驚愕に満ちた声が、木の温もりで満ちたツリーハウスに響き渡る。
即座に椅子を蹴って立ち上がったアキシャはすぐに臨戦態勢に入った。ラビリアは驚きに目を丸くしたまま、フォークで突き刺したキノコを口元で止めて固まっている。エクアルだけが冷静に、目の前の訪問者――美しい金髪を揺らす、若い女性の姿を観察していた。
「誰だてめぇ!?」
「あ、アキシャ殿! 言葉を慎みなさるのじゃ、この御方は――」
「まあまあ、エルド。大丈夫だから」
穏やかな声でエルドを制した金髪の女性は、警戒心を剥き出しにするアキシャを見据えると楽しそうに微笑んだ。
彼女の着ている純白のワンピースが、ロウソクの光を浴びて柔らかく輝いている。
「改めて、こんにちは! 私はルーモア。この世界で人々の絆を司ってる神様だよ。よろしくね!」
彼女は三人に視線を移し、屈託なく自己紹介する。
「広場でのこと、見てたよ。あなたたち、すっごく強いんだね! あの子たちを追い払ってくれて、本当にありがとう!」
「……神様ねぇ。随分と気さくな神様もいたもんだな」
アキシャは警戒を解かないまま、訝しげに呟く。神を名乗る存在が、あまりにも人間臭く、まるで隣人のように話しかけてくる。その状況に、三人は少し拍子抜けしていた。エクアルの隣で、ラビリアがそっと耳打ちする。
「私たちの世界の神様とは、大違いだね……」
「ええ、そうね。良くも悪くも、親しみやすい方のようだけれど……」
「うん。ただ……力の底が図れない、気がする」
エクアルはルーモアの真意を探るように、その紫色の瞳をじっと見つめる。
すると、ルーモアはふと真剣な表情に切り替わった。
「あなたたちが話していた『世界の歪み』のこと……私たちも、もっと詳しく聞きたいんだ。だから、私たちの場所に来てほしいの。ここじゃ、ちょっと話しにくいこともあるからね」
「私たちの場所……?」
ルーモアの言葉にエクアルが問い返す。
「そう。私たち、神々がいる『神域』っていう特別な場所。そこで他の神様たちも交えて、ゆっくりお話ししましょ?」
唐突すぎる神様からの提案……それは三人の少女が紡ぐ冒険譚を大きく左右するものだった。
※※※
エクアルは一人、冷静に状況を分析していた。神を名乗る存在からの、あまりにも急すぎる誘い。罠である可能性も捨てきれない。だが、この世界の『歪み』の正体を探る上で、この世界の理を司る存在から直接話を聞けるというのは、願ってもない好機でもあった。彼女が逡巡していると、隣から快活な声が響いた。
「ふーん、面白そうじゃん! 行ってやるよ、神域だか何だか知らねぇが!」
アキシャは、警戒よりも好奇心が勝ったのか、不敵な笑みを浮かべていた。
「神様のお願いねぇ。こういうのは断ると後が面倒だったりするし……いいんじゃないかな? それに私も興味がないわけじゃない」
ラビリアも、いつもの調子で同意する。
二人の返事を聞き、エクアルは小さくため息をつくと、覚悟を決めたように頷いた。
「……分かりました、お話を伺います」
「よし、決まりだね!」
ルーモアは嬉しそうに微笑むと、さっそく立ち上がった。
「それじゃ、私についてきてくれる?」
「待ってください! ルーモア様が街中をお歩きになられては、大騒ぎになりますぞ!」
「あ、そっか。それもそうだね。じゃあ、エルド。悪いけど、この子たちを神域のゲートまで案内してあげてくれる?」
「分かりました……仰せのままに」
エルドは恭しく頭を下げた。
それを見てルーモアは満足そうに頷くと、三人に向き直って悪戯っぽくウィンクした。
「そういうわけだから、夜になったら、ゲートの前で待ってるね! エルドが場所を教えてくれるから!」
そう言い残すと、彼女の身体は淡い光の粒子となり、ふっと消えてしまった。後には、爽快感のある香りがふわりと漂っているだけだった。
「実態が掴めない……神様なのは間違いなさそうね」
常識離れした彼女の退場を眺めていたエクアルは静かにそう呟く。かつて見たことのある超常存在、それらと若干の共通点を見出し、彼女は納得していた。
※※※
ツリーハウスを出ると、空には大きな満月が輝き、銀色の光が島全体を優しく照らしていた。
エルドに案内されて、三人は夜の交易島を歩き始める。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った石畳の道を、虫の音だけが彩っていた。
「ルーモア様は、ああして時折、島の人々に交じってくださる慈悲深い御方じゃが……他の神々は、滅多に神域から顔をお出しにならんのじゃよ」
道中、エルドが静かに語り始めた。
「特に、邪神が現れてからはのぅ……。ワシが生まれるよりも、ずっと昔の話じゃが、あの邪神の呪いによって、神々の力も大きく削がれてしもうたそうじゃ」
その声には、世界の行く末を憂う、深い哀しみが滲んでいた。
やがて一行は島の外れ、月明かりだけが照らす静かな場所に到着した。
そこには、最初に降り立った島で見たものとよく似た、荘厳な装飾が施された石造りのゲートが、巨大な門のように鎮座していた。表面には錆びた鉄の装飾が幾重にも施され、ゴツゴツとした威圧感を放っている。
そして、ゲートの前には約束通り、ルーモアが一人で待っていた。
「やっほー、待ってたよ!」
ルーモアが、昼間と変わらない笑顔で三人を迎える。
ゲートを見上げながら、ラビリアがぽつりと呟いた。
「このゲート、最初に来た島にあったやつと形状が似てるね……。んー、でも、こっちの方がなんか……強そう?」
「そうだね。昔、この世界はもっと広くて、たくさんの人々が幸せに暮らしていたんだ。その頃に作られたものだからね」
ルーモアが、どこか遠い目をして語り始める。その声は、先ほどまでの快活さとは裏腹に、静かな悲しみを帯びていた。
「その幸せな世界は……邪神によって崩されたんですか?」
エクアルが、核心を突く質問を投げかける。
「……うん、そうだね。邪神が世界中に恐ろしい呪いを振りまいて……大地は砕かれ、私たちの愛した世界のほとんどが、空に浮かぶこんな小さな島々だけになっちゃったの」
月を見上げながら語る彼女の瞳には、深い悲しみが浮かんでいるように思えた。
「その邪神ってのは、強いのか!?」
アキシャが、最も気になることを尋ねる。ルーモアは、こくりと頷いた。
「うん……すごく強い。私たち五柱の神々も、その時にほとんどの力を奪われちゃってね。だから、直接手出しができないんだ……」
ルーモアはそう言って、主人公たちにどこか値踏みをするような……期待の眼差しを向けた。
話が終わり、彼女がゲートにそっと手を触れると、石の表面に刻まれた古代の紋様が、淡い青白い光を放ち始めた。
そしてエルドは、ゲートを潜ろうとしているルーモアとウサギの少女たちに、深々と頭を下げる。
「皆様方の武運を祈っておりますぞ……くれぐれも、神々の御前では、失礼のないようにのぅ」
その言葉には、穏やかながらも、神々への深い畏敬の念が込められていた。
三人は黙って頷くと、光の渦巻くゲートの中へと、ゆっくりと足を踏み入れた。
※※※
そこは、満天の星が天井だけでなく、足元の床にまで映り込んでいるかのような、天地の境が曖昧な幻想的な空間だった。
三人はまるで、星空そのものの中に立っているかのような錯覚に陥る。空気が澄み渡り、音という概念が存在しないかのように、静まり返っていた。
周囲には、一部炎で燃えた頑丈な鉱石のゲート、植物や花で綺麗に飾り付けられたゲート、無数の本が積み上げられた形のゲートなど、それぞれの神の個性を象徴するようなデザインのゲートが五つ、静かに佇んでいた。
「ここが神域……みてぇだな」
「うん、なんだか掴みどころがないような不思議な空間」
いつもの軽口とは違う、どこか探るような二人の短い会話が、静寂の中にぽつりと落ちる。
その声すらも、すぐに満天の星々に吸い込まれて消えてしまいそうな、途方もない空間だった。エクアルは言葉を発することなく、ただ目の前に広がる非現実的な光景と、異様な威圧感を放つゲート、そしてその先に待つであろうこの世界の理を、冷静に見据えていた。
空間の中央には幾つかの人影があった。
茨の冠を戴き、物憂げな表情を浮かべる、白髪の女性。
筋骨隆々たる肉体を誇示するように、ターバンを巻いた黒髭の巨漢。
白いフードを目深にかぶり、その表情を窺わせない、中性的な見た目の人物。
そしてその三人の足元で、何事もないかのように欠伸をしている、一匹の橙色の猫。
ルーモアと同様、力の底が見えない厳かな雰囲気を放つ神々が……そこに集結していたのだ。