The Sky Blessing ~Rabbit Edition~   作:ella_coat

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第7話 神々との取引

 神域を支配していたのは、音の存在しない、絶対的な静寂だった。

 それは空虚な無音ではなく、互いの存在を確かめ合うかのような、重たい沈黙。時間にして数秒だが……永遠にも感じられる静寂が、星空の聖域を支配していた。

 そんな張り詰めた空気を破ったのは、白いフードの人物だった。

 

「ようこそ、異界の旅人たち。君たちが来るのを待っていたよ」

 

 その声は、若者のようでもあり、老人のようでもあり、性別すらも曖昧だった。

 三人の隣に、いつの間にかルーモアが並び立つ。

 

「みんな、この子たちが話していた勇士たちだよ!」

 

 彼女が紹介役を買って出る。まずは、とエクアルが代表して一歩前に出た。

 

「本日はお招きいただき、ありがとうございます。私はエクアルと申します」

「ラビリアです、よろしくー」

「私はアキシャだ。よろしくな!」

 

 三人の自己紹介を受け、神々も順に名乗りを上げる。

 茨の冠を戴く女性が、物憂げに、しかし慈愛に満ちた、か細い声で告げた。その声は、まるで風にそよぐ木の葉の音のようだ。

 

「花の神……フローラ……。私たちの住む世界に……ようこそ……」

 

 そんな儚げな様子を見ていたエクアルは、若干心配そうに頷いてみせた。

 そして流れるように筋骨隆々の巨漢が、腹の底から響くような豪快な声で名乗りを上げる。

 

「武の神、ウルバンだ! 汝らの武勇、しかと見させてもらったぞ! 特にそこの赤いやつ、中々見込みがありそうだな!」

 

 そう言うとウルバンはアキシャに挑戦的な視線を送った。するとアキシャも不敵な笑みを浮かべて応じたのだった。

 フードの人物もやれやれといった様子で、理知的な声で続ける。

 

「僕は叡智の神、ウィ=キ。君たちの来訪を歓迎しよう」

 

 表情にはあまりでていないが、彼は興味深そうに彼女たちを観察していた。そんな彼の様子にラビリアもまた興味深そうに首を傾げる。

 最後にルーモアが、この場に似つかわしくないほど明るい声で、この場にいる最後の神を紹介する。

 

「そして、この子がニャプトフ。見ての通り、猫の神様だよ!」

 

 ルーモアが、足元で毛づくろいを始めた橙色の猫を指差した。

 

「「「猫……?」」」

 

 三人の声が綺麗にハモり、足元の猫に視線が集まる。

 

「ただの猫じゃねぇか」

「へぇ、猫が神様かぁ……面白いね。世界の数だけ、神様の形もある、みたいな?」

 

 目をパチクリさせながらその猫を観察するラビリアを傍目に、アキシャは訝しげな様子でその猫の前にしゃがんでみせた。

 ニャプトフ……と呼ばれた猫は、そんな彼女らの視線を気にする様子もなく「にゃー」とのんびりとした声で鳴いただけだった。

 

「……多分、あの魔法なら言葉が分かるかも」

 

 そう言うとエクアルは自身の喉元に触れると魔力を集中させ、言語解読魔法を三人に施す。そして意識を目の前の猫へと向けた。すると先ほどの鳴き声が、脳内で明瞭な言葉として再生されるようになったのだ。

 

「にゃー(やあ、よろしく頼むよ。まあ、面倒事はごめんだがね)」

「……本当に喋ってる」

 

 思わずラビリアがぽつりと呟いた。その言葉に、ニャプトフはぴくりと耳を動かし、少しだけ驚いたようにラビリアを見つめる。

 

「にゃーぉ(おや、僕の言葉が分かるのかい? 中々な魔法の使い手みたいだね)」

「他の世界に行くと基本的に言葉が通じないからねー。今はエクアルが掛けてくれたけど、いざという時のために全員、言語解読魔法は使えるようにしているんだ。まぁ……猫の神様と話すのは初めてだけど」

 

 ラビリアの返答に、今度は他の神々が驚きの表情を見せるのだった。

 そして、ウィ=キが咳払いをひとつすると、本題を切り出す。

 

「さてと、早速だが君たちがこの世界にやってきた理由、改めて教えてもらえるかな?」

 

 エクアルとラビリアは顔を見合わせて頷くと、その場にいる神々に自分たちの目的を説明する。自分たちは、世界の法則そのものに影響を及ぼす「歪み」と呼ばれる現象を正すために、世界を渡り歩いていること。この世界で、かなり大きな世界の歪みを観測したために遠い世界からやってきたこと。

 

「世界の歪み……か、興味深い現象だね。僕たちが知るこの世界の長い歴史の中でも、そのような根源的な法則の乱れは観測されたことがない。全く新しい脅威ということか」

 

 ウィ=キは腕を組み、深く思案している。ウルバンが、太い眉をひそめて尋ねた。

 

「それで、その歪みとやらを放っておくとどうなるのだ?」

「……過程は世界によって異なりますが、最終的に行き着く結末は同じです。世界の……完全な消滅です」

 

 エクアルの重い口調での答えに、神々の間に緊張が走る。

 

「消滅……? それは……この世界から、命が……全て、なくなってしまうということ……?」

 

 フローラがか細い声で尋ねる。

 

「はい。それだけではありません。一つの世界が消滅すれば、その余波は、隣接する他の世界にも、決して小さくない影響を及ぼします」

 

 エクアルの言葉に耳を傾けながら、ウィ=キはその言葉を反芻するかのように、しばし沈黙した。彼のフードの奥で、翡翠色の瞳がこれまでにないほど強く輝きを放つ。それは恐怖でも、驚愕でもない。未知の法則、新たな理を前にした純粋な探究者の色だった。

 

「なるほど……。君たちが危険を冒してまで、世界を渡り歩き、歪みを正そうとする理由が理解できた。それは、単なるお人好しなどではない。多元世界そのものを守るための、過酷な戦いなんだね」

 

 ウィ=キの言葉に、三人は黙って頷くのだった。

 暫しの沈黙の後……重くなった空気を払うように、ルーモアが口を開いた。

 

「君たちの話は分かった……今度は、私たちの話を聞いてくれるかな」

 

 彼女の声から、先ほどまでの快活さが消え失せていた。その真剣な響きに、アキシャたちも自然と身構える。

 

「君たちが追っている『世界の歪み』……多分それの原因は、私たちがずっと戦ってきた相手と同じだと思うんだ」

 

 その言葉にフローラが、まるで痛みに耐えるかのように、か細い息を漏らした。ウルバンは、その巨躯から静かな怒りの神気を発し、固く拳を握りしめる。ウィ=キはフードの奥で静かに目を伏せ、ニャプトフですら毛づくろいをやめ、その場に緊張が走った。

 神々全員が、その名を口にすることすら躊躇うかのような、重い沈黙。やがてルーモアは覚悟を決め、その元凶の名を告げた。

 

「この世界を今の姿に変えてしまった災厄にして邪神。その名は――トゥルタリア」

 

 その名が告げられた瞬間、神域の空気がさらに重く、冷たくなるのを感じた。フローラが、悲しげに言葉を続ける。

 

「かつて……この世界は緑豊かな、広大な大陸が数多く存在していた。しかし、トゥルタリアが……世界中に呪いを振りまき……私たちの愛した大地は砕かれ……空に浮かぶ、こんなにも小さな島々だけになってしまった……」

「人間たちの文明が衰退し、吾らへの信仰が薄れたのも、全ては奴の呪いのせいだ!」

 

 ウルバンが怒りを顕にしながら、そう力強く語った。

 

「トゥルタリアの目的は、この世界すべてを自身の呪いで満たし、穢れた魔物がはびこるだけの死の世界に変えてしまうこと。そのために、邪魔な私たち神々や、希望を捨てない人間たちを根絶やしにしようとしているの」

 

 ルーモアがそう締めくくると五柱の神々は互いに視線を交わし、コクリと頷き合う。

 その直後、フローラは一歩前に進み出ると、か細くも芯の通った声で三人に説明した。

 

「君たちの言う……世界の歪み。その根源的な異常を生み出せる存在がいるとすれば……それは、世界そのものを壊そうとしている、トゥルタリア以外には考えられない……」

「私たちの目的は、トゥルタリアを討ち、この世界を呪いから解放すること……。そして、君たちの目的は、世界の歪みを正すこと……利害は一致しているはず」

 

 彼女の言葉を、ウルバンが力強く引き継ぐ。

 

「異界の勇士たちよ! どうか、吾らにその力を貸してはくれぬか! 共に、邪神トゥルタリアを討とうではないか!」

 

 神々からの正式な要請。その真摯な眼差しが三人に注がれる。

 三人は少しの間、顔を見合わせながら互いの考えを探るような素振りを見せていたが……にやりと、好戦的な笑みを浮かべたアキシャがすぐさま口を開く。

 

「話はよく分かった。要は、そのトゥルタリアって奴をぶっ飛ばせば、全部解決するってことだろ? 面白そうだ、やってやるよ!」

「邪神が歪みの原因……うん、一番分かりやすい仮説ではあるよね。異論はないかな」

 

 ラビリアも頷く。最後にエクアルが代表して、神々に向き直った。

 

「……分かりました。微力ながら、私たちも協力させていただきます」

 

 その言葉に、神々の表情がわずかに和らぐ。ウルバンが、満足げに力強く頷いた。

 

「うむ! よくぞ決断してくれた! これより、汝らは吾らの代行者。吾らが全力で支援しよう!」

「にゃー(やれやれ、よくもこんな面倒な仕事を引き受けたもんだ。まあ、せいぜい頑張ってくれたまえよ)」

 

 ニャプトフのどこか他人事のような呟きが、エクアルたちの脳内に響く。

 星空の神域で交わされた、神々と異界の勇士たちとの契約。それは、この空島世界全てを巻き込むほど大きな戦いの始まりの合図だった。

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