「久しぶりだな、マーゴ、アンアン……そして、ノア。
本当はもっと早く来るつもりだったんだが、色々あって遅れてしまった」
ある日、唐突に牢屋敷に現れた客人。
……いいや、客人ではなく、元住人が正しいか。
黒いジャケットには赤いブローチのワンポイント。
羨ましいくらいにさらさらの髪と、怜悧でありながら情も垣間見える瞳。
絶対的な【正しさ】を誇るかのように、その背筋はピッチリと伸ばされている。
その印象的な姿を、3人が間違えるはずもない。
「あら……ヒロちゃん♡」
「ヒロ!?」
「ヒロちゃーん!」
二階堂ヒロ。
自らの【禁忌】をすら踏み越え、12人……いいや、14人の魔女たちを救った少女が、そこにいた。
* * *
二階堂ヒロという少女への印象は、ここに残った元魔女の少女たちの間で、それぞれ違う。
というのも、ヒロは1周目の世界では、即行で退場してしまったのである。
その話を持ち出すと、ヒロ本人が「あっ、あれはユキの精神誘導や魔女因子の活性があったからで……!」と顔を赤くして【反論】してくる程の瞬殺っぷりだった。
なので、ヒロとの付き合いとなると、それは基本的に2周目でのことになる。
……なるのだが、今度は2周目で、マーゴがすぐに魔女となって退場してしまった。
故にマーゴの視点だと、なかなかに特徴的な少女だとは思ったが、交友関係を結べる時間はなく、直接の接触も殆どなかったため、どうしても印象が薄くなっている。
むしろ、3周目とのギャップが一番印象深いくらいだ。
一方で、ノアやアンアンは二周目の世界でも、そこそこの期間残っていたらしく……。
彼女たち曰くヒロは「後半は結構落ち着いてきてた」、とのことで。
特にノアの方は、それはもうびっくりする程に、ヒロと親しくなっていた。
実際、彼女たちの言葉は正しいのだろう。
マーゴの記憶の中ではいつも熱に浮かされるようだったヒロは、3周目のこの世界ではとても落ち着いており、みんなへの強い思いやりから動いていた。
2周目を自分で体験していないマーゴは、どうしても実感が薄い。
独自の理論を元に火かき棒をぶんぶんしたり、みんなの困惑も気にせず引っ張ろうとしていた頃とはえらい違いで、実のところマーゴは内心困惑したりもしたのだが。
ともあれ、ヒロのみんなに向けた想いは、本物だ。
【私はみんなを信じている】。
かつて嘘を含む【偽証】であったその言葉は、けれど真実に基づく【反論】となってマーゴに突き付けられたのだから。
そんなわけで、今のヒロとなら付き合っていくことに異存はなく。
マーゴは他の皆と同じように、上手い距離感を保って。
アンアンは程々に距離を置きつつも、それでも仲間の一人として信頼し。
ノアはヒロと一緒にいる時間を、心底楽しんでいる。
そんな風に、それぞれが異なる距離感で、しかし揃って仲間としてヒロと接する一方。
この島に残った元なれはての少女たちはと言えば……殆どみんな共通して、ヒロを慕っている。
これはある種、当然と言うべき反応だろう。
なにせヒロは、あの事件の解決の主導者兼立役者。
彼女がいなければ、まずこの一件は解決しなかった。
元なれはての少女たちは、永遠の牢獄の中で、何十年何百年と苦痛を味わい続けていた。
それから解放してくれたのだから、彼女が好感を得るのは当然のことと言えた。
* * *
そんなわけで、ヒロは久々に訪れた牢屋敷で、手厚い歓迎を受けることとなった。
多くの少女たちの歓待、ノアの抱擁、アンアンとマーゴの笑顔。
そして……管理人の出迎えである。
「いらっしゃい、ヒロさん」
軽く手を上げるミオンに、ヒロは一度周囲の少女たちを見回し……納得したように頷く。
「ああ。ミオンも、上手くやれているようだな」
「ありがたいことに、みんな良い子たちだからね。僕もやりやすいよ」
口元に微かな笑みを浮かべるヒロとミオン。
その様子は、既知の関係性を匂わせるものだ。
真っ先に首を傾げたのは、ヒロの腰辺りにくっつき虫になっていたノアだ。
「? 2人って知り合いなの?」
「ああ。ミオンは管理人就任前、私に……というか、本土に戻った者たちに、聴取を行っていたからな」
「みんなを支えるためにも、とにかく情報が欲しかったからね。
最初はヒロ君に火かき棒でぶん殴られたりしたけど、なんとか話を聞くことができたよ」
「あらら、ヒロちゃん、まだヤンチャやってるのねぇ」
「おい、その話はやめろと言っただろう!」
「いや冗談じゃなく事実なのか、ヒロ。わがはいそういうの良くないと思うぞ、ヒロ」
「ばいおれんすだー、ヒロちゃん」
旧交を温めつつも、一行はラウンジへと移動した。
おどろおどろしい牢屋敷の中でも、比較的平穏な空間だったラウンジ。
かつてはゴクチョーによる説明や、魔女たちの交流の場として使われていた場所だが……。
今では、本土と繋がるテレビや今日の新聞、多人数向けのボードゲームやデジタルゲーム筐体が設置され、牢屋敷でも一二を争う人気スポットと化している。
ソファに腰掛けたヒロは、そんな変化を見て顔を綻ばせながら、改めて挨拶をする。
「改めて、久しぶり、みんな。元気そうで何よりだ。
素直に伝えても風情がないと思って、管理人には来訪を黙っていてもらったが……サプライズの効果はあったようだな」
「もー、本当ビックリしたよぉ!」
ヒロにくっ付くノアは、そう言いながらも満面の笑みを浮かべていた。
それを見て、ヒロも固い表情を崩し、微笑む。
「前に会ったのは、3週間程前の、温泉旅行の時か。
しかし、何かあったのか? わざわざそちらから来るなんて……ミリアやエマは無事なのか?」
喋る内に不安になったのか、アンアンは眉をひそめて問い質すが……。
ヒロはコーヒーを一口、落ち着いて答えた。
「大丈夫、何かがあったというわけじゃないよ。
エマもミリアも、今は高校生活に馴染もうと頑張っているところらしい。これに関しては、メッセージをやり取りしている君たちも知っているだろうが。
ただ、君たちにばかり来てもらうのも悪いからね、私からも馳せ参じたというわけさ」
どこか芝居がかった台詞を言うヒロに、マーゴはニヤリと笑う。
「あら、その口調……ふふっ。相変わらず、レイアちゃんとは仲が良いみたいね♡」
「…………移ってしまっていたか」
ヒロは、少し恥ずかし気に苦笑した。
元魔女の少女たちは、ほぼ全員仲が良いのだが……。
その中でも、流石と言うべきか、ヒロの交友範囲はかなり広い。
特に仲が良いのが、エマやレイア、ナノカに、それから今まさにくっ付いているノア。
それ以外のメンバーとも積極的に触れ合い、声をかけ、時に諫めてもいる。
常に客観的に正しくあろうとする理性と共に、そういったコミュニケーション面の強みもあり、彼女はユキと対峙した元魔女の少女たちの、実質的なリーダーを任されていた。
そして、エマやレイアは、ヒロとは別の高校に所属しているのだが……。
それでも、週末は毎週と言っていい程、どちらかと遊んでいるとのことで。
そうこうしている内、特徴的なレイアの口調が移ってしまったのだろう。
しかし、ヒロちゃん、大人気ねぇ。
そう思い、マーゴは口端を歪めた。
ヒロはコホンと咳払い一つ、話を再開する。
「ま、まあとにかく。特にこれといって用事があるというわけではないんだ。
丁度三連休に予定が入っていなかったから、【バカンス】に来たようなものだと思ってくれ」
「それは意外ねぇ。ヒロちゃんは何かと忙しそうだし、みんなに大人気じゃない。
『バカンスになど行く暇などない!』なんて言うんじゃないかと思ってたわ」
鋭い【反論】に、ヒロは一瞬怯み、苦笑いして言う。
「……まあ、そうだね。正直、最初はそう思っていた。
ここを出て暫くは、色々と走り回っていたんだが……エマとアリサ、それからハンナとナノカとミリアに、揃って『少しくらい休め』と叱られてしまってな。
丁度ミオンが仕事を代行してくれるという話だから、政府との折衝や私たちの問題解決を一部委託。
そうしてできた暇で、みんなの顔を見に来たというわけだ」
暇ができたから休むのではなく、牢屋敷に残った少女たちの顔を見に行くという選択を取る辺り、この少女の徹底した真面目っぷりが窺える。
気が抜けたようで、抜けていない。
常に規則や正義と共に生き、行動し、それを疑問にも思わない。
正しく、天性の風紀委員性質、と言うべきだろうか。
ヒロは続けて言った。
「しかし、見に来て良かったと思っているよ。
私が知っていた頃とは、牢屋敷も大きく様変わりしている。……そもそも外観からして、3倍くらいに広くなっているし。
ノア、良ければ案内してくれないか。みんなが暮らしているここを見て回りたいんだ」
「いいよ! アンアンちゃんもいこ!」
「構わないが……ヒロ、旅疲れは問題ないのか。本土から、4時間程かかるのだろう?」
「心配ありがとう、問題はない。これでも鍛えているから、体力はある。
……ふふ。エマ曰く【文武両道、非の打ち所のないパーフェクト幼馴染】らしいからな、私は」
ちょっと……いや、かなり抜けている、けれど時々鋭いところもある少女、桜羽エマ。
幼馴染を想ってだろう、ヒロは穏やかな笑顔を浮かべた。
それを見て、マーゴは。
……本当に。変われば、変わるものねぇ。
そう、思わざるを得ない。
エマのことを心底から憎み、その憎悪によって心の均衡を崩していたヒロ。
けれど今、彼女はエマのことを幼馴染として慕い、きっとそこから安穏を得ている。
月代ユキと彼女たちの間に何があったのか、マーゴたちは詳しく聞いていない。
ある程度想像はできるが、下衆の勘繰りというものだろう。
けれど、これは確かなこととして。
二階堂ヒロは本来、「正しい」と判断すれば自らの【禁忌】すら踏み越え、「正しくない」と判断すれば長年の憎悪すら捨て去る……。
そんな、理知的で理性的な人間だったのだろう。
あるいは、変わったのではなく、正常に戻ったと表現すべきなのかもしれない。
そして、それは決して、彼女だけではなく。
あの魔女裁判に参加した少女たちの多くが、本来の善性を取り戻したり、新たな未来へと歩き始めたりしている。
信頼がおける者限定だが、自ら描いた絵を見せてくれるようになったノアや、小説を書き続けているアンアンも、その例に漏れない。
……では。
宝生マーゴは?
あの事件で、何か変わっただろうか。
あの事件で、何か戻っただろうか。
────いいや。
宝生マーゴは、良くも悪くも、そこまで大きく変わらない。
愛を知る、あるいは知らない、嘘吐き少女。
人を破滅させることを愉しむ、詐欺師。
成長もしていなければ、退行もしていない。
みんなが前に、未来に進んでいる中。
マーゴだけは、事件前から、ただ足踏みを繰り返しているようで……。
「マーゴ」
「え?」
知らず沈み込んでいた思考は、不意に聞こえたヒロの声に引き戻された。
気付けば、ヒロはマーゴの耳元に口を寄せ、何事かを呟いていた。
「今夜、時間をくれないか」
「……あら♡ 期待していいの?」
「ミオンについて話したい」
スパリと切り捨て、彼女は待っているノアの元へと戻って行く。
「ふうん……?」
……どうやら、ヒロがこの島に来たのは、単なる顔出しのためだけではなかったらしい。
✋ちょっと待ってよ! ヒロちゃんは浮気性すぎるんじゃないかな!? それにボクを監獄島行きに誘ってくれないなんておかしいよ! これじゃ炙りビンじゃなくて妬きエマになっちゃう……!