両親の快癒の方を受け、アンアンは監獄島を出て行った。
「まずは2人に謝りたい」と、取るものも取らず、本土と向かった形だ。
「アンアンちゃん、出て行っちゃうのかなぁ……」
アンアンの両親が復活したことは友達として喜びつつも。
ノアはやはり、寂しそうにしていた。
城ケ崎ノアにとって、今の監獄島は天国にも近い。
他者からなんだかんだと言われることなく、自由にアートを描くことができ、放っておいても美味しいご飯が提供されて……。
何より、自分の上手いとは言えない絵を好んでくれる人たちがいるのだ。
これ以上ノアの欲求にマッチした環境は、世界中探してもそうそうないだろう。
そのため、彼女は今更、わざわざ制約の多い外の世界に行こうとは思わない。
……だが、そうでない人がいることも、理解できる。
ノアが大好きなヒロだってそうだ。
外に戻り、親や友人に会うことを楽しみにしていたし、既に本土での生活を再開している。
人と人との繋がりであるコミュニティは、それだけ強い意味と価値を持っているのだ。
……あまりそれに価値を見出さないノアでさえ、ヒロが出て行くと聞いた時には、思わず泣いてしまったくらいなのだから。
しかしこれに関して、夏目アンアンという少女の場合は、少々事情が特殊だ。
両親を魔法の暴発で廃人にしてしまって以来、彼女は過ちを繰り返さないようにと、家に引きこもった。
最初の頃、口で話すのではなく、スケッチブックに書いた文字を通して会話を図っていたのも、無意識的な魔法の行使を恐れてのものだろう。
それだけ厳重に魔法を、他者とのコミュニケーション封印していた彼女に、殊更に強い人との繋がりなどあるわけもなく。
アンアンは元々、この監獄島にしかコミュニティを持っていなかった。
故にこそ、本土の方へと戻る意味も見出せず、監獄島でノアやマーゴたちと暮らしていたのだが……。
もはや恐れていた【洗脳】の魔法は喪われ。
彼女が強く強く求めていた、本物の愛を注いでくれる両親が復活したとなれば。
アンアンが監獄島から両親の下に戻ることも、十分に予想が付く未来だ 。
「さて、どうかしら。……もしそうなったら、寂しくなっちゃうわね」
一方でマーゴにとって、家族やコミュニティへの愛は、理解し辛いもの。
本来なら、ノアの不安に共感することは難しく、上っ面だけの【偽証】になってしまうところだったが……。
家族へ向けたそれを理解できずとも、仲間に向ける感情ならば、今の彼女は少しだけ共感できる。
信じたいと、そう思えたごく少数の少女たち。
彼女たちが離れていってしまうことには、痛みとも言えない程ではあるものの、心の揺らぎを感じる。
だから、その言葉は【嘘】ではなく、彼女の【真実】だった。
「……でも、応援しなきゃ、だよね。とっても良いことなんだし」
「ええ。アンアンちゃんのお父さんお母さんは優しそうに見えたしね。
彼女がその道を歩くなら、私たちが引き留めるべきではないでしょう」
マーゴは、他者を信じることができず。
ノアは、他者に興味を持っていない。
2人は、少女たちの中でも例外的に、人との関わりにあまり意味を見出さない人間だ。
けれど、アンアンはそうではない。
それを持つ機会がなかっただけで……きっと誰より、偽物でない【愛】に飢えていた。
故に、彼女が新しい道へ、彼女の幸せへと歩き出したのなら。
仲間である2人ができるのは、送り出すことだけだ。
「……ぐすっ」
「よしよし、良い子ね」
涙ぐみ、寄りかかって来るノアを、マーゴは抱き締める。
小さな、しかし温かな体温に、マーゴの心も温まっていく気がした。
こうして、牢屋敷は以前より少しだけ、けれど確かに、静かになったのだった。
* * *
……が。その四日後。
「帰ったぞ!!」
ダバァン! と音を立て、豪快に牢屋敷の扉が押し開けられる。
偶然、玄関ホールを通りがかっていたマーゴとノアは、それを為した人間を見て、目を見開くことになる。
ほっそい脚で扉を蹴り開けたのは、一人の少女だ。
触り心地の良さそうなフワフワな長い銀の髪に、日焼けという言葉を知らない白い肌。
低い身長によく似合う、バッチバチにフリルキメた洋風ロリータファッション。
とんでもないデカさの萌え袖に抱えられた、恐らくはお土産なのだろうと思われる、よくわからない置き物やご当地お菓子の数々。
気怠げだった顔に浮かべられた、【
そして……。
「おお、ノア、マーゴ! ただいま、わがはいの帰還だぞ!
おい聞いてくれ、父さんがな、わがはいの小説の良さを理解してくれたのだ! 『ユニークな発想と文体で新鮮な読書体験ができる』とな!
ふはは、ミオンの見立てはやはり正しかったな! このまま頑張れば文豪待ったなし! わがはい大勝利、希望の未来へレッツゴー!!」
なんかド派手にキャラ崩壊している、明るく朗らかな声。
それらはどう考えても、彼女たちのよく知る少女……よく知っていたはずの少女のもの。
いつもダウナーだった彼女がこんなんなっちゃうのはちょっと信じられないが、しかし目の前の少女は確実に彼女だった。
故に、マーゴとノアは一度目を合わせ、クスリと笑い。
帰還者へと、駆け足で向かって行った。
「おかえり、アンアンちゃんっ!」
「おかえりなさい、アンアンちゃん♡」
牢屋敷の、少しだけ静かな日常は、4日で終わりを迎えたのだった。
* * *
……後から話を聞くに。
アンアンは当初、やはり本土、両親の下へと帰るつもりだったらしい。
両親も「アンアンが望むなら勿論」と乗り気で、家族の再会から合流・同居は秒読みであった。
しかし、3日の逗留によって、アンアンは思い知ったのだ。
「これ駄目にされるやつだ!」と。
両親は、アンアンを責めなかった。
ただ一緒に、ファミリーレストランで温かな食事を取りながら、穏やかに語ったのだ。
わがままを言うのは、子供なら普通のこと。
あれは魔法なんてものがあったから起こってしまった、不幸な事故でしかない。
だから魔法がない今、もう他人を恐れなくていい。自分を憎まなくていい。
アンアンが負い目を感じるのはわかる。でも、親である自分たちにもそれを背負わせてほしい。
そして、もしアンアンが許してくれるのなら、また親子になりたい。
一度は彼女によって廃人状態に追い込まれたというのに、敵意の一つも向けず、むしろ理由もない無尽の情を注ぐ。
それは、正しく親の愛だ。
もはや【洗脳】による強制もなくなった今、決して偽物でないそれを受け取れたことに、アンアンは涙を流して……。
「ハッ!?」
……気付けば、そのまま3日間。
何もすることなく、ダラダラと親元で過ごしてしまった。
アンアンの両親は、甘い。
それはもう、お城のケーキもかくやという甘さだ。
アンアンが甘え上手という側面もあるが、魔法などなくとも一人娘である彼女を甘やかしがちである。
そんな彼女と、数年ぶりに──彼らの感覚だと、数か月ぶりではあるが──再会したのだ。
どうなるかなど、自明の理だったのかもしれない。
結局その3日間、アンアンはスケッチブックを一度たりとも開くことがなかったし、文章など1文字も書いてはいなかった。
ミオンには「少なくてもいいから、毎日習慣的に文章を書くことが大事だよ」と言われ、実際牢屋敷ではそれを心がけていたのだが……。
そんなことも頭から抜け去るくらい、満たされた日々だった。
このままではまずい!! わがはいの目標が果たせなくなる!!
作家に必要なのは不足であり不満だ。
それこそが筆を執る力になる。
あまりに満たされた状況下では、自己主張の為に声を挙げることすらも面倒になる。
彼女の夢を思えば、それは絶対に避けなければならなかった。
あの事件を経て、少しだけ自分の怠惰を克服したアンアンは、ギリギリと歯噛みしながらも……。
本気で文豪を目指すため、親元を離れ、仲間たちとの共同生活に戻ることを選択したのだった。
「あの日の誓いを嘘にしないためにも……そして、2人の誇れる子供であるためにも。
わがはいには、もう少しだけ、努力が必要だろうからな」
ちなみにアンアンの両親は、寂しそうにしながらも、二つ返事でそれを受け入れた。
どこまでも甘い両親であった。
記録【アペンド・アンアンハッピーエンドルート】
アンアンとの友好度を上げて、両親を救済することでフラグ成立。
アンアンが【禁忌】を克服して、ちょっとだけ前向きになり、文豪を目指して程々に頑張るようになる。
安らぎだけの夜は終わり、痛みを秘めた朝が来た。
呪いの解けた王様と女王様が、眠り姫に「おはよう」を告げる。
生きることが傷付くことなら、それを越える喜びを。希望の明日に祝福を。