嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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孤独に舞うジゼル(3)

 

 

 

「管理人さん、アンアンちゃんのご両親みたいに、他の子たちも何かサポートはしてるの?」

 

 ある日、深夜の牢屋敷。

 管理人室で色々と連絡を交わし合い、いくつか書類にサインをしていたマーゴは、ふと思い出したという風にミオンにそう尋ねた。

 

 アンアンの両親はかつて、魔法による影響で廃人状態になっていた。

 ミオンはそんな2人を、自らの魔法によって長期的に治療していたわけだが……。

 「もし治せなかったらアンアンさんに悪いから」という理由で、それはアンアンに知らされていなかった。

 

 となれば、自分やノアも、こっそりと何かしらされていてもおかしくはない。

 情報を重視するマーゴは、その辺りについても尋ねるべきと判断した。

 

 本当なら、もう少し早く聞いておきたかったが……。

 両親の治療以来、アンアンは昼の間、何かと理由を付けてミオンに引っ付くことが多い。

 「気分を変えるため」だとか言って、アトリエではなく管理人室で執筆していることもあり、昔に比べてミオンと2人きりになれるタイミングが激減してしまった。

 

 そのため、深夜の作業にかこつけての質問になったが……。

 

「そうだね。している子もいるよ」

 

 果たして、ミオンの答えはそれを肯定するものだった。

 

 

 

「例えば……そうだね。

 既に済んで、なおかつ公言していいと許可をもらった案件だと、ミリアさんの件かな。

 君たちにはもう話しているらしいけど、彼女は昔、SNS関係で酷い裏切りを受けてね。その際に流出したデータの削除と、それに関する記憶処理を行った」

「……できるの? それ」

「まあ……できなくはないよ。時間と労力と金銭はかかったけど」

 

 一般的に言って、インターネット上に流出した情報は、完全に消すことができない。

 それ自体を消したとしても、アーカイブ保存されていたり、バックアップされていたり、ダウンロードされていたり、あるいは人の記憶に残ったり。

 一度拡散した情報は、容易に本人の手を離れてしまう。

 

 ……が、どうやら彼は、その不可逆のはずの流れを遡らせたらしい。

 

 

 

 当時のことを思い出したのか、ミオンは宙に視線を向けて語る。

 

「ちょっと僕の手には余るから、政府にも手伝ってもらってね。

 まずネット上に上がった動画、それが一部でも含まれてるものをAIを使って徹底的に炙り出し、それを投稿した人と閲覧した人を全員リスト化。

 その人たちに健康診断を受けてもらったり、火災報知器の点検とか家宅捜査って言って僕が本人に会って、魔法を使って記憶処理。

 その後は電撃作戦だよ。ネット上のデータを片端から削除。持ち物を全部洗って、その中から該当データだけ削除。

 後は僕が変なことをしてないか、政府の人と脳外科医の人、エンジニアの人に諸々チェックしてもらって、これでおしまい。

 全部で……日本内外合わせて、確か10万人弱だったかな? お金も人手もかかる大作戦だ」

「……常識外れねぇ」

 

 マーゴは呆れ、思わずため息を吐いてしまった。

 魔法で全部一発解決! ……とかではなく、とんでもなく地道で大規模な作戦だ。

 

 一度ネットに上がった動画が、ここまでしないと消せないことを恐ろしいと思うべきか。

 あるいは、たった一人の少女の悩みのためにここまでやる樋口ミオンを恐ろしいと思うべきか。

 マーゴとしては、判断に迷うところだった。

 

 

 

「それ、いくらかかったのかしら。とてもじゃないけれど、尋常な額じゃなさそうね」

「国家機密だから秘密。これ言ったら、『どこからそんな予算引っ張って来とるんじゃワレ』って話になって、色々と仄暗い面が見えて来ちゃうからね」

 

 それでは殆ど答えを言っているようなものだ。マーゴは苦笑いを漏らす。

 

 続けて、ミオンは軽く手を広げて言った。

 

「まあでも、これまで魔女因子の対策に使っていたお金に比べれば、極端な負担でもないさ。

 それを終わらせてくれた君たちへの返礼としては、十分払い得る範囲だよ」

 

 日本は……より正確に言えば世界は、人を害する【魔女】を作り出す【魔女因子】への対策として、途轍もなく大規模な調査と隔離措置を行っていた。

 

 全国の15歳の少年少女たちに健康診断の名目で調査を行い、一定以上の魔女因子活性を確認できた者を片端から拉致・監禁・処刑。

 バックストーリーとして交通事故やガス爆発、殺人事件や崩落事故などを起こすことで情報工作。

 戸籍の書き換えや、場合によっては関係者の処分も発生することがあり、国のエージェントからすら「本当にこれが正しいのか」と離反者が出て始末に追われるくらいで。

 

 ……これらを、あろうことか毎年、数百人規模で行っているのである。

 国費の何%がここに使われているのか、想像したくもないレベルであった。

 

 そうして毎年使わなければならなかった多額の予算が、永続的に浮くことになり。

 喪われるはずだった人的資源が、保たれるようになったのだ。

 

 功労者たる12人の少女たちのためなら、大規模の作戦の1つや2つも起こしてあげようという気になるわけで。

 

「……僕がここに来た時、政府は君たちを恐れ、しかし申し訳なく思っていると言ったけどね。

 もっと言えば、政府は君たち12人の少女たちに、感謝もしてるのさ。

 国民を無為に間引くような邪悪を犯す必要がなくなって、その上浮いた予算でもっと国民の生活を豊かにできるようになった。突如現れる魔女という危険もなくなり、万々歳だ。

 君たちへのお礼は、生涯の生活保障以外にも、たくさん取り計らうつもりだよ。ミリアさんやアンアンさんの件も、その一つだ」

 

 

 

 半年前まで、等身大のスケールで生活していたマーゴとしては、くらくらしてしまうような話だ。

 

 余りにも、スケールが違い過ぎる。

 

 普通、行動と予算を考える時は、「これだけのお金があるからこれだけのことができる」と決めるもの。

 けれど、今の話は完全に「これを為すにはこれだけのお金がかかるけど、だから何?」という流れだった。

 

 いくら金と人手と時間がかかろうと、佐伯ミリアの願いを確実に叶える。

 そんな覚悟と凄みを感じさせた。

 

 ……日本政府、恐ろしい。

 ここに収監された時以来に、マーゴは肝が冷える思いだった。

 

 

 

 ともあれ、マーゴが聞きたかったのは、その辺りの事情ではない。

 彼女は本題の方へ舵を切り直す。

 

「ところで、私たちには? 私やノアちゃんのためにも、何かしてくれているのかしら」

「ふむ」

 

 彼は顎に手を当て、少し考えた後に言う。

 

「まず、ノア君については……【バルーン】の噂を静めている最中だ。

 ノア君本人からいくらか話を聞いたけれど、彼女が求めているのはどうやら、不特定多数からの評価や評判ではなく、行動による充実と、少数の親しい人からの関心らしい。

 彼女の素の描画技術と、魔法によるそれとの違いからしても、高すぎる注目度は毒にしかならないだろう。

 そのため、不自然にならない程度に情報工作を図っているところだよ」

「本当に手広くやってるわねぇ……」

 

 日本政府も恐ろしいが、ミオンの行動力も凄まじいものがある。

 

 いつだったか、本人から聞いたことだが……。

 樋口ミオンは【分身】の魔法を使い、ここにいる本体の他にも、日本中にその体を点在させているらしい。

 ノアの情報工作も、先程聞いたような大規模作戦も、それよって叶えているのだろう。

 

 月代ユキと対面した時にも思わされたが、原初の魔女──ミオンはあくまで子孫らしいが──は、やはり人間的な尺度を遥かに超えている。

 超自然的……いいや、超常的と言っていい存在だ。

 

 マーゴは今更ながらにそれを思い……。

 

 

 

 ……それなのに、よくもまあ上手くやったものね、と。

 内心で、感嘆の吐息を吐く。

 

 日本は、保守的な国家だ。

 魔女の出現による治安の崩壊を忌避し、罪のない少女たちの処刑を選ぶくらいには。

 

 であれば、数多の魔法を操ることができ、やろうと思えば国家転覆すらも可能だろうミオンを脅威に思わないわけもない。

 

 それなのに……ミオンはこの牢屋敷の管理を任されるくらいに、政府から信頼を得ているのだ。

 

 その地位を得るまでに、一体何を積み上げたのか。

 金か。地位か。時間か。働きか。能力か。血肉か。……あるいは、死体か。

 そこで犠牲になったナニカが、ミオンと国家の間にあったはずの溝を埋めきったのだろう。

 

 ……そんな状態で、相手と手を取り合おうと、一歩踏み出した時。

 果たしてどんな感触がして、彼は何を思ったのかしらね?

 

 その退廃的な過去を想い、マーゴは……。

 知らず、樋口ミオンに、興味をそそられてしまう。

 

 

 

「私には? 何かしてくれているのかしら」

 

 どう答えるのか。

 自分のことを、どう見ているのか。

 何を以て、自分を救おうとするのか。

 

 マーゴはそこに興味があった。

 

 マーゴに、家庭環境を改善したいという思いはない。

 既に何年も会っていない人たちだ。今何をしているかも知らないし、きっと二度と会うこともないだろう……会いたいとも思わない。会わないためにこそ、ここに残っている。

 

 マーゴに、消したい過去はない。

 暗く痛々しい来歴だと自覚こそしているが、それら全てが自らを培ってきた経験。たとえ瑕疵があったとして、それをなくしたいとまでは思わない。

 

 マーゴに、救いたい人はいない。

 ずっと一人で生きて来た彼女は、今になってようやく隣り合う人を得たばかりで、未だそれに強い執着までは覚えていない。

 それに……きっと彼女たちは、マーゴが動かなくとも、ミオンが救うだろう。

 アンアンにそうしたように。あるいは、本土にいる子たちにそうしているように。

 

 

 

 ……では、その上で。

 何を以て、マーゴを救うというのか。

 何も求めていないマーゴに、何をしてくれると言うのか。

 

 意地の悪い微笑を浮かべ、その答えを待つマーゴに対し。

 

 けれどミオンは、申し訳なさそうな笑みをたたえ、言った。

 

 

 

「ごめんね。僕は君に何もしてあげられない。

 君にとって何が助けになるのか、僕にはそれがさっぱりわからないんだ。少なくとも、まだね」

 

 

 

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