嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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孤独に舞うジゼル(4)

 

 

 

 牢屋敷の日々は、穏やかで静かだ。

 

 届けられる新聞やSNSのニュースアカウントを見るに、本土の方では今日も政治家の不祥事だの物価高だのと、色々と騒ぎがあっているようだが……。

 そんな喧噪も、この監獄島までは届かない。

 

 魔女として囚われた少女たちの安息の地。

 地図の上からは完全に抹消されたそこは、日本政府の、そして大魔女の子孫樋口ミオンの力で、害意から守られている。

 

 今日もこの島の少女たちは、平穏な日を過ごしていた。

 

 

 

 そんな島の、冬の迫る日のこと。

 宝生マーゴは寒気を裂いて足を進めながら、ため息を吐いた。

 

「……ここの暮らし、平穏なのは良いことだけど、少し退屈なのが問題よねぇ」

 

 マーゴは、平凡で平和で穏やかな日々が、好きではなかった。

 

 これまで彼女が送ってきた半生は、スリリングで刺激と危険に満ちたもの。

 詐欺師として、いつ嘘がバレるか、いつ後ろから刺されるかわからない、そんな毎日だった。

 

 まるで辛い料理に慣れ切った人間が更なる辛さを求めるように、彼女はもっともっとと、いっそ破滅的なまでに刺激を求め続けて来た。

 

 それが、これまでの彼女にとっての【普通】で。

 それに比べてこの島の日々は、酷く刺激のない、退屈なものだ。

 

 であれば、こんな静かな毎日を、彼女が好むはずもなく……。

 

 ……しかし。

 

「悪くは、ないのだけれど」

 

 誰にも聞かれない呟きを漏らすその唇には、ゆったりとした微笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 刺激のある日々を求めていた。

 平凡で平和な日々が嫌いだった。

 そこに間違いはない。

 

 ……いいや、間違いは【なかった】。

 少なくとも、牢屋敷に来る、その日までは。

 

 けれど、3つの世界で少女たちと支え合い、騙し合い、共に暮らす内に……。

 マーゴは、【嘘】を吐き続けてきた己の本心に気付くことになった。

 

 

 

『ああ、私……あの悪意に塗れた世界が、嫌いだったのね』

 

 刺激があることは嫌いじゃない。むしろ好きだ。

 人が困った顔をしたり、可愛らしい反応を見せるのも、楽しい。

 

 けれど……こちらを破滅させようという悪意を向けられるのは、嫌。

 それが溢れた外の世界が、嫌い。

 

『【愛される】のは、もう嫌だもの。考えてみれば当然よね』

 

 人を【愛する】ことは、変わらず好き。

 けれど、人に【愛される】ことは、嫌い。

 

 自分のような人間でも、リスクを冒さず生きていけるというのなら……。

 あの【愛】に満ちた世界に戻りたくは、ない。

 

 【嘘】に【嘘】を重ね、分厚いオブラートによって、悪意から心を守っていた少女。

 宝生マーゴはようやく、ほんの少しだけ、自らの【真実】に向き合うことができた。

 

 

 

 無論、外の世界に帰らないのは、ただ外が嫌いだからというだけではない。

 

 どうやらマーゴは、この牢屋敷の日々を、そう嫌ってはいないらしい。

 

 刺激の多すぎる生き方に疲れてしまっていたのか、あの魔女裁判の日々を受けて心が一度休みたがっているのか……。

 あるいは、彼女は本来、平穏をこそ好んでいたのか。

 そこまでは、わからないが。

 

 かつて嫌っていた刺激のない日々を、けれど今はそう不快に思えない。

 

 マーゴはこれまでの生涯で、仲間というものを一切作ってこなかった。

 誰一人として信頼しない。時に相手を利用し裏切り、時に裏切られないよう切り捨てる。

 そんな日々を送っていた。……そんな日々しか、送れなかった。

 

 しかし今、彼女はいくらか、信じたい相手を得た。

 

 エマにヒロ、ノア、アンアン。本土に戻った少女たち。

 彼女たちがいるのなら……案外、こんな平穏な毎日も悪くはないのかもしれないと、そう思うようになったのだろうか。

 

 宝生マーゴは今も牢屋敷に残り、少女たちのまとめ役としての務めを果たしている。

 それに、不思議な充実まで感じてしまっている。

 

「……こんなこと、誰にも言えたものではないけれど、ね」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ぽつぽつと、誰にも言えない本音を独り言ちながら、監獄島の片隅を目指す。

 

 今日彼女が足を向けたのは、島の一角にある湖。

 

 目的は特にない。ただの気まぐれだ。

 情報を集めるでもなく、証拠を探すでもなく、人と会うでもない。

 ただ暇を潰すための散策だった。

 

 死と破滅に追い立てられていた過去では想像すらできなかった、時間の浪費。

 あの事件が終わってから数か月の間、彼女はどうにも浮足立って、それを受け入れられなかったが……。

 最近になって、ようやく心が慣れてきつつある。

 

 さく、さくと、靴を通して足に伝わる、浅く生えた草の感触。

 冬も迫る朝方の、身を裂き意識を尖らせるような寒気。

 見慣れたはずの光景の、けれど時間帯がズレることで現れる変化。

 

 そういったものを感じながら、外を歩く。

 少なくとも、時折暇潰しに用いるくらいには、今の彼女はその時間を好んでいる。

 

 

 

「……そういえば、湖の辺りは、アリサちゃんのお気に入りスポットだったわね」

 

 ふと思い出す。

 

 【発火】の魔法を持っていた少女、紫藤アリサ。

 同じく道を踏み外した者同士の共感だろうか、彼女はマーゴに少しだけ過去を話してくれた。

 魔法によって大きな失敗を犯したことがあり、だからこそ、近くに水がある環境は落ち着くのだと。

 そんな彼女は、今はもう自宅に戻って、自らの罪と想いを正直に打ち明けたらしいが……それはともかく。

 

 勿論、マーゴがここを気に入っている理由は、アリサと同じではない。

 純粋に、景色の美しさが気に入っているのだ。

 

 丁度、適度に茂る森を抜け、視界が開ける。

 かなり広い湖畔だ。魔法があった頃の幻想的な彩こそ消えてしまったが、それでも美しさは健在。

 

 一面に広がる透き通った水面と、静かに踊る水草。

 清浄で澄んだ空気に、その流れで揺らめく草葉。

 湖畔を彩るかの如く生える木々、その根元に横たわる人影……。

 

「…………あら?」

 

 小首を傾げ、マーゴが人影の方に目をやると……。

 

 

 

 

 

 

 そこには。

 

 ミオンが、明らかに致死量の血を流して、倒れていた。

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

 スマホが、けたたましく通知音を鳴らした気がした。

 記憶に焼き付く日々の中、何度も聞くことになった音色。

 この牢屋敷で人死にが出た、そして魔女が現れたという知らせが。

 

 咄嗟に確認すれば、しかしそこには何の通知もない。

 当たり前だ。あの日々はもう終わったのだから。

 

 魔女はもう現れない。

 追い詰められて人殺しを行う者もいない。

 人死にも出ない。

 

 ……その、はずだった。

 

 それなのに。

 

 

 

「管理人さん!?」

 

 駆けだしながら、マーゴは反射的に周囲を観察する。

 何度もの魔女裁判を乗り越えて来たが故の、経験に基づく行動だ。

 

 周囲に凶器、確認できず。

 血は蝶になったりはしておらず、彼の体の下に広がっている。

 ここ最近雨は降っておらず、地面にぬかるみはなし。目立つ足跡もない。

 出血元は……不明。服に目立つ破損もない。

 

 しかし、今何より確かめるべきは、管理人……樋口ミオンの無事だ。

 まだ生きているかもしれない。死んでいない可能性だって、きっと十分にあるはず。

 

 彼女は血に濡れたその体に駆け寄ると、手が汚れることも厭わず確認する。

 

「管理人さん、管理人さん! 大丈夫なの!?」

 

 そう声をかけ、肩を揺らした。

 

 

 

 牢屋敷で見つかった血塗れの人間。

 それはどうしたって、彼女に死の気配を思わせてしまう。

 

 今までに何度も見た、人の死に様が、脳裏にフラッシュバックした。

 

 

 

 芸術的にすら思える最初の悲劇、ノアの死。

 他者の罪すら負うように磔にされた、ミリアの死。

 友情と親愛の果てに為った、ハンナの死。

 他者を傷つけることを厭って選ばれた、アリサの死。

 本懐を為せずに逝ってしまった、ナノカの死。

 最後の最期で希望を信じてしまった、マーゴの死。

 

 自らが【愛】故に突き刺し、殺した、メルルの死。

 すれ違いの果てに起きてしまった、ココの死。

 幾多の偶然が絡み合った、アンアンの死。

 ハンナとの友愛が故に自ら選んだ、シェリーの死。

 劇を作り上げる直前に散った、レイアの死。

 あのヒロの心すら折りかけた、エマの死。

 自ら禁忌に向き合うことを選んだ、ヒロの死。

 

 

 

 もう二度と瞼も開けず、声も上げない、幾多の少女の死。

 

 それと同じように、ミオンももう、動くことはないのかもしれない。

 

 マーゴの肌が総毛立ち、思考が真っ白に染まって……。

 

 

 

「ん、んん……ああ、やられたな、もう。

 って、あれ、マーゴさん? ……うわ、恥ずかしいところを見られちゃったなぁ」

 

 

 

 むくり、と。

 何事もなかったかのように体を起こしたミオンに、呆気に取られることとなった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ああ……そっか、驚かせてしまったね。本当に申し訳ない。

 前に言ったように、僕は大魔女の子孫で、魔法が使えるんだけど……所詮は【混ざりもの】だからだろうね、魔法の操作技術は、どうやら大魔女のそれより些か劣ってるみたいで。

 僕の使う【分身】の魔法には、ちょっとした弱点があるんだ。分身のダメージの一部が本体にフィードバックされてしまう。

 【治療】の魔法もあるから、死にはしないんだけど……今回はちょっとめちゃくちゃやられて、意識が飛んじゃってたみたい」

 

 【液体操作】の魔法で、自分やマーゴの服や肌に付いた血を洗い流し。

 ミオンはやはり余裕あり気な、けれど少しだけ申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。

 

 一方マーゴはと言えば、隠すこともできないくらいに困惑していた。

 明らかに致死量以上の血が流れていたはずなのに、まるで何もなかったかのように平然としているのだ。

 改めて、人間と大魔女の子孫の違いを見せつけられた気がした。

 

「……結構な量の血が流れてたと思うけれど。その、何をしていたのか、教えてもらっていいかしら?」

「んん……まあ、ちょっと、お恥ずかしい話になるんだけど。

 魔女関係の情報をすっぱ抜いた新興宗教団体があってね。君たちにも類が及びそうだったから介入したんだけど……失敗した。いやあ、爆弾って怖いねぇ」

 

 

 

 「人間の発明こわー」などと冗談めかして言うミオン。

 いつも通りの余裕あり気な笑顔を見れば、彼の命に別状がないことは自明の理で。

 

 知らずこもっていた肩の力が抜けて、マーゴは苦笑いを浮かべてしまった。

 

「もう……心配したわ。【人騒がせな人】ねぇ、あなたは」

 

 支えられ、守られる立場で言うべきことではないかもしれないが、それはマーゴの本音でもあった。

 本当に勘弁してほしい。もう流血沙汰はこりごりなのだ。

 

 とはいえ、あくまでも軽口。本気で罵倒したわけでもない。

 ミオンなら、笑顔で「はは、手厳しい」と受け流すだろうことは容易に想像できた。

 

 

 

 ……けれど。

 

「心配ありがとう。……まあ、【人】では、ないけどね」

 

 ミオンは、この牢屋敷に来て初めて、その余裕ありげな笑顔を崩し。

 どこか寂し気な苦笑いで、そう呟いたのだった。

 

 

 







記録【20xx/9/17、「ケテルの冠制圧作戦」概要】
 政府のサーバーにハッキングをかけ、魔女・魔女因子・魔法の情報を盗み取った新興宗教組織「ケテルの冠」に対し、政府協力者樋口ミオンが試みた、拠点への単独侵入及び制圧作戦。
 作戦開始から6分20秒後、当組織は建築物の基礎及び構造を破壊する自爆を試み、これに成功。迅速に過ぎる対応から、作戦情報が事前に漏洩していた可能性が極めて高い。
 当被害にはカバーストーリーB-03が適応される。
 またこの際、内部に潜入していた樋口ミオンの魔法による分身体7体の内5体が致命傷を負い消滅。これより11分12秒の間の間、樋口ミオンは音信不通となった。
 混乱に乗じ逃亡した組織構成員は、樋口ミオンによって当日中に全て確保されている。
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