証言。月代ユキは孤独を【苦にしない】大魔女である。
『ボクが出会った頃のユキちゃんは、なんていうか……世界の中にたった一人、馴染めてないような感じで。
そう、すごく、【孤独】そうに見えたんだ』
そう切り出したエマの話は、マーゴから見ても、ほの暗い話だった。
月代ユキは、まるで世界に嫌われているようだった。
やけに周囲で不幸が起こった。
嗅いだことのない異臭がした。
変な虫が湧いた。
未だ幼く頑是ない子供たち──ヒロは当時から既に正しさ絶対主義だったらしいが──にとってその異常は、集団から排斥するに十分な理由だった。
エマの口から、具体的な攻撃の内容は語られなかった。
仮に語られていたとしても、暗い世界に慣れたマーゴからすれば、「ああ、そのくらいのことなのね」と思っていたかもしれない。
……けれど、そもそも、精神の苦痛は比較できるものではない。
ユキが、あるいはそれをただ見ることしかできない【傍観者】であったエマが感じた心の痛みは、誰にも否定することのできない、彼女たちだけのものだろう。
短期留学で友人の輪から離れることになったヒロは、ユキをエマに託していった。
けれどエマは、ヒロ程に、正しさのために強くあれず。
ユキに降り注ぐ人の悪意を、目の前で傍観することしかできなかった。
あるいはエマにとって、それは実際に被害に遭う以上の苦しみだったかもしれない。
「もうやめて」と言い出せない勇気のなさ、ヒロに託された友人を庇うこともできない不甲斐なさ。
そんな人間なら誰しもが持っている弱さを、まざまざと見せつけられて──。
心が軋む音を聞いた。
自身を苛む憎悪が沸き立つ。
闇が、心の中から、溢れ出した。
彼女の原罪、【忌み嫌われるもの】。
忌み嫌われるのは、何もしなかった彼女自身。
忌み嫌うのも、何もできなかった彼女自身。
そうして襲いかかる自罰と自責から心を守るため、記憶すら歪めかねないエマを見て……。
ユキは、笑っていた。
……どこか、空っぽに。
『今思うと、あれは全部、ユキちゃんの自作自演だったのかもしれない。
魔法を使えば、不幸や異臭、虫を作り出すこともできるよね。それでいじめられるように仕向けたのかも。
いじめられる環境を作って、ボクを追い込むように。ヒロちゃんに追い詰めさせるために』
エマはそこで、一度言葉を止めて。
どこか寂しそうに、語った。
『……でもね、今思うとね。
やっぱりあの時、ボクが「もうやめて」って言えていれば、何かが変わったのかもしれない。
そうしていれば、ユキちゃんは「あなたはやっぱり良い子ですね、エマ」って笑って……魔女因子の計画も何もかも放り投げてたかもって、そう思うんだ』
現実逃避に近い理想論。
……では、ないように聞こえた。
彼女の言葉には、何かしらの根拠、確信があるように思えたのだ。
『だって、ユキちゃん……出会った時からずっと、寂しそうだったんだ』
月代ユキは、孤独だった。
人間の世界に馴染むことはなく。
取り巻く人間たちと同じではなく。
悪意と憎悪に晒されるばかりで。
ずっとずっとずっとずっと……復讐だけを考えて、孤独に生きていた。
ただ一人できたはずの家族さえ、そのために置き去りにして。
自ら、孤独の道を選んでいた。
掴みどころのない、冬の朝の霧のような雰囲気で。
自分は満足していると言わんばかりに、口元には微笑を浮かべて。
瞳の奥には未だ、燻る未練と憎悪を宿して。
けれど、その仮面の下には、ずっと寂し気な感情が垣間見えていた。
放課後にただ一人、茜差す教室の一角で、びしょ濡れで笑っていた時も。
暗い夜道を、破れたバッグを背負って、軽い足取りで歩いていた時も。
クラスのみんなに取り囲まれて、言葉と暴力の嵐を投げつけられていた時も。
痛い、辛い、苦しい、悲しいというよりは……。
ほんの微かな【寂しい】こそが、そこにあった気がした。
『原初の魔女たちは全員いなくなって、自分一人でこの世界に生きていかなきゃいけなくなって……ユキちゃんはきっと、寂しかったんだと思う。
復讐のために、唯一家族だと思ってたメルルちゃんとも別れることになって、ユキちゃんには居場所がなかったんだ。
……もしあの時。「他の誰かなんて知らない、ボクが君の居場所になる」ってボクが言えていれば、もっと良い未来もあったのかもしれない』
自罰的に言うエマを、けれど現実を知るからこそ、マーゴは否定する。
「それは、難しいでしょう。
数多くの悪意は、正義も道理も簡単に捻じ曲げ得る暴力よ。
そして圧倒的な暴力を前にした時、たとえ意義があったとしても、飛び込める人間は極々少数。
それこそ、あの日々の中で、脱出しようとして看守に殴りかかるようなものよ」
……若干二名、そういうことをやりかねない
「気を落とさないで、エマちゃん。
大丈夫。あなたはちゃんと、ユキちゃんの心を救ったはずよ」
それは間違いないはずだ。
最後に見せたユキの表情は、少女たちが出した結論に、心の底から納得したものだったのだから。
『ありがとう、マーゴちゃん……』
通話の向こうのエマは、涙声になっている。
ユキがいじめられていた時も、牢屋敷で活動していた時もそうだったが……。
エマはなんだかんだで、他人に相談せず、自分で抱え込んでしまいがちな少女だ。
変に希望を持たせるのは危険だからと、確証を得られるまでは話すべきではないと思ったり。
誰かに迷惑をかけたくはないと、頼ることを恐れてしまったり。
何もできない【傍観者】にだけはならないように、自分で動こうとしてしまう。
そんな彼女だから、きっと孤独なユキに寄り添えなかった悔恨も、一人で抱え込んでしまっていたのだろう。
* * *
マーゴは涙ぐむエマを慰めながら……。
内心で、理解を進めた。
エマの言う言葉は、きっと正しい。
【孤独】。
それが月代ユキの……そして樋口ミオンの、核なのかもしれない。
ただし。
最後の大魔女と、大魔女の後継。
恐らくこの両者の間で、【孤独】の意味は異なる。
……いいや。異なるどころか、きっと真逆だ。
月代ユキは、自分は人間とは違う、と言っていたが……。
大魔女の思考回路や生活様式は、余りにも人のそれと近似している。
であればきっと彼女は、エマやヒロを筆頭とする、多くの少女たちと【同じ側】だったのだろう。
幸せの形を知っている。
隣り合う他者の温かさを知っている。
それが同種の大魔女から与えられるものか、親や兄弟姉妹、親戚、あるいは友達から与えられるかという違いこそあるが……。
確かなこととして、月代ユキは確かに幸せを知っていた。
そして、だからこそ。
それが打ち壊され、孤独になったことに耐えられなかったのだろう。
無惨に殺された同族たちを想うからこそ、それを忘れないためにも、復讐に走る他なかった。
それでも心のどこかで温かさを求めてしまい、メルルの手を取り、エマやヒロと友達になった。
全ては【孤独】を避けるために生じた行動。
そう考えれば、矛盾はない。
しかし、その一方で。
樋口ミオンは、きっと幸せの形を……ヒロの言葉を使うのなら、【愛】を知らない。
彼には、幸せだった瞬間などない。
母親は死に、父親には存在ごと無視され。
その後も、きっと多くの迫害と断絶の中で生きていくことを強いられたはずだ。
それなのに、何故あそこまで穏やかな人格をしているのか。
マーゴには、そこがまだわからない。
かつてマーゴが【魔法】を使って詐欺を働いていたように……。
【愛】も【正しさ】も知らないのなら、自らの持つ力を振るうのに、躊躇なんてないはずなのに。
……そこに関しては、余りに情報が不足している。
マーゴは一旦思考を切り上げ、改めて別方向へと考えを進める。
とにかく、ミオンにとって【孤独】は絶望ではなく、普通であるはずだ。
隣り合う者がいない、その温かさがない状態こそが彼の平常。
その悲惨さは、きっと比べ物にもならないだろうが……。
マーゴと同じように、彼は冷たく暗い世界で、【孤独】に生きていたのだろう。
それなのに、彼はマーゴとは大きく違う。
如何なる差異がその違いを生み出したのか、彼女は思いを馳せて──。
「…………」
『マーゴちゃん? どうしたの?』
「ああ……ごめんなさい。そろそろ眠くて。ふぁ……」
『あ、ごめんね! また長時間になっちゃった。
ボクも明日学校だから、そろそろ休むね。おやすみなさい!』
エマが気遣わし気に通話を切った後も。
マーゴはしばらく、天上を見上げながら、物思いにふける。
生まれの悲惨も、育ちの苦痛も、自分に似ているようで……。
けれど言葉に一切の嘘がなく、誰かに尽くすばかり。
まるで、自分の真逆のようにすら思える存在、樋口ミオン。
彼を知る程に揺らめく情動を、何と形容すればいいのか。
口が上手く、多くの言葉を知るマーゴでさえも、それを言語化することはできなかった。
証拠【ガラスの家族】
ユキは拾った人間の少女を実験台とし、けれど慕ってくる彼女を跳ね除けることをせず、最後には彼女を家族と認めていた。
証拠【二階堂ヒロの証言】
ヒロはユキに対して、「私には、エマといる君は普通の少女に見えたよ」と発言している。
証拠【屋上の約束】
エマ、ユキ、ヒロが揃って屋上で談笑している瞬間。
ユキは空っぽでない、柔らかな笑顔を浮かべていた。
反論。
【月代ユキは孤独を厭い、愛を求める、普通の少女だった】
* * *
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