嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

22 / 44
宝生マーゴの世界が終わる日(4)

 

 

 

 信じたいと思った。

 あの疑心暗鬼の日々の中で、それでも希望を口にし続けた少女を。

 

 信じるしかないと思った。

 自分たちを信じると語り、必ずやみんなを救うと誓った少女を。

 

 信頼(それ)は危険だと、くすんだ理性が高らかに叫んでも。

 それでもマーゴは、あの日々の中で二度、少女たちを信頼した。

 

 絆されたと、そう言ってもいいだろう。

 懸命に生き足掻こうとするエマに、本気で他人のために体を張るヒロに。

 マーゴは……きっといつか見たはずの、彼女の忘れてしまったものを見た。

 

 だから、信じた。

 庇ったし、協力した。

 そこに生まれるリスクも被害も呑み込んで、仲間として目的を共にした。

 

 

 

 異なる世界それぞれでの、人生初の経験が、二度も記憶に残っているからか。

 

 あるいは、男の【愛】に追い詰められて、精神的に疲弊していたからか。

 

 もしくは、この数か月、オンと共に過ごし、その人となりを知ってきたからか。

 

「…………たす、けて」

 

 マーゴは、樋口ミオンのことも、信じて頼ることを決断し。

 

「承った」

 

 ミオンはそれに短く、けれど力強い承諾を返した。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ミオンは改めて男に向き合い、言葉を投げかけた。

 

「マーゴさん本人が望むのなら、そうしたけれど……彼女が僕に助けを望んだ以上、僕は彼女の味方だ。必ずマーゴさんとその意志を守る。

 申し訳ないけれど、あなたの望むことは果たされない。どうぞ、お帰りいただけるかな」

 

 いつも通りに落ち着いた、けれど同時、こんな場においても物怖じしない直截な台詞。

 

 それに対し、男は鼻を鳴らして嘲笑る。

 

「味方、ねぇ。

 真に彼女を想うのなら、彼女の意思に反することでも、なさなければならないことがある。

 いずれ彼女も社会に出て、様々な経験をすることになるんだ。そのためには、このような狭いコミュニティに浸かるのではなく、広い世界を知るべきだ。そうだろう?」

 

 

 

 愛を装っただけの言葉に、ミオンは応じることはない。

 言葉を弄ぶ者と話しても意味はないと、経験から知っていたからだ。

 

 故に、彼が次に意識を向けたのは、詐欺師でなく……。

 少し離れたところで、気配を消して待機していた、もう一人の人間。

 

 詐欺師の男は、何も一人でこの島まで来たわけではない。

 自身が操縦するヘリに乗せ、ここまで彼を導いた者がいる。

 

 即ち、この島の存在を知っている、国の役人だ。

 

「西原さん。どうして彼をここに連れてきたの?」

「……どうして、私の名前を?」

 

 驚きに目を見張る役人……西原に、ミオンは首を振って答える。

 

「今質問をしているのは僕だよ、答えて。これは樋口ミオンの、正式な申請と捉えて貰って構わない。

 どうして【僕の管轄】になっているこの島に、僕への【連絡も承認もなく】彼を連れてきたの?

 それは日本政府の判断と捉えていいのかな」

「…………」

 

 いつもと変わらない調子でありながら、どこか不穏を匂わせるミオンの言葉。

 西原と呼ばれた役人は、数瞬黙り込み……口を開いた。

 

「現場の、判断です。

 木川班長の元に彼が現れ、自分が宝生マーゴの父親であると主張、彼女を引き取る意思を表明しました。

 班長は事実確認の後、この主張を認め、自分に警護と案内を委託しました」

 

 何かを恐れるような、震える声。

 それに対し、ミオンは表情を一切変えることなく、顎に手をやった。

 

「ふむ……わかりにくかったかな。

 僕はね、仮にも日本政府と同盟関係を結んでいる樋口ミオンが管理する島に、連絡も了承も取らず勝手に【不審者】を連れ込んだのはどういう了見なのかと、そう訊いているんだ。

 つまりね、これは状況説明を求める疑問ではないんだ。誰の判断か、とうのは論点ではない。

 君たち【日本という国家による侵略行為】を、僕は追及しているんだよ。……同盟の解消と消極的敵対も視野に入れてね」

「ッ……!」

 

 西原の顔が、真っ青に染まる。

 

 ……ノアやアンアン、詐欺師の男は、彼らが何を言っているのか、正確には理解し切れないだろう。

 ただマーゴだけが、これまで調べてきた断片的な情報から、その実情を推し量ることができた。

 

 即ち、一部の末端の独断専行が、樋口ミオンとの同盟関係という日本の国家戦略を、大きく歪めるものになったかもしれないことと……。

 それが西原という男にとって、致命的な事実なのだろうことを。

 

 

 

 ただ、確かなのは、この場の趨勢が決したことだろう。

 

「改めて、この島の管理人として要請するよ。

 今すぐにその不審者をこの島から連れ出して、以後決して近付けさせないように。

 この件の始末については、後日きちんと話を通させてもらうから」

 

 この島の人間は誰も、マーゴを男に引き渡すことを望んではいないし。

 西原もまた、樋口ミオンの命令に逆らうことができない以上、それを強要できない。

 

 そうして、周り全てが敵になった以上、詐欺師の男がいくら口を動かしても意味はない。

 

 ……今も昔も。

 この監獄島で、道徳や常識は、意味を成さない。

 

 多くから【悪】と指差された者は、排除されるのが定めなのだから。

 

 

 

「……承知……しま、した」

 

 西原は酷く悄然としつつも、今すべきことを為そうとしたのだろう。

 

 黙り込んだ詐欺師の男を引きずって、ヘリに連れて行こうとし……。

 

 

 

 瞬間。

 

 パン、と。

 

 寒空の下、乾いた音が響いた。

 

 

 

「あ……?」

 

 間抜けな声を上げて、西原が崩れ落ちる。

 

 赤い血を、不意に体に空いた穴から流して……。

 手に付いたそれを、不思議そうに眺めながら。

 

 

 

「……はあ。こんな手法は好きじゃないんだが、まあ、仕方ないか」

 

 詐欺師の男は、わざとらしく息を吐いた。

 寒空の下、白い息が、立ち上る硝煙と共に空へと消えて行く。

 

 そうして彼は……懐から取り出した拳銃の銃口を、ゆっくりとミオンに向けた。

 

「ごちゃごちゃと鬱陶しい君たちには、静かにしてもらおうかな」

「短絡的だね。……ああいや、自分が追い詰められてることが分かって、自棄になってるのかな」

 

 ミオンは呆れた表情で男を見やり。

 

 直後、再び鋭い発泡音と共に、彼の足元の地面に穴が空く。

 

「あのさぁ、わからないかな。黙れって言ってるんだよ。

 お前が何をべらべら喋っても、私がマーゴを持って帰ることは決定事項なんだよ。

 それは私のものなんだ。私が自由に使う権利を持っているんだから」

 

 

 

 これまでとは違い、明らかな嘲弄の見える声音で、男は己の常識を言い放つ。

 

「黙ってそれを渡しなよ。そうしたら君や他の子たちを傷つけはしないさ。

 お互い、何も見なかったことにしようじゃないか。そこの男は、事故としててきとうに海にでも投げ捨てればいいだろ?

 それが私たち全員が穏便に事を済ます、唯一の方法だよ」

 

 「従わないなら、お前たちも殺す」と。

 言外にそう語る男に、ミオンの背後でノアとアンアンがビクリと震え、マーゴの後ろ……つまりはミオンの陰に隠れた。

 

 ミオンは背後をちらりと振り向き、「大丈夫、みんな僕が守るから」と笑顔を見せた後。

 男に向き直り、相変わらず落ち着いた調子で宣言する。

 

「まず言っておくと、僕はこの牢屋敷に住む少女たちを、誰一人として傷つけさせないよ」

「じゃあ、そこのガキを引き渡しなよ」

「【誰一人】、って言葉を聞き逃したのかな。マーゴさんは僕が守る」

「ふははっ、守る、か! まるで正義の味方だね!

 ……で、どうやって守るって言うんだい? 撃たれてなお同じことが言えるのかな?」

 

 

 

 嘲笑と共に問い、改めて拳銃を突き付ける男。

 

 それに対し、ミオンは……肩を竦めた。

 

「あなたは、知らないんだね。この監獄島のルールを」

「あ?」

「ここに住む少女たちは、みんな当然のように知っていることなんだけどね」

 

 ミオンがゆるりと、男に向かって手をかざす。

 

 それに不穏なものを感じたのか、男は容赦なく引き金を引いたが……。

 

 

 

 パン! と音を立てて発射された銃弾は。

 

 ミオンと男の中間で、空中に静止し……ゆっくりと腐敗して、ボロボロに腐り落ちていく。

 

 

 

「この監獄島において、暴力は意味をなさない」

 

 

 

 瞬間。

 

 光の帯が、まるで縄のように男に巻き付いて【拘束】し。

 拳銃は刹那の内に【分解】され、ばらばらとパーツが地面に転がり。

 その目と口は、不可思議な影によって塞がれ【隠蔽】された。

 

 

 

「何故なら……より上位の暴力によって、制圧されるだけだからね」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 刹那の内に完全に無力化された男に、これ以上の抵抗はできない。

 

 必死に叫ぶ声は【隠蔽】によって隠され、じたばた足掻いても【拘束】からは逃れられない。

 仮に抜け出しても、【分解】された銃は、もう二度と使い物にならないだろう。

 

 敵の制圧は、いとも容易く完了した。

 再び、監獄島には平和が訪れたのだ。

 

 

 

 しかし、ミオンの表情に快いものは見られない。

 倒れた西原に向かって手をかざして【治癒】の魔法を使いながら、本日何度目かのため息を吐く。

 

「……僕も、こういう手法は好きじゃないんだけどね」

 

 牢屋敷に住む少女たちにとって、魔法はある意味、諸悪の根源だ。

 少なからぬ少女たちは、これの存在によって迫害を受けていたし。

 魔法があるからこそ、この牢屋敷に囚われることとなったのだから。

 

 そして魔法が消えたと思われた今、改めてそれを見せられるのは、少なからずストレスになるだろう。

 だからこそ、ミオンは魔法を使えることを告白しつつも、実際に使うことを極力制限してきたし、必要があったとしても可能な限り穏当な形で、目立たないように工夫してきた。

 

 それなのに、こうして人を打倒することに──明確な武力として、行使してしまった。

 

 不興を買ってしまったかもしれないな、と内心でため息を吐いた彼は……。

 

 

 

「ミオンっ!!」

「ミオンくんっ!」

「おわっ」

 

 後ろから抱き着かれた勢いに、たたらを踏むことになる。

 

「無事かミオン!? 後ろからだと発砲音だけが聞こえて、どうなったかはわからなかったが……ちゃんと対処したのか!? 当たってないか!? 痛くはないか!?」

「あ、あの、えっと、えっと、痛いの痛いのとんでいけー! とんでいけー!」

 

 必死にミオンの心配をする、アンアンとノア。

 

 それから、顔を俯かせたまま、ぎゅっと服の端を握りしめ……僅かに体重を預けて来る、マーゴ。

 

「あり、がとうっ……管理人さん」

 

 そんな少女たちを見て、ミオンは、安心したように微笑む。

 

 数か月の共同生活で、少しくらいは、信頼を得られたようだと。

 

 

 







情報【樋口ミオンの魔法】

 ミオンはこれまでに見せた【発火】【使役】【分身】【治療】【伝言】を筆頭として、【停止】【腐食】【拘束】【分解】【隠蔽】等、数えきれない種類の魔法を使える。500年の研鑽の成果である。
 ただし、少女たちを驚かせないよう、極力使用を制限したり受け入れやすいよう工夫し、本人も人間らしく生活するよう心掛けている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。