嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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宝生マーゴの世界が終わる日(5)

 

 

 

「半年前は分かりやすいよう、日本のエージェントだと名乗ったけど……正確には、僕は日本国家の指揮下にはないんだ」

 

 牢屋敷、管理人室。

 ソファに座って紅茶を口にするマーゴに対して、ミオンはそう話を始めた。

 

「僕は日本国民ではないし、戸籍も国籍もない。そもそも人間じゃないから人権すらない。

 だから、国家の指揮下に入ること自体が不可能なんだよね。

 前に国と密約を結んだって話をしたと思うけど、正確にはこれは、対等な立場の同盟関係なんだ。大体3世紀くらい前かな、最後の魔女……月代ユキの情報を追うために結んだんだけど」

 

 日本側は、得た魔女因子の情報を提供、及びミオンの日本滞在を許可し……。

 ミオンは、対魔女関係の緊急事態にその武力を貸与する。

 

 それが、日本とミオンの間にある盟約の内容だ。

 

 勿論、正確には他にも、細々とした条項があるが……。

 そこに関しては今は関係ないため、敢えて省略した。

 

 

 

「3世紀前から、国と対等な同盟関係、ね。なんともスケールの大きな話」

 

 マーゴは感嘆の息を吐き、相槌を打つ。

 

 一人きりの部隊(ワンマンアーミー)という言葉があるが、ミオンの場合、それよりもっと規模が大きい。

 

 一個人でありながら、国家と対等な立場で同盟を結び、あるいは敵に回すことさえ当然のように選択肢に入る……。

 一人きりの国家(ワンマンカントリー)……いいや、彼の来歴を考えるのなら、一人きりの民族(ワンマンネイション)が適切か。

 

 

 

 現実離れする程に強大な個人、樋口ミオン。

 ……今、マーゴは、彼に守られている。

 

『僕がマーゴさんを守る』

 

 その言葉を思い出すと、マーゴはどことなく、落ち着かない心地になる。

 

 あの日からずっとそうだ。

 ミオンと一緒にいたり、話したりしている時……。

 特に、彼に守られていると自覚する時には、どうにもマーゴの心臓が騒いで仕方がない。

 

 

 

 ティーカップの縁をなぞり、どこかそわそわしているマーゴに、気付いているのかいないのか。

 ミオンは再び、説明を続けた。

 

「で、更に言えば、日本という国家も一枚岩ではない。

 300年前から続く僕との同盟関係を知っている者も、それについて十人十色の意見を持ってる。

 特に、君たちが魔女因子関係の事件を解決してからは、樋口ミオンという緊急時の武力の必要性がなくなったことで、僕を排斥したがる人たちが勃興してね。

 そんなことが背景となって、今回の件が起きたらしい」

「それは……」

「君が罪悪感を負う必要はないよ。月代ユキがそれを選び、君たちが掴み取った未来だ。むしろ僕は、こうなったことが嬉しいんだ。

 ……ま、その結果、君に迷惑をかけちゃってるんだから、偉そうには言えないんだけど」

 

 少し視線を落としたマーゴに、ミオンは苦笑いしてそう言った。

 

 

 

 今回、ミオンがマーゴを管理人室に呼んだのは、先日の事件の説明のためだった。

 

 マーゴの父を名乗る詐欺師が、この監獄島に訪れた事件。

 それには少々複雑な事情が絡んでおり……ミオンは少し悩みながらも、きちんとマーゴに事情を打ち明けることを選択したのだ。

 

 紅茶にティースプーンを走らせながら、ミオンは話を続ける。

 

「ただ、困ったことにと言うか、幸いなことにと言うか、ここ百年以上、本土に魔女が現れたことはない。

 だから、今の日本政府は僕の力を実感していない。結果、僕の力は過小評価されている傾向にあるんだ。

 それから、湖でマーゴさんに助けられた先日の事件で、分身へのダメージが僕への有意な被害になることを証明しちゃったことも一因かな。

 彼らの一部は、僕を弱らせて、排除する計画を立てていたらしい」

 

 困ったね、と肩を竦めるミオン。

 マーゴからすると全く冗談にもならない話なので、思わず眉を寄せてしまった。

 

 

 

「本土で離れた場所に暮らす少女が増えれば、僕の【分身】による思考への負荷が増えるし、いざという時被害を与えやすくなる。

 それによって僕のパワーダウンを狙ったんだろう。

 一部の急進派は監獄島に残った君たちを、本土に送り返そうとする方針で動いていたみたいだ」

「それで……私を引き取ろうと、あの男が、来た」

「どうやら彼に対して、わざとここの情報を流したようだね。本当に残酷なことをする」

 

 先日、男からぶつけられた【愛】を思い出し、心に冷たいものが走りかけ……。

 しかし次の瞬間には、自分の前に現れた大きな背中が、まぶたの裏に浮かんで。

 めちゃくちゃに歪もうとする表情を、マーゴは必死に微笑の形で取り繕った。

 

 一方ミオンは、相変わらず落ち着いた表情で、けれど声音に僅かな険を乗せて続ける。

 

「いざという時は現場の独断だと尻尾切りしようとしていたけど、無論、そんなことは僕が許さない。

 主導していた人間にはきちんと【責任】を取ってもらったし、みんなにもしっかり【説得】してきた。

 もう二度と、あの男がこの島に、君に近付くことはない。君が本土に戻ったとしても、可能な限り近付けさせないと誓おう」

「それは……なんというか、ええ、その、心強いわね」

 

 いつもなら冗談交じりに返せる言葉。

 けれど、今のマーゴはそれさえ上手くこなせない。

 真摯に見つめて来るミオンから視線を逸らし、もにょもにょと忙しない頬と心を必死に抑え込むので精一杯だった。

 

 ……あの魔女裁判の日々で、少しだけ緩んだように感じた、マーゴの感性。

 それは先日の体験により、致命的な程に緩み、壊れ、あるいは変わってしまったらしい。

 

 

 

 しかし、それを見てなにやら勘違いしたのか。

 ミオンは眉根を下げ、深々と頭を下げた。

 

「改めて、本当に申し訳なかった。

 今回の件は、君たちに何ら責のない、僕と国との間の問題。それに君を巻き込み、あろうことか精神的苦痛を強いてしまった。

 あなたたちを守ると公言しておきながらこのザマだ。失望されても仕方がないことと認識している」

 

 真正面からの謝罪に、マーゴはむしろ焦った。

 あの日、過去のトラウマからマーゴを守り、跳ね除け……そして何より、凍り付いた心を救ってくれたのは、他ならぬミオンだ。

 

 こちらから感謝を告げこそすれ、謝罪なんてされれば立つ瀬がない。

 故に、彼を励ますように、できるだけ明るく声をかけた。

 

「いえ、その、頭を下げないでちょうだい?

 気にしていない、と言えばウソになるけれど……あなたが謝ることなんてないわ。

 あなたが、あなたにできる全力で私たちを支えてくれているのは、十分に伝わっている。それ以上を求めるのはもはや理不尽よ。

 むしろ逆に、私が……その……あり、がとう。あの時、あなたに庇ってもらえて、私、本当に……すごく、心強かったというか……」

 

 励まそうとして空回りし、いらんことまで言っちゃっていることに気付き、マーゴは微かに顔を赤らめる。

 持ち前のポーカーフェイスは維持しているものの、血流の活性化まではコントロールできない。ついでに暴走する思考と言語野もだ。

 

 これまでの人生で体験したことのない情動に、マーゴはものの見事に振り回されていた。

 

 

 

 ミオンはその言葉を受けて頭を上げ、穏やかな微笑を浮かべた。

 

「ふふ……そう言ってもらえると、少し救われるよ。

 ともあれ、僕の失敗をなかったことにする気はない。これまで通りの働きの他、ちょっとしたおねだりくらいなら聞き入れる準備があるよ。

 もし何か欲しいとか、こうして欲しいとか、そういう意見があれば是非教えてほしい」

 

 僕の無念や申し訳なさを晴らすのに協力してほしい、と。

 冗談交じりにそう言われて、マーゴは少し考える。

 

 宝生マーゴには、これといって現状に不満がない。

 友人と過ごす毎日は楽しいし、本土に残してきた後悔もない。

 今の自分から変わりたいと望むこともないし、これ以上の生活の充実も求めない。

 

 何かを望めと言われても、なかなか難しかったのだが……。

 

「……そうね、それなら、2つお願いがあるのだけど」

 

 それも、先日までの話だ。

 

 

 

 宝生マーゴはあの日、変わった。

 

 破局と言っていい状況を前に、これまで培ってきた【宝生マーゴの仮面】は打ち砕かれ……。

 けれど、露わになった脆い少女の心は、ミオンによって守られた。

 

 元より彼女は、詐欺師として培った演技力と、常に余裕を繕う強気な態度が大人らしく見せるだけで、内面は年相応の少女に過ぎない。

 あの魔女裁判の日々の中でも、幾度か犯人に疑われ、絶望的な状況に心を窶し、けれどその度に内心の動揺を押し殺していたし。

 ミオンが来てすぐの頃も、少女らしく異性を、そして状況の変化を警戒していた。

 

 彼女の詐欺師としての仮面が「弱みを見せないように」と、これまで自らの要求や欲望を口にすることを禁じてきたが……。

 それが一度壊された今、修復されたとはいえヒビの入った仮面の内からは、ちらりと彼女の本心が覗ける。

 

 

 

「あなたのことを、もっと知りたいの。

 教えてちょうだい……なんで私のことを、こんなに助けてくれるの?

 きっと長い時間のかかった日本との同盟を解消するとまで言って、どうしてそこまで、私たちを……【愛したい】、と思ってくれるのかしら」

 

 【愛】。

 以前よりも落ち着いて発せるようになった言葉によって、ミオンの真意を問う。

 

 【君たちを愛したいだけ】……と。

 かつてミオンは、自分の目的をそう語った。

 

 しかし、何故、初対面のはずの少女たちを【愛したい】などと思うのか。

 

 月代ユキがやったことの責任を取りたいのかと、かつてはそう解釈していた。

 原初の魔女に系譜を持つ者として、最後の魔女のやり残しを解消しようとしているのだと。

 

 けれど……マーゴたちを守るためなら、日本との同盟解消や、消極的とはいえ敵対まで考える、と。彼はそう言ったのだ。

 それは、彼が何百年と培ってきたものを手放してもいいという表明であり。

 きっと帰属意識も薄いだろう、魔女という種族への義務感だけで、そこまでやるとは思い難い。

 

 果たして何故、彼はここまでしてくれるのか。

 おねだりの権利を使って、マーゴはその理由を訊き出そうとした。

 

 ミオンのことを、もっと知りたがったのだ。

 ……きっと、あの大きな背中に、温かい手に、再び守ってもらえると信じるために。

 

 

 

「ん、ちょっと意外だけど、そんなことでいいのなら。

 ただ、ちょっとカッコ付かないというか、変に偏見を持たれるのも問題なんだけど……マーゴさんになら、いいかな」

 

 果たして、コクリと頷いてミオンは答え、語り出す。

 

 己の出自。

 そこにあった、彼の始まりを。

 

「僕が生まれた直後、母は死んだ、というのは伝えたと思うけど……。

 その時母は、魔法で僕に【遺言】を残していた。

 その内容は────」

 

 

 

【人を憎んではなりません】

 

【人を愛し、人に愛されなさい】

 

 

 

 彼の【禁忌】の表層が、今、明かされる。

 

 

 







 情報【伝言】

 【伝言】の魔法は、指定した対象の脳内に直接言葉を届けることができる。
 当然、未だ言葉を理解できない、生まれたばかりの赤子にも。
 【記憶】の魔法も併用すれば、言葉が理解できるようになるまで、その内容を忘れないようにすることも可能だろう。

 死に行く魔女が遺したのは、未来に向けた愛の言葉。
 それは彼の出発点であり、終着点でもあった。
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