嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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一人と一つの人でなし
一人と一つの人でなし(1)


 

 

 

「ミオンくーん、新作できたから見て~! あと、うるとらまりん? の絵具切れたからちょうだーい」

 

 管理人室の扉が、奔放な台詞と共に開かれる。

 ノックもなし、問答無用の突入だ。

 

 牢屋敷に住む少女たちの中で、ここまで気安く管理人室を訪れる者はそういない。

 ミオンは半年強の時間をかけて、【使役】しているノーム共々、この牢屋敷の住人として認められてはいるが……。

 それでもやはり、異性であり、不思議な落ち着きを持った彼のことを、少女たちの多くは一歩引いて見ていた。

 ……より正確に言えば、仲間というよりは頼りになる大人や親切な寮監、あるいは憧れの異性として見ているのだが、それはともかく。

 

 屋敷の住人と管理人の間には、やはり立場の違い、情報の差がある。

 そのため友達感覚、あるいはそれ以上の距離感でミオンと付き合う人間は、思いの外少ない。

 

 その数少ない例外の一人であるアンアンは、今日は大天使おじさんこと佐伯ミリアと古い映画のオンライン鑑賞会をしているらしく。

 もう一人であるマーゴは、色々な意味でありえない。

 

 発言内容を加味しても、その発言は疑いようもなく、お絵描き大好き少女こと城ケ崎ノアのものであった。

 

 

 

 遠慮や躊躇といった言葉から最も遠い場所にいる彼女は、当然ながらノックや声かけもなく、すぱーんと豪快に扉を押し開けたのだが……。

 その先にいた者、そしてかけられた声に、彼女は目を丸くすることになる。

 

「いらっしゃい、ノアちゃん。

 管理人さんは今、外しているわ。なんでもバスルームの洗濯機が壊れちゃったみたいで、様子を見に行ってくれているの。少し待てば戻って来ると思うけれど」

 

 投げられた言葉は、彼女にとっても親しみのある少女……友達の一人である、宝生マーゴのもので。

 カジュアルな白のシャツに身を包んだ彼女は、机の上のモニターに向き合い、何やらカタカタとキーボードを打っていたのである。

 

「ふぇ? マーゴちゃん、何してるの?」

「打ち込み作業、かしら。簡単に言えば、管理人さんの【お手伝い】ね」

 

 一度ノアを見てニコリと微笑んだ後、彼女の視線は再び、手元の資料とモニターの行き来を始めた。

 両手の指はそこそこのペースでキーボードを踊っており、カタカタという音が室内に木霊する。

 いつも泰然とした態度を取るマーゴにしては珍しく、その目と手の動きは忙しなかった。

 

 

 

 ノアは室内に入りながら、しげしげとマーゴの様子を眺め、【疑問】を口にする。

 

「へ~、お手伝いかぁ。ミオンくん、あんまり人に頼ることないよね?」

「ええ、そうね……本当に。

 これは私から名乗り出たのよ。何か仕事を手伝わせてほしい、って。

 ほら、ノアちゃんにはアートが、アンアンちゃんには小説があるけれど、私は詐欺……この島でやるわけにもいかないじゃない?

 何かできることはないかと思って、定期的なお手伝いを申し出たの」

 

 そこで丁度区切りが付いたのか、マーゴは作業の手を止め、椅子から立ち上がり。

 管理人室の戸棚から、どうやら来客用らしい紅茶を取り出し、淹れ始めた。

 

「ちょうど一休みしようと思っていたところなのよ。

 ノアちゃんさえ良ければ、管理人さんが戻ってくるまで、お話に付き合ってちょうだい?」

「うん、いいけど……」

 

 ほわーっと、ノアはどこかぼんやりした視線をマーゴに向ける。

 

 そうして、その手に抱える大きなキャンバスを置くことも忘れ、マーゴに促されるままに出された紅茶をちびちび飲みながら……。

 ふぅと息を吐き、紅茶を口に付けたマーゴに対して、唐突に話題を【提起】した。

 

 

 

「マーゴちゃん、最近綺麗になったよね?」

「っ……!」

 

 

 

 2周目でヒロに証拠を突き付けられた時と同じくらいの動揺がマーゴを襲う。

 

 危うく紅茶を噴き出しかけたマーゴは、詐欺師のプライドにかけて全力で嚥下し……。

 二重の意味で喉元を通り過ぎた熱さを忘れようと、軽く頭を振った。

 

「……ええと、ありがとうと言うべきかしらね?

 前からお化粧とかお肌のケアは、【きちんとしていた】と思うのだけれど」

「うん、マーゴちゃんは元からきれいだったよ!

 だけど……うーん、なんていうか、今は……」

 

 ノアは【賛成】しながらも首を捻り、改めてマーゴを見やる。

 

 彼女の直感は鋭い。

 複雑な理屈や面倒な詐術を置き去りに、一直線に真実へと辿り着いてしまう。

 

 マーゴが隠そうとしていた、目を逸らそうとしていた、真実へと。

 

 

 

「知らない誰かじゃなくて、知ってる誰かに可愛く見られようとしてる……みたいな?」

 

 

 

「んぐっ!?」

「ええっ!? マーゴちゃん、だいじょうぶ!?」

 

 危うくむせかけて、マーゴは必死に堪えた。

 

 この島では多少気を抜いているとはいえ、他者に対してある程度の体面を保つのは、彼女にとっての常識。

 動揺して紅茶を噴き出すことなど、超然的で底知れないミステリアス少女には許されないのである。

 

 ……まあ、洞察力に長けたノアは、とっくの昔にマーゴが普通の少女であることを見抜いているのだが。

 

「ご、ごめ……けほっ、けほっ……。んん、ごめんなさい、少し驚いてしまって。

 ええ、けれど、それは誤解よ? 私は、その、別に【特定の誰か】に見られたいなんて、そんなことは全く、本当に全く考えてないんだから」

 

 口をついて出たのは、信じられないくらいへったくそな【嘘】であった。

 もはやノアだから見破れるとかそういう次元ではなく、誰だろうと一目でわかるくらい下手くそな嘘であった。

 

 ノアは逆に驚いた。

 もしかしてマーゴちゃん体調悪いのかな、なんて心配してしまったくらいだ。

 

 そして、マーゴの心をそこまで溶かせる者を、ノアは1人しか知らない。

 彼女はその人物を、容赦なくマーゴに突き付ける。

 

 

 

「……【ミオンくん】?」

 

 

 

 パリーン、と【何か】が割れた気がした。

 具体的に言うと、マーゴのメンタルとか。

 

 ピシリと、まるで石化でもしたかのように、頬の辺りを手で扇いでいたマーゴの動きが止まる。

 

 完膚なきまでのK.O.だった。

 これが魔女裁判だったらゴクチョーが「決まったようですね」とか言い出しそうなくらいの、決定的なヤツであった。

 

 

 

 数か月前のアンアンと似た方向性の反応に、ノアは得心する。

 ああ、マーゴちゃんもミオンくんが好きになったんだ、と。

 

 それを知り、彼女は果たして……。

 

 ほにゃりと、柔らかな笑顔を浮かべた。

 

「えへへぇ……嬉しいなぁ。

 マーゴちゃんもミオンくんのことすきなら、3人で……いや、4人でかな? いっぱい一緒にいられるね!」

「くっ……!」

 

 その笑顔の眩しさに、マーゴは思わず目を背けてしまう。

 流石、ヒロにちょっと無理めなお願いを通そうとする時にみんなが使う最後の切り札だけあって、とんでもない火力の笑顔だった。

 

 

 

 

 純粋無垢な価値観を持つ、城ケ崎ノア。

 彼女にとって、人を好きになるのは素敵なことで、それ以上の意味を持たない。

 

 他人に関心を持つことの多くない彼女ではあるが、親しい人と一緒にいることが不快なわけもなく。

 最近はマーゴやアンアン、そしてミオンと行動を共にしていることが多い。

 

 そんな彼女にとって、マーゴやアンアンがミオンのことを好きになってくれるのは、とても良いことだ。

 好きの輪が広がれば、もっと一緒にいられるし、一緒にいてもっと楽しくなる。

 それをマーゴやアンアン、そしてミオンも感じるのだから、もはや幸せのスパイラル。相乗効果で楽しさ100倍だ。

 

 故に、ノアはニッコニコなのである。

 

「ね、ね! 今度4人で一緒にあそぼ!」

 

 ぐいぐいと距離を詰めて来るノアに対し、マーゴは苦笑する。

 

 幼稚故の純粋、無知故の無垢。

 頑是ない子供らしさが、マーゴには眩しく……。

 

 

 

「……もしかしたら、ノアちゃんの方が、正しいのかもねぇ」

 

 同時、そうも思った。

 

 マーゴは今、自らの感情を扱いきれず、見事なくらいに振り回されてしまっている。

 ミオンを前にしたりすると、どうにも理性で抑えきれない衝動に囚われてしまう状態だ。

 

 爛れた色恋沙汰の話には一定の経験と耐性を持つマーゴではあるが、実のところ誰かに【守られる】という経験は、これまでないに等しかった。

 あの日のミオンの背中は未だ網膜に焼き付いて、思い出すたび彼女の情緒を狂わせ、慌てさせる。

 

 要するに、恥ずかしいのである。

 更に言えば、色々考えちゃうのである。

 ついでに言うと、ミオンは平然としているのに、自分ばかり動揺していて悔しいのである。

 

 ……が、それらはあくまで、羞恥心からの逃避に過ぎない。

 

 マーゴだって、別にミオンと一緒にいたくないわけではないのだ。

 というか、一緒にいたい。

 ミオンが隣にいると、何かあっても大丈夫だと思えて、心が休まるのだ。

 

 だから「好きなものは好き」と開き直り、好意を持つ人に身を寄せるのは間違ってはいないだろう。

 「仕事を手伝う」なんて悠長な言い訳をしてないで、もっとぐいぐいと距離を詰めた方が良い。

 そんなこと、聡いマーゴは十分承知していた。

 

 アンアンとの関係。ミオンの心証。自分のイメージ。世間体……。

 頭に浮かぶそれらは全て言い訳でしかなく。

 

 結局のところ、ただマーゴが勇気を持てないだけだ。

 

 まるで色恋に浮かれる【普通の女の子】みたいね、と。

 マーゴは内心で、自虐じみた苦笑いを漏らしていたのだが……。

 

 

 

「マーゴさんは【普通の女の子】だよ」

「ひゃあっ!?」

 

 

 

 音を立てて開かれた扉の先。

 微笑みを浮かべ、口にすらしていない思考へ【反論】してきたミオンに、キュウリを見つけた猫の如く跳ねることになったのだった。

 

 その一方で、ノアは嬉しそうにミオンの方へ振り返った。

 

「あ、ミオンくん! 今度アンアンちゃんとマーゴちゃんと一緒にあそぼ!」

「ん、待たせてしまったね、ノアさん。遊びの約束は勿論構わないよ、予定を空けておこう。

 それから、これがウルトラマリンのディープの絵の具。そろそろなくなる頃だよね。

 で……その絵を見せてもらうのは今がいいかな? 後がいいかな?」

 

 ミオンの指摘にノアははっと目を見開き、キャンパスを持ってミオンに抱き着いた。

 

「あ、絵のこと忘れてた!

 見て見て、今回はねぇ、がんばったんだよ! こことかね、線が上手く引けなくてむむむ~ってなってたんだけど、いっそぐわーって塗りつぶしちゃえばいいかなって!」

「おお、大胆なアプローチだね、とても面白い。

 ……うん、やっぱりノアさんの絵は、楽しんで描かれたことがよく分かる。素敵だよ」

「えへへぇ、ありがと! 嘘ついてないって分かるから、ミオンくんの感想、すきだよ♡」

 

 ほにゃりと柔らかな笑顔を浮かべたノアは、ほんのりとその頬を赤く染めた。

 

 

 

 ……気のせいだろうか。

 

 マーゴにはその要因が、室内に効いた暖房以外の何かであるように思えた。

 

 

 

「…………え???」

 

 宝生マーゴ、15歳。

 

 【モノマネ】ができるというだけで犯人に疑われた時以来の、本気の焦燥が彼女を襲う。

 

 

 







 前章はシリアス中心だったので、まずはちょっとしたコメディから。

 今章は全体的にちょっと長くなりそうです。
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