嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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一人と一つの人でなし(2)

 

 

 

『聞いてください、マーゴさん!

 私橘シェリー、ハンナさんとルームシェアすることになりました!!』

 

 ある日、唐突にかかってきた通話。

 出るや否や、「もしもし」の応酬すらなく、向こうからは喜色に満ちた声が飛んできた。

 

 咄嗟にスマホを耳から離したマーゴは、思わず笑みを漏らしてそれに応える。

 

「……まずは久しぶり、よね。シェリーちゃん♡」

「ややっ、そうでした! お久しぶりですマーゴさん!」

 

 マーゴのまぶたの裏に、嘘塗れでとても感情を読み辛い──けれど最近、少しだけ読みやすくなった、青髪の少女の笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 元魔女の少女たちは、魔女因子の呪縛から解き放たれた後、多くが元の生活へと戻って行った。

 

 マーゴやノア、アンアンを筆頭とする一部の少女たちは牢屋敷に戻ったが、それはほんの一部。

 永遠の牢獄……と呼ばれていた地下の冷凍庫に囚われていた200人弱の少女たち。

 その内8割以上は、本土に戻り新たな生活を始めることを選択した。

 

 結果として、現在の牢屋敷に住んでいるのは、ミオンも含めて40人弱。

 小規模で、だからこそ穏やかな集団生活が営まれている。

 

 そして、話題に挙がった彼女たち──橘シェリーと遠野ハンナも、本土に戻っていた少女たちだった。

 

 

 

 正直なところ、その判断は、マーゴからすれば意外なものだった。

 

 【怪力】と【浮遊】の魔法を持っていた彼女たちは、どうやら牢屋敷に来る以前から、あまり良い生活を送れてはいなかったらしい。

 同じ穴の狢であるが故に、マーゴはその空気を敏感に感じ取っていた。

 

 が、だからこそ。

 彼女たちが、安定するだろう牢屋敷での生活を捨て、悪意に満ちる外の世界に戻って行ったのは……。

 

 そして何より、政府やミオンによる資金援助を受けなかったのは、意外と言う他なかった。

 

 特にハンナからは、【お嬢様】というものへの憧れが垣間見えていた。

 それこそ多額の賠償金でももらえば、簡単に裕福な生活が送れるだろうと思ったのだが……。

 

 

 

 それを尋ねたマーゴに対して、ハンナは「フン」と鼻を鳴らし、応えた。

 

『誰かからのお情けで成り上がるなんて、全く性に合いませんわー。私は私の実力で地の底から這い上がってやりますわよ。

 ……それに、今更、何かが取り戻せるわけもありませんしね』

 

 後半のどこか寂し気な声音に、ハンナもまた、かつて何かを喪ったのだろうことを悟り。

 そしてそれはきっと、ミオンですら取り戻せないものなのだろうとマーゴは思っている。

 

 【千里眼】で大魔女の声を聞いたココ曰く、月代ユキは大魔女の中で最も魔法を上手く使えたらしく。

 少し前、ミオンは「自分の魔法は大魔女のものよりも些か劣る」と語っていた。

 

 そして……月代ユキすらも、人間たちに殺された原初の魔女たちを蘇らせることはできなかった。

 【死者の蘇生】は、魔法という超常の技を以てしても不可能に近いのだろう。

 であれば、ユキより魔法の技術に劣るミオンにとっても、それは不可能であるはずだ。

 

 喪われたものは戻らない。

 それだけは、ユキにとってもミオンにとっても、変え難い常識なのだろう。

 

『……まあ? そんなこと言いながらも、ミオンさんにお仕事の斡旋はしてもらっているんですけれどね!

 せめて高校は出ておきたいですし、裁縫が得意で助かりましたわー。思ったよりちゃんとお金になってくれるんですわよ、これが!』

 

 少し暗くなってしまったからか、ハンナは切り替えるように明るく言った。

 

 やはりと言うか、可能な範囲で、けれど極めて公正に、ミオンはハンナを支えようとしているらしい。

 冷たい雨と雪を防ぐ傘の下、きっと並大抵のお嬢様なんかよりずっと気高い少女は、自らの二本の脚で立ち、強く生きているようだった。

 

 

 

 そしてその一方。

 橘シェリーもまた、裕福が保証された生活を望まなかった。

 

『いやいや、ハンナさんを【置き去り】にして私だけ楽な道には進めませんよ~! お手伝いしてもらったのは、精々両親との分籍くらいです!

 あ、別に皆さんの選択を否定するわけではないんですよ?

 ……ただ、私にとって、ハンナさんはとっても大切なお友達ですので。同じ苦労や達成を共有していきたいんですよ。

 私がハンナさんにしてあげられるのは、精々寄り添うことくらいですし』

 

 無邪気を繕った明るい表情をしたり、寂しさと嬉しさを同居させた儚げな表情をしたり。

 あの事件以後、些か情緒が不安定になっていた──あるいは、その内面の混沌を表に出すようになった──少女は、どうやらハンナの隣を歩むことを決めたらしい。

 

 

 

 シェリーはなんと、本土に戻ってすぐさま高校を退学し、両親から離れて別居。

 ミオン紹介の仕事で、現場作業員として生計を立て始めたらしい。

 凄まじいフットワークの軽さに、マーゴすら驚きから一瞬口を閉じてしまう程だった。

 

 彼女の【怪力】の魔法は、既に失われてしまった。

 そのため、彼女の身体的アドバンテージもなくなってしまったものと思われていたが……。

 

 過度な力を使い続けたことによる身体へのダメージ、そしてそこからの超回復による筋力増強は、なかったことにはならないらしく。

 事件後の彼女の筋力は、鍛えた成人男性を凌駕するレベルだった。

 『ようやく解放されたと思ったら、ゴリラ女が戻ってきましたわ~!?』とはハンナ談だ。

 

 ともあれ、その身体能力のおかげもあって、彼女の新生活は割と順調なんだとか。

 独特な感性で若干引かれつつも、持ち前の前向きさと明るさを以て、現場ではムードメーカーとして受け入れられ、比較的良好な関係を築けているらしい。

 

『将来はやっぱり探偵事務所を開きたいんですけどね! 今はそのためにもお金を貯めてるんです!

 ふっふーん! シェリーちゃん可愛い計画性あってえらいねすごいね天才って褒めてくれてもいいんですよ~?』

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、時は現在に戻って。

 

 そんな風に、それぞれの新生活を送っていた2人だったが……。

 今回、シェリーの提案で、ルームシェアすることに相成ったらしい。

 

 普段から明るさを繕っていた声は、今日は殊更に、キラキラと喜びのオーラを漂わせている。

 

『ハンナさんは内職系ですし、言っちゃえば場所を問わないじゃないですか? それなら一緒に住めば家賃を節約できますし、家事も分担できますし、ずっと楽になるかなって!』

「うん、いいんじゃないかしら。女性が独り身で生きていくのは何かと苦労が多いものね。

 それに……ふふっ、あなたはあまり家事とか得意そうじゃないものね?」

『ややっ、見破られてしまいましたね! そうなのです、シェリーちゃんは細々としたことが得意じゃないのです……しくしく』

 

 わざとらしく悲しそうな声を出す相手に、マーゴは苦笑する。

 

 【怪力】の魔法が暴発する危険があった頃と違い、今のシェリーは自在に力のコントロールができるはず。

 得意じゃないというのも、能力的な意味合いではなく、性格や適性的な側面が強いものだろう。

 ……あるいは、ただ面倒というだけかもしれないが。

 

 

 

 しかし、人間なら誰しも、そういった「向いていない物事」は存在する。

 大事なのは、それを上手く埋めてくれる隣人の存在だ。

 

 シェリーがシンプルかつパワフルに物事を解決する質ならば、ハンナは細々と丁寧に事をこなす質。

 適性面が被っていない2人だ、案外ルームシェアするにあたっても、上手くやっていけるかもしれない。

 

『ちょっと、シェリーさん!? 段ボールは今日中に片付けろって言ってましたわよね!? ってちょっとおい、中の靴泥塗れじゃねーですの!! ふっざけんなですわちゃんと洗いなさいな!!』

 

 ……まあ、通話の向こうから漏れ聞こえる悲鳴からして、この後怒られることは確定しているだろうが。

 

 きっと彼女はそれを受けながら、嘘のない、嬉しそうな表情でも浮かべるのだろうし。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 それから少しの間、シェリーの近況報告は続いた。

 どうやら本土の面々には既に伝えていたらしく、監獄島組にも事情を共有することが目的だったらしい。

 伝え終わるや否や『ノアさんとアンアンさんにもよろしくお伝えください! では、また会いましょ~う!』と、破天荒な名探偵は通話を抜けていった。

 

「……相変わらず、嵐みたいな子ね」

 

 マーゴは呟き、苦笑いを浮かべる。

 

 相変わらずハチャメチャで、けれど前に比べて、少し落ち着いたようにも思えるシェリー。

 

 あの日々の中では、どうにも人間味がないために警戒が先立ち、丁寧に調べていた図書館の本棚をグチャグチャにされたことで隔意が生まれたこともあった相手だが……。

 

「あんなに幸せそうなオーラを出されると、文句を言うのも野暮よね」

 

 

 

 高校を辞めて、働き始めたのも。

 ルームシェアで、少しでも負担を減らそうとしているのも。

 

 全ては、遠野ハンナに寄り添うためなのだろう。

 

 そうしたからといって、シェリーに何かが返って来るわけではない。

 むしろ、彼女の人生を主軸に考えれば、苦難が増えるだけかもしれない。

 

 けれど、そうすること自体が幸せなのだと言わんばかりに、シェリーはハンナの隣を歩いて行く。

 きっと、あの日々では滅多に見られなかった、本当の笑顔で。

 

 

 

「無償の奉仕。利己的でない行動指針。他者を中核とした人生。

 あるいは……それこそ、本当の【愛】なのかしら」

 

 きっと自分やミオンと同じく、【愛】を知らなかったのだろう少女。

 橘シェリーが、先にそこへと行き着いたかもしれないことに、マーゴは複雑な感嘆の息を漏らした。

 

 

 







 情報【シェリハン】

 尊い。
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