嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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一人と一つの人でなし(3)

 

 

 

 マーゴがミオンの仕事を手伝い始めて、まず感じたのは……。

 その仕事量の膨大さ、だった。

 

「手伝いに来てくれたんだ、今日もありがとう、マーゴさん。

 それじゃあ今日は、書類の仕分けを頼めるかな。政府から送られて来たものが山積みでね」

「……これは何の書類か、訊いてもいいのかしら?」

 

 その日のミオンのデスクには、文字通り山のように書類や封筒が積まれていた。

 奇跡のバランス感によって崩壊を免れている。……あるいは、魔法によって固定されているのかもしれないが。

 

 マーゴが「まるでフィクションの光景ね……いえ、そもそも魔法だってフィクションだと思っていたのだけれど」なんて思っていると、ミオンは苦笑いと共に答えた。

 

「魔女因子関連の研究とか、僕への協力要請とか、本土に住む子たちへの支援作戦の報告とか、牢屋敷への搬入物資の確認書とか……本当に色々だね。

 ひとまず、【樋口ミオン関係】【牢屋敷関係】【本土組関係】【魔女関係】【国政関係】【協力要請】【その他】で振り分けた後、【確認書】【契約書】【報告文書】【資料】【部外秘情報】【その他】で更に細分化しておいてほしい。

 あ、表面に『秘』の文字があるものは中を見ないでね」

「ええ、分かった。任せてちょうだい」

 

 

 

 樋口ミオンは、おおよそ唯一現存する、原初の魔女に系譜を引く存在である。

 

 日本政府、そして他の国家の多くも、その取扱いに関しては一層の注意を払っているらしい。

 それも当然のことだろう。なにせ彼に叛意でも抱かれようものなら、ようやく解決した魔女因子関連の悲劇が再発しかねず。

 ……あるいは、考えたくはないが、それ以上のことが起こるかもしれないのだ。

 

 しかし同時、もしも彼を丸め込むことができれば、そこで得られる利益は莫大だろう。

 魔女や魔法という、未だ未解明の技術と系譜にメスを入れられるかもしれない。

 それがどれだけの利益を生むのかは……きっと、小市民に過ぎないマーゴの想像を遥かに越えるもの。

 

 彼は一種の火薬庫だ。

 それこそ表舞台にでも立てば、その身柄を狙って、戦争の一つでも起きかねないくらいの。

 

 幸いなことがあるとすれば、ミオンが自身の存在を表沙汰にしない道を取っていること。

 かつて少女たちの誰も、そして日本国民の大多数がその名を知らなかったように、日本政府の協力の下、目立たないようその姿を隠している。

 魔法や魔女の存在を知る高官さえミオンの存在は知らないことがある、まさしくトップシークレットと言える存在だった。

 

 

 

 そうしてひっそりと生きる樋口ミオンが望むところは、今のところただ2つ。

 監獄島の安全の維持と、魔女因子の被害にあった少女たちの支援。

 それ以外に過度の要求も出していなければ、人類に敵意も向けてはいない。

 

 多くを望まず隠れ潜むことで、自分に端を発する無用な争いを避けているのだ。

 こうして世界の均衡は、割と個人の善意に依存して守られている。

 

 更に言えば、ミオンは基本政治経済にはノータッチだが、何もしていないというわけでもない。

 むしろ、2つの要求を叶えるため、彼がこなさなければならないタスクの量はかなり甚大だった。

 

 ミオンを、あるいは魔女の力を求め、あるいは排除しようとする勢力は数えきれない。

 それに関与してしまった元魔女の少女たちも、ミオンの弱みになるかもしれないこともあり、狙われるかもしれない立場にある。

 

 それらの悪意を排除、あるいは統制するため、樋口ミオンは国と連携しつつ文字通り東奔西走の活躍をする必要があるのだ。

 

 

 

 実際に仕事の手助けをするまでは、マーゴにすらそんな素振りを見せなかったが……。

 ミオンはどうやら、殆ど一日中、書類処理を筆頭とする仕事に追われていたようだった。

 

「……管理人さん、いつもこんなにお仕事があるの?」

「時期にもよるけどね。今は……シェリーさんやハンナさん、ココさんのサポートと、それから国政関係の仕事が重なってるから、かさんじゃってるかも」

 

 肩を竦めながらも、ミオンはバラバラと書類を捲り、連続して判を押していく。

 中身を確認していないような速度だが、その目線の忙しない行き来や、定期的に横へと書類を振り分けている様を見るに、きちんと内容を把握していっているらしい。

 

 恐らくは魔法によるものだろう。

 【記憶】とか【速読】とか……マーゴには理解しきれないが、何かしらそういったものを使っているはずだ。

 むしろ何も使わずこの速度で捌いていたら怖い。人間離れしすぎている。

 

「……ココちゃんのサポートって、何かあったの?」

「ああ、昨夜の配信で炎上したらしい」

「あ、そうなのね。……まあ、いつかはしかねない怖さはあったけれど」

 

 朝早くから管理人室に来たために確認できなかったが、そういえば元魔女候補12人のグループにメッセージが行き交っていたのを思い出す。

 恐らく、何人かがココを慰めていたのだろう。

 あるいは、ココが愚痴を吐き散らかしていた可能性もあるか。

 

「火消しを依頼されたので、今はココさんのSNSを一時的に預かって、謝罪文を出したりしているよ」

「至極真っ当なアプローチね」

「まあ裏から印象操作とサジェストの塗り替え、あと賄賂を渡して報道規制もしてるけど」

「権力って怖いわ」

 

 軽口を叩きながらも、マーゴはちらりとミオンの様子を窺い、舌を巻く。

 

 今もバサバサと書類を片付けながら、こうしてマーゴが振った雑談に応える余裕もある。

 ミオンの底は、未だ知れなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そうして無心でミオンの手伝いをしていると、管理人室に少女たちが訪れることがある。

 そういう時、決まってミオンは仕事を切り上げ、書類や備品を目立たないところに追いやって、彼女たちの気が済むまで向き合っていた。

 

 持ち込まれる話題はまちまちだ。

 最近地下に導入されたカラオケ機材の様子がおかしいとか、自室の椅子の足が折れたとか、そういった障害関係の話もあれば。

 ミオンやマーゴを遊びに誘いに来たり、一緒に食事を取ろうと誘ってくる少女たちもいて。

 特に用事はなく、管理人室に暇を潰しに来るような子もいるし。

 何かミオンと計画を立てているのか、相談しにやって来る場合もある。

 

 

 

 そんな少女たちの中でも訪問の比率が多いのは、やはりと言うべきか夏目アンアンだ。

 彼女は大体2日に一度は管理人室を訪れ、部屋の隅の椅子に座って、スケッチブックに筆を走らせていた。

 

 どうやら文豪を目指しての努力は順調に続いているらしい。

 マーゴも時々小説を読んで感想を言っている甲斐があるというもの。

 

 最初の頃はちょっとアレだったが、ミオンの添削のおかげもあってか、最近はなかなか読み応えのあるものになってきている。

 

 彼女の夢が叶う日は、もはやそこまで非現実的なものではないだろう。

 

 

 

 そうしてその日も、アンアンは管理人室に訪れた。

 

 なんでも、ずっと書いていた小説がある程度固まってきたので、一度テキスト化してみるとのことで……。

 マーゴはそのための作業を任されたのだった。

 

「最近のAIは便利ねぇ。基本はお任せで、細かいところを手直しする程度で済むもの。

 アンアンちゃんの字も綺麗だから、エラーが起こることも少なくて助かるわ♡」

 

 ミオンが所用で部屋を外し、アンアンと二人きりになった管理人室。

 

 預かったスケッチブックをスキャンしながらそう言うマーゴに対し……。

 

 アンアンはチラリと、緊張感を含んだ視線を向けた。

 

「…………マーゴ、訊きたいことがあるのだが、いいか」

「あら、どうしたの?」

「最近、ミオンの仕事の手伝いを始めたようだが……何故だ?」

 

 

 

 固い疑問の声に、マーゴは動揺を押し殺し、苦笑いの表情を作って振り返った。

 

「……ノアちゃんにも言ったけど、私としても色々考えるところがあるのよ。

 ただ厚意に甘えるだけだと、いつか困ったことになるかもしれないじゃない。ノアちゃんにはアーティスト、アンアンちゃんには文豪って道があるけど、私には何もないって現状はあまり良くない。

 だから、少しでも恩返しができるよう、できることからしようと思ってね」

「なるほど、そういう理屈か」

 

 露骨に肩から力を抜き、胸を撫で下ろすアンアン。

 マーゴは彼女に微笑を向けながら、内心ではこちらも胸を撫で下ろしていた。

 

 マーゴが内に秘めたものを、アンアンにはまだ明かせない。

 そもそも彼女自身、その感情の名を明文化することを避けている、というのもあるが……。

 

 アンアンは内気で直情的で、何より行動力がある少女だ。

 皆が殺人や死にピリピリしている中で、元気付けるためとはいえ事故死ドッキリをやろうとするのは、マーゴから見ても凄まじい感性と胆力だと言わざるを得ない。

 

 今、アンアンがマーゴの感情を知った場合、どんな化学反応が起こり、彼女がどんな行動を起こすかは……観察眼に優れたマーゴをしてすら計り知れない。

 

 彼女と向き合うまで、もう少し時間が欲しい。

 せめて、マーゴが自身の感情をきちんと理解し、扱い切れるようになるまでは。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんな訪問もありながら、淡々と作業は進み。

 マーゴは案外こうした単純作業にも適性があるのか、時間は飛ぶように過ぎて行った。

 

「そろそろ夕食の時間だよ。切り上げようか、マーゴさん」

「あら、もうそんなに?」

 

 ミオンに声をかけられて顔を上げれば、確かに夕食に近い時間だった。

 気付けばできていた肩の凝りを取るため、彼女は大きく伸びをする。

 

「ふぅ……管理人さんとお仕事をしていると、時間があっという間ねぇ」

「ふふ、それは【一緒にいて楽しい】って言ってくれているのかな?」

「っ、まあ、ええ……悪くはない、わよ?」

「それは光栄だ」

 

 ぎこちない【賛成】に、ミオンはくすくすと笑う。

 揶揄われていることに気付いて、マーゴは思わず頬を膨らませた。

 

 

 

『一緒に本当の【愛】を探してほしい』

 

 聞きようによっては告白にも聞こえるお願いをして以来、ミオンは少しだけ、マーゴとの距離を詰めてくれたようだった。

 こうして揶揄ってきたり、少しだけだが頼み事をしてくることもあり、明らかに以前までとは対応が変わっている。

 

 その余裕までは崩れていないし、完全に素を曝け出しているわけではないのだろうが……。

 

 少しだけ胸襟を開いてくれたように感じて、マーゴは嬉しかった。

 

 ……まあ、一方的に調子を崩されるばかりなのは、なんとかする必要があるが。

 

 

 

 手玉に取られるばかりでは悔しい、というのもあるが……。

 そろそろ、こちらからも一歩を踏み出す必要があるだろう、と思い。

 

 管理人室からの立ち去り際、ふと思い出したというように、マーゴは足を止めて振り返った。

 

「そうだ。一つ質問をいいかしら、管理人さん」

「ん、何かな」

 

 彼女には、以前からミオンに質問してみたいことがあった。

 彼との距離感への懸念や、要求を出すことで相手に弱みを晒す可能性を忌避し、これまでは避けてきたが……。

 

 今の彼女であれば。

 今の距離感ならば。

 

 あるいは、それを訊くこともできるだろうか。

 

 

 

「管理人さんは、なんで日本と契約してまで、魔女因子の情報を……月代ユキを追っていたの?」

 

 

 

 ユキの計画を止めるでも、逆に助けるでもなく。

 何世紀もの間、ただその情報を集めていたその理由。

 

 答えは、なんとなく想像できる。

 けれど、それが真実であるとは限らないし……。

 何よりきっと、本人から聞くことに意味がある。

 

 樋口ミオン。未だ底が知れない、マーゴにとっての気になる人。

 マーゴは彼のことを、もっともっと、知らねばならないのだから。

 

 

 

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