「管理人さんは、なんで日本と契約してまで、魔女因子の情報を……月代ユキを追っていたの?」
管理人室から出る足を止めたマーゴからの問いに。
椅子に座っていたミオンは、「ふむ」と顎に手をやった。
「そうだね。最初は、【愛】を知る手がかりになるかもしれない、と思ったんだ。
なにせ月代ユキは、この世界に唯一残った大魔女。同族意識から、僕に【愛】を教えてくれる可能性があるかと思った。まあ、それはすぐに諦めたけども。
それでも追い続けていたのは……ああいや、うん、一言では難しいか」
語りながらもミオンは立ち上がり、棚からティーカップを取り出して。
振り返り、マーゴに悪戯っぽい笑みを見せた。
「今日のお手伝いのお礼、にはならないだろうけど。
夕食前に、お茶を飲みながら、つまらない昔話でも如何かな」
* * *
ミオンが自分以外の【魔法使い】の存在を知ったのは、彼がようやく人間社会に溶け込み、人の中に紛れ込めるようになった頃だった。
魔法を使えた魔女たちは、殆ど完全に絶滅したはずだった。
例外は2人。ミオンの母と、魔女たちが【転移】で逃がしたと思しき若い大魔女。
前者は既に死んでいるからありえないとして……それでは、後者が人類への復讐のために現れたのか、と。
そう思い足を伸ばした彼が見たのは、恐ろしい怪物だった。
どうやっても死なない、【魔法】を使う不死の化け物──【魔女】なんて呼ばれていたそれを……。
ミオンは、不快に思った。
母が【愛】を以て憎悪を乗り越えたのだと知り、彼は原初の魔女たちに好感を抱いていた。
未だ幼い彼は、それらは【愛】を知る尊い生き物だったのだと妄信していたのだ。
確かに【気流】の魔法こそ使えていたが、意思もなく【愛】もなく、ただ殺意と憎悪だけで暴れるそれが、【魔女】の名に相応しいとは到底思えない。
だから、【停止】で動きを止め、【凍結】で固めて鎮圧した。
その現場を当時の日本政府──江戸幕府の役人に見られたのが、これから長い付き合いになるミオンと日本政府の馴れ初めとなる。
色々あって幕府の食客となった彼は、いくつかの事実を知ることとなった。
人の中から時折、【魔女】と呼ばれるモノが現れること。
幕府はそれを排除しつつ、人が【魔女】になる原因を探っていること。
それが魔法によって引き起こされた現象だと、同じように魔法が使える彼は理解できたし。
父たちが逃がしたのだという【最後の魔女】の仕業であることも、優に想像が付いた。
この世界で魔法が使えるのは、自分とその魔女だけのはず。
そして自分はやっていないのだから、それを為した者は明白だ。
【魔女】の出現は、最後の魔女による人類への復讐なのだろう。
そう結論付けた彼は、事件解決への協力を求める幕府の役人に対して……。
首を、横に振った。
* * *
「幕府に、手を貸さなかったのね」
「まあね」
事も無げに頷くミオンに、マーゴは何とも言えない心境を抱く。
あくまでもイフの話、理想論ではあるが。
もしかしたら、ミオンが幕府に手を貸していれば、現代にまで問題は残らなかったかもしれない。
彼が月代ユキを止めて、魔女因子を回収させていれば……。
自分たちが牢屋敷に連れて来られ、殺し合うようなこともなかったかもしれない。
そういう意味では、ミオンを責める感情も、ないではなかったが……。
「夢を見過ぎね」と、思考を切り上げる。
もしも【そうならなかった可能性】を考えれば、現状がベターであったはずなのだ。
実際、ミオンも考え込むように、僅かに視線を落とした。
「最後の魔女、ユキ……僕に会った時、彼女が何を思い、どう動くかは想像できなかった。
もしかしたら、魔女の息子として僕を【愛して】くれたかもしれない。その場合、僕は彼女の憎悪に感化され、その計画を手伝うことになったかもね。
逆に、人間の悪性の落とし子である僕を心底憎んだかもしれない。その場合、僕は【愛】を知ることなどできず、その場で殺されてしまうだろう。
あるいは、距離を空ける選択を取ったかもしれない。その場合、僕は……今と変わらず、中立の立場を守っていたかも」
彼はその時、月代ユキのことを知らなかった。
月代ユキも、彼の存在は予想だにしていなかっただろう。
そのファーストコンタクトがどのようなものになるかは、誰にも想像が付かなかった。
故に、彼はそれを避けた。
【最悪の可能性】を忌避して、日本に対して最低限の協力だけを約束したのだ。
「もしも本土に魔女が現れれば、僕が凍らせて止める。
……それ以上干渉すれば、ユキに勘付かれる可能性があったからね。それ以上は何もできなかった」
「でも、魔女の情報は探り続けたのよね」
「そうだね」
ミオンは一度、紅茶で喉を潤す。
そうして、昔を懐かしむように、視線を虚空に投げた。
「……もしかしたら、最後の魔女が僕に【愛】を教えてくれるかもしれない、と。そう思ったのは事実。
人間でない化け物である僕を【愛せる】のは、【魔女だけ】かもしれない、ってね」
「それはっ……きっと、違うわ」
「そうだね」
マーゴの【反論】に、ミオンは頷き、微笑みを見せる。
「母は、人間を愛したんだろう。だから僕に人を憎み、殺すなと言ったんだ。
人間の中にも犬や猫をこよなく【愛する】者がいるように、きっと【愛】は種族の垣根を越えられる。今はそう思っているよ。
……だからこそ、君のお願いを聞けるんだしね」
直截な言葉に、マーゴは思わず視線を逸らしてしまう。
【愛】。寒々しく苦いはずだったその言葉が、今は気恥ずかしくてたまらなかった。
「そうして始めた情報収集だけど、続ける理由は他にもあってね。
僕としては……ただのエゴイズムだけど、最後の魔女も【愛】に辿り着いて欲しかったんだ」
「……というのは?」
ミオンは、まるで暖を取ろうとするかのように、ティーカップを両手で持ち。
その目を閉じて、言った。
「……母は。【愛】によって憎しみを越えて、僕に遺言を遺した。
最後の魔女も【愛】を得れば、人への憎しみを越えられるんじゃないかと思って……その時が来ることを、【魔女因子が消えてなくなる日】を、夢見ていたんだよ。
何年、何十年、何百年待ち続けて……果たして、その日は来た」
開かれた、色素の薄い瞳が、マーゴを捉える。
深い、感謝の念が込められた視線だった。
「【君たち】が、最後の魔女を、憎しみから解き放ってくれた」
「……私たちが、というより、エマちゃんとヒロちゃんが、だけどね」
「さて、それはどうかな」
ソファから立ち上がり、ミオンは自らのデスクへ赴いて。
普段は閉めている鍵を開け、引き出しから何枚かの写真を取り出した。
それぞれ、撮られた年代も、移っている人種も、浮かべている表情も異なる写真の数々。
けれど、共通しているのは……。
数名から数十名の人間が映っていること。
白い長髪の、何を考えているのかよくわからない儚げな女性が、その中にいること。
そして彼女が、どこか痛みを堪えるような表情をしていること。
「エマさんとヒロさんが、直接のきっかけになった……確かに間違いはないだろう。
けれど結局のところ、彼女を救ったのは、彼女に向けられたたくさんの人間の【愛】なんだと思うよ。
それこそ、君たちが疑心暗鬼の日々の中、それでも助け合おうとした……その光景もまた、彼女の背を推した一因だったはずだ」
例えば、エマが耳元から囁かれる憎悪に耐え、懸命に全員での脱出の為に走り続けたように。
例えば、ヒロが自らの【禁忌】すらも踏み越えて、全員を救うために死に戻ったように。
……例えば、マーゴが、見捨てるはずだった少女を咄嗟に庇ってしまったように。
その日々の光景は、きっとユキの目を奪った。
少なくとも、【魔女裁判】に応じるくらいに、少女たちの声を無視できないくらいに……。
ユキはその輝きに、目を焼かれていたのだ。
「だから僕は、最後の魔女が……月代ユキが、この道を選んだことを、心から嬉しく思ってる。
無論、いなくなってしまった、会って話す可能性がなくなってしまったことは寂しいけど、これが正しい道だったんだと信じている。
そして、それを導いてくれた君たちには感謝してるんだ」
ミオンは改めて、マーゴへ振り返り、深々と頭を下げた。
「月代ユキが迷惑をかけたことを、同じ魔女に系譜を引く者として、心から謝罪する。
そして同時、感謝する。……彼女に【愛】を教えてくれて、ありがとう」
「……教えたっていう私が、まだ【愛】を知らないのだけれどね」
照れ隠しに、紅茶を口に含むマーゴ。
その対面へ座り直したミオンは、相も変わらず、穏やかな表情で返した。
「ああ、だから今度は僕の番だよ。
君が【愛】を知らず、それでも月代ユキに【愛】を示したように……。
今度は僕が、きっと君に、【愛】を教えてみせよう」
「……歯の浮くような台詞ね。言ってて恥ずかしくならないのかしら」
「ふふ。流石に今のは、少しだけ恥ずかしかったかもね?」
情報【御隠様】
日本の一部に伝わる旧い民間信仰の一種。
主に江戸時代中期から明治時代にかけて神として信仰されていたが、後世では妖怪とされる場合も多い。
他の妖怪が人間を襲った時、どこからともなく現れてこれを打ち倒し、どこへともなく消えていく正体不明の存在。
正体を明かさない在り方から、【