嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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一人と一つの人でなし(5)

 

 

 

 監獄島は基本、静寂に包まれている。

 

 40人弱の少女と1人の少年が暮らしているとはいえ、絶海の孤島だ。

 行き交う車も鉄道もなく、雑踏を埋める足音もない。

 姦しいはずの少女たちの生活音さえ、この島を喧噪で満たすには程遠い。

 

 かつて少女たちの望んだ静かな平穏こそが、牢屋敷を包み込んでいる。

 そうなるように、樋口ミオンが調整している。

 

 

 

 ……しかし、何事も例外は存在する。

 この静けさに満ちた島にも、また。

 

 具体的に言えば、今日、10月15日を筆頭とする……。

 

 少女たち誰かの誕生日とか。

 

 

 

「ハッピィー、バァースデェーッ!!」

「さっぷらーいず! びっくりした~?」

 

 ダウナーキャラの皮を脱ぎ去ったアンアンと、にぱっと可愛らしい笑顔を浮かべたノア。

 彼女たちがその手に持つクラッカーを炸裂させれば、それに続いて他の少女たちも祝福の言葉と共にパンパンと打ち鳴らす。

 

 何も知らされないまま、少し前に新設されたパーティホールにホイホイ誘い出されたマーゴは、驚きに思わず目を見張り、体を硬直させ。

 撒き散らされた色とりどりのテープが、その頭上に降り注いだ。

 

「……ええと、これは?」

 

 なんとか疑問を絞り出すマーゴに、先頭に立つゴスロリ少女が答える。

 

「サプライズバースデーパーティだ!!

 マーゴは全く誕生日の話題を出さなかったし、もしかしたら忘れているかもしれんと思ってな! わがはいが考案したのだぞ!」

 

 むふんっと胸を張るアンアン。

 渾身の策が成功したことで、凄まじいドヤ顔だった。

 

 

 

 そんなアンアンや無邪気なノアの後ろで、元魔女の少女たちは、ほっと安堵の息を吐いていた。

 

 自分の誕生日を忘れる人間は、あまり多くない。

 その上、マーゴはかなり勘が鋭く頭も回る。……最近はどこか心ここに在らずな様子を見せてはいたが、それでも鈍いとは決して言えない。

 この日に露骨に準備などしていれば、すぐにバレてしまうだろう。

 

 管理人であるミオンに誘い出しに協力してもらったとしても、果たしてマーゴに対してサプライズが有効なのか、彼女たちは疑問に思っていたのだが……。

 マーゴの反応を見るに、どうやら成功したらしいことを悟り、肩の力が抜けたのだ。

 

 

 

 実のところ、マーゴはアンアンの予想通り、自身の誕生日を覚えていなかった。

 これまで誕生日を祝福されたことなどないし、何度も偽装した誕生日を口にしてきた。

 彼女にとって、誕生日は何の意味も持たない平日に過ぎず、だから忘れてしまっていたのだ。

 

 そんな状態だ、朝からこそこそしていた少女たちを疑問に思いはしても、それをパーティに繋げることなどできようはずもなく。

 結果、この難易度高めのサプライズは、見事成功と相成ったのである。

 

 

 

 マーゴは驚きに表情を染めたまま、ぼんやりと呟く。

 

「今日が、私の……」

 

 恐らくはミオンが伝えたのだろう、マーゴの戸籍上の誕生日。

 それを祝うため、少女たちは決して狭くない部屋を、色とりどりの花飾りやレースの意匠、そして無数の笑顔で飾ってくれた。

 

 どこか信じられないような気持ちでそれを眺めていたマーゴに、ノアがくすくすと笑みを漏らした。

 

「え、マーゴちゃん本当に忘れてたんだ。忘れん坊さんなんだねぇ」

「まあ、そういうこともあるだろう、わがはいも風呂に入るのを忘れがちだし」

「あー、なるほど! のあもよく忘れる!」

「それとこれとは別だと思うのだけれど……」

 

 彼女たちらしい会話に思わずくすっと笑みを浮かべるマーゴに、2人は改めて、祝福の言葉を贈った。

 

「とにかく、お誕生日おめでとう、マーゴちゃん!

 のあからのプレゼントはね、すっごく頑張って描いた似顔絵! ふっふっふー、自信作だよ!」

「誕生日おめでとう、マーゴ。

 わがはいからは、書いた小説……はまだ形になってないからな。マーゴに似合いそうなイヤリングを探しておいたぞ。マーゴは意外と白が好きなようだから、純白のヤツだ」

 

 

 

 真っ直ぐでひたむきな、誰かを想う心。

 【異性愛】や【家族愛】と並ぶ愛情の形……【親愛】と呼ばれるもの。

 

 それを受け取り、マーゴは……。

 表情を作ることなく、自然体のまま、返事をした。

 

「ありがとう。嬉しいわ」

 

 自らの顔を見ることなどできようはずもない。

 マーゴは今、自分がどんな顔をしているのか、わからなかったが。

 

 ノアとアンアンを筆頭とする少女たちの、一瞬の驚きの後、ぱっと華やいだ表情を見れば、その答えは明白だった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 牢屋敷の誕生日会は、恐らくは余人が想像するよりも大規模に行われる。

 

 監獄島は閉鎖された空間。起こる変化は少なく、毎日が停滞しがちだ。

 だからこそ、「めでたい日は盛大に祝う」というのが、ミオンが来て以来の通例となっている。

 

 勿論、誕生日会の食事に関しても例外ではない。

 パーティホールには数々の絢爛な食事がバイキング形式で用意され、中央には少女たち全員で分けても十分に嗜好を満たせる量・質・種類のケーキが並んでいた。

 

「普段のミオンの料理も美味いが……うん、やはりバイキングはいいな! 好きなものを好きなだけ食べられるのは、ぜいたくで実に良い!」

「あー、アンアンちゃんそれ、のあが狙ってたチキン! 駄目だよ横取り! むーっ!」

「あらあら、ノアちゃん、まだまだあるから大丈夫よ。

 それからアンアンちゃん、お肉ばっかり食べてると健康に良くないわよ。ほら、野菜も食べないと」

「マーゴっ、貴様はわがはいの母親か!?」

「アンアンちゃんのおかあさん、あんまりそういう注意しないじゃん」

「私が代わりに叱ってあげるわね♡ 時には攻められるのも良いものよ、ふふふ……♡」

「やめろ! 今日くらいは許せ! わがはいには、好きなもので腹を満たしてドカ食い気絶してみたいという夢があるのだ……!」

「アンアンちゃん、食細いから厳しいと思うわよ。途中で気分が悪くなっちゃいそう」

「マジレスはやめろぉ! あとノアもこっそりわがはいの皿から奪っていくなぁ!」

 

 

 

 1年に何度とないめでたい日だ。

 3人が浮かれた気分でじゃれ合っていると……。

 

「いやはや、遅れてしまって申し訳ない」

 

 このパーティを用意した最後の一人が、遅れてホールに入って来た。

 

「ミオン! 遅いぞ!」

「ミオンく~ん、これ美味しいよ~!」

 

 アンアンとノアが手を挙げた先にいたのは、樋口ミオン。

 緊急で入った仕事を終わらせてきたらしい彼は、穏やかな微笑を浮かべてマーゴたちに歩み寄ってくる。

 

「やあ。楽しんでくれてるかな、みんな」

「勿論だ! 滅茶苦茶美味いぞ、これ!」

「ミオンくん、ありがと~!」

 

 常日頃から、牢屋敷で提供される食事はミオンが──流石にミオン一人というわけではなく、【使役】の魔法で働いているノームたちと一緒にではあるが──作っているもの。

 三ツ星シェフとまでは言わないまでも、本職の料理人と比べても遜色ない腕前のそれらに、少女たちは不満など抱いてはいなかったが……。

 

 やはりめでたい日となれば、出て来る料理の趣向も、それを食べた際の感想も変わって来る。

 アンアンは「ミオンも食べろ!」と言わんばかりに両手のチキンを差し出し、ノアは口元のホイップクリームも拭わないまま笑顔で駆け寄って行く。

 

 他の少女たちも思い思い、ミオンに声をかけたり、手を振ったり、駆け寄ったり、流し目を送ったり……。

 そんな様子を見ながら、マーゴは「まったく、大人気ね」と内心で苦笑していた。

 

 

 

 半年と少し前。まだ温かな空気が眠気を誘っていた頃。

 

 新管理人としてミオンを迎えたばかりの頃は、少女たちの全員が彼を警戒していた。

 なんなら、いざと言う時のため、自衛手段まで用意していた程で……ミオンの正体を知ったマーゴからすれば、なんとも無駄な抵抗だったと思えてしまうが、それはともかく。

 

 そんな最悪と言っていい印象から始まったのだ。

 こうして少女たちからの信頼を勝ち得、一部からはそれ以上の感情すら集めている様を見ると、なんとも感慨深く感じてしまう。……同時、少々、混沌としたものも感じるが、それはさておき。

 

 当初は「何か裏がある、必ず裏切るに違いない」と、そう思っていたミオンの庇護。

 けれどそれは極めて誠実な……ともすれば危険な程に真っ直ぐなもので。

 彼は、少女たちを守るためならば国すら相手取ると、そうまで言い放った。

 

 その真っ直ぐな誠実さ、純真な在り方こそが、みんなを惹き付けるのだろう。

 

 

 

 そして、それはマーゴとて、例外ではない。

 

 日々の小さな積み重ねが、彼への信頼に繋がり。

 それに応えられたことで、ミオンに対する意識は大きく変わった。

 

 ミオンの過去や精神の在り様を知ったという要因もあるが……。

 今はもう、マーゴの中に、ミオンを疑う思いは残っていない。

 

 「変われば変わるものね」、なんて。

 かつてヒロに抱いたものと同じ感想を、まさか自分に抱くことになるとは。

 

 半年前のマーゴが知れば、きっと目を剥いて驚いたことだろう。

 

 

 

 そんなことを考えていたマーゴに、ミオンを手を挙げて挨拶してくる。

 

「こんにちは。主役のマーゴさんも楽しめているかな?」

「ええ、美味しいし、楽しいわ。……ありがとう、管理人さん」

 

 ありがとう。

 そんな言葉、昔は何も思わずに吐き捨てていた。

 相手を調子に乗らせるための会話のパーツとして。あるいは、相手が得た立場のアドバンテージを帳消しにするポーズとして。

 

 けれど、今は……少し、その言葉が重く感じた。

 発し難いと言うよりは、軽々と発してはいけないように。

 

 ペラペラの言葉に重さを繕ったのではなく……言葉自体に、重さが伴った気がした。

 

 

 

 ……これはもう、詐欺師稼業は、正式に引退かしらね?

 

 そんなことを考えながらも、しかし。

 彼女がこれまでの人生で学習した生き方が、反射的にそうさせたのだろうか。

 

 マーゴは自然と、この状況において最善と思える選択肢を取っていた。

 

 

 

 こつり、こつりと、どこか艶のある動きでミオンの元に迫り……。

 

 その耳元にこっそりと、他の誰にも聞き取れない声量で、微かに緊張を伴った声音で、呟く。

 

 

 

「誕生日のプレゼントに……あなたの今夜を、頂きたいのだけれど」

 

 

 

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