嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

31 / 44

 投稿日時ミスで遅れました、申し訳ないです。





一人と一つの人でなし(7)

 

 

 

 マーゴはベッドから立ち上がって、ミオンの元に歩み寄りながら、思う。

 

 あるいは普通の人間なら、その事実は、とても重いものだっただろうか、と。

 

 気になる異性が、実は人の皮を被った肉塊の化け物で。

 その整った容姿も、柔らかな声も、綺麗な目も、全ては作り物だったと。

 

 あるいは、普通の少女であるエマが知れば、衝撃のあまり前後不覚にすらなっていたかもしれない。

 あるいは、正しい少女であるヒロが知れば、自らの感じた不快感を【正しくない】とし、律したかもしれない。

 

 ……けれど、マーゴの反応は、彼女たちとは全く違うものだった。

 

 

 

「ねえ、管理人さん」

 

 ミオンの真正面──彼がその気になれば、簡単にマーゴの命を奪えるだろう距離に立ち。

 彼女はミオンの白く細い指を取り、自分のそれと絡め合わせた。

 

 とても作り物とは思えない、肌の感覚。

 けれど……今、マーゴが求めるものは、それではない。

 

「【あなた】に、触れさせて」

 

 ミオンは驚いたように目を見開き……少しだけ、眉を寄せた。

 

「……特に害はないけど、不快だと思うよ」

「いいの、それでも」

 

 マーゴがそう言えば、ミオンは躊躇いがちに頷き。

 その指先が一旦離れて、ゆっくりと崩れ……中から、爛れた肉塊が現れる。

 

 そしてそれは、戸惑いがちにマーゴの指先に触れた。

 

 確かに、少し水気を含み弾力のあるそれは、あまり心地良いものとは言えない。

 見た目の面でも、まともに手の形すら形作れないそれは、グロテスクと言う他ない。

 

 けれど……。

 

「これが、あなたの本当の……」

 

 マーゴはこれよりずっと気持ちの悪いものを、たくさん見てきた。聞いてきた。触ってきた。

 その人生が黒い悪意に染められたのものだったからこそ……もう、動揺することもない。

 

 

 

「……これまでの私の人生で、ね。

 見た目の良い人が、驚く程の悪辣さを見せたことは、たくさんあったわ。

 あの男みたいに、身なりの良い人間が悪い人だったことも、枚挙に暇がないくらい」

 

 いつだってそうだった。

 マーゴから何かを奪っていくのは、決まって見た目の良い者ばかり。

 

 詐欺師は相手を油断させるため、外面を取り繕う。

 かく言うマーゴ自身だってそうだ。常に肌や髪のケア、化粧と服飾の徹底を欠かさなかった。

 

 だからそういう手合いにこそ注意が必要なのだと、よく知っている。

 

「やっぱり、見た目で相手を判断するのは、とっても危険なことよね」

 

 その言葉に、マーゴの意図を汲んだのだろう、ミオンが苦笑いを浮かべた。

 

「……僕のこれは、少々度が過ぎていると思うけれどね」

「そうかしら」

 

 少しだけ力を入れて、肉塊を握る。

 指のように複雑でない上、今なお溶け出し変形するそれは、絡め合うことこそできないが……。

 

 

 

 ……【温かさ】は。

 

 あの日の背中に感じた【温かさ】だけは、確かにそこにある。

 

 

 

 指の先に感じるそれから、彼女の心に【温かさ】が流れ込む今。

 あるいは、ミオンの奥底を覗かせてもらい、お互い丸裸で向き合った今。

 

 今ならマーゴは、その心に感じるものを、きっと言葉にできる気がした。

 

 

 

「あの日。あなたが、あの男から私を助けてくれた時ね。

 私、きっと、あなたのことが……【好き】になってしまったんだと思う」

 

 

 

 口に出してしまえば、それは難しいものではなかった。

 けれど、そのたった2文字の簡単な言葉には、半年で培った全ての思いが込められている。

 

 真摯な告白の後、彼女は視線を上げ、敢えていつもの口調で言う。

 

「本当に罪作りな人よね? ノアちゃんにアンアンちゃん、他の子たちもたくさん……果てには私まで。

 これまでの500年で、一体どれだけの女の子を落としてきたのかしら」

「…………」

 

 ミオンはそれに、何も言葉を返さなかった。

 

 

 

 ……樋口ミオンは、鈍感ではない。

 むしろ人の心の機微に関して、非常に聡い方だろう。

 彼は確かに人ではないが、しかし誰より人間を知るが故にこそ、その中に溶け込めている。

 

 今だってそうだ。

 想いを告白したマーゴに対して真摯に向き合うため、自らの深い部分、きっと明かしたくはないところまで見せてくれた。

 マーゴが傷付かないようにと、ただそれだけの理由で、自らの【禁忌】の底すら明かしてくれた。

 それがどれだけ難しいことか……同じく【禁忌】を抱えていたマーゴだからこそ、理解できる。

 

 人の心の在り方を、そしてそれへの寄り添い方を、彼はよく知っている。

 

 ただ……よく知っているが故に、敢えてそれを無視することもあるのだろう。

 

 想われたとしても、それを受け取ることも返すこともできない。

 化け物である自分にその価値はなく、相手を不幸にするだけだと思っている。

 

 だから、致命的な瞬間が訪れるまで、それに知らないふりをする。

 それによってコミュニティの破綻を防ぎ、可能な限り損害を抑える。

 

 そんな器用さと狡猾さを……【人間らしさ】とも言っていいものを、ミオンは何世紀もの経験から習得していた。

 

 そして、それを実行する機会は、きっと多かったことだろう。

 彼の外見は整っているし、力もある。対応は穏やかで優しく、時に頼れる強さも持っている。

 憧れない者の方が少ないかもしれない。

 

 

 

 ……だが。

 宝生マーゴは、例外だ。

 

「でもね。私が好きになったのは、あなたの見た目でも、力でも、優しさでもないのよ」

 

 その手に持つ肉塊を……【彼】を、マーゴは両手で包み込む。

 

「あなたの綺麗な髪に憧れたわけでも、澄んだ瞳に恋をしたわけでも、長い指に見惚れたわけでも、作りの良い顔に惹かれたわけでもないの」

 

 綺麗なだけのものなど、見飽きていた。

 むしろそれは、警戒の対象でしかなかった。

 だから最初は、ミオンにも疑いの目を向けていた。

 

「それに、あなたが魔法なんて使えなくてもいい。人と上手く話せなくても、お金を持っていなくとも、権力なんてなくても構わない」

 

 強い力は簡単に人を歪めてしまうと、知っている。

 「できるから」なんて理由で人を壊す人間を、たくさん見てきた。

 だから、強い力を持つそれそのものには価値を感じない。

 

「優しくなくたって構わない。あなたがどれだけ厳しくても、辛辣に当たってきても、たとえ理不尽だって、私は今と同じように好きになっているわ」

 

 表面上だけの優しさなど、見飽きていた。

 騙すために、取り入るために、利用するために、人に優しくする。

 その眩しいだけの闇を見続けてきたマーゴは、今更感じ入ることもない。

 

 彼女は、ただ……。

 

 

 

「ただ、あの時。

 私が『助けて』って言った時に、あなたが本当に助けようとしてくれた……それが、嬉しかったの」

 

 

 

 【助けて】なんて言葉、何の価値もないと思っていた。

 

 そう声を上げても、男は偽りの【愛】を止めなかったから。

 そう声を上げても、母は助けてくれなかったから。

 そう声を上げても、路地裏に救いの手なんて伸びなかったから。

 

 だからマーゴは、ずっと一人で生きてきた。

 

 牢屋敷に囚われてからもそうだ。彼女は誰にも頼らなかった。

 ただみんなを誘導しながら、自分で本の解析を進めて、脱出の手がかりを探した。

 マーゴがいない2周目の方が、本の解析が進んでいたというのは、なんとも皮肉な話ではあるが……とにかく。

 

 彼女には根本的に、【他者を信頼する】、【誰かに助けてもらう】という発想が欠けていた。

 

 誰かと共に歩み、誰かと共に生きる。

 そんなことはできないのだと、心の奥底で諦めきっていた。

 

 

 

 けれど……。

 

 あの時。【禁忌】の象徴に、せっかく少しだけ治りかけていた心を再び裂かれそうになった時。

 君の言葉に応えると口にし、それを実行してくれた者がいた。

 

 信じて背中を見せて、外から来る害意から、身を挺してマーゴを守ってくれた者がいたのだ。

 

 ただそれだけだ。

 それだけで、マーゴにとっては、十分過ぎた。

 

 

 

 手の中に感じる、温かく湿った、溶け行く【彼】の感触。

 それを記憶に刻み込むように、目を閉じたまま、彼女は口を開いた。

 

「あなたがどんな体でもいい。どんな存在でも構わない。

 あの時、【宝生マーゴを助ける】って選択をしてくれた……そんな【あなた】なら、他はどうでもいいの。

 人間だろうが魔女だろうが化け物だろうが、私は変わらず、あなたを好きになる」

 

 宝生マーゴが【恋】をしたのは、畢竟、彼の意志だ。

 

 どんな都合があれど、どんな理由があれど、ミオンはマーゴを助けてくれた。

 それも、彼女の推測が正しいのなら……憐憫でも義務感でも気まぐれでも、あるいは利己ですらない。

 もっと温かな、マーゴの知らない何かによって。

 

 そんな考えを持つ【彼】に、マーゴは惚れたのだ。

 

 体も声も力も地位も種族も乖離も、何もかもが付加価値にすらなりはしない。

 ただ、その温かな意思だけが、夜闇に瞬くただ一つの星のように、唯一絶対の価値がある。

 

 ……逆に言えば。

 彼の本性がどのようなものだろうが、人間じゃなかろうが、肉塊だろうが。

 

 マーゴの感じた【温かさ】を貶めることだけは──決して、できない。

 

「他の娘たちは、それを知ったらあなたから離れていたかもしれないけれど……私は違うわ。

 絶対に、あなたから離れてなんてあげない。あなたがあなた自身を、私が好きな樋口ミオンを受け入れられるようになるまで、ずっと隣にいてあげる」

 

 

 

 ──その判断は、その情動は。あるいは【普通の人】らしくはないのかもしれない。

 見た目を気にしないにも限度があると、流石に種族が違うのは難しい話だろうと、普通はそう思うのかもしれない。

 

 けれど、それならば。

 宝生マーゴは今、これまで自分を【人でなし】たらしめてきた、全てに感謝できる気がした。

 

 そのおかげで、彼と巡り会えて。

 そのおかげで、彼にこの感情を持てたのなら。

 

 それだけで、生きてきた意味はあったかもしれない。

 そう思えたのだから。

 

 

 

「きっとまだ、【愛】には届かない。

 けれど……もう一度言わせてもらうわ。

 私はあなたのことが好きよ……【ミオンさん】」

 

 

 

 静かな夜、他の誰にも覗かれることのない彼女の私室。

 ただ2つ、唖然とした視線の注がれる中で。

 

 宝生マーゴは、【彼】に、【温かさ】に満ちた口付けを落とした。

 

 

 







 ついにストックが切れた上、他の連載作の執筆もあるので、次章からは少しずつ間が開く予定です。
 失踪だけはしない心づもり、なおかつはのうら発売までには完結させる予定ですので、どうか辛抱強くお待ちください。

 感想、高評価、お気に入り登録よろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。