嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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薔薇色の時代(2)

 

 

 

「最近、マーゴの様子がおかしいと思わないか」

 

 昼下がりのノアのアトリエ。

 

 いつかの日よりもいくらか拡張されたそこは、普段から牢屋敷の少女たちで賑わっているのだが……。

 今日は非常に珍しいことに、2人の少女の姿しかなかった。

 

 というのも、今日はイベントの日。

 少女たちの多くは、そちらに出払っていたのだ。

 

 

 

 監獄島の日々は外部から隔絶しており、平和でこそあるが、同時に穏やかすぎて停滞もしかねない。

 その解消のためにミオンが最近行った施策が、このイベントだ。

 

 定期的に行われるそれは基本的に自由参加で、運動系や文科系、ゲームや勉強など、題材は様々。

 共通していることは、参加することでちょっとした特典が得られたり、優勝者にはミオンに様々な【お願い】をする権利が与えられたりすることだ。

 

 今日の場合は、5人1組のドッジボール大会。

 

 ミオンが【使役】の魔法によって使い魔にしているノームたちの奮闘によって拓かれた、牢屋敷脇の運動用グラウンド。

 今日は多くの少女たちが、そこでドッジボールに興じている。

 

 優勝チームには、次回定期便で特注できる品を一品増量──平たく言えば、ミオンに欲しいものをおねだりできる。

 ちょっとお高めの服にアクセサリー、拘りの化粧品に流行りのゲームなんかも手に入るチャンスである。

 

 そんなチャンスを、そして退屈を紛らわせるイベントを、年頃の少女たちが見逃すはずもなく。

 マーゴも含む、多くの少女たちが、こぞってこれに参戦していた。

 

 

 

 その一方。

 城ケ崎ノアと夏目アンアンの二人は、これに参加していない。

 

 なにせゴリゴリのインドア少女2人組だ。体を動かすのは得意でも好きでもないし、ドッジボールという運動神経が試される勝負で勝てる気も全くしない。

 そんなわけで、2人仲良くアトリエでお留守番である。

 

 ……しかし、そんな閑古鳥が鳴くアトリエだからこそ、相談できることもある。

 

 それこそが、先程のアンアンの疑問だった。

 

 

 

「マーゴちゃんがおかしい?」

 

 オウム返しに問うたノアに、アンアンは頷いてみせた。

 

「うむ。何と言うか、最近……妙に【浮かれている】ように感じないか」

 

 ノアやアンアンは、あの事件で得た繋がりから、何かとマーゴと一緒に過ごす機会が多い。

 最近はマーゴがミオンの手伝いを始めたので、以前よりもその機会は減ってはいるが……。

 3日に1度はノアとアンアンが管理人室に押しかけ、仕事をする2人を後目に、それぞれ絵を描いたり文章を書いたりもしていた。

 

 そして、それだけ接触回数が多ければ、自然と目に付くことも多いのだ。

 

 廊下を歩いている時、無意識なのか鼻歌を歌っていたり。

 かつては妖艶な印象の強かった笑みが、どこか無邪気なもののように感じられたり。

 話すときの受け答えも、どことなくふわふわしていたり。

 

 アンアンから見て、ここ二週間のマーゴは、どうにも浮かれているように思えた。

 

 

 

 そんな疑いに対し、ノアは「んー」と小首を傾げた。

 

 無論ノアは、マーゴの変化に勘付いているし、なんならアンアンより深く事情を理解していた。

 

 察するに、マーゴは人生で初めて、本当に信頼できる相手を得たのだろう。

 

 これまでの彼女は、仮に何かがあった時には自分で解決しなければならないのだと、常にその肩に力を入れてしまっていた。

 【孤独】であった彼女には、他者を【信頼】するという発想のなかった彼女には、その他に道はなかったのだ。

 

 ノアやアンアンも、彼女を懸命に支えようとしていたが……。

 マーゴから見て、彼女たちはむしろ庇護対象。

 自分が守るべき守る相手ではあっても、守ってくれる、あるいは共に歩いてくれる相手ではなかった。

 

 ……しかし、今は違う。

 樋口ミオンが、彼女の心を開いた。

 

 何かあっても、ミオンが何とかしてくれる。

 そう信じられるが故に、今のマーゴは肩肘を張らず、自然体で生活を送ることができるのだ。

 

 それが、楽しくて、嬉しい。

 そして、それを与えてくれた相手に、感謝と親愛が止まらないのだろう。

 

 

 

 そんなマーゴを見て、ノアは内心で「わかるなー」と、こくこく頷いていた。

 

 数か月前、ノアも似たような経験をしたのだ。

 

 誰もが下手だと思う、どうしようもない自分の絵。

 しかしそれに、一切の嘘もおべっかもなく、「好きだ」と言ってくれた人がいた。

 

 彼はたくさんの綺麗なものを見てきて、とても目が肥えた人だった。

 長い間美と芸に触れ、だからこそ物の良し悪しを正しく判断できる人だった。

 

 彼は当然、ノアの絵を「綺麗」とも「上手」とも言わなかった。

 公平に見て、ノアの絵は下手だったから。

 現存するどの価値観からしても、それに技巧的な価値はなかったから。

 

 けれど……。

 

『好きだよ。この絵は、君が楽しんで描いたことが伝わってくるから。

 画家の腕が絵の価値の全てじゃない。どのように描かれたか、どのような感情が込められているか、というのも芸術における大事な要素だ。

 その点、この絵に込められている想いは輝かしい。

 拝金主義でも社会風刺でも挑戦的習作でも記録でもない、君の「楽しい」という純粋な感情。それはきっと、見た人に楽しさを届けられる。

 実際、僕はこれを見ていてとても楽しかったからね』

 

 だから、次もまた見せてほしいな。

 そう言って、穏やかに笑うミオンの表情に、一片の曇りもないことを見て取って……。

 

 ノアは、自分の絵を受け入れてくれるのだと、彼を心の底から【信頼】できたのだ。

 

 

 

 そんな経験もあって、ノアはミオンを信じているし、またマーゴの変化についても理解できた。

 

 ……が。

 それをそのまま、アンアンに伝えることはできない。

 

 というのも、マーゴ自身に口止めされているのだ。

 「アンアンちゃんにはしばらく、私のミオンさんへの感情を黙っていてほしい」、と。

 

 何故口止めするのかはよくわからなかったが……。

 とにかく、マーゴがそう言う以上、大切な意味があるはず。

 

 そう思い、ノアは何と答えるべきか、僅かに頭を悩ませ。

 ひとまず、軽い【賛成】を行った。

 

「……うーん。確かに最近のマーゴちゃん、ちょっと楽しそうだよね」

「だろう? 何かと苦労を背負いがちなマーゴが楽しそうなこと、それ自体は良いことだと思うんだが、マーゴが何を受けて【舞い上がっている】かがわからないのは気持ちが悪くてな。

 もしかしたら、何か悪い人間に【騙されている】とか、そんな可能性も……いや、マーゴに限ってないとは思うが」

 

 どうやらアンアンは、マーゴの感情そのものにまで察しが付いているというわけではなく、純粋にマーゴの急激な変化を心配しているらしい。

 

 夏目アンアンという少女は、元より保守的な性格だ。

 急激な状況の変化に、心が付いて行けないところもあるのかもしれない。

 

 

 

「騙されてる、ってことはないんじゃないかな。マーゴちゃんに何かあったら、ミオン君が止めてくれると思うよ」

「ああ……そうか、それもそうだ。ミオンが動いていないということは、少なくともマーゴやわがはいたちに害はない、か」

 

 ノアの【反論】に、アンアンは表情の強張りを和らげる。

 

 ミオンを【信頼】しているのは、何もマーゴやノアだけではない。

 むしろ、完全に諦めていた両親の復活によって、アンアンは3人の中で一番早くミオンの心と力を【信頼】していた。

 

「ふーむ……本土や過去には未練がないと言っていたし、となると……もしや、わがはいの贈ったイヤリングを相当に気に入ったとか!?

 ふっふっふ、ミオンにアドバイスをもらい、実に3時間かけて選んだからな。当然と言えば当然だが!」

 

 むふんとドヤ顔でスケッチブックから顔を上げるアンアン。

 そんな彼女に、ノアはニコリと笑顔を向けて、「そうかもねぇ。とっても綺麗だったし!」と曖昧な言葉を投げ返した。

 

 純粋無垢のように思われることの多いノアだが、嘘を吐くのも別に苦手ではない。

 こう見えて結構したたかなところのある少女なのだ。

 

 

 

 マーゴにお願いされてしまった以上、今は黙っているしかないが……。

 ノアからすれば、現状はとても素敵な状態に他ならない。

 

 ノアはミオンが好きで、ミオンもノアが好き。

 そしてマーゴもアンアンもミオンが好きで、ミオンも2人が好き。

 勿論ノアも、最初に自分の絵を好きだと言ってくれたアンアンや、何かと面倒を見てくれるマーゴのことも好きで、その逆もまた然り。

 

 4人の関係は、好きの感情が循環している。

 きっとこんなに素晴らしいことはないと、ノアはうっきうきである。

 

 

 

 ……同時。彼女の鋭い直感は、ほんの微かに「なんとなくまずい気がするなー?」と、不穏なアラートを鳴らしてもいたのだが。

 今は聞き取ることも難しいその警鐘の意味を彼女が理解するのは、もうしばらく先のことになる。

 

 

 

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