嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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薔薇色の時代(3)

 

 

 

 牢屋敷の穏やかな時間は、緩やかに、けれど着実に過ぎ去っていく。

 

 数世紀を跨いで人類に混乱をもたらした、月代ユキの断片……魔女因子による魔女化現象。

 国との協定の上で氷上メルルが主催していた、牢屋敷における魔女裁判。

 

 平行して存在した、少女たちを絶望に突き落とす2つの事件が、12人の……いいや、14人の少女たちの協力によって収束してから、実に9か月という時間が経ち。

 

 日本にとって、そして世界にとって大きな転換期となったその年も、残すところ10日余りとなった。

 

 

 

 そんな日の昼下がり。

 ラウンジに集められた40名弱の少女たちに、ミオンがよく通る声を投げかけた。

 

「みんな、もうお願い書いたー? 書き終わったらこの箱の中に入れてねー」

 

 ミオンの言葉に、牢屋敷の少女たちは「はーい」と元気な返答を返し。

 少女が一人、また一人と立ち上がって、手に持っていた紙をミオンの持つ箱の中へと入れていく。

 

 ひらひらと落ちていく紙には、少女たちの切なる願い……と言うにはちょっとばかり俗な、いわゆる「おねだり」や「欲しいもの」が書き記してあった。

 

 そう。

 12月末になれば、いよいよ少女たちの待望のイベントが来るのである。

 

 

 

 最近は忘れられがちだが。

 実のところら牢屋敷に住む少女たち生年月日には、大きな差が開いている。

 

 メルルがこの牢屋敷で魔女裁判を始めたのは、実に400年以上前。

 恐らくは魔法技術も用いてだろう、そんな初期の頃にここに連れて来られた少女たちもまた、なれはてとなった後は冷凍保存されていた。

 そして、ユキと共に魔法が消失したことで、この冷凍保存は氷解。彼女たちはなれはてから人へ戻ると同時、長い長い眠りから目覚めたのである。

 「まるでコールドスリープのようだな」とは、ミリアと共にSF映画を鑑賞することも多いアンアンの談だ。

 

 最新の魔女候補であったマーゴたちは2000年代に生まれているわけだが、牢屋敷に残った40人の中には、なんと1700年代生まれの者もいる。

 とんでもないジェネレーションギャップからは、長い牢屋敷の歴史が窺えるようだった。

 

 そして無論、遥か昔の時代に生きていた少女たちは、現代とは異なる常識を持っている。

 喧嘩っ早い者もいれば倫理観に欠ける者もおり、現代技術になかなか馴染めない者もいた。

 そんな少女たちに現代の社会常識を教えるのもミオンの仕事であり、穏やかな時間の中、それは確かに実を結んでいっているのだが……。

 

 今回の集まりも、ある意味ではそんな施策の一つであり。

 同時、牢屋敷で盛大に祝われるイベントの前座でもあった。

 

 そのイベントの名を、【クリスマス】。

 善良な子供の切なる願いが叶えられ、欲しいものが贈られる、夢のような祝日である。

 

 

 

「へえ……それじゃ、クリスマスが定着したのは1900年辺り、ってことかしら」

 

 ミオンからは「クリスマスのお願い」を書いて提出するように言われているが、別に時間制限があるわけでもなく、急ぐように言われてもいない。

 お願いを何にするか考えつつ、他の少女たちと雑談交じりに常識を擦り合わせていたマーゴは、感心したように頷いた。

 

 聖者の降誕を祝うその日は、キリスト教が国教ではない日本では、ただの祝日に過ぎないが……。

 まともな家庭環境を築いていなかったマーゴでさえ、それが特別な日なのだという知識はある。

 

 が、1900年以前に生まれたという少女たちは、そもそもクリスマスというものを知らなかった者が多く、教養のある者でも海外の祝事だと知っていた程度。

 大衆に認知されたのはその辺りの時期、ということになるだろう。

 

「思ったより最近と思うべきか、それとも昔と思うべきなのか、微妙なところね。

 ここで暮らしていると、なんだか時間感覚がおかしくなっちゃう」

 

 400年の歴史があるらしい牢屋敷に比べれば、100年の歴史しかないクリスマスは、最近の流行り程度のものになってしまう。

 ここに暮らしている少女も、おおよそ3人から4人に1人しか知らない程である。知っている側のマーゴたちこそ少数派だ。

 

 ……が、そんな昔の世に生きていた少女たちも、ミオンによる9か月の教導の結果、現代社会にかなり適応できている。

 自分たちに得のあるイベントとなれば拒むわけもなく、皆一様に新体験への期待を膨らませていた。

 

 

 

 無論、恋愛浮かれポンチとなってしまったマーゴもまた、来たるイベントを楽しみにしている者の一人だ。

 

「私、さんたさん? へのお願いが決まらなくてさ。参考までに、マーゴちゃんは何をお願いしたの?」

「私? ふふっ……ヒ・ミ・ツ♡」

 

 少女の一人に問われ、唇に指を当てミステリアスな微笑を浮かべるマーゴに、少女たちは色めき立った。

 

 牢屋敷を寮に例えるのなら、ミオンは寮監であり、マーゴは少女たちのリーダー。

 アンアンとノアを除いた元魔女の少女たちにとって、マーゴは尊敬を向ける対象だった。

 かつてより随分と少女然とした姿を見せるようにこそなったが、それでも歳相応以上の落ち着きを持ち、爛れた情感に敏いマーゴは、どこか年上の女性のように思われ、みんなに慕われている。

 

 そんなマーゴが艶めいた「秘密」を口にしたのだから、それが果たしてどれだけ意味深でオトナな秘密なのか、少女たちの妄想は捗りに捗っていた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 そんな一団から少し離れたところで、アンアンは騒動を眺めながらノアに話しかける。

 

「マーゴのプレゼント、何だろうな?」

「うーん……最近のマーゴちゃんってちょっとふわふわしてるからねぇ。わかんないや」

 

 ノアはアンアンの疑問に答えつつも、ミオンから渡された紙に視線を向け、「むむむ」と呻っている。

 

「どっちにしようかなぁ……」

 

 【ミオンに付きっきりでモデルになってもらう】か。

 あるいは、前から気になっていた【液タブを買ってもらう】か。

 

 クリスマスプレゼントにどちらをお願いするかは、実に悩ましい問題だった。

 

 

 

 前者は勿論、楽しいだろう。

 ミオンはとても綺麗だからモデルに丁度良いし、話し相手としてもこれ以上ない人選だ。

 せっかくのクリスマス、好きな人と楽しく絵を描いて過ごしたいという想いはある。

 

 が、しかし、液タブにも心惹かれる。

 ノアは【液体操作】の魔法を有していたこともあり、ずっとアナログ派だった。というかアナログ以外の描き方を知らなかった。

 

 だが、先日、ミオンに教えてもらったのだ。

 

『デジタルなら、ボタンをぽちっと押すだけで線を引き直したりできるんだけどね』

『え!?』

 

 それはもはや悪魔の囁きにも等しい、あまりに魅力的すぎる言葉だった。

 

 お絵描きエンジョイ勢(楽しむこと重視という意味で)なノアではあるが、間違えて引いたり指先が狂ったりした結果生まれる歪な線に気分を害した回数は数えきれない。

 それがボタン1つで消えて引き直せるなど、それこそ魔法以上の奇跡だ。

 きっとそれさえあれば、お絵描きは今の何倍も楽しくなるだろう。

 

「う~~~ん…………」

 

 聖夜の一時を、好きな人と楽しく過ごすか。

 魔法以上の奇跡を手にして、楽しい日々を手に入れるか。

 

 なかなかに難しい問題だった。

 

 

 

「ノアも悩んでいるか。いや、あれ以来初めてのクリスマスだ。悩む方が正しいのか?」

 

 首を傾げるアンアンは、既にミオンの持つ箱に紙を提出していた。

 

「そう言うアンアンちゃんは何にしたの?」

「う、む。まあ……その」

 

 アンアンはノアの疑問に、顔を赤くして俯く。

 

「……クリスマスイブの日、わがはいは両親の下に一度帰省するつもりでな。それで……まあ、パパとママも改めてミオンに感謝したい、会いたいと言っていたし……わがはいとしても感謝してもし足りないし……い、イブの日は、一緒にいられたら……嬉しいんだが……

「???」

 

 後半にいくにつれてぼそぼそと小さくなる言葉を、ノアは聞き取れなかった。

 というか、その脳内の大半をミオンの顔と液タブが埋めていたため、小声までは耳に入ってこなかった。

 

「ま、まあとにかくだ!

 年に一度きりのクリスマスなんだ。マーゴそうだがノアも、後悔のない幸せな一日になると良いな!」

「そうだねぇ」

 

 ノアは笑顔で頷いた。

 

 きっとその日は、誰にとっても幸せな日になるだろうと、ノアは半ば確信している。

 

 だって、今も笑顔で自分たちを見守る、ミオンがいるのだ。

 きっと彼は、自分たちみんなに幸せをくれるだろう。

 

 それが、ノアは嬉しい。

 

 たとえそれが自分の、あるいは他の誰かのため行為であっても。

 ノアの心をぽかぽかさせてくれたのは、確かな真実なのだから。

 

 

 

 ……それはそれとして、「ミオン君、イブの日は大変だろうなぁ」と、心配する気持ちがないでもないのだが。

 

 

 







 ノアさん、アナログで描く方がキマってるんですが、しかしデジタルで描くのもかなり様になる気がする。
 でも最後は「う~~~、なんか描いてる気がしない!」って言ってアナログに戻ってきてほしい。
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