嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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薔薇色の時代(4)

 

 

 

 当然ながら、と言うべきか。

 宝生マーゴが望んだクリスマスプレゼントは、単純な物品などではなかった。

 

 これまでも何かに付けてミオンへ要求を突き付けてきた、機を見るに敏な元詐欺師の少女だ。

 まさか「年に一度、特別なおねだりができる日」なんてビッグイベントを逃すはずがないのである。

 

 ……とはいえ、今回に関しては、今までのそれらとは少々性質が異なるのだが。

 

 

 

 今までは彼女は、ミオンのことを知るため、彼の過去や考え方を探って来たが……。

 言ってしまえばそれらは、マーゴがミオンのことを利用するためだった。

 

 「この人はこういう人間で、こういう考え方をする」という知見を得て、それらの知識を元に地雷を踏みぬかないよう接し方を変え、自らの得になるよう相手を唆す……。

 それがかつての彼女の、他者と接する時の基本姿勢。

 

 ミオンに関してもそう。最初はただ、彼の本性を暴いてやろうと、本音を探っていただけだった。

 その中で、【愛】を知らないという彼に、自然と興味が湧いて。

 倒れているところを見て驚いたり、エマからユキの話を聞いたりして。

 

 ……そうして、あの温かな背中に守られて。

 

 今やマーゴのスタンスは、以前までとは大きく異なるものとなった。

 

 

 

 全てを知り尽くしているとは言わないまでも、マーゴは彼の大枠を掴んだと言っていいだろう。

 

 樋口ミオンは、やはり【孤独】な人物だった。

 

 魔法によって人の姿を取っているが、彼の本体は溶ける肉塊で、人のそれとは似ても似つかない。

 原初の魔女たちが滅んだ今、魔法を使えると言う意味でも、血統的な意味でも、そしてその身体構造の意味でも、彼と同種の存在はこの世界に存在しない。

 

 樋口ミオンは、この世界において、絶望的な程に【孤独】だ。

 そして、彼自身がそれを、誰より強く認識している。

 

 自分がどうあっても人になれないと思うからこそ、人間というものに対して一線を引いている。

 お互いが不幸になるだけだからと、一定以上には踏み込ませず、踏み込まず。

 そんな状態で、けれど【愛】を知るためにと、多くの人に空っぽの【博愛】を振りまいて来たのだろう。

 

 人からの想いを拒みながらも【愛】を知りたいなどと、酷い矛盾だ。

 けれど……その矛盾すら呑み込めてしまう程に、ミオンは【温かい】人である、と。

 

 

 

 その輪郭を掴んだ以上、積極的に相手の腹の内を探る必要もないだろう。

 ここから先は、共にある中で、少しずつ彼を知っていけばいい。

 

 であれば、クリスマスに要求すべきは、ただ一緒に過ごす時間だ。

 

 色仕掛けも、過度なアプローチも、なくていい。

 ただ彼の隣で、落ち着いて力を抜いていられる1日。

 

 

 

 「クリスマスデート」。

 

 

 

 それがマーゴの求めた、実に年相応の乙女らしいクリスマスプレゼント。

 

 ある種、誕生日の時の要求にも似て……。

 けれど、無理に爛れた感情を滲ませていたそれとは違う、穏やかで温かなだけの時間を、彼女は望んだ。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 【クリスマスのお願い】を提出した日の夜、仕事が一段落してのティータイム。

 

 マーゴは紅茶の香りを楽しみながら、軽いジャブのつもりでミオンに言葉を投げかける。

 

「というわけでミオンさん、イブの日の予定は【空いている】のよね?」

「いや、予定はあるけども」

 

 即座に返って来た【反論】は、マーゴの笑顔にピシリとヒビを入れた。

 

 

 

 ……しかし、彼女とて、いつまでも成長しないままではない。

 

 共に【愛】を探す約束をして以来、ミオンは頻繁にマーゴを揶揄ってくるようになった。

 あの誕生日の夜以降も、それは変わらないのだが……。

 

 変わったのは、むしろマーゴの方。

 自らの恋心を認め、ミオンの【孤独】に寄り添うと心を固めた彼女は、レベルアップを遂げた。

 なんと、大抵の揶揄いを受け流せるようになったのだ。

 

「ふふっ、お仕事の予定? それなら、私もお付き合いしようかしら。

 静けさに満ちた冬の特別な夜、二人きりでお仕事をして過ごす、というのも……悪くないわよね♡」

 

 「騙されないわよ」と言わんばかりに、ヒビ割れた表情を微笑に繕うマーゴ。

 

 彼女にとって、言葉は商売道具の一つだった。

 当然、その取扱いに関しては一級の自負がある。

 

 自らの感情に振り回されるばかりだった頃はともかく、覚悟を決めてそれを受け入れた今、そう易々と会話の中で動揺を見せるつもりはないのである。

 

 

 

「いや、女性の家で一緒に過ごす予定になってるんだけど」

 

 

 

 マーゴはひっくり返った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「ふふふっ……いや、ごめんね。マーゴさんの驚く顔がとても好きだから、ついいたずらをしてしまう。

 心配しなくとも、いくつかパーティにお呼ばれしてるだけだよ」

 

 くすくすと楽し気に笑うミオンの種明かしによれば。

 彼は今年のクリスマスイブ、ミリアやアンアン、そして政府高官のものを筆頭とする、いくつかのパーティにお呼ばれしたらしい。

 

 ミオンとアンアンの両親の関係は、マーゴも知るところ。

 アンアンの両親をミオンは直接救っているのだ。家族丸ごとお世話になっているわけで、家のパーティに呼ばれてもなんらおかしくはないだろう。

 

 政府高官のものに関しても、政治的な付き合いがあるのだろうことは想像に難くない。

 普段はそんな様子を見せないから忘れてしまいそうになるが、ミオンはこれでいて日本政府と対等な立場に立つ超越的権力者なのだ。

 マーゴたちの目の届かないところでは、そういった面倒なお付き合いもこなしているのだろう。

 

「……でも、ミリアちゃんのところに呼ばれたっていうのは、どういうことかしら?」

「うん、わかった。説明する。説明するから、その蝋燭をしまってくれないかな。どこから出したのそれ?」

 

 

 

 かつてミリアを襲った、友人たちの裏切りと、悪ふざけで撮った動画の流出。

 

 ミオンは数か月前、その動画の抹消と関係者の記憶処理を行ったのだが……。

 その際に、佐伯家の家族とコンタクトを取っていた。

 

 比較的晩婚であったらしいミリアの両親は、不運なことにネットやSNSに不案内だった。

 そのため、動画の流出の危険性を理解することも、ミリアが受けたショックに共感することもできず。

 法的な対処は勿論、ミリアのメンタルケアも、こういった被害者に寄り添う経験が豊富な専門の弁護士を頼る他なかったらしい。

 

 が、そのままではミリアが家庭の中で孤立してしまう。

 家族の前で、その辛さを表に出せなくなってしまう。

 

 それを忌避したミオンは、彼らに対して根気強く説明を行い、ミリアと一度きちんと話し合うよう説得。

 弁護士と共に話し合いに立ち会い、上手く彼らの仲を取り持ったのだとか。

 

 その後、彼らの意思が「流出した動画とそれに関する記憶の削除」で統一されたことを確認し、ようやく本格的に動き出したのだとか。

 

 

 

「そうして事が済んだのが、1か月と少し前か。

 少し時間が経って落ち着いたのもあって、ミリアさんの精神も落ち着きを見せてきた。

 なので、せっかくのクリスマス、ミリアさんを守ってくれた弁護士の先生や私のことも呼んで、盛大に祝おう……という趣旨らしい」

「……なるほどね、ええ、納得したわ」

 

 ミリアの家族からすれば、弁護士やミオンは娘を救ってくれた恩人だろう。

 本来は家族で祝うのだろうパーティに呼ばれるのも、おかしなことではない。

 

 おかしなことではない、が。

 クリスマスイブを他の女性と過ごすと言われて恋する乙女が動揺しないわけもなく、マーゴは必死に内心の動揺を押し殺していた。

 

 

 

 そんなマーゴの感情を、あるいは見抜いているのか。

 ミオンはくすくすと笑いを漏らしながら言う。

 

「まあ、君の言うように仕事も入っている。……仕事が入っていない時間なんて僕にはないんだけども。

 だから、君の疑問を解消するのなら、僕に対しては別の訊き方をした方がいいだろうね。

 即ち、『予定が空いているか』ではなく、『一緒に過ごしてくれるか』と、もっと素直にね」

「む……ええ、そうね。少し遠回しが過ぎたかもしれないわね。いじわるなミオンさんにはっ」

 

 ぷくりと頬を膨らませ、マーゴは顔を背けた。

 言いたいことも聞きたいことも全てを理解した上ですっとぼけ、揶揄ってくるのだ。本当に質が悪い。

 

 ……ただ、彼がそんな気安い言葉を投げかけて来るのは、マーゴが知る限り自分だけで。

 それに優越感と安心感と、そしてほんの少しの不安がないまぜになった、複雑な感情を覚えてしまう。

 

 

 

 こほんとわざとらしく咳払いして、感情を整理し。

 改めて、マーゴはミオンに向き合い、尋ねる。

 

「それじゃあ、改めて聞かせてもらうけれど……イブの日、私と一緒に過ごしてくれるかしら?」

「構わないとも。楽しい一日にしようね」

 

 返って来た快諾に、マーゴは内心で胸を撫で下ろした。

 

 あの誕生日の夜、マーゴは安心を得たいが故に先走り、しかしそれによって彼の心の奥底に触れた。

 

 化け物である自身の隔絶した【孤独】への悲しみと、マーゴを不幸にはできないという温かな想い。

 もはや二度と、それを無下にはできない。

 

 無論、今回もそうだ。

 マーゴはもう、無理にそれを求める気はない。

 そしてミオンもまた、言葉にせずとも、マーゴの気遣いを汲んでくれていた。

 

 もしも誤解されたまま断られたりしようものなら、さしものマーゴの心もポッキリ折れていたかもしれない。

 恋する少女の心はとても繊細なのである。

 

「ところで、アンアンちゃんとミリアちゃん以外の子たちと過ごす予定はないのよね?」

「あとは黒部姉妹とレイアさんとアリサさんにも呼ばれてるから、【分身】を行かせる予定だよ。あと、パーティというわけではないけど、ココさんの配信に【変身】の魔法を使って出演するのと、レイアさんに演技を見てほしいと言われているのと……ヒロさんにも、話があるから時間をくれと言われてるかな」

「……………………」

 

 思っていた以上に引っ張りだこだった。

 笑顔で耐えてこそいるが、マーゴの心には不安の風が吹き荒れるが……。

 

「……まあ、仕方ないか」

 

 ため息を吐いて諦める。

 そして彼女は、「ああ、これが惚れた弱みってヤツなのね」と、人生の真理を悟ったのである。

 

 

 

 そうして切り替えるように紅茶を一口、ふと気になったことを口にする。

 

「……そういえば、肝心のあなた【本体】はどこに行くの?」

 

 ミオンは【分身】の魔法を使うが、当然ながら【本体】はただ一つしかない。

 恐らくは今マーゴの目の前にいるミオンこそが、その本体のはずだ。

 

 その「多数の内の一人」ではなく、「ただ一人だけのミオン」は、イブの日に何をするのか。

 もっと言えば、一体誰とクリスマスイブを過ごすのか。

 

 その答え次第では、マーゴは今後の戦略を練り直さなければならないのだが……。

 

 

 

「そりゃあ勿論、君と一緒に過ごすつもりだけど」

 

 期待こそしていたが、あまり現実味のなかった答え。

 それに、マーゴは大きく目を見開くこととなる。

 

 

 

「……え?」

「ふふっ」

 

 呆気にとられる彼女の、ティーカップを握っていない方の手を取り。

 その指を軽く握って、ミオンはくすりと笑った。

 

 その瞳は、これまでの穏やかで静かなそれとは、違う。

 どこか、熱のある光を秘めたもので……。

 

「【僕】を見て、なお【好き】だと言ってくれた人なんて、この500年で初めてだったんだ。

 それなら、少しばかり特別扱いしたって、罰は当たらないだろう?」

 

 呆気にとられるマーゴの指先に、いつかのお返しと言わんばかりに、彼は口付けを落とした。

 

 

 

「…………え?」

 

 ミオンの認識の中で、自分が【愛すべき多数の人間の内の一人】から、【宝生マーゴというただ一人の女性】に変わっていることを。

 

 マーゴはこの日、初めて知ることとなった。

 

 

 







 一体いつから────あの日陥落したのが自分だけだと錯覚していた?
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