「ミオンさんって女子力高いわよね」
「なんとも反応し辛い言葉が飛んできたね」
12月22日、クリスマスイブまであと数日という頃合い。
そわそわとした感情を抑えられず、著しく業務効率が落ちていたマーゴに対して、ミオンはくすくす笑いながら休憩を提案。
ここ最近恒例となっている、ティータイムの時間を設けることにしたのだが……。
ミオンが差し出してきたスイーツを見て、マーゴの口からまろび出たのが、この言葉だった。
ミオンは苦笑し、肩をすくめた。
「そもそも、僕は女子……ではないんだけれどもね。少なくとも外見は」
「まあ、ミオンさんは男性……男……?」
ふと、ミオンの言い方に疑問を持ち、マーゴは尋ねる。
「そもそもミオンさんの正しい性別ってどっちなの?」
魔女と人間の合いの子である樋口ミオンは破綻した命。その正体は肉塊だ。
当然ながら、そこには性的特徴などない。少なくとも人間的なものは一切。
彼自身は男性として振舞ってはいるようだが、真実どちらの性別なのかは、マーゴからは窺えない。
……まあ、マーゴはそちらも【イケるクチ】だ。
仮にミオンが実は女性だったとしても、あの夜告げた温かな思いが変わるわけもないのだが。
一方問われたミオンは、手元のチーズケーキを優雅に切り分けながら、首を傾げて見せる。
「さて。最も身近にあった模倣のモデルケースである父に倣って、男性を象ってはいるんだけれど……。
そもそも繁殖と進化のためのシステムである性別が、ある種の単独種族と言うべき僕に適用できるのか。
一応、何百年と男性を振る舞い続けた僕は、自認の上では男性ではあるんだけれどね」
改めてマーゴがチラと覗き見れば、ミオンの顔立ちは中性的に整っている。
体付きや骨格は男性としては平均より些か小さく、女性としても十分にあり得るだろうもの。
マーゴが彼を「男性」として認識していた理由は、その立ち振る舞いや言葉選びの雰囲気が大きい部分を占めていた。
「……試しに、女性っぽく振舞ってみてくれない?」
「ん? ああ、いいけれど」
ふと、興味本位に言ってみた言葉に、ミオンは快諾し……。
目を閉じて、【何か】を始めた。
「ええと、ここをこうして……【構築】【形成】変更完了。【消臭】維持。【着色】修正……。
うん、こんな感じかな。どうだろう……いいえ、どうかしら? マーゴさん」
「あ、ごめんなさい、やっぱりやめて。特に私以外の前では絶対にしないでちょうだい、それ」
マーゴは首を横に振ることで、ミオンから視線を逸らした。
まさか冗談半分に言ってみたことで、魔法による身体改造まで試されるとは思わなかった。
ほんの一瞬ミオンの身体が蠢いたように思えた直後、【彼】は【彼女】になっていた。
大まかな印象こそ変わらないものの、身長も体格も縮んで柔らかな印象となり、動作や声に艶も出て、ついでに言えば胸部に膨らみまでできている。
恐ろしいことに、自身ありげに胸に手を備える動作言動、それらも完璧に女性のものに見えた。
……変貌後のミオンはかなり【女性的な魅力】に溢れていた。
他の誰かに見せれば、特に彼に惚れているらしい少女たちに見せれば、変に脳を壊しかねない程に。
ミオンの人間への観察眼と模倣技術を、マーゴは舐めていたのかもしれない。
「その姿、可愛いし凛々しいんだけど……うーん、やっぱりこう、混乱しちゃうわねぇ」
思わず額に手を当てる。
マーゴはストレートもレズもいけるバイセクシャルではあるものの、目の前で恋した相手が全くの別人に変化されると、流石に脳の処理が追い付かないようだった。
* * *
「ふむ。それじゃあ、こちらの姿はマーゴさんの前でのみ見せるとしようか」
男性の姿に戻り、切り分けたチーズケーキを口に運ぶミオン。
そんな彼の姿を見て、マーゴは本題を思い出した。
「ミオンさんが男性か女性かは、まあ解釈の余地ありということで。
とにかく、このケーキってミオンさんが作ってくれたんでしょう? 料理もできるしお菓子作りもできて、その上家事全般も得意。女子力と言って差し支えないでしょう」
現在の牢屋敷における衣食住は、全てミオンが用意している。
衣服については流石に本土からの取り寄せになるものの、居住空間の整備や掃除は【使役】の魔法で従えるノームたちによってこなしているし……。
食事に関しても、本土から取り寄せた食材によって、ミオン監修の下料理が行われている。
特に食事については少女たちからの覚えもめでたく、こういった集団生活ではありがちな愚痴の一つもマーゴは聞いたことがない。
それどころか、変化の少ない日々の中で、新たな美味に出会えるそれを、少女たちの大半が楽しみにしているくらいだ。
実のところ、表情や言葉には出さないが、マーゴもまたその一人である。
偏食気味なノアも、気味どころかゴリッゴリの偏食家であるアンアンも、ミオンの料理は毎日残さず食べていることからも、その料理の腕前と少女たちへの気遣いが窺える。
「もしミオンさんが女の子なら、良いお嫁さんになるわね、って言ってるところよ」
「あら……それなら、【私】はマーゴさんのお嫁さん候補かしら?」
「あの、私の前でも急に女の子になるのはやめてくれるかしら? さっきも言ったけど、結構混乱するの、それ」
「ごめんごめん」
しれっと体を元に戻したミオンはクスクスと楽し気に笑い、チーズケーキをまた一切れ頬張る。
生来の体には味覚が備わっていなかった彼ではあるが、魔法によって身体を改造し、各種感覚機能を後付けしている。
そんな彼、あるいは彼女をして、それは満足のいく出来だったのだろうか。満足気な笑みを浮かべる。
「女子力、というか料理の腕に関しては……これでも僕、長生きだからね。色んな技術を磨く時間もあったんだよ。料理はその内の一つ。
美味しい食事というのは、どんな国、どんな時代でも喜ばれるからね。何かと役に立つ能力なんだ」
「ああ、そういう……」
話を聞くに、ミオンはこれまでかなり苦労の多い人生を送って来たようだ。
魔女と人のハーフ、魔法の行使が可能、本当の体は肉塊という、人に恐れられる性質の数え役満。
それらを乗り越え、人の中に隠れ潜むためには、相応以上の労力を要した。
人間の肉体を再現する【構築】【形成】【消臭】【着色】の魔法4点セットの習得や、穏やかで優し気な人格の構築はその筆頭であり……。
料理もまた、歯に衣着せず言えば、人間に媚びを売る手段の一つだったのだろう。
「その技術が今、マーゴさんを喜ばせている。
そう考えれば努力した甲斐もあったというものだよ」
「んむ……相変わらず、恥ずかしげもなくそういうことを言うのね」
チーズケーキの最後の一かけらを口にし、少し恨みがまし気なマーゴ。
ミオンは彼女に、にこりと笑いかけた。
「恥ずかしがって欲しい? それなら、君と2人きりで接する時は在り方を変えてもいいよ」
とんでもないことを口にする彼に、マーゴは首を振った。
「違う、そうじゃないわ。……もう、わかってるでしょう?
あなたに変わってほしいなんて思わない。あなたはそのままのあなたでいいのよ。
私の前では、楽にしていてほしい。私が、あなたの横では気を抜けるようにね」
「そう言ってくれるかな、って少し期待していたよ。
……しかし、マーゴさんだって、なかなかな台詞を言うね」
「あなたに似てきたのかもしれないわね?」
「だとしたら、これ程嬉しいこともないね」
「私としても、悪い気はしないけれどね」
彼女たちの会話はまるで、舞踏会のダンス。
互いに互いへ踏み込むような、おちょくって挑発するような、それでいて穏やかで温かな言葉の応酬。
それがミオンによって丁寧に調律されたものであると知りつつも、時に弾むように激しく情熱的な、時に休むように静かに優し気な会話を、マーゴは楽しむ。
これがミオンのくれるものなら、拒む理由はない。
いつか誰かからもたらされた、冷たい【愛】でなく……。
未だ【
それは彼女にとって、この日も得ることのできる、大切な宝物に他ならないのだから。
* * *
「ああ、そう、ところで。明後日の話だけれど」
ふと、思い出したように口にするミオンの言葉に、マーゴはぴくりと指先を震わせた。
明後日……つまりはクリスマスイブの日の、デート。
彼女がクリスマスプレゼントとしてねだったそれを、ミオンは快諾してくれた。
そして、当日のプランは全てミオン頼み。
「デートというのなら、僕がエスコートさせてもらおう」なんて言葉に甘えた形だ。
……実のところ、マーゴにはデートの経験どころか、異性との交際経験すらない。
もしもプランを練ろうとした場合、恥をしのんで仲の良い少女たちに相談することになっていただろう。
そうなれば、これまでに培ってきたミステリアスで妖艶な美女のイメージは崩壊必至。
それを避けたかったマーゴとしては、非常にありがたい話ではあったのだが……。
どうなるかわからない不定の未来は、期待と共に不安を煽るもの。
彼女は相反する感情を胸に、ミオンの目を覗き込み……。
「本土に、温泉旅行にでも行こうか」
そんな、思ってもみない提案に、目を丸くした。
今章はここまで。
次回からはこっそり2人きりの温泉旅行開幕です。
本作もそろそろ終盤。最後までどうかお楽しみください。
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