嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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 めちゃくちゃ忙しくしてたらかなり遅れました!! お待たせして申し訳ありません。
 なんとかイブの日に間に合ったので、これが読者の皆様と、マーゴさんへのクリスマスプレゼントということで一つ。





宛て先不明のお手紙
宛て先不明のお手紙(1)


 

 

 

 ある日の朝。

 少し細めの山道を、一台の車が快調に走っていた。

 

 遥か昔、原初の魔女たちの魔法によって改造された監獄島は、不自然な程に平坦で山が存在しない。

 故にこそ、山道のあるここは、監獄島ではあり得ない。

 

 果たしてそこは、彼と彼女が暮らす牢屋敷から、実に400km離れた場所。

 日本という国の、本土。

 それも首都からも遠く離れた、片田舎であった。

 

 

 

 快調に、そして堅実に運転をこなす男に、助手席の少女が話しかける。

 

「運転お上手なのねぇ、ミオンさん」

「ふふ、ありがとう。これでも免許制度が出来て以来、万年無事故のゴールド免許なんだ」

「巻き込まれたこともないのね、ご立派。……もしかして、時間を巻き戻したりしてないでしょうね?」

「…………ふふふ」

「ミオンさん? あの、ハッキリ否定してくれないと心配になっちゃうのだけれど?」

 

 楽し気に軽口を投げ合うのは、2人の男女。

 

 普段よりもフェミニンに着飾り、耳には純白のイヤリングを付けた少女、宝生マーゴ。

 そして、楽しそうにハンドルを握る、いつも通り落ち着いた様子の樋口ミオン。

 

 時は12月24日、クリスマスイブ。

 2人は監獄島を離れ、本土へと旅行に来ていた。

 

 

 

 マーゴがミオンに頼んだクリスマスプレゼントは、イブにミオンと共に過ごす時間。

 ミオンはそれに、より良い形で答えるため、この日のデートプランを計画していた。

 

 即ち、冬の寒さと普段の疲れを癒すための、温泉旅行である。

 

「正直、最初に聞いた時にはビックリしたわ。いきなり温泉旅行って……。

 ミオンさんのことだもの、特に含むところはないってわかってはいるけれどね」

 

 数日前、この日のスケジュールを伝えられた時のことを思い出し、苦笑するマーゴ。

 その横でミオンは緩くハンドルを切りながら、流し目を向けて微笑んだ。

 

「マーゴさん、これまでの人生は何かと忙しなかったようだし、ゆっくり温泉に浸かったことなんてなかったんじゃないかな?

 案外良いものだよ、温泉。ゆっくり浸かっているとね、体に染み付いた疲れが抜けていくんだ」

「ふふっ♡ その言い方、まるでおじいちゃんみたいね、ミオンさん」

「まあ実年齢からすれば十分おじいちゃんだからねぇ、僕は」

 

 見た目こそマーゴたちとそう変わらないように見えるが、その実年齢500歳以上、人間のスケールで言えばおじいちゃんどころか死体一直線のミオンは肩をすくめた。

 

「そろそろミオンさんも免許返納の時間かしら?」

「それは困るね。こうしてマーゴさんとドライブすることもできなくなってしまう」

「それじゃあ、私たちだけの秘密ってことにしましょうか♡」

「ヒロさんも知ってるけどね、僕の年齢の話は」

「……………………」

「ごめんごめん、悪かった。他の女性の話題はもう出さないよ」

 

 

 

 そんな風に、ミオンとてきとうな会話を楽しみながらも。

 マーゴの視線は、助手席の窓越しに、高速で流れゆく外の光景に向けられていた。

 

 穏やかな監獄島の生活を、今の彼女は決して嫌っていない。

 なんだかんだと騒がしく賑やかな彼女の友人、ノアやアンアンを筆頭とする、牢屋敷の少女たち。

 彼女たちを守り、そして彼女たちと共に在る。

 そんな監獄島での暮らしは、マーゴの新たな生き方だ。

 

 だが……1年弱もの間、狭く閉じた環境で過ごせば、流石に飽きの一つも来るというもので。

 監獄島の景色は、既に彼女の目に慣れ切っている。

 

 だからこそ、久々に見た監獄島外の景色は、彼女に新鮮な感情をもたらした。

 島のそれと似ているようで全く違う山々の風景に、マーゴは目を奪われていたのだ。

 

 

 

「ふふ。その様子だと、楽しんでくれているようで。

 この季節の山も、わびさびがあって趣深いからね。気に入ってくれて良かったよ」

「そうねぇ、なんだか不思議。

 昔はこんな光景、なんとも思わなかったのだけれど……改めて見ると、なんだか感じ入るものがあるわ」

 

 身を裂くような寒さの中、葉が落ちた寂し気な木々に彩られる山。

 かつて詐欺師として生き延びていた頃には、きっとつまらないただの背景としか映らなかったそれ。

 

 しかし今は、そんな山が輝いて見える……とまでは言えずとも、少なくとも灰色の背景ではなくなっていた。

 

 端的に言えば、見応えがあって、飽きない。

 ただぼんやりと見ているだけでも時間を潰せるし、なんなら寒空を飛ぶ鳥や、木々を揺らす風すら興味深く感じてしまう。

 

 ずっと監獄島に閉じこもっていたことで、こんな景色すら新鮮に感じているからか。

 少女たちやミオンと接する中で、彼女の感性に少なからぬ変化があったのか。

 ミオンに守られる今だからこそ、そんなことを感じる余裕があるのか。

 ……あるいは、それら全てが故だろうか。

 

 

 

「焦っていた何かが終わったり、難局を乗り越えたり、自己を変革させた後なんかは、これまでは何とも思えなかったような景色が特別に見えるものだよ。僕も、幾度か経験がある」

 

 ミオンはいつもの穏やかな笑みを口端に浮かべ、少し真面目な口調で語る。

 

「……そして、できれば君以外のみんなにも、それを感じる余裕を持っていてほしいんだ。

 例の事件の後、牢屋敷に残った少女たちは、表社会に戻りたくないと思う何かしらを抱えていた。

 魔法や魔女因子を理由に傷つけられた者もいれば、人間関係や社会に苦しめられた者もいる。氷上メルルさんの所業で心を病んだ子もいた。

 君も、その一人だったね。マーゴさん」

「……私、そんなに分かりやすかったかしら」

「君の他者への怯えは、結構過敏だったからね」

「流石、って言うべきなんでしょうね。少し恥ずかしいけれど……」

 

 

 

 偽りの【愛】。そしてそれを与えて来る他者への【恐怖】。

 それはマーゴの脊髄にまで沁み込み、決して切り離せないものだった。

 

 というか、今でもそれが消えたというわけではない。

 ただ、ミオンへの信頼故に忘れられているだけ。

 不意にミオンがいなくなり一人になってしまえば、前までと同じように、マーゴの心には人への不信と恐怖が蘇るだろう。

 

 そして相手は、人よりもずっと長く生き、海千山千だっただろう日本政府と関係を持ち続けてきたミオンである。

 普段の様子からしても、その観察眼は相当のものであるはずで……。

 あるいは出会った当初から、マーゴが内に隠そうとしていた恐怖など、お見通しだったのかもしれない。

 

 

 

 「少し恥ずかしいわね」なんて思っていたマーゴは、しかし。

 次ぐミオンの言葉に、意外そうに目を丸くする。

 

「……とはいえだ。他の子たちはともかく、君に関しては分からないことも多かったけどね。

 あの時の僕に推察できたのは、君の恐怖だけ。そこからどうすれば君を救い出せるかはわからなかった。お恥ずかしいことに」

「あら、そうなの? あなたなら、私みたいな女の子を手玉に取るのも慣れたものかと思っていたのだけれど」

「手玉って言い方は、ちょっと問題があるけども……」

 

 マーゴの揶揄いに苦笑いを浮かべるミオンは、しかし直後、その眉をひそめた。

 

「いつか言っただろう? 君が何を望むのか、僕にはさっぱりわからなかった。

 人間のことは結構勉強したんだけど……所詮は人でなしの【化け物】だからかもね。君たちが表層的に考えることはともかく、深層心理で考えていることまでは、どうにも理解しきれない部分も多い。

 まだまだ勉強不足だよ。もっと君たちのことを知っていかないとね」

 

 そこでミオンは一度言葉を止め、ちらりと、マーゴの方を覗いて。

 

「特に君は、僕とは精神性が離れているからかな……ふふ、本当に予想の外に飛び出てくれる。

 人間総体もそうだけど、マーゴさんのことも、もっと知っていかないとね」

 

 くすくすと、心底おかしそうに笑ったミオンは、ハンドルに添えられていた己の片手を正面の日の光に掲げた。

 

 ……あの夜のことを思い出し、マーゴが頬を赤らめたことは、言うまでもないだろう。

 

 

 

「……とと、少し話が逸れてしまったね。僕も少し浮かれているらしい。

 閑話休題。とにかく、君たちが皆、それぞれの形で傷付いていることはわかっていた。中には現代文化に馴染めない子もいたしね。

 だからこそ、この1年はとにかく君たちに平穏と癒しがあるようにと、調整してきたわけだが……。

 代り映えのない退屈な日々は、時に人間の心を腐らせるようだからね。それを避けるためにも、これからは定期的な外部との交流も始めたいと思っている」

「外部との交流、ね……」

 

 マーゴからすれば、それはあまり肯定的になれる話題ではない。

 

 そもそもマーゴが本土に戻っていないのは、他者から向けられる偽物の【愛】──悪意を厭っているから。

 ミオンによって【禁忌】が解かれた今、以前のような強迫的なまでの拒絶感はなくなったが……。

 それでも、相手が悪意を持った人間である可能性を加味してまで、知らない誰かに積極的に絡みに行きたいとは思えない。

 

 夏目アンアンが【禁忌】を解かれて外向的になったのに対して、マーゴは内向的な方向へと傾いていた。

 ある意味では、臆病になった、と言い換えてもいいかもしれない。

 

 

 

 呟きから不安の感情を読み取ったのか、ミオンは肩をすくめて見せる。

 

「安心して。交流とは言っても、別に人間と関わるというわけじゃないんだ。今みたいに、外の空気を吸いに行く、という意味だよ。

 具体的に言えば、来年の春先辺りから、定期的にみんなで旅行でもしようかと思っているんだ。

 個人やグループで本土旅行、というのはたまにあるけど、牢屋敷組全員での行事は今までなかっただろう?」

「なるほどねぇ……確かに、全体行事というのは悪くないかも」

 

 マーゴとて、この1年弱の間、牢屋敷の少女たちとそれぞれ仲良くなってはいるのだ。

 外部交流と言えば仰々しいが、みんなで旅行ができる、というのは決して悪くない話に思えた。

 

 

 

「しかし、人数といい形態といい、なんだか学校の遠足みたいね。私は行ったことないから想像だけれど」

「おお、突如噴き出る現代社会の闇」

「ふふ、牢屋敷組の子たちは殆どそうだと思うけどね」

 

 マーゴは親が親だったので自分で稼ぐ必要があり、それに時間を追われて義務教育の過程すらまともに踏めておらず、教養は自学で補っていたし。

 アンアンは魔法の暴発を恐れて閉じ籠っていたため、学校などというコミュニティに入れるわけもなく。

 ノアは一応、最低限学校に通ってこそいたらしいが、殆どは保健室登校な上不登校気味だったとのこと。

 

 魔女因子から解放されてなお、人間社会への帰還を拒んだ少女たちだ。こう言ってはなんだが、真っ当な青春を送ってきた者など多くもない。

 ……ついでに言うなら、遠足や学校なんてシステムが成立した時代出身の少女自体多くはないのだが。

 

 

 

「というか闇の深さなら、私たちなんかよりミオンさんの方が深いでしょうに」

「まあ、自覚はないでもないけどね。でも僕、中学校には通っていたよ?」

「え、そうなの?」

 

 意外な事実に目を見開くマーゴに、ミオンはいたずらっぽい微笑を浮かべる。

 

「魔女因子活性率の潜入捜査で、定期的に【分身】を潜り込ませていたんだ。入学した回数は30回以上、もはや中学生のプロと言ってもいいだろう。……卒業までは滅多にいかないけど。

 実はこの姿も、その際に違和感を持たれないために年齢設定をした結果だよ」

 

 ミオンの魔法で作られた外見が、マーゴたちと同じ程度の年齢である理由。

 唐突に明かされた新情報に、マーゴは何とも言えない気持ちだった。

 

「ああ、そういう感じ。……30回ってすごいわね、国のミオンさんへの酷使っぷりがわかるわ。

 あ、もしかして去年も、私たちの魔女因子の見極めのために潜入していたり?」

「実はココさんの学校の隣のクラスだったりしたよ。あっちは僕のこと覚えてなかったみたいだけど」

「……世間は狭いというか、羨ましいというか」

 

 もしかしたら、ミオンと同級生に成れたかもしれない……なんて。

 マーゴはそんな小さな欲望を、内心で押し留めた。

 

 なにせ、下手に口に出すと、ミオンが魔法で叶えてしまう可能性が出て来る。流石にそこまで迷惑をかけるわけにもいかない。

 ……悪意に満ちた外の世界の学校に今更行きたいとも思えないが、ミオンと一緒となれば少し興味が湧くのは恋する乙女の御愛嬌である。

 

 

 

「ともあれ、みんなで旅行となれば、フェリーやバスを貸し切っての移動になるだろうね。

 乗り物酔いとか退屈を紛らわせる何かが必要かな……」

「ミオンさんの魔法なら、一瞬で旅館まで移動できるんじゃないの?」

「そりゃあできるけど……」

 

 ミオンはニヤリと笑みを浮かべ、言った。

 

「【化け物】の僕だって知ってるよ。旅行っていうのは道中での会話や景色も楽しむもの。

 実際僕は今、マーゴさんと過ごす時間をとても楽しんでいるよ。とてもではないけれど、これをなくすなんてもったいないと思う。

 それともマーゴさんは、この時間はいらないかな?」

「さて……どうかしらね」

 

 マーゴはにやつく頬を隠すため、再び外の景色の方へと顔を向けるのだった。

 

 

 

「……まあ、なくしはしなくとも、ちょっと時間をイジってはいるんだけど」

「ミオンさん? 何か不穏なこと言ってない?」

「まあ、後のお楽しみ、ってことで」

 

 

 







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