嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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宛て先不明のお手紙(4)

 

 

 

 マーゴとミオンの2人は、それから数時間、川に沿って伸びる道を下流の方へと歩いた。

 

 川辺に転がる石の上を滑るように、時々跳ねるようにして流れ去る、水の流れ。

 少しだけ翠に染まった半透明のそれは、ぐねぐねと曲がりくねりながらも、なんとも変わり映えなく続き……。

 

 しかしマーゴは、新鮮な気持ちでそれを眺めていた。

 

「考えてみると不思議よね。雨はどこにでも降るのに、それはいつか一点に集まってって、一本の流れになって、こうやって海を目指して進みだす……。

 当たり前のようにあるけれど、ここに川が出来るのって、奇跡と言ってもいいんじゃないかしら」

「大自然の神秘だね。本当に長い、永遠にも近しい時間が創り上げた偶然だ。

 500歳の僕も、流石にこの年季には勝てない。何せ最後の氷河期から1万年だ、20倍だよ20倍」

「15歳の私からしたら666倍よ。とんでもない、膨大な月日ね。想像も付かないくらい」

 

 こと、こと、こと、と。アスファルトに鳴る足音が2つ。

 ゆったりと足を進めながら、2人は言葉を交わす。

 

「あ。666といえば、アリサちゃんね」

「紫藤アリサさん? 666……何か関連性があったかな?」

「昔の牢屋敷には、【囚人番号】ってものがあったのよ。

 ……魔法を使えばいくらでも見ることができるでしょうに、その辺りの事情は知らないのね?」

「ああ。プライバシーもあるし、原則的に盗み見はしない主義なんだ。

 僕が知る君たちの奮闘は、ひとえに本土組のみんなの証言を照らし合わせたものだよ」

「そうなのね。それなら、私にも……いえ。

 あなたには、私の話も聞いてほしいわ。いいかしら」

「勿論。聞かせてほしいな、君がその日々に何を見たのか、思ったのか」

 

 

 

 それらは意味を持つものではない雑談に過ぎず、故に右に左にと行方を定めず行ったり来たり。

 けれど、マーゴはそれが楽しくて仕方ない。

 

 しなければならない必要不可欠の会話ではなく、特にする必要もない戯れのお話。

 素敵な光景を眺めながら、恋しい男性と一緒に、どうでもいい話に華を咲かせる。

 それはなんて贅沢な時間の過ごし方だろう。

 

 この一瞬が永遠に続けばいいのに、なんて思ってしまうくらいに……。

 ……いや、下手にそんなことを口にすると、横にいる男性が叶えてしまいかねないので、それは胸の内にしまい込むとして。

 

 とにかく、マーゴはこの瞬間を、何より楽しんでいたのだ。

 

「今思うと、あの時のレイアちゃんって本当に追い詰められてたのねぇ。

 二周目のみんなの記憶を見るに、あの子ってみんなを引っ張って行くリーダーというより、本人は無自覚だけどみんなを明るくできるムードメーカーじゃない?

 なのに、あの時はすごくピリピリしてて。ノアちゃんがいればすぐに嘘って見抜けたでしょうね」

「ああ、確かに。……ふふ」

「? 何かしら、その意味深な笑みは?」

「いやなに、それを一番気にしているのは本人、という話。

 実はレイアさん、『余裕がなかったとはいえ、なんてっ! なんて下手な演技だったんだッ!!』と言って、最近は演技力を上げるために劇団で指導を受けてるんだ。

 聞くにミリアさんの魔法で、その時の記憶が客観的な視点でフラッシュバックしたんだろう? それで内心ショックを受けていたらしい」

「レイアちゃんったら、本当にストイックというかなんというか……。

 あの子の演技に対して真っ直ぐなところ、私は好きよ」

「ああ、僕もす…………ちょっと待ってくれ、これは流石に誘導尋問じゃないかな」

 

 

 

 2人の散歩は、それからも暫く続き……。

 

「……あら、もしかして雪?」

 

 白ばんだ空からは、小さなふわふわの雪が降り始めた。

 

「おや。この辺りでは、結構珍しいんだけど……ふふ、ホワイトクリスマスだね。

 マーゴさん、ほら、傘。一応持ってきてよかったよ」

「相合傘ね。……ふふっ、まさか好きな男性と、こんな素敵なことになるなんてね」

 

 クリスマスの日に、雪の降る風情な景色の中、相合傘をするなんて。

 1年前のマーゴは、予想だにしていなかった。どころか、半年前のマーゴだってそうだろう。

 

 縁というのは不思議なものね、なんて思いながら。

 大きめな傘の下、マーゴはミオンと肩を寄せ合い、旅館へと帰って行った。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 楽しい時間を過ごせて心はポカポカではあったが、それはそれとし、て雪の降る中歩いて体はカチカチ。

 旅館に帰り着いて一息吐くと、楽しさから忘れていた肌寒さを一層感じてしまう。

 

 そんなわけで、2人は帰ってすぐ、旅館でも自慢だという温泉に入ることになった。

 

 ……マーゴとしては、正直、少々複雑な気分ではある。

 「可能な限りミオンと一緒にいたい」というのが、恋する乙女の本音。

 流石に温泉となれば男女別は当然の話で、「僕も1時間くらいは入るから、ゆっくりしておいで」と言われてしまった以上、これからしばらくは単独行動となる。

 それを寂しく思うのは、当然と言えば当然の話。

 

 

 

 とはいえ、いつまでも落ち込んでいても仕方ない。

 

「まあ、この時間も楽しまないとね」

 

 マーゴは人生初めての恋心に、面白いくらい色ボケしまくってはいるが……。

 彼女の強い自制心は。一時的に本能を抑え込むことを可能とする。

 つまりは、せっかくミオンが用意してくれた機会なのだから、この温泉もちゃんと楽しまないと失礼よね、という思いやりである。

 

 それに、ミオンのおかげで、悪意に満ちていると思い込んでしまっていた【外の世界】──牢屋敷の外にも、ようやく興味が出てきたところなのだ。

 ノームたちにより改修された牢屋敷の浴室も、そこそこ広いが……やはり専門の施設ともなれば比べ物にならないはずで。

 

 ただ体を洗う手段や場所というわけではなく、ゆったりと体を休められる。

 そんな場所に、マーゴは少しばかり期待を抱いてもいた。

 

 

 

 実のところ、マーゴは温泉というものに入ったことがない。

 

 牢屋敷に囚われるまでの間、路地裏の住人に過ぎなかったマーゴは、ゆっくりとくつろぐような時間を持ってはいなかった。

 身繕いこそ徹底していたが、温泉旅館など手の届かない娯楽……というより、何のためにあって何が面白いのか理解に苦しむようなものだった。

 

 牢屋敷に囚われていた頃に至っては言うに能わず。

 少女たちのストレスを煽るための施設に、心休まる温泉などあるわけもない。

 

 これまでの人生では、何かと縁がなく……。

 とはいえ、知識が全くないというわけでもない。

 

 初めてのことに挑むにあたっても、初心さや動揺を隠すのがマーゴだ。

 ミオンに誘われた時から、こっそりとスマホで温泉に入る際のマナーや所作を調べていた。

 今ではもう、全国の名所を諳んじることすらできるレベルで、少女たちの中で一番温泉に詳しいまである。温泉博士である。

 

 そんなわけで、彼女は内心のワクワクやドキドキを隠し切り、さも慣れたことですよと言わんばかりに浴場へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 果たして15分後。

 体を洗い終えて温泉に浸かった、彼女の温泉評は……。

 

「ふぅ……良いものねぇ、これ……」

 

 というものであった。

 

 

 

 日常を離れて初めて自覚することではあったが、マーゴはどうやら、牢屋敷では少なからず肩肘を張っていたらしい。

 メルルが管理していたかつての牢屋敷でも勿論……ミオン管理下の牢屋敷でも、である。

 

 「牢屋敷のリーダーとして、外からの悪意から少女たちを守らなければならない」という責任感。

 それ自体は、ミオンの登場によってなくなったが……。

 

 それでもやはり、ノアやアンナン、他の子たちに、無様な姿は見せられない。

 マーゴは「いざという時頼れる宝生マーゴ」でなくてはならないのだ。

 

 

 

 ……しかし、そんな少女たちの視線も、ここにはない。

 なんなら懸想する相手であるミオンの視線もないのだ。

 

 マーゴはここ1年で……あるいは一生の中で初めて、心から自由にくつろぐことができたのかもしれない。

 

 そうして、精神的にもくつろげる状況に加え。

 開放的な温かい照明に照らされもくもくと立ち上がる湯気に、綺麗に磨かれたタイル貼りの浴槽。

 そして何より、寒気に冷えてしまった体を芯から温めてくれる、少し高めの温度のお湯。

 体をリラックスさせるだけの条件は、十分すぎる程に整っている。

 

 それらは、何かと気苦労の多い彼女の心労を、どろどろに溶かして流し出してくれるようで。

 

「なるほど……ミオンさんの言う通り、良いものね……」

 

 マーゴはじんわりとした恍惚と共に、天井を見上げていたのだが……。

 

 

 

 

 そんな時。

 

「あらぁ、先客? 可愛いお嬢さんがいるじゃない!」

 

 不意にかかった声に、マーゴはぼんやり気持ち良くなっていた気持ちを切り替え、視線を向ける。

 

 視線の先にいたのは、これから浴槽に浸かろうとしているらしい、初老の女性。

 どうやら旅館に泊まっている観光客らしい彼女は、なんとも姦しく騒ぎながら、わざわざマーゴの隣に腰かけてきた。

 

「ああ、気持ち良い温泉ねぇ。はるばる北海道から来た甲斐があったわぁ!

 お嬢さんの方はどこから来たの? お名前聞いてもいいかしら?」

 

 一人で盛り上がる女性の、遠慮のない問いかけ。

 

 マーゴは一瞬、それにぴくりと反応しかけ……。

 しかし、努めてその肩から力を抜いた。

 

 

 

 ミオンに、教わったばかりなのだ。

 

 世界は、悪意に満ちた人ばかりではない。

 きっと……心を癒してくれるような人もいる。

 それこそ、あのノアやアンアンのように。

 

 それなら、目の前の女性に警戒しすぎるというのも、道理の通らない話だし……。

 何かあれば、きっとミオンが飛んで来てくれると、そう信じているから。

 

「……ふふ、マーゴと言います。私も少し遠くから……好きな人と一緒に来たんですよ♡」

「あらっあらあらあら! お熱いのねぇ、良いじゃない!

 最近の若い子はあんまりそういうのに興味がない子も多いらしいけど、やっぱり良いわよねぇ!

 それだけ言うってことは、お相手さんはとっても素敵な人なのかしら!」

「ええ。私のパートナーは、とてもとても、素敵な男の子です」

 

 女性の言葉に、マーゴは自信を持って頷き、笑った。

 

 

 

 ……それから、実に1時間弱。

 マーゴは話好きらしい旅行客の女性と、長いこと話し込んでしまい……。

 

「良かった。マーゴさんも、楽しめたみたいだね」

 

 マッサージチェアに座っていたミオンに、微笑みを向けられて。

 ただでさえ火照った顔を、更に赤くすることとなった。

 

 

 

 







【人物】 おばさん
 
 特に裏とかはない一般旅行客おばさん。
 話し好きで旅好きで温泉好き。
 好きな言葉は一期一会、好きな食べ物は鮎の塩焼き。
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