「こんばんは、管理人さん。ちょっといいかしら」
「構わないよ、どうぞ」
管理人室と呼ばれる、牢屋敷の一室。
マーゴがノックをすれば、すぐさま返答が返って来る。
ここに来たのは初めてではなく、むしろ頻度は高いくらい。
そのため、マーゴは気安く扉を開き、中へと入った。
最低限の家具が並ぶ生活感のない──いつか彼女が囚われた独房にも近しい一室。
しかし、独房と大きく違う点としては、部屋の中に大量の書類や資料が積まれていることだ。
「やあ、マーゴさんか。いらっしゃい。
もう夜分遅いが……何か不安があるとか、眠れないとか?」
そう声をかけてきたミオンは、入り口近くにあるテーブル傍のソファに腰かけていた。
彼の前のテーブルには、彼側に1つ、そして対面にもう1つ。恐らくはホットココアらしい、湯気の立った液体の入ったカップが置いてある。
……どうやら、自分の来訪は予見されていたらしい。
機先を制されたマーゴは、一瞬思考を巡らせ……。
流れを自分側に引き戻すため、敢えて平然を繕い、彼の対面に腰を下ろした。
こうしてリードされたのならば、いっそどこまでも厚顔無恥に。
相手の答えられない要求を出すことで、その余裕を崩す方が楽だろう。
「ココアね、ありがとう。マシュマロはあるかしら?」
「眠る前にはあまり食べない方がいいんだけど……今回は特別だよ?」
ミオンは机の引き出しから、平然とマシュマロの袋を取り出して来る。
マーゴは苦笑いと共に手を挙げた。
魔法を自在に使える者を相手に、下手な読み合いは意味をなさない……。
かつて月代ユキを相手にした時と同じことを思い知りながら。
「ありがとう、いただくわ。
……突然来てしまってごめんなさいね。少し寂しくなって……誰かと話がしたいな、って。
そんな時、あなたの顔が思い浮かんだの」
マーゴは物寂し気な笑顔の仮面を顔に貼り付け、とうとうと嘘を口にする。
そうしてミオンの前で、ゆっくりと、妖艶に、ソファに腰を落ち着けた。
詐欺師を生業とするマーゴは、自らの強みを熟知している。
思考の巡りの速さも、知識の量も、行動力も決断力も……そして、その外見的魅力も。
これまでには、その成熟した体を用い、大人になりすまして色仕掛けをしたことだってある。
こうして男性に取り入るのも慣れたもの、本領発揮とすら言えるかもしれない。
……しかし、そんなマーゴの態度に対し。
ミオンは揺らぐことなく、穏やかな笑顔のままに応える。
「いいとも。君たちの話を聞くことも僕の【仕事】さ」
「そのお仕事、お給金はきちんと出るのかしら? それとも、私たちが目的だったり?」
「ははは、お金や欲望じゃなく責任の問題だよ。
……ま、給料は振り込まれてるんだろうけど、この島にいたら個人のお金を使う機会はないだろうしね。あまり【興味がない】んだ」
「あら、お金にだらしない男の人は、女の子に嫌われるわよ? 私は、むしろ嫌いじゃないけれど……♡」
「これは手厳しい。君たちに嫌われないよう、気を付けなければね」
よく言えばウィットに富んだ、悪く言えばミオンの言葉の上げ足を取るようなマーゴの【反論】。
けれどミオンは、全く感情を揺らすことなく、ひらりひらりと躱すばかりで。
泰然としていて、掴みどころがなく、底が知れない。
マーゴがミオンを少しばかり苦手とする理由の一つだった。
やっぱり、単純に落とすのは難しそうね。
そう悟ったマーゴは、攻め方を変える。
「もう、つれない人。こんな夜遅くに、女の子が自室を訪れているんだもの、もっと動揺してくれてもいいんじゃないの?」
「これでも動揺しているとも。でも、それ以上に心配しているからね。
それで、話を戻すけど……話がしたいんだったね。それじゃあ、君が睡魔に襲われるまで、少々お話でもしていようか」
ミオンがそう切り出して……あるいは、マーゴがそこに話を導いて。
それから2人はしばらく、いつも通り、話を始めた。
マーゴは現在、牢屋敷の少女たちのリーダー的役割を担っている。
あの事件を終わらせた当事者で、この屋敷に残った3人──マーゴ、アンアン、ノア。
その内アンアンは、最近は頑張ってこそいるものの、他者とのコミュニケーションが得意ではなく。
ノアは自らの「好き」に向き合うことに夢中になり、他者に気を配るのを忘れがち。
故に、その年齢にはそぐわず広い視野を持つマーゴが、その役を担う他なかったのだ。
そうなれば、政府との窓口であり、牢屋敷を管理しているミオンと言葉を交わす必要性も出て来る。
なかなか底を覗かせず、自分になびいてもくれない彼を気に食わないと思いつつも、マーゴは定期的に管理人としてのミオンと話をしてきたのだ。
少女たちの望むもの。リハビリの進捗。本土に戻りたがる子。破損した物資。
牢屋敷の改築予定。食事のアレルギーについての注意。政府からの通達。海の荒れ具合。
今日も今日とて、様々な連絡や相談を続け……。
……その中で、ふと思いついたかのように。
相手の意識の間隙を縫うように、マーゴは疑問を挟み込む。
「そういえば、管理人さんはなんで魔法が使えるのかしら?」
「ふむ、藪から棒だね」
完璧なタイミングで刺したと思ったが、特段の動揺は見られない。
しかし、そこまでは予想の範囲内。
今の雰囲気、関係性、話の展開であれば……次の言葉に繋げることができる。
「だって私たち、もう魔法を使えなくなったのよ?
それなのにあなただけ使えるなんて、ずるいじゃない」
無論、本心ではない。
ずるい、ではなく……はっきり言えば、不気味だった。
何故、もはや【誰も使えないはずの魔法を使える】のか。
その不明を思えば、どうしても、嫌な妄想が頭を過ってしまう。
消えたはずの魔女因子は、実はまだ世界に残っているんじゃないか?
自分たちは再び、魔女になってしまうんじゃないか?
今はこちらの存在を許している国も、手の平を反すんじゃないか?
そして……目の前の少年は。
あの白い髪の、どこか虚ろに思えた大魔女のように。
その有り余る力を使って、自分たちを殺そうとするんじゃないか?
無論、他の少女たちのように、ミオンの性格や言動を信頼して疑いを取り下げるのは簡単だが……。
マーゴはそう簡単に、人を信じることはない。
未だ彼が、自分たちに新たな災いをもたらすという可能性を、脳内から除外していなかった。
そんな畏怖や嫌疑を一切顔に出さず、さも唐突に思い付いたことを口にしたような表情を貼り付けたマーゴに対して……。
ミオンは、顎に手をやり、言う。
「ふむ……うーん、そうだな。それを言うのは簡単だけど……そのまま言うと、ちょっとまずいかな。
ちょっと悪趣味かもしれないけど、君たち流に、議論の形で話し合ってみようか。
君は、何故僕が魔法を使えるのか……その真実を、突き止めてみてほしい」
次回、【魔女裁判】ならぬ【追究審議】。