或るものの重量について(1)
ノアのアトリエ、もしくはノアのスタジオ。
2周目ではそう呼ばれていた、魔法によって扉が消失してしまい、出入りできない開かずの部屋。
3周目……つまりは今の世界では、ここは残念ながら、閉ざされたままとなっていた。
2周目の記憶を取り戻してからユキが魔女因子を消すまでにアトリエに行く暇もなかったため、ノアが扉を作ることもできず。
魔法の消失によって開くのではないかという期待も、残念ながら変化なしという結果に散った。
図書館の木は一度枯れかけていたし、常にかかっていた虹は消えてなくなった。ノアによる、赤い液体を蝶の形状にする液状変化もそうだ。
【消えない魔法】も尽くが消え去って、魔法が消えたことは確か。
それなのに、この部屋の扉が消えたまま、現れないのは……。
マーゴが考えるに、【既に効果を為してしまった魔法は取り消されない】からだろうと思われた。
例えばノアの液体操作のような、【特定の条件下で形状が変化する魔法】が喪われれば、もはやそれ以上形状変化は起こらない。
けれど、既に効果を発揮した【形状が変化する魔法】が喪われても、変化した形状が元に戻ることはない。
アトリエの扉が喪われたのは、後者による不可逆の変化だったのだろう。
とにかく、魔法が喪われた今、ハンマーか何かで壁を無理やり破壊でもしない限り、この部屋に入ることはできなくなってしまった。
ノアとアンアンはこれを仕方ないと受け入れつつも、思い出の部屋が閉ざされたことにを、少しだけ寂しそうにしていた。
……していた、のだが。
『あ、そうなの? それは寂しいね……。じゃあノームたちに開けるようお願いするね』
ミオンがノームを使って、一晩で解決してしまった。
それどころか、老朽化した施設や道具が交換・修理されたり、部屋の雰囲気を乱さない程度にリフォームまでされてしまっていた。
今やノアのアトリエは誰でも出入りできるよう扉が開かれ、ノアやアンアンを筆頭として、芸術家気質な少女たちの憩いの場所となっている。
* * *
そして、そんなアトリエの中で。
「そういえば、ミオンくん、何歳なのかな?」
ふと思い至ったという風に、ノアが向き合っていたキャンバスから顔を上げた。
「うーん……どうなのかしら」
「……そういえば、聞いたことがないな」
反応するのは、あれからも何かとノアと一緒に行動することの多い、マーゴとアンアン。
マーゴは本を読みながら、ノアの絵のモデルとして椅子に座っていて。
アンアンは少し離れて、自分のスケッチブックに何かを書き記していた。
誰も何も話さない、静かで、けれど居心地の良い時間が続いていたのだが……。
それを破ったのが、ノアの唐突な発言だ。
ノアは非常に気ままな少女だ。
ただ、ふと気になったことを口にしたのだろう。
しかし、その何気ない発言に、マーゴは内心で冷や汗をかくことになる。
ミオンの年齢。
それをマーゴは知っている。
いいや、正確な数字を把握しているわけではないが……。
おおよその察しを付けられるだけの情報を持っているのだ。
樋口ミオンは、人と原初の魔女のハーフ。
この島から原初の魔女がいなくなったのと、ミオンの誕生には、そう大きなタイムラグはないはずだ。
つまり、予測されるその年齢は、この牢屋敷以上。
となればそれは……「年単位」ではなく、「世紀単位」のものだろう。
そして、問題は、だ。
「ん~? どうしたの、マーゴちゃん」
赤と黄色の透き通ったオッドアイでマーゴを覗き込んでくる、ノアの存在である。
マーゴはその職業柄、人の吐く【嘘】を見抜くことに長けている。
しかし……あるいは天性の観察眼と直感によるものだろうか、このお絵描き大好き少女のノアもまた、マーゴに並ぶ程の目を持っているのだ。
ノアに【嘘】は通用しない。
もしもここで、不用意に「知らないわ」「15歳くらいじゃない?」などと言ってしまえば、微かな違和感を嗅ぎつけられてしまう。
そうしてノアは、マーゴを疑ってくるだろう。
それは、嫌だった。
マーゴはこれまで、疑い疑われ、騙し騙されが常の世界に生きていた。
そういった日々は刺激に満ちていて、嫌いではないのだが……。
あの事件を共に潜り抜けた11人に対しては、もう疑心暗鬼は起こしたくはない。
……信じ合いたい、などと。そんなことを思ってしまっている。
かと言って、素直に「多分牢屋敷よりもおじいちゃんよ♡」などと言うわけにもいかない。
そこまでの長寿生物、それも人型となれば、もはやミオンが原初の魔女の関係者だと言っているようなものだ。
これまでの人生経験から、自分の感情と物事の道理を切り分けて考えられるマーゴだから良いものの……。
原初の魔女に苦しめられた魔女たちが、新管理人も原初の魔女の子孫などと知れば、感情的に暴走してしまいかねない。
特に、視界の端で怪訝そうに首を傾げたアンアンは、とても感情的な少女だ。
合計3つの世界において、ただ一度さえ人を殺めず、殺めようと思うことすらなく、ひたすらに皆を守り支え続けた大天使おじさんことミリアですら、アンアンを制止できなかったくらいで。
彼女が感情的に暴走すれば、それこそ最悪、ミオン殺害計画さえ立てかねない。
……それで実際に殺せるかどうかは、まあ、一考の余地ありというところだが。
とにかく、可能な限り、ミオンの正体は秘匿すべきだろう。
最低でも、みんなの精神が落ち着くだろう、数年間は。
叶うのなら、それこそ墓まで持っていくのが理想だ。
つまるところ。
マーゴはこれから、得意の【偽証】を使うことなく、なんとかミオンの正体を誤魔化さなければならない。
まったくもって頭が痛かった。
なんで私がこんな苦悩を背負わなきゃいけないのかしら……と、内心で不満を零しつつ。
マーゴは努めて謎めいた表情を作り、真実とも嘘ともつかない、誤魔化しの言葉を口にする。
「さて、ねぇ。見た目だと、私たちとそう変わらないように思えるけど」
「んー、のあたちより、マーゴちゃんの方が近いかな?」
「……わがはいやアンアンとマーゴでは、見た目に大きな差があるからな。ああ、マーゴの方が近いとも」
ノアがぽやーっと呟く一方、アンアンは「くっ」とどこか恨みがましい目線で、マーゴの顔とその少し下のあたりを睨む。
牢獄暮らしだった頃は、装飾華美でフィットする服だったため、分かり辛かったが……。
白のワンピースを身に纏う今のマーゴは、大人びた妖艶な雰囲気に背くことなく、しっかりとしたものを持っていた。
15歳にしては成熟の見られないアンアンやノアとは対極的である。
狙い通り話題が逸れたことに安堵しながら、マーゴは話の流れを決定的なものへと持っていこうと、再び口を開いた。
「というかノアちゃん、普段はあまりそういうことを気にしないわよね?
もしかして……ふふっ、管理人さんのこと、好きになっちゃったのかしら♡
確かに、お顔はとっても綺麗に整っているものねぇ」
客観的に判断して、ミオンの顔立ちは整っている。
どこかユキを思わせる、冬の日の朝に立ち込める霧のような、掴みどころのない印象を与える美貌。
マーゴはそこまで趣味というわけではないが、こういう儚げな少年の顔を好む者がいることを理解していた。
とはいえ、別にノアがミオンに恋しているなんて思ってはいない。
色恋関係の話は、少女の心を否応なく躍らせる。
特に、それが自分や仲間のものとなれば尚更に。
……今は、処刑すべき魔女を探す【魔女裁判】でもなければ、ミオンの正体を探る【追究審議】でもない。
真実は必要なく、むしろそれを隠すことが勝利条件。
であれば、【反論】や【賛成】、【疑問】に【偽証】を使って、真っ当に話をするのではなく……。
あらぬ方向へと話題を逸らし、うやむやにして話を終わらせる、【煽動】こそが重要になってくる。
年頃の少女であるアンアンが、色恋沙汰の話に乗らないわけがないし。
天然気味なノアも、流石に赤くなって否定したりするかもしれない。
そんな2人を見られたら楽しいでしょうね、なんて。
そんなことを思い、マーゴはくすりと笑ったのだが……。
「うん。のあ、ミオンくんのこと、すきだよ」
その言葉に。
ピシリと、アトリエの空気が固まった。
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