城ケ崎ノアはそもそも最初から、他の少女たちと比べて、ミオンに強い隔意を持っていなかった。
その理由は、とても単純で……。
彼女の目から見て、ミオンが「悪そうな人」には思えなかったからだ。
ノアは、周囲の環境や人間に頓着しない。
牢屋敷に来てすぐの頃、なれはての看守という暴力装置が傍にある状況においてなお、部屋の模様替えを楽しんでいたように……。
彼女の「アート」が妨害されない限りは、誰がいようと何が起ころうと、あまり気にしない性質だ。
勿論、一切合切のストレスを覚えないというわけではない。
だがそれは、他の人間が感じるものと比べて、ずっと少ないし……。
彼女自身それを自覚することはなく、内に溜め込んで、後々アートで発散できる。
彼女が発散できない程に強いストレスを受けるとすれば、それは【禁忌】に踏み込まれた時か……。
あるいは、大切な友達と仲違いしてしまった時くらい、だろうか。
そんなノアだからこそ、新たな管理人という存在に対しても、他の少女たち程に強い偏見を持っておらず。
最初こそ多少恐れていたが、ミオンの人柄に触れて、確執は溶けてすぐに消えた。
ノアの目から見て、ミオンの言葉には、全くと言っていい程に嘘がなかった。
少女たちに向ける穏やかな笑顔には敵意も悪意もなく、ただノアたちを支えたいという思いだけがあって。
申し訳なかったと頭を下げる姿からは、心底からの申し訳なさと謝意が感じられて。
ついでに言えば、どんどん進んでいく牢屋敷の改造は、ノアの芸術的な琴線にも触れて。
良くも悪くも、城ケ崎ノアは純粋な少女。
受けた刺激が快であれば同じように快を返し、逆に不快であればまた不快を返す。
好意を向けてきた相手には好意を抱き、隔意を向けられればこれまた同じく。
だからこそ、絆される……というわけではないにしろ。
比較的初期から、ノアはミオンに、好意的な印象を抱いていたのだ。
そして、不安定に揺れていたそれは。
二度と入れないと思っていたアトリエを、ミオンが解放してくれたことにより、確かなものとなった。
こことは違う世界での出来事とはいえ……。
アトリエは、ノアとアンアンが共に時間を過ごした、大切な場所だ。
2周目でレイアの提唱した演劇のため、ノアは書き割りや舞台装置を、アンアンは演劇の台本を作ろうと、長いことアトリエに籠っていた。
周囲を気にしないノアは、そもそも人と共にあることが多くはなく……。
だからこそ、アンアンと共に試行錯誤をする日々は、彼女にとって幸せな時間で。
最後には、ノア自身が、その幸せを壊してしまったけれど。
────それでも。
ここで、共にあった時間は、嘘ではなかった。
ノアが、アンアンを殺した。
それを理解してもなお、アンアンはノアと共に過ごしてくれるのだから。
『あの状況だ、誰だって手を汚す可能性はあっただろう。
わがはいだってそうだ。自分の感情のまま、エマに殺意を抱いて、ミリアを殺して、しまった。
2人には謝って、赦してもらったが……。
初めてできた友達に舞い上がって視野狭窄になっていたからといって。
魔女因子で暴走していたからといって。
メルルに誘導されていたからといって。
それで、わがはいの罪がなくなるわけでもない』
『だが、2人は言ってくれたんだ。
「大丈夫だよ、アンアンちゃん。悪いのは君じゃないよ」と。
「おじさんも気にしないよ。アンアンちゃんを責めたりは絶対しないから」と。
「だから、また仲良くしよう」と。
そして……「もう魔法もないんだ、君は幸せを望んでいいんだ」、と。
本当に、本当に……わがはいには、勿体ないくらいの友達だ』
『だからというわけではないが、わがはいも同じように、赦す。ノアが描いてくれた、あの紫の蝶に免じてな。
そして、ノアさえ良ければ、また友達となり、一緒に過ごそう。
……わがはいにとっても、あの毎日は、悪いものではなかった。とても、とても楽しい日々だったんだ』
アンアンは、そう言ってくれた。
ノアを赦し、認めてくれた。
2人は再び……いいや。
今度こそ、正しく、友達になったのだ。
そうしてノアのアトリエは、そんなアンアンとの時間の象徴。
みんなが思っている以上に、そこはノアにとって大切で特別な場所で。
ここを取り戻してくれたミオンに、深く感謝するのも、強い好意を抱くのも、当然の話だったのだ。
* * *
「うん。のあ、ミオンくんのこと、すきだよ」
ノアの言葉に、真っ先に反応を見せたのは、アンアンだった。
ずったーん! と。
音を立て、椅子ごとひっくり返った彼女は、頭を押さえて立ち上がる。
「い゛っ、だ……いや、そうではなく! ノア、お前、今……!?」
ノアからアンアンへ、とても強い親愛の情があるように。
アンアンからノアにだって、同じくらい強い情がある。
夏目アンアンは、こう見えて……。
いいや、現在のバチバチにフリルをキメたロリータファッションの見た目通りと言うべきか。
とても、気難しい少女だ。
まず大前提として、引きこもり体質で厭世的、人見知り。
その上で自分にとても甘く、しかし同時、自罰的でもある。
それらが合体事故を起こした結果、アンアンは非常にめんどくせー女になってしまった。
自分を否定してきたり、あるいは無理に連れ出そうとした相手には、強い反感と拒絶を示し。
逆に過度に肯定されたり認められれば、今度は「自分はそんな良い人間じゃない」と自分の殻に籠ってしまう。
更に言えば、言葉は常に尊大で相手を見下しがち。
おまけに本当は怖がりで慎重派である。
そんな彼女と上手く付き合っていくには、肯定も否定も避ける必要がある。
佐伯ミリアは、コミュニケーションへの臆病さ故に、アンアンを肯定も否定もせず、距離を保っていたから上手くいった。
マーゴが上手くやれるのは、その観察眼でアンアンの様子を窺い、不快な色が浮かぶ直前に、自ら一歩引いているから。
つまるところ、それぞれがそれぞれ、アンアンと付き合う上では努力していく必要があったのだが……。
その点、城ケ崎ノアは、適性があるといっていいだろう。
彼女はアンアンと付き合う上で、そこまでストレスを受けることも与えることもない。
そもそも彼女は、あまり他者に興味を持たない。
勿論、友達ともなればそれもある程度変わってくるが、それでも他の少女たちに比べて他者への関心が大きくないことは事実。
自分は自分、他人は他人と言えば、少々冷たくも聞こえるが……。
関心がないということはつまり、自身の価値観を相手に押し付けないことを意味する。
ノアはきっと、アンアンが外に出る道を選んでも、引きこもる道を選んでも、いずれも変わらず友達として寄り添い続けるだろう。
それは時に自分に甘く、時に自罰的になる、不安定な思春期の少女にとって、この上なく有り難い距離感で。
自分のように面倒くさい人間にも向けられる無垢な笑みを見れば、やっぱり心が温かくなって。
そんなノアだからこそ、アンアンは誰より親しく友達になったし、これからも誰よりの友達でいたいと思うのだ。
……だからこそ。
ノアのその発言は、「ミオンのことが好き」なんて発言は、アンアンにとんでもない衝撃をもたらした。
だってノアだ。
色恋沙汰なんてまるで興味がなさそうな、天真爛漫ガールだ。
ワンチャン1周目でミリアの魔法が使われていなかったと発覚した時くらいの衝撃だった。
「お、お前、ノアお前、お前、すすす、すき、好きって……!?」
ついでに言えば、夏目アンアンは初心であった。
引きこもり体質で内向的なアンアンが、これまでに恋だの愛だのしたことがあったわけもなく。
「友達が異性に対して『好き』と言った」だけで死ぬ程動揺する、とてもおぼこい反応を見せ付ける。
それにマーゴは、クスリと、演技でない笑みを漏らす。
この世界の暗い部分、男女間のそれをよく知る彼女からすれば、アンアンの反応はとても可愛らしいもの。
それも、思い切り空回りしているというのだから、よりおかしく映ってしまう。
そもそもマーゴから見て、ノアは男女間の性愛を理解できる程他者に興味もなく、情緒も発達していない。
好きは好きでも、あくまで「Like」、人間的に好きなのだろう。
……が、わざわざそこを指摘はしない。
話が逸れれば逸れる程、今のマーゴにとっては好都合なのだから。
「うん、好きだよ~。ミオンくん良い人だし、嘘吐かないし、この前も新しい絵筆買ってくれたし」
「ま、待て待て待て! それは、いや待てノア! 好きって、すっゲホッゲホッ! ……好きと言ったのか今!?
何故だ!? 何故ミ、あの男を好きに!?」
「え~? 今言ったんだけどなぁ」
図書室をひっくり返すような大騒ぎをする2人に対し。
「……ふふ」
マーゴは、少しだけ口端を歪め、興味深げに視線を向けた。
2人を……いいや、正確に言えば。
顔を真っ赤にしてノアに詰め寄る、アンアンを。
「これは……なかなか、面白いことになってきたわねぇ♡」
……そういった話を面白おかしく思う辺り、やはりマーゴも年頃の少女だった。
記録【ノア×アン】
それぞれ違う意味でのコミュ障同士のカップリング。
アンアンは他者を遠ざけようとし、ノアは他者に関心を持ちにくい。
しかしそんな2人だからこそ友達となれ、数少ない友達だからこそとても大切にする。それが親愛から百合的感情に繋がるのは、なんらおかしなことではないだろう。
個人的にはリバ可。ノア誘い受け、アンアンヘタレ攻めもいいよね。
最大のライバルはノア×ヒロ。ヒロちゃん女の子と仲良くしすぎじゃない?