嘘吐少女ノ魔女愛談   作:アリマリア

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或るものの重量について(3)

 

 

 

 深夜の牢屋敷。

 宝生マーゴは与えられた自室を出て、管理人室に向かった。

 

 ここに深夜の消灯時間があったのは、もはや昔の話。

 現在の牢屋敷では、当然ながら夜は眠ることが推奨こそされているが、別に強制までされることはなく、自由な出歩きが可能となっている。

 

 実際、マーゴも時折、深夜の散歩に出かけることがある。

 暗い中でも足元が見えるよう、薄明りの照明も付いているので、そこまでの危険性もない。

 夜の監獄島は、昼とは全く違う神秘的な雰囲気が漂い、マーゴの無聊を慰めてくれた。

 

 その際、てきとうにぶらついていれば、どうやら見回りをしているらしいノームに見つかり、同行されることも多かったのだが……。

 

 今回はいつものような漫然とした散策ではなく、確固とした目的のある移動。

 ノームたちに見つからないよう、彼女はこっそりと歩を進めた。

 

 

 

 

 歩くこと数分。

 マーゴは、扉の隙間から光の漏れる管理人室前に辿り着いた。

 

 しかし、彼女はその扉を押し開くことはなく……。

 その前を一度通り過ぎて、向こう側の曲がり角へ身を隠す。

 

 齢15で詐欺師を営んでいた少女だ、隠れ潜み気配を消す技術だって大人顔負け。

 実際、しばらく経って現れた【彼女のターゲットである少女】は、きょろきょろと回りを見回しながらも、結局マーゴの存在に気付くことなく、管理人室に入って行った。

 

「ふふふ……♡」

 

 マーゴの口元から、自然と笑みが零れる。

 

 人の情報は金になることを、マーゴは知っている。

 勿論、彼女のそれを売るつもりは全くないが……金にはせずとも、価値はある。

 

 例えば、これを仄めかしでもすれば、彼女はとても可愛らしい反応を見せてくれるだろう。

 

 

 

 ──そう。

 

 夏目アンアンが、みんなが寝静まった深夜、管理人室を訪れている、などと。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 寒い廊下で待つこと、おおよそ1時間。

 管理人室のドアが開かれ、アンアンが出てきた。

 

 入る時には、誰かに見られていないかと、強く警戒心を覗かせていた彼女だが……。

 出て来た今は、口角が吊り上がって、満足気な様子を窺わせている。

 スキップ……しようとして足をもつれさせ転びかけ、取り落としたスケッチブックを拾い直し、彼女は足早に自室へと戻ろうとしていた。

 

 

 

「さて……どうしようかしら」

 

 管理人室は、ミオンの魔法によるものか、とても強い防音機能を有している。

 傍でじっと様子を窺っていたマーゴにも、この1時間、中で何が行われていたかはわからない。

 

 まずは……その情報を得るべきだろう。

 

 ただし、もはや疑心暗鬼の蔓延る騙し合いの日々は終わった。

 迂遠な手段を取る必要はない。

 

 

 

 マーゴはとても楽しそうなニコニコ笑顔のまま、足音を潜め、アンアンの後を追い……。

 

 ぽんと、その肩に手を置いた。

 

「アン、アン、ちゃん♡」

「ひぃあぁぁっ!?」

 

 面白い悲鳴と共に、キュウリを目にした猫のように飛び跳ねるアンアン。

 可愛らしい乙女の所作に更に楽しくなりつつも、マーゴは頬に指を当てる。

 

「見ちゃったわぁ。アンアンちゃん、大胆なのね……こんな夜遅くに、男性の部屋を訪ねるなんて♡」

「な、なっなな、は、いや待てマーゴ、待て待て、ちょっと待て違うんだ!」

「そんなに【待て】なんて言っても、もう【洗脳】の魔法はないわよ?」

「う、うるさいっ、そうじゃない! その、誤解、誤解があるだろうっ!」

「誤解? そんなことないわよ……ふふふっ♡」

「絶対にしているだろう!!」

 

 アンアンはマーゴの腕を掴み、涙目でぶんぶんと揺さぶって来る。

 その可愛らしい動揺は、マーゴの嗜虐心をこの上なく満たしてくれたが……。

 

 まあ、この辺りかしらね、と。

 マーゴは引くことを選択した。

 

 引き際の見極めは、詐欺師にとって最も必要なスキルである。

 

 

 

「本当に誤解はしていないわ。

 というか、誤解しないためにも、なんで管理人室にいたのかを聞きたいのよ」

「う゛っ……」

 

 聞かれ、アンアンは口を真一文字に結び、小さく呻る。

 どうやら、誤解を避けるためと言えど、即答し辛いような内容らしい。

 

 それならばと、マーゴは思考を巡らせる。

 

 1時間。管理人室。満足気な様子に、その手に持つスケッチブック。

 それに……ここ最近、頻繁にアトリエで鉛筆を走らせている姿。

 

 【証拠】は十分だ。

 そこから導き出される答えは……。

 

 

 

 仮説。【口では言えないようなこと】?

 ──違う。

 マーゴの目から見て、アンアンは未だ「少女」だ。

 誰かと関係を持った兆候はなく、また爛れた感情を持っているにしては精神が澄んでいる。

 

 仮説。【お悩み相談】?

 ──違う。

 マーゴはノアやアンアンと、少なからず友誼を結んでいると自負しているし。

 ノアとアンアンの間には、ちょっと「お友達」の領域からはみ出しそうな程の信頼がある。

 勿論、自分たちに相談し辛いこともあるだろうが、それにしたってまずは他の少女たちに話を持ち込む可能性が高いし……。

 終わった後、とても満足そうにしていたことにも説明が付かない。

 

 

 

 であれば……導き出せる仮説は。

 

「……ああ、もしかして、【小説についての相談】かしら」

「っ!! な、何故わかった!?」

 

 目を見開くアンアンの驚きが、仮説が正しいことを教えてくれた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 夏目アンアンは、文豪を目指す少女である。

 

 趣味は小説を書くことだ。

 特技は小説を書けることだ。

 

 なお、小説を完成させたことはない。

 ネット上で公開していれば「また失踪かよ」と非難轟々だろう。

 割とダメダメなワナビ少女であった。

 

 しかし……最近のアンアンは、そういった怠惰が改善傾向にあった。

 

 1周目の世界では、アンアンは比較的早期にいなくなってしまって。

 2周目の世界では、今度はマーゴがすぐに退場してしまった。

 そのため、何がアンアンを変えたのか、その目で見てきたわけではないが……。

 

 魔女裁判を終えてからのアンアンは、マーゴの記憶の中の彼女より、ずっとずっと頑張っていた。

 

 コミュニケーションが得意ではないのに、得意ではないなりに、できることをしようとしたり。

 毎日お風呂に入り、歯磨きをし、適度な運動も心掛けたり。

 ……殆ど毎日と言っていいくらいに、アトリエで小説を書いていたり。

 

 特に最後、小説の執筆に関しては、ここ数週間かなり捗っているようだった。

 

 そのやる気の源泉は、誰かに言った手前だとか、自らの夢のためだとか、それだけではなく……。

 きっと誰かから、励ましの声をもらっていたこともあるのだろう。

 

 

 

「……マーゴには、どうにも隠し事ができんな」

 

 降参だ、と言わんばかりに。

 アンアンは溜め息一つ、白状し始めた。

 

「1か月程度前だったか。スケッチブックをなくして、ノームに探してもらったことがあってな。

 その際に、わがはいが小説を書いていることをミ……管理人に知られてしまった」

「そこまで言っちゃったらミオンって呼んでいいわよ、もう」

「…………管理人は、『続きはないのか』と言ってな。

 わがはいの小説の続きを読みたいと。またできたら読ませてほしいと、そう言ってきた」

 

 ああ、それは、殺し文句ね。

 マーゴは内心で苦笑を漏らす。

 

 マーゴ自身がそうというわけではないが、創作者や表現者にとって、次を望まれることがどれだけ力になるかは容易に想像できる。

 面白かったです、次も期待してますと──そう言われただけで、作者というのは簡単に有頂天になる。

 それはもう本当に、すっごく嬉しくて、続きを書くモチベーションになるのだ。

 

 アンアンもまた、その麻薬に等しい喜悦を味わったのだろう。

 

「それからは……定期的に小説を読ませ、良いところは褒めてもらい、悪いところは指摘してもらっている。

 管理人は元々、自分で小説を書いていた時期もあったようでな。何かとわがはいの苦労も理解してくれるし、何より意味のあるアドバイスをくれるのだ。

 まあ……言うならば、授業だな。わがはいは殆ど学校行ってなかったから、想像だが」

 

 アンアンは微かに頬を赤に染め、視線を逸らしがちにそう語った。

 

 

 

 新たな夢のために指導者となれる者を仰ぎ、モチベーションを得ると共に反省点も知る。

 なるほど理屈は通っている。

 

 ……そこだけ切り取るならば。

 

 だが、マーゴは知っているのだ。

 アンアンは、そんな殊勝なタイプではない。

 ただ夢のためだという理由だけでは、きっと頑張れない。

 

 他にも、彼女が管理人室を訪れるモチベーションがあるのだろう。

 

「で、惚れちゃった、と」

「惚れ!? なに、何を言うマーゴ!?」

 

 わたわたと、手を振り回すアンアン。

 陶磁器のように白かった顔が、今や真っ赤になっている。

 

 

 

 元より、夏目アンアンは、あまり人と関わってこなかった少女だ。

 ノアやミリアとも、きっかけさえあればすぐに仲良くなったように……。

 彼女の対人経験値の少なさは、他者への強い感情移入を招きやすい。

 

 端的に言えば、ちょっと世話になる異性がいれば気になっちゃうくらい、チョロかった。

 

 加えて言うなら、ミオンの立ち振る舞いもそれを加速させた。

 成人も迎えていないように思える外見でありながら、人を安心させる余裕と落ち着きを持ち、年の功と言うべきか経験も豊富で頼り甲斐があり、何より相手の様子を観察し適切に態度を整える。

 更には、自分たちにとっては少々複雑だが魔法という力も持ち、政府という権力にも繋がっている様子で、ついでに恐らく金も相当に持っているはずだ。

 多くの人間が考える「素敵な異性像」は、おおよそ満たしていると言っていい。

 

 この2人を引き合わせれば、事態がこう転んでしまうのは、ある種当然だったかもしれない。

 

 

 

 目を回しながら、だいぶ無理めな【反論】と【偽証】を繰り返すアンアン。

 

 それ自体はマーゴの趣味に合うし。

 友人の恋路を応援したい気持ちも、ないわけではなかったが……。

 

 しかし、彼女はその勢いを削ぐことを選ぶ。

 

「ふふ。別に本気で好きだとは思っていないけれど……気になってはいるのよね?」

「んぐっ……!」

「いいんじゃないかしら? 誰かに想いを向けることは、きっとおかしなことではないわ。私たちはもう、普通の女の子なんだし。

 でも、焦らず、ゆっくりと相手や自分の感情を知って行くことも大事だと思うの。あなたも管理人さんも傷付くようなことは避けないと」

「……それは、そうだな」

「何かあれば、私にも相談してちょうだい。きっと力になるわ」

 

 そんな、耳障りの良い言葉を使って。

 マーゴはアンアンを、その道から外れるよう【煽動】する。

 

 

 

 時に人の破滅を好むマーゴが、アンアンを止めた理由は一つ。

 彼女の喉元には、未だ……。

 

『僕はただ、君たちを【愛したい】だけだよ』

 

 あの夜、ミオンの語った言葉が、彼女の喉元に引っかかっていたから。

 

 

 







 *以下、軽度のネタバレを含みます*
 *好きじゃない人は読み飛ばしてください*



 結論から言うと、ノアアンは【正しい】ので、このカプを割る気はありません。
 そもそも百合の間に男を挟むのは外観誘致と同じくらい重い罪なので、犯す気はありません。それは間違っている。
 まあ異性愛と友愛って本質は別のものですし、ノアアンは仮に片方に男が出来ても割れる気はしませんけども。

 でもこんな完璧人間が出て来たら、この時期のアンアンは惚れがちだと思うんですよね。キャラの来歴や心情の整合性を考えた結果こうなりました。

 そんなわけで、この淡い初恋は成就することはないと思います。少なくとも、読者様が望みでもしない限りは。

 じゃあ俺、百合ゲーに異性愛持ち込んだ【魔女】として処刑されてくるから……。
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