「おおかみさん」
『狼ではなくフェンリルだ』
「? ふぇんりるさん?」
『そうだ』
飯目当てのフェンリル(笑)なんだから威厳はもうないのに、アザミちゃんに対して何故か威張っている。
威張っても飯目当てで従魔になった事実は変わらないぞー。
『む、なんだか変な事を考えなかったか?』
「気のせいじゃない?」
考えていることを言い当てられてやばいと思ったけれどうまく誤魔化せたみたいだ。
……アザミちゃんが俺の考えていることを読んだのかじっと見てきている。
秘密! 秘密だからね!
心の中でそう唱えると、アザミちゃんは頷いてくれた。
ほっ。
「ふぇんりるさん」
『……うぅむ、我は確かにフェンリルだがそれは名前ではない』
「? あざみはね、あざみなの」
ホッとしていると、アザミちゃんが何か可愛い事を言っているのが聞こえた。
『ほう、お主の名前はアザミと言うのか』
「うん」
『それならばあ奴の名前はなんだ?』
「? ぱぱはぱぱだよ?」
ぐはっ!
アザミちゃんの純粋な言葉が心に刺さるっ。
「あー、ムコーダさん?」
アザミちゃんの可愛さに胸を撃たれていると、後ろから控えめに声を掛けられた。
後ろを振り向くと、そこにはヴェルナーさんたちが岩に隠れているのが見えた。
「ヴェルナーさん? どうしました?」
『おお、忘れておったわ。そこの者たち、我はお前らを襲ったりはせんからそうビクビクせずともよい」
フェンリルに声を掛けられたヴェルナーさんたちはめちゃくちゃビクッとしていた。
ああ、アザミちゃんが懐いているし、飯目当てで従魔になるようなやつだから危険じゃないと思ってたけれど、一応伝説の魔獣だったな。
「えっと、みなさん? フェンリルもこう言ってますし大丈夫だと思いますよ」
『おお、そうだ。おぬし、我に名前を付けろ』
「は?」
突然何を言っているんだこのはらぺこ狼は。
『従魔の契約をしたのだからおぬしは我に名前を付ける義務があるのだ』
「ええ、そんな急に言われても。……んー、じゃあポチで」
飯目当てに来たからピッタリでしょ。
『……バカにされておるのは分かるぞ』
なんか嫌そうだな。
「うーん、コロとかシロとか」
『……』
嫌そうだな。
うーん、じゃあ。
「ハチは?」
『なぜそれなのだ』
「え? 伝統的な犬の名前だから」
『我は犬ではないわ!』
なんだよわがままだな。
いいだろハチ。
まあ、こいつに忠犬要素は無さそうだけれど。
『お主に聞いた我がバカだった。……おいアザミよ。おぬしは何かいい名前はないか?』
「? ……わん?」
『……我は犬ではないぞ』
「わん?」
わんって名前、めっちゃ面白いな。
もうそれでいいんじゃないか?
『うむ、幼子に聞いた我が間違いであったな』
まあ、アザミちゃんからしたら狼と犬の区別がつかないんじゃないだろうか。
そもそも犬を見た事があるのかすら分からないし。
というか、このままだといつまで経っても名前が決まらなさそうだからちょっと真面目に考えてみよう。
フェンリル……フェンリル……。
「じゃあフェンリルだからフェルってのはどうだ?」
『フェルか。……いいな。それにする』
よかった、気に入ってくれたみたいだ。
「ふぇる?」
『む、どうしたアザミよ』
「よんでみただけ」
アザミちゃん? なにその可愛いの。
アザミちゃんの可愛さに心の中で悶えていると、アザミちゃんの様子を見て大丈夫だと思ったのかヴェルナーさんの呟きが聞こえてきた。
「まさか、伝説の魔獣であるフェンリルに出会えるとは……」
で、伝説?
このはらぺこ狼が?
そんなまさか。
「300年ほど前に目撃されたとは聞いたことはあるが、従魔契約をするなんて初めて聞いたぞ」
『1000年ほど生きたが従魔契約をするのは初めてだな。700年前には従魔契約をした同族がいたらしいが』
せ、1000年!?
つまり、フェルは1000歳ってことなのか。
お爺ちゃんじゃん。
「? おじいちゃん?」
『むっ! 我はお爺ちゃんではないぞ!』
あっ、アザミちゃんが俺の心を読んだみたいだ。
フェルは否定してるけど、1000歳ならおじいちゃんでしょ。
『よいかアザミよ。我のことはフェルと呼ぶのだ』
「うん」
フェルがお爺ちゃん呼びを回避してる。
そんなに嫌か、お爺ちゃん呼びが。
♢♦♢
ひょんなことから伝説の魔獣なのに飯に釣られて従魔になったフェンリルのフェルが仲間になった。
そんなフェルがアザミちゃんを背負って歩いている俺を見て何かを言いたいようだ。
『ムコーダよ、何故アザミを歩かせないのだ?』
「子供に歩きは辛いからだよ」
『ふぅむ。だが、歩かなければ体力は付かんぞ』
それはそうなんだけど、そういうのはもっと平坦な道で始めるべきだろう。
例えば、街の中とか。
「まずは街の中みたいな平坦な道から始めるべきだろ」
『なんだその軟弱な考えは。それでは強くなれんぞ』
フェルはアザミちゃんをなんだと思ってるんだ。
「強くなくていいの。子供なんだから」
『それは過保護というものだろう。これからもずっと背負っていくつもりか?』
むむ、それは確かにその通りだ。
過保護と言う部分には反論したいが、ずっと背負って歩くのも子供の成長を阻害する原因だよなぁ。
『アザミはどうしたいのだ?』
「ちょ、何言ってるのさフェル」
悩んでいる俺を見たフェルはじれったくなったのか、アザミちゃんに直接聞き始めた。
『結局はアザミがどうしたいかであろう。アザミよ、どうする? これからもずっとそやつに背負われていくか? それとも自分の足で歩いて行くか?』
「……」
聞かれたアザミちゃんは無言で悩み始めた。
あ、アザミちゃん?
『どうする? アザミよ』
「……あるく」
ええ!? あ、アザミちゃん? いいんだよ歩かなくても。
ずっとパパの背中でもいいんだよ?
「あるくの」
「ぐっ」
『?』
俺の心の中を読んだアザミちゃんの決意は固いようだ。
俺たち二人の会話を聞いたフェルが少し不思議に思っている。
あとでアザミちゃんのスキルを教えておこう。
「つ、辛くなったら言うんだよ?」
「うん」
アザミちゃんを説得する事は出来なさそうなので、アザミちゃんを地面にゆっくりと降ろすことにする。
だ、大丈夫かな?
不安だけど、子供を信じるのも親の役目か……。
そうしてアザミちゃんと一緒に歩いていくのだが、少し歩くと案の定アザミちゃんの息が切れ始めた。
「ふぅ、ふぅ」
「だ、大丈夫?」
「だい、じょぶ」
ほ、本当に大丈夫? 俺はとても心配だよ。
そんな頑張るアザミちゃんの様子をしっかり見ながら歩いてくが、ついにアザミちゃんの足が止まった。
すごく荒い呼吸をしているし足も震えているように見える。
「はぁ、はぁ……」
「アザミちゃん? ほら、ぱぱが心配だからこっちにおいで?」
『アザミよ、いつまでもそやつがいるとは限らんのだぞ』
フェル!? なにアザミちゃんを煽るようなことを言っているんだ!
「何言ってるんだよ、俺がアザミちゃんと離れる訳ないだろ」
『ふんっ、過保護め。それでは自然で生きていけぬぞ』
「なんで自然で生きていく前提なんだよ!」
アザミちゃんは自然で生きていく予定はないからいいの!
そうしてフェルと言い争っていると、アザミちゃんが言葉を発した。
「……ある、く」
『アザミは根性があるようだな』
確かに根性はあるようだけど、アザミちゃんはまだ子供なんだぞ。
しかも俺の予想が正しければ栄養不足の子供だ。
そんな子に無理をさせるなんて……。
今もすごく心配だけど、頑張ろうとしているのを親の一存で中断するのは良くないって見た事があるから、もう少し見守ってあげよう。
アザミちゃんはかなり頑張っているわけだし、今は無理だけどアイアンウィルの皆と別れた後にアザミちゃんの大好きな菓子パンをたくさんあげることにしよう。