水着ヒナちゃんが欲しいです
ヒナが限界らしい。
「私が淹れたコーヒーを美味しいなんて委員長が言うはずがありません!!とにかく早くいらっしゃってください!」
と、アコが切迫した声で助けを求めてきたので、――自分でわかってるんだ――と思いながらなんとか仕事をやりくりしてゲヘナに来ている。最近はどうもお互いの予定が噛み合わずしばらくヒナに構うことができなかった。以前私といる時間が大好きだと躊躇いながら噛み締めるよう言っていた彼女にとっては死活問題なのかもしれない。生徒に優劣をつけるつもりはないが、ヒナとは近い立場にいるので私こそ多忙な日々の楽しみにしていた。今日アコが呼んでくれたおかげで大義名分を押し通すことができる。あとでちゃんとお礼をしておこう。
ゲヘナの校門を通り過ぎて真っすぐ校舎に入る。
「たしか3階のフロアにあったはず……」
玄関前の中央階段を登り3階に出ると、直線上に風紀委員の業務部屋が見えた。さて、ヒナとなにをしようかなどと考えながら廊下を歩いていると、ハンカチで手を拭きながら歩いてきた生徒とぶつかってしまった。
「おっと、ごめんね、私の不注意だったよって……あれ、ヒナ」
「え、せっ先生、なんでここに……」
「私がお呼びしました!」
えっへん。と胸を張ったアコがどこからともなく出現した。
「まったく、連絡したのは2時間前なのですが?こんなに時間がかかるなんて信じられません。本来ならゲヘナの風紀委員にて行政官を務める私が、我らがヒナ委員長を癒すのが道理なわけですが、ヒナ委員長はどうやら先生を懇意にしているみたいなので仕方なく、仕方なく!先生を頼ったわけですが、私自身はまだ納得してはいませんので〜〜〜〜〜〜〜〜」
くどくどとアコが私に文句を言ってる際中、ヒナはしきりに髪を梳いて撫で付けたり、「なんで今日なの……」と言いながら俯いて頬を揉んだりしている。アコは私に言いたいことが終わったのか、今度はヒナにこう言い渡して歩き去っていった。
「というわけなのでヒナ委員長。今日は先生と共にお休みください。仕事のことは考えぬようお願いしますね」
二人きりになると途端に静かになった。静寂を破るように話しかける。
「久しぶりだねヒナ」
「うん。久しぶり先生」
「朝ごはんちゃんと食べた?」
「えっと、まだ食べてない……」
「食べる予定もない?」
小さく頷くヒナ。
「じゃあ私とブランチにしようか」
ゲヘナを出て歩道を歩く。いつもより平和な気がするのは隣を歩く女生徒のおかげだろう。私は半歩前に出て頼もしい彼女をエスコートする。話したいことは沢山あるが、恐らく二人とも沈黙が苦にならないのだろう。歩いてる間私とヒナは一言も発さなかった。ただその分、いつもより二人の間は近かった。
「ついたよヒナ。ここ入ったことある?」
ヒナが見上げながら目を見開いている。
「なっないわよこんなとこ、ゲヘナの一学生程度であるわたしが入れるわけないじゃない……!」
「そっか、じゃあ初めてだね」
躊躇するヒナの手をとってさっと入る。席についてメニューを渡すとヒナがばつが悪そうにこちらを見てきた。
「どうしたの?」
「こんな高いところ申し訳ないから、なるべく安いのをと思っていたのだけれど、見た限りだと安くても3000円じゃない。いきなりこんなところに連れてこられても、困ってしまうわ……」
少しだけ語尾が上がるヒナの喋り方は子音を綺麗に発音するせいか、一文字一文字がすごく丁寧に聞こえる。そのおかげだろうか、私はヒナと喋るとついニコニコしてしまう。
「先生、ニヤニヤしないで……」
咎められてしまった。
「疲れた時は良いものを摂取するのが一番だからね。食事に限らずなんでもそうだよ」
「高いものが良いものとは限らないと思うのだけど?」
「それはもちろん。でも高額なものは高品質なことが多いからね。それにここは美――」
「先生?」
「び……っくりするほど美味しかったからね!」
「ふうん……」
あぶないあぶない、美食研究会の名を出すところだった。
「私は先生の交友関係には口を出さないつもりなのだけれど?」
さすがヒナちゃん……
「とりあえず、遠慮しなくて良いよ。昨日給料日だったからさ」
「そう、なら決めたわ」
私とヒナはそのまま毒にも薬にもならないような会話を続けた。例えば、
「遅刻の理由で道に倒れてる老人を助けてたっていう定番の嘘があるでしょ?」
ストローを咥えながらコクンと頷くヒナ。
「もし、本当に道で倒れてる老人を助けてた時ってどうやって信じたら良いのかな?」
ヒナは一呼吸分考えて始めた。
「そうね、まず、老人の方が危ない状態の時は救急車を呼ぶことになるわ。そうなると、色々あって恐らく学校にも連絡が入るはずよ。次に、転んだだけで大した傷がない時。その場合は起こしてそのまま登校できるでしょう。問題は、重い荷物を持っておられたときね……」
ヒナが顎に手を当てて考える。
「遅刻しそうだなとわかった場合は、その場で電話させるのはどうかしら?スマホくらい持っているでしょう」
「なるほど、そのご老人の声を入れてくれれば本当だってわかるね」
「ええ。それで登校に何分くらい遅れるか聞いたら良いと思うわ」
頭の中で反芻させていると、ヒナが微笑んだ。
「でもあなたはきっと、こんなこと考えずに信じてあげたいのでしょうね」
とヒナが言い出したので笑って返す。
「なんだか照れるね」
「先生のことはお見通しなんだから」
ストローをくるくる回しながらヒナはそう言った。
食事が終わり、私たちは公園沿いを歩いている。
「連れていった甲斐があったよ。ヒナのあんな顔が見られるとは――」
「やめてよ先生、恥ずかしい……」
食事中のヒナは「ほっぺが落ちそうってこういうことだったんだ……」と小さく呟き、頬を抑えながら食べていた。
思い出しながら悦に浸っていると、ヒナがちょいちょいと私の服に指をかけた。
「先生っあの、良いものを摂取するのが大事って言ったわよね?」
「うん、言ったよ」
「だったらこの後良かったら、また私の家に来る?全然、忙しかったら断って欲しいのだけど」
「行きます!!」
「そっそう、じゃ、ついてきて」
「お邪魔しま〜す……てあれ、前来たのって何ヶ月前だっけ?」
「たしか、3、4?ヶ月前じゃなかったかしら」
「前来た時と全然変わってない気が……」
「睡眠とシャワーとたまの朝ごはんにしか使っていないから」
ヒナを労い、床に腰を下ろす。
「ところで、なにかしたいことでもあるの?」
「えっと、お◯◯ねを……」
おね?よく聞こえないな。
「もう一回言ってくれる?」
ヒナが何回も瞬きをしていると、スゥーッと息を吸った。
「先生とお昼寝が、したぃ……」
聞き取れたが、処理するのに時間がかかった。センセイトオヒルネ、せんせいとおひるね、先生とお昼寝!?
「そ、そっかぁ、さすがに生徒と同じ布団に入るのはまずいかもなぁ〜なんて……」
「で、でも!先生が言ったのよ?良いものを摂取しないとって」
下唇を噛みながら上目遣いで私の服を握りしめるヒナに、私は根負けした。
「スゥッ────わかった…………」
ヒナは一瞬嬉しそうに自分の手を握って、すぐに背を向けてしまった。ヒナと私は背を向け合って楽な服に着替える。
「じゃあ、先生から先に入ってくれる?」
ベッドを少し触るが、異様に冷えている。枕も癖がついていない。
「ちなみにヒナ、昨日寝た?」
ヒナは目を逸らしながら首を振った。
「先生は?」
徹夜明けだった。
「今更だけれど、お互い大変ね」
そう言われながら布団に入る。
「もう少しそっちに寄ってくれる?」
二人とも布団に入ったが、二人で寝るにはやはり小さい。必然、かなりくっつくことになる。
「じゃあおやすみ、先生」
「うん、おやすみ」
と言い合ったのも束の間、一瞬で二人は眠りに落ちてしまった。
起きたのは、もうすっかり日も暮れて月の光が道を照らし始めた頃だった。
気付けばヒナと向かい合って寝ていた私は、なんと彼女を胸に抱いていた。これはまずいと起き抜けの頭で考えてなんとか逃れようとしたが、右手をガッチリとホールドされていたため諦めた。ヒナの方を見ると、大きなヘイローが呼吸に合わせて小さく動いている。あれ、たしかヘイローって意識がないときは……
「ヒナ?」
呼びかけるが、起きる気配はない。
「ヒナ、起きてるのわかってるよ」
今度はそう言うと、彼女は半分まで目を開けて首を傾けた。
「そっかぁ、ばれちゃってたかぁ〜、先生はぁ、私のことなんでもお見通しなのねぇ」
いつもと違い言葉同士が蕩けるような喋り声に、吐息がたっぷり混じっている。私の右手に自身の左手を合わせ、ずらして指を絡める。
「パクパク、うふふ♪」
私にわざと見せるよう、体に手を引き寄せながら、ヒナ自身は半目でこちら側に首を傾けたまま、普段は見せないような艶やかな笑みを浮かべて私を見る。まさかヒナって寝起きが悪いのか……?右手にヒナの体温ほど温かく湿った吐息を感じる。ヒナは私の右手を自分の頬に擦り寄せた後、手を離して私を仰向けにし、今度は馬乗りになった。
「バンザイしてくれるかしら?」
私に跨って見下ろしながら命令してくるヒナに体は支配され、無意識に万歳していた。ヒナは了承を得ずにシャツを脱がしていく。脱がされたシャツはベッドの下に落とされそれを目で追おうとしたが、彼女は私の顔を両側から包んで無理やり自分に向かせた。
「先生、私聞きたいことがあるの」
「先生はどうして先生になったの?」
「生徒の成長を見届けたくて……」
心臓の鼓動がどんどん早くなっていく。
「じゃあ私の成長も喜んでくれるのね」
目の前の小さな女性は、調律の乱れたピアノを優しく弾くかのように、私の胸を訥々と押す。
「もうひとつ聞きたいことがあるの」
私は唾を飲み込んだ。
「先生はどこまで先生でいられるのかしら?」
なんとか答えようと口を開くが、彼女は私の唇に人差し指を置いた。
「言わなくて良いわよ。教えてもらうわ」
彼女は私の脇腹を上下に撫で、腹の傷を指先でなぞった。
「ここ、まだ痛い?」
答えを必要としていなかったのだろう。彼女は一息も待たずにチロリと舌先で弄る。びくっと腹筋がうねり、赤く蒸気した彼女の表情が嬉しそうに歪む。ヒナは舌を離すと今度は啄むように吸い付いてきた。へその上や右のあばら、心臓が吸い付かれる度に、彼女の吐息が私をくすぐる。鎖骨に、喉仏に、顎に、どんどん潤んだ唇が近づいてくる。額の真ん中から右頬、そして唇のすぐ左まで、次こそ私は奪われるのだろうと、高鳴る心臓を抑えながらぎゅっと目を瞑った。感覚が鋭敏になっていくのを感じる。左の頬が撫でられ、人差し指をはさんで互いの吐息が甘やかに混ざり合う。
「私、寝起きは良い方よ」
その言葉を聞いてそっと目を開くと、彼女は微笑してこう囁いた。
「明日も仕事だから、もう寝ないと」
私が目を見開いて呆然としていると、見兼ねたヒナが耳打ちした。
「今週末、珍しく何もない休日を過ごせるわ……さっきの質問覚えてる?」
私は一言も発せずかろうじて頷く。
「じゃあ、今週の土曜日。答えを教えに来て。私はこの家で待ってるから」
最後にニコリと笑ってヒナはまた眠りに落ちた。彼女のヘイローが規則的に動き、スースーと健康的な寝息を立てる彼女の横で私は、一睡もすることができなかった。
先生も多分余裕ないので、ついさっき気付けたことも見逃しちゃったんでしょう
pixivにもあります