サキュバスと人間男性が謝罪を賭けて、魔法で作った世界の巨大ロボに乗り込み戦う話。

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マジカル・ロボ・バトル 千葉上空

 人生で初めて締めるX字型のシートベルト。初めて握る二本のレバー。初めて見る全面モニター。そして見晴らしの良さに両立された、初めて感じる閉塞感。

 どこからともなく鳴って聞こえる機内へのアナウンスは、何やらずっとよく分からない横文字を羅列している。しかしそれが概ね「問題なし」を意味した言葉であることが、なんとなく雰囲気で分かる。

 俺は今、生まれて初めて、巨大な人型ロボットに乗っている。それももちろんコクピットに。

『発進準備オーケーです。任意の口上で発進します。どうぞ』

「えっ、口上?」

 それは事前の説明になかった。ゆえに内容を考えてもいなかった。……しかし特にこだわりがないのであれば、この場合の口上といえば、これしかないだろう。

 俺はレバーを握る手に力を込めて、リテイクになっては恥ずかしいから努めて大きな声で叫ぶ。

「……相田哲(あいだてつ)! ハレース! 行きます!」

 ポーンという音と共に、視界の隅で信号機のようなライトが緑色に光る。

 初めて感じるGの強さに歯を食いしばりながら、俺とハレースは滑走路から飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日曜日のことだった。

 昼飯にインスタントのラーメンをつつきながら、録画していたアニメを見ていたところ、突然家のチャイムが鳴った。ネット注文の配達以外でそれが鳴ることは珍しいが、最近は何を注文した覚えもない。なんだか面倒事の予感がしながらも、俺は箸を置きアニメを一時停止して、のそのそと立ち上がっては、玄関のドアスコープを覗く。

 ……歪んで見える小さな円の中に、やたらと顔立ちのはっきりした茶髪ロングのギャルが立っていた。

「……どちら様ですか?」

「あ、すいません。メルの代理で来ました、(ゆずりは)といいます」

「メル……?」

「小柄で黒髪おかっぱの、ちょっと幸薄そうな感じの子。覚えてませんか?」

「……あぁ」

 そこまで言われて思い出した。メルのことも、メルという名が源氏名であることも。

 先週、デリヘルを呼んだ。その時来た女の子が黒髪のおかっぱで、確かに幸の薄そうな雰囲気をしていた。そうだ、名前はメルだった。ということはドアの向こうのギャルは彼女の友達、あるいは同業者だろうか?

 どちらにせよ、突然家まで来るというのは只事ではない。家の場所はおそらくメルが喋ったのだろうが、守秘義務だとかそういった物はないのだろうか……?

 俺は警戒心を強める。自分は何かマズいことをしたのだろうかと記憶を振り返る。……しかしその可能性は皆無であるように思えた。

 なにせ、メルはサキュバスなのだ。いやそれどころか、現代の性風俗業界で働く女性のほぼ全員は、サキュバスだと言い切ってしまっても過言ではない。

 サキュバスが人間と共存して社会生活を送るようになってからずいぶん経った。人の性欲を喰らって生きる人外であるところの彼女らは、まさに性の権化だ。性行為への抵抗感は皆無で、人間よりも遥かに強い力を持っている。実際に見たことはないが、その力は車を投げ飛ばし、肉眼では捉えられない速度で走り、また不死身であるのだと聞いている。現代人なら誰でも知っていることだ。

 ……そんなサキュバスの一人であるメルに、仮に俺が何か少しの行き違いで度の越えたプレイを強いてしまっていたとしても、それが何だというのか? サキュバスの心は人間の女心のようには傷つかない。体だって万が一怪我をしても秒で治る。そして何より、本当に嫌なことをされた時は、その圧倒的な力を使って実力行使で拒否することができる。

 その上俺はメルに、そもそも「度の越えたプレイ」なんてしていない。彼女から拒否された覚えもない。だからトラブルなど、起こりようがないはずなのだ。

 しかし念の為チェーンはかけたまま、ドアの隙間から直接相手の顔を拝む。

「あ、どうも」

「どうも。……メルさんに何かあったんですか?」

「いえ、特には。ただ彼女の件で、こちらから謝罪させていただきたいことがありまして」

「謝罪?」

「えぇ。……ただ、あの、話題が話題なので、ここではなんですから。その……」

「あ、あぁ、はい。よかったらどうぞ」

 チェーンを外して杠を招き入れる。男一人の家に、彼女は何の躊躇いもなく足を踏み入れた。なんとなく、この人もサキュバスなのかも……と思う。

 杠の第一印象は、派手な見た目と話しぶりにギャップがあるギャルだった。

 この家は客人の到来をまったく想定していない。不本意ながら「適当なところに座ってください」と、出す座布団もなく友達みたいなことを言いつつ、俺は冷蔵庫を開けて茶を探す。

「あぁ、お構いなく」

「いやいや、すいません。普段誰も来ないもので」

「いえ本当に。……それともメルにもお茶を出したんですか?」

 麦茶を入れるグラスを二つ手に取ったところで、俺の動きは凍りついたように止まった。

 杠のそれは何か、棘のある言い方だった。

「……いや、すみません。丁寧な対応は出来てなかったと思います」

「いいんですよ、それで。デリヘルってそういうものでしょう?」

「……あはは」

「私のこともそのくらいの扱いでいいですよ。なんなら、少しくらいなら相手をしても」

 杠は、一人用の脚の短い小さなテーブルの前に正座して、ジッと俺に視線を向けていた。

 そういえば彼女が何者なのか、まだはっきりと聞いたわけではないな……と、ぼんやり思う。

「杠さんは、サキュバスなんですか」

「はい、もちろん」

「えぇと、っていうことは、メルさんの同業者さん?」

「いいえ。私とメル……というか新野(にいの)は、単なる個人的な友人です」

「はぁ……」

 メルの本名は新野だという、ささやかな情報が明かされた。代わりに、杠の存在はより謎めいた物になっていく。

 新野の単なる友人である彼女が、なぜメル名義の謝罪をしにここへ? というか、謝罪とはいったい何のことなんだ……?

 せっかく準備しかけていたから、とりあえずは客人に麦茶を出す。杠は「どうも」と短く言って、一息にそれを飲み干した。さして美味そうにでもなく、長居をする気はないとでもいう風に。

 そして彼女はフッと一つ息を吐いてから、言う。

「単刀直入に言いますが、私は相田さんを訴えようと思っています」

「……あ? え、は?」

 困惑の濁流に、思考が攪拌された。

 なんで俺の名前を知ってる? どこでどうやって調べた? あ、いや違う、表札か。

 訴える? 何を? 起きるはずのないトラブルが水面下で起きていたのか? あぁそうか、たとえばメルが何かを紛失して、それを俺が盗んだと思っているとか? だとすればそんな理不尽な……。

 ……いや、ていうか、「謝罪」はどうなった? そのくだりはいったいなんだったんだ? 家に侵入するための嘘?

 というか訴えるなら、なぜメル本人や弁護士か何かではなく、ただの友人であるギャルの杠がここに?

「すみません、順を追って話しますね」

「あ、はい。すみません」

 向こうもこちらの混乱を悟ってくれたらしい。目には見えない世界で、杠の上げた拳がゆっくりと下げられていったような気がした。

 つまり要するに、なぜなのか彼女は俺に対して、静かに怒りを抱いているらしい。

 怒りの理由が分からないところが余計におっかないけれど、しかしとりあえず俺も座る。座布団もなく、彼女の真向かいに。その視線を一身に受ける。

「……まず第一に、メルがあなたのもとに派遣されたのは手違いでした。これについては店の人間にかわって、私が謝罪します。申し訳ないことをしました」

「え?」

「相田さんは、ハードSMを希望でしたよね。それで、それに対応できる子が派遣されるはずだったところを、なぜだか手違いがあって、非対応のメルが行かされてしまった。……と、そういうことなんです。なので店側の過失については、私も彼女の友人として、すでに相応の対応をしています」

「え」

「ただメルからすれば、話と違う暴力を突然振るわれて、さぞ怖い思いをしたことでしょう。……しかも彼女は現場で暴力行為を拒否したと言ってます。なので私は、傷心でそれどころではない本人に代わって、あなたを暴行罪で訴えようと思ったわけです」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくださいよ」

 話と違う……とはこっちの台詞だ。

 確かに記憶を振り返ってみれば、メルは俺に殴られながら「やめて。こわい」と言っていたように思う。しかしこれは経験上はっきりと断言できることだけれど、その手の台詞は、ハードSM対応可能なサキュバスたちがプレイの一環として普通に言うことだ。

 仮に手違いとやらが本当にあったとしよう。しかしそれならプレイを初めて開口一番、メルが「話と違う」と言ってくれれば、俺だってさすがに様子がおかしいと気づいたはずだ。だけどメルはそんなことは言わなかった。俺が彼女から発言の自由を奪ったわけでもない。「やめて。こわい」が言えるなら「話が違う」も言えたはずだ。

 俺はその旨を、杠に弁明した。メルの振る舞いを責めたいわけではないけれど、現実的に考えてこちらが状況を理解することは不可能だったこと。それにそもそも、本当に嫌だったなら力づくで抵抗すればよかったはずだということ。そして何より、そもそもこれは店側の手違いで起きたトラブルなのだから、俺はむしろ当たり屋的な状況に追い込まれた被害者なのだということ。

 それらの主張に理性的に耳を傾けてくれていた杠は、

「なるほど、そちらにもそれなりの事情があるんですね」

 と頷いた。

 そしてそれから、淡々と言った。

「だけど、それらが情状酌量に値するかどうかを決めるのは、司法だと思います」

「ちょっ、勘弁してくださいよ。なんでそうなるんですか」

「それは、あなたが「恐怖を顕に拒絶の意思を表明した女性を、複数回に渡り殴りつけた」ことは事実だからです」

「それは……。だからそれは、状況的に、意思表明の度合いが不十分だったからって」

「だから、不十分だったかどうかを決めるのは私たちではないと言っているのですが、違いますか?」

「いや、違うとか違わないとかじゃなくて……」

 手元には、杠に出した物とは対照的に一滴も減っていない麦茶のグラス。渇いた喉を潤す余裕もなく、額を冷や汗が伝っていく。……俺は本当にこのまま訴えられるのか?

 内心はどの程度顔に出ていたのだろう。浮かぶ焦燥の色に、敵意が混じってはいなかっただろうか。俺はどうしても、「こんな理不尽があってたまるか」と思わずにはいられなかったから。たとえそれが余計に心象を悪くして、自分自身を追い込むことになるのだとしても。

 混じり合う視線が、お互いに発言の意欲を削ぎ合った。誰が悪いのか、悪くないのか、それをこれ以上この場で論じる意味はないという見解が、暗黙にして共通認識になる。

 それを確かめるような長い沈黙のあと、杠はため息を吐いた。

「……しかしまぁ、裁判沙汰っていうのも、軽々しくできる物じゃあないとも思うんですよね。相田さんが会話の成り立たない相手だった場合は別だったでしょうが」

「……はい?」

「こうして話してみて、少なくとも会話は通じる相手だと分かってよかったと思ってます。……そこで一つ、あなたが私の友達を傷つけた罪を、この場で手打ちにする相談があるんですけど。聞きませんか」

「は、はぁ。聞きます」

 よく分からないが、話をこの場で収められる落としどころがあるならそれが一番良い。ただ、金銭をふっかけられたりするならそれはそれで恐喝まがいであり、屈するわけにも行かなくなるが……。

 鬼が出るか蛇が出るか。社会的にまともな方法であってくれと願いながら、俺は杠の次の言葉に神経を集中する。

 彼女はこの家に来てから、終始真顔だった。

「メルに……新野に直接謝ってください」

「……え?」

「落ち合うまでの連絡は私がしますから。直接会って、頭を下げてきてください。それでこの話は終わりにしましょう」

「……いや、え、ちょっとそれは、どうなんでしょう?」

 相手の眉がぴくりと動く。

「どう、とは?」

「いやほら、向こうの方……新野さんの方からすれば、俺の顔を見るのも嫌なんじゃないかって」

「あぁ、そういう心配は無用です。サキュバスですから」

「あ、そう……」

 なら不本意な暴力を受けたこと自体も平気なのでは……と思わないでもないが、黙っておく。新野が本当に平気そうだったなら、その友人である杠がこれほどの怒りを抱えて乗り込んでくるはずがないからだ。

 顔を見るのはいい、でもSMプレイの一環として殴られたのは怖かった。そういう機微が、きっとサキュバスにはあるのだろう。

「でもそうなると、……どうなるんですかね?」

「どうもこうも、普通に会って、普通に謝ってくれればいいんです。むしろ本来そうするべきことだと、あなただって思うでしょう?」

「いや、えぇ、どうかなぁ……」

「……逆になぜ謝罪を拒否するんです?」

「いや、拒否してるわけじゃないですよ。ただ、どう謝ればいいものかと思って」

「どう……? どういう意味です? 普通に、知らなかったとはいえ殴ってごめんなさいでいいでしょう」

「知らなかったとはいえ、なんて、わざわざ謝りに行くわりに言い訳がましくないですか?」

「なら、ただ殴って悪かったと謝ればいい」

「殴って悪かったは、殴った原因まで反省してないと意味ないじゃないですか」

「…………え、すみません、確認していいですか?」

「はい」

「あなたは、つまり、謝罪をしたくはない?」

「いや、そういうわけじゃないです。ただ、良いやり方が分からなくて」

「私が言った通りの謝り方では、良いやり方ではないと?」

「まぁ、語弊を恐れずに言うなら、そうです」

「……ということは。もしかしてあなたは、自分が悪いことをしたとは思ってない?」

「いや、新野さんの気持ちを鑑みると、悪いことをしたとは思ってます。ただ事実として、それは俺にはどうしようもないことだった。だから謝り方に困るんです」

「……なるほど」

 杠が気だるげな息を吐く。今度のそれはため息というよりも、軽蔑の色をまとっている気がした。

 彼女の目つきは険しくなり、こちらの額あたりから体をなぞるようにスーッと視線が下降していく。品定めをするように……と表現するにはあまりにも関心の感じられないその視線が、やがてまたこちらの瞳の奥へと向けられる。

「なるほど。会話は通じても、話にはならないと」

「え?」

「でもまぁ、謝罪の意思自体はあるんですよね?」

「あ、はい」

「よかった。なら、こうしましょう。相田さん、私と決闘してください」

「……は? 決闘?」

「はい。そしてそれに負けたら、潔く新野に謝ってきてください。気持ち云々ではなく、敗者の責務として。それなら分かりやすいでしょう?」

「いや、ごめんなさい、ちょっとよく分からないんですけど」

 決闘の結果としてなら謝れるというその論理もよく分からないけれど。なぜ唐突に決闘なんていう、日常において聞き慣れない言葉が飛び出したのかも分からないけれど。しかしそれと同じくらい気になるのは、

「決闘って、何するんですか? 喧嘩は御免ですよ」

 サキュバスとかいう、見た目が美女なだけで、小指一本で人間をねじ伏せられそうな怪物と取っ組み合いをするなんて、正気の沙汰じゃない。かといって、じゃあ、チェスやオセロでもするのか? それはそれであまりにもバカバカしい。頭脳ゲーム素人の俺にとってそれは、謝るかどうかをジャンケンで決めるような物だ。

 というかそもそも、決闘に負けて何かをするというのは、言い方こそ大仰だけれど、要するに罰ゲームを受けるということだろう。そんなノリでする謝罪でも構わないというなら、確かにやぶさかではない気もするけれど……。杠がそんなことを言う人物だとは、知り合って数分の仲とはいえとても思えない。

 総じて、何がなんだか分からず混乱する。

 そんな俺に対して、また淡々としたままの彼女は答える。

「人間とサキュバスで喧嘩は勝負になりませんよ。そこは考えましょう」

「考えるって……?」

「実は友人に、あらゆる「対戦」の舞台を整える魔法を持った子がいるんです。ついでにその魔法は、敗者に罰を遵守させる強制力まで付いている。……おあつらえむきでしょう? 彼女に頼んで、できるだけフェアな決闘をする。謝り方が分からないなら、罰として無理にでも謝ってもらう。分かりやすくそれでどうですか」

「……どうと言われれば、拒否する理由はありませんけど」

 話が唐突におかしな方向に進み出した、とは思う。けれど俺にはべつに、それを咎めなければならない理由もない。

 そこに危険がないのであれば、決闘でもなんでも、とにかく相手が納得してくれることが先決である。俺にとって無実の主張・証明は、目的ではなく手段なのだから、最終的に相手が訴訟を思いとどまってくれるのなら何でもいい。

 こちらが消極的ながら提案を飲むと、杠は「よかった」と頷いて、ポケットからスマホを取り出した。

「今話した友達を呼びます。実は近くに待機させてるんです」

 さらっとそう言われて、ポカンと数秒ほど彼女のタイピングを眺めたあとに、俺はハッと気づく。

 その友達を呼ぶところまで含めて、全て杠の計画の内だったのか?

 でなければ、その友達を待機などさせているはずがない。杠の目的は初めから訴訟などではなく、ただ俺から新野への直接の謝罪を引き出すことだったのではないか。そのために「敗者に罰を遵守させる対戦の魔法」とやらの土俵に立たせようとここまで来たのではないか。

 だとしたら、それは本気で訴訟を意気込んで乗り込んで来ることよりも、むしろ偏執的であるような気もする。そんな相手のペースに飲まれていて俺は本当に大丈夫なんだろうか……。

 ……と、そんなことを考えているうちに、三分と待たずに家のチャイムが鳴った。

「御堂筋でーす」

「彼女です」

「あ、はい」

 家主である俺が玄関の鍵を開けに行く。今回現れたのは、リュックサックを背負った、杠よりもやや小柄な癖毛の少女だった。十代に見えるけれど、サキュバスの容姿には老いがないから実年齢は分からない。

 どうも〜。と、御堂筋は愛想のいい笑みを浮かべて、しかし図々しくもツカツカと俺の横を抜けて、杠の居るリビングに向かっていった。

 テーブルを挟んで向かい合って座る俺と杠。九十度隣に、腕相撲大会のレフェリーのように鎮座する御堂筋。その構図でそれぞれの視線を探りあっていると、何をもって決闘とするのかも分からないうちから、謎の緊張感が漂い始める。

 麦茶を用意する暇はなかった。元々あった二人分のグラスは、杠がいつの間にか台所に撤去していた。

「えー、こほん。それではわたし、御堂筋詩安(みどうすじしあん)が、今回のお二人の真剣勝負を見届けさせていただきたいと思います」

「よろしく」

「よ、よろしくお願いします」

「はい。ちなみにこの国には決闘罪という罪がありますが、わたしの作る仮想空間での怪我等は現実に一切引き継がれません。よって種目がなんであれそれは暴力行為ではなく、ゲーマーがプライドを賭けて行うスマブラのような物だと認識していただきたいのですが、よろしいですか?」

「もちろん」

「え? あ、ちょ、怪我とかあるんですか? 仮想空間……?」

「あ、そうですね、そこから説明しますね」

 御堂筋は傍らに置いてあったリュックからタブレット端末を取り出す。今日のような機会が多いのか、そこにはご丁寧に図解された彼女の魔法の説明が載っていた。

 学校の授業で先生が黒板を指すみたいに、彼女はそれを掲げて指さしをしながら説明してくれる。

「わたしの魔法は、対戦者全員の合意のもとで決めた対戦方法を、仮想空間にて実現する物です。たとえばサバゲーで戦おうと決めた場合、現実では道具や場所を用意するのが手間ですが、仮想空間内ならそれが使い放題というわけです。また現実では本来不可能なこと、たとえば雲の上を走る競走なども、仮想空間内では可能となります」

「はぁ、なるほど」

「さっきも言った通り、仮想空間内で起きたことは記憶以外現実に引き継がれません。……ただ注意事項が二つあります。一つは、勝負の決着がつくまで仮想空間から出られないこと。もう一つは、この魔法を使った勝負には罰ゲームが必須かつ、その遵守は強制されるということです」

「あぁ、なんとなくそれは聞いてました。杠さんから」

「今回は謝罪を賭けるということですよね?」

「ですね」

 これから行われる何らかの勝負に負けた場合、俺はもはや自分の意思に関係なく新野に直接の謝罪をすることになる。べつにそれ自体は注意事項として意識するほどのことでもないが……。

 あれ? と、一つ気になることがあった。そしてそれについては、俺が口にするよりも早く御堂筋が言及した。

「ユーシーは罰ゲーム何にするの?」

「……あー」

 ユーシー。そう呼ばれたのは視線や反応を鑑みて明らかに、杠のことだった。サキュバスには人間社会に紛れて暮らすための人間名とは別に、横文字じみた本名がある。今呼ばれたのはそちらの方だろうか?

 そう考えると、メル(源氏名)→新野(人間名)→??(本名)の階層の構図ってややこしいな……と。どうでもいいことをぼんやり考える。逆に言えばそのくらい、杠の受けるかもしれない罰には興味がなかった。なぜならそれはただの、仮想空間への入場条件を満たすための建前だから。今回の勝負は俺が謝罪するか否かを賭けることが本題であり、その他は全てオマケになる。

「じゃあ、私も謝る。負けたら、相田さんに」

「……って言ってますけど、相田さん、それでいいですか?」

「あ、はい」

「本当に?」

「え、はい。なんでですか?」

「いや、あんまり過激な罰は法に触れるからできないんですけど。一日ヤり放題くらいなら要求できるから、いいのかなって」

「……禍根が残りません?」

「……んー」

 御堂筋が、ものすごく自然な流れで、杠の方を見た。そのあまりにもこの場に馴染んだ所作に、俺まで釣られて彼女の方を見てしまう。

 目が合った杠は、相変わらず真顔だった。

 俺はここに来て初めて、彼女の整った顔立ちその物のことを「怖い」と思った。俺に食ってかかってくる彼女のことはもちろん人並みに怖いけれど、黙っていてもなお怖いと思ったのはその時が初めてだった。

 彼女はもはや、ため息すら吐かない。

「分かった。じゃあ後腐れなしって部分まで罰の中に含めるってことで。それでいい?」

「え、あ、はい」

 思わず生返事をしてしまう。そしてそれによって、お互いが決闘に賭ける物が決まった。美女を抱けるチャンスに俄然やる気が……というよりは、むしろなんだか変な重圧が生じることになる。

 ともあれ、ここまでの流れは全て勝負への参加条件を整理したに過ぎない。その「勝負」自体がいったい何なのかは、まだ何一つ決まっていない。そんな重要事項が不明瞭なうちからプレッシャーを感じるというのもおかしな話である。

「よし。では次は、具体的に何で戦うのかを決めましょう。お二人とも、何か希望はありますか?」

「なし。合わせるよ」

「えっ……と。すいません、俺も思いつかないです」

「なるほど。……じゃあ、わたしのおすすめで戦うのはどうですか? お互い確実に未体験で、身体能力もほとんど問われないからフェアな、それでいてエキサイティングな、ここで味わっておかないと損だといえる種目があるんですけど」

「やけに推すね……? なに?」

「ロボットバトルです!」

「…………」

「…………」

 盛り上がるレフェリーの傍らで、決闘者二名が沈黙する。まるで仲良しであるかのように、俺と杠は目配せを交わし合う。

 先に沈黙を破ったのは、俺の方だった。

「……それは、あれ、カスタムロボ的なやつですか。ラジコン的な」

「いや、ガンダム的なやつです。乗り込んで戦う」

「乗り込んで戦う……?」

 そういう趣旨のゲーム筐体がゲーセンにあったりはするけれども。そして確かに彼女は、仮想空間内でなら雲の上だって走れると言ったけれども。

 小さく手を挙げて、次は杠が質問する。

「え、それは、そういう風のゲームってことじゃなく?」

「じゃなくて、本当に戦うんだよ。死んだら負けで」

「……どうやって操縦するの?」

「意思だけで動くから、そこは大丈夫!」

 ふんす、と御堂筋の鼻息が荒くなった気がした。

 傾向としては男の子が持ちがちである夢の波動を、彼女からひしひしと感じる。要するに彼女は俺と杠のいさかいに乗じて、一度本当のロボットバトルというものが見てみたいのだろう。

 ……正直、俺もちょっと興味はある。「意思だけで操縦できる」と聞いた瞬間にそれが沸いてきた。

 一方で杠は、ロボットバトルのロマンには興味がないようだったが、企画自体には肯定的な印象を持っているらしく、

「まぁ確かにそれなら、勝負として不公平にはならないか……」

 と呟いていた。

 よって、全会一致。総員合意の上で、賭ける物と挑む競技が決まった。

「じゃあさっそく、各々どんなロボットに乗るかを決めましょう。手触りがないと分かりにくいかもですし、仮想空間にレッツゴーです!」

 言って、御堂筋が空中をサッと指でなぞる。

 するとまるでその爪先に切り裂かれたかのように、縦数メートルほどの「空間が開い」て、さっきまで家の壁紙ばかりが見えていた視界に、巨大な格納庫のような景色が見えてきた。

 空間の裂け目はもう一つ作られる。俺と杠はそれぞれ別の入口から別々の格納庫へ入り、お互いに手の内がバレないように、今から自分が搭乗して戦うロボットの詳細を考えることになった。

 そしてそれからわずか数十分後、俺は人生初のガチ「アムロ行きまーす」を体験することになる。

 謝罪の誠意の在処なんて物は、その時点でおよそ気にならなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 愛機「ハレース」は滑走路から無事に飛び立った。

 現実の重力に忠実な地上戦を素人が行ったところで、きっとグダグダになって面白くない。……御堂筋のそんな計らいによって、この世界のロボは現実的な推進力とは別の力で自由に空を舞う。反重力的な機能が働いているのかもしれないが、そもそもが魔法によって不可能を可能にしている世界なのだから、理屈は考えるだけ無駄かつ野暮というものだろう。

 オリジナル機体の創造も、もちろん念じること一つで実現できるものだった。ただ、これが決闘……もとい競技である以上、そこには一定のルールが存在する。

 そのルールの原則は「一長一短」。

 たとえば、装甲の厚さと機動力の高さは両立できない。武装の火力の高さと種類数の多さは両立できない。……といったように、妄想の赴くままに機体をカスタマイズするにしても制約が課せられる。また競技を競技として成立させるため、あまりにも極端な性能(絶対に貫かれない装甲だとか、一撃で辺り一面を灰にする武器だとか)を設定することも禁止されている。

 そんなルールの中で俺が調整した機体「ハレース」は、機動力重視の万能型である。ぶっつけ本番の戦いで、しかも相手がどんな性能の機体に乗って来るのかも分からないとなれば、ピーキーな調整をするにはリスクがあまりにも高すぎる。射撃戦も近接戦もそれなりに出来る仕様にしておくことが無難だと考えた。

 装甲より機動性を選んだこともその考えゆえだ。装甲が上手く機能するかどうかは相手の火力に左右されるところがあるが、ルール上、「絶対に避けられない攻撃」なんて物はないはず。しかも操縦は想像で自在に可能なのだから、それなら機動力で回避を重視した方が確実性が高い。某有名キャラだって言っているのだ、当たらなければどうということはないと。

 また、これもルールの一環として、機体の性能はそのまま見た目に現れる。鈍重そうに見えて高機動だとか、小さな銃口から極太レーザーが出るだとか、そういったことは出来ないらしい。きっとせっかくのロマンある機会なのに、初見殺しだけで勝負が決まるのはつまらないという計らいなのだろう。ゆえに俺の機体の見た目もそれに従っている。

 ハレースは青白い配色を基調として、いかにも素早く動けそうな細身の体格をしている。右肩にビームサーベル、背中に小型のマシンガンを背負い、左腕にはビーム砲が内蔵されている。内蔵された武装はその他にもいくつかあるけれど……。

「……しかし、本当に千葉なんだな」

 上空を漂いながら、遥か遠くにうっすらと見えるシンデレラ城のシルエットを確認して、一人ごちる。

 御堂筋いわく、勝負の舞台は基本的になんでも用意できるが、その規模は無尽蔵というわけではないらしい。具体的には、用意できる最大の規模感は千葉県一つ分なのだとか。

 じゃあそのまま千葉の街で戦おうという話になって、現実の千葉県にはない滑走路を捏造して発進している。どの程度離れたチーバくんのどのあたりにあるのかは知らないけれど、無論、杠の方も同じように作られた基地から発進して来るはずだ。

「杠さんはどこにいるんです? 索敵からやるとか……?」

『いえ、もうすぐ来ます。一騎打ちです』

 アナウンスの声は御堂筋の物だ。おそらく杠の方の機内にもこのオペレーター機能は付いているのだろう。一人二役を担当できるのは御堂筋の才能なのか、それとも魔法の力の一環なのか。

 そんなことを考えていると、不意に、機内のスピーカーにザザッと異質なノイズ音が響く。そしてそれを合図に、杠の声が鮮明に聞こえてきた。

「ユシラウス・リリッカドゥ、グリムガムD、行きます!」

「あっ!?」

 これ、こっちの声も相手に聞こえてるのか!? という驚きが真っ先に沸いた。尊大な羞恥心だった。

 どこからどこまでが機体名だったのか突然のことでイマイチ分からなかったけれど、何やら並んだ横文字のうち、どのあたりかまでは杠の本名だろう。……そんな勝負に関係ないことを考えているうちに、遠くから黒い影が見えてくる。

 カメラを拡大して見ると、ご丁寧に索敵機能が機体名まで教えてくれる。TARGET グリムガムD。搭乗者、ユシラウス・リリッカドゥ(杠梨々花)。……へぇ〜人間名の下の名前は梨々花っていうのかぁ。本名そのままだ。

 と、のんきなことを言っている場合ではない。

 杠の乗っている機体は見た目からして明らかに異質だった。

 体格の良い騎士が甲冑を着込んだような丸みのあるボディから察するに、彼女は装甲重視の志向で来たらしい。それ自体は構わないが、問題は片手に持っている自機の背丈ほどもある巨大で分厚い盾と、背中に羽織ったマントの方だ。がっしりした図体に、風にたなびく深緑のマント、甲冑風のデザインは大盾共々夜空のように黒く、顔のデザインにはモノアイを採用している(おそらく機能的な差はない)。

 ……なんだかすごくボスキャラ感のある風貌だ!

 会敵早々、その姿に威圧されている自分がいた。名誉のために虚空へ向かって誓うけれど、俺はべつに杠の受ける罰を望んでいるわけではない。ただ、戦うからには当然勝つつもりで挑む気ではある。にも関わらず、こうしてさっそく怖気付くとは、自分で自分が情けない。

 機内の数あるそれっぽい表示機器のうち、左腕内蔵ビーム砲が射程圏内に入ったことを報せてくれる。俺はびびる気持ちをかき消すためにも、すかさずそれを発射した。

 テュロロロロロロロロ…………。

 独特な音を発しながら、機体と同じ青白いビームが尾を引きながら飛んでいく。鈍重そうな杠の機体(グリムガムDだったか?)にも並程度の機動性はあるようで、大した弾速のないビームはあっけなく躱された。

 ……だが、グリムガムの横を通り過ぎたそのビームは、ゆるやかな弧を描いて、敵機の背中を貫くべく舞い戻っていく。

「追尾!?」

 杠の焦る声が聞こえた。

 そう、左腕内蔵ビーム砲……通称「ハレース砲」の特性は追尾だ。低弾速と、音による発射・接近の報せを敵に与えることを代償に、何があっても必ず敵機を追尾し続ける性能を獲得している。追尾性能自体も一度は回避されてしまう程度にゆるやかな物だけれど、しかしこれは通常の追尾ミサイルとは違いフレア(追尾系の火器を撹乱する変わり身のような物)やチャフ(電子機器をバグらせる兵器)の影響を受けない。ただただ概念的な能力として、確実に敵機をどこまでも、何度回避されようと執拗に狙い続ける。もちろん当たれば威力も十分にある。

 俺の狙いはこのハレース砲を用いて、擬似的な二対一の構図を引き起こして戦うことにある。魔法の世界でのロボットバトルに通用するのかは知らないが、格ゲーの類では大体この手の戦法が強いのだ。

 右肩のサーベルに手を伸ばす。まるで自分の体であるかのように機体が動く。このハレースの機動性なら、追尾ビームの対処に回った敵機に急接近して、動揺の隙を突き一刀両断できるはずだ。さぁグリムガムよ杠よ、ビームを避けることだけ考えてアクセルを踏め。その瞬間を俺は斬る……!

 そう意気込んで、敵機の動きを観察していたのだけれど。

 ……虚を突かれたのはむしろこちらの方だった。

 グリムガムは、俺の想定とまったく別の動きを見せた。奴は少し肩を逸らし、そのモノアイでただ背後を確認しただけで、あとはその背中のマントを大きくはためかせたのだ。

 ハレース砲はマントに命中した。並の装甲なら貫くはずのその光線は、布きれ一枚に当たっただけで霧散して消えた。

「ABCマント!?」

 今度は俺が叫ぶ番だった。

 ABCマント(Anti Beam Coating Mantle)とは、機動戦士クロスボーン・ガンダムに登場する防御兵装である。一言で表すならその性質は「ビームを無効化するマント」であり、つまりは今目の前で起きた光景そのまんまである。

 ビームの無効化は完全に誤算だった。いや、言われてみれば「ロボットがマントを羽織ってきた」という時点で、クロスボーンガンダムを知っている者ならABCマントを連想してもいいはずではあるが、俺の中の「ギャルはガンダムとか大して知らないだろう」という先入観が邪魔をした。しかし考えてみればそれはそうだ。全力で勝ちに来ているはずの杠が、いくらなんでもファッションだけを目的にロボにマントを羽織らせるはずがない。

 ビームを華麗にかき消したグリムガムが、今度は明らかにこちらを睨みつけてくる。接近戦の間合いにはまだ遠いが、威圧感はゼロ距離のそれと錯覚する。

「……挨拶も無しに撃つとは程度が知れる!」

「あぁっ!?」

「新野にもそうやったのか!」

 大盾、マント、ずっしりとした体格。……デザイン上必然的に、視線の注目は無意識にその上半身へと注がれる。

 だからこそその触手は、敵機の踵から伸びてきた。

「なっ……!?」

 ポォンポォン。

 独特な音と共に緑色の光線が触手の先から発射される。いや、違う、あれは触手ではなく「有線兵器」のワイヤーだ。そのワイヤーの先に、ビーム砲が取り付けられている。

 ハレースの機動力がなければ危うく躱し損ねるところだった。急激な回避運動のGを受けて、手すりとしての意味しか持たない操縦桿を必死で握る。

 グリムガムDの遠距離の主力武器はどうやらあのオールレンジ攻撃らしい。ワイヤーを介して動き回りこちらを狙う砲台は、間合いが自在どころか頭上や背後に回り込んでくる可能性すらある。もしあれがマニュアル操作なら、オートで追尾するハレース砲と違ってパイロットの頭の中は忙しくなるのだろうが、どこから撃ってきてもおかしくない砲台が二門もあるという状況への対処はこちらとしても相当な負担になる。また今回のバトルのルールを鑑みて、「無線ではない」という取り回しの悪さから「相応のメリットを引き換えに備えている」ということが自明であること、しかしそのメリットが何なのか今のところはっきりとは分からないことが、なおさら心理的な負担になる。

 あえてマニュアルで動かすにしても技術的な問題はこの世界にはないはずなのに、なぜあえての有線なんだ。無線で動く移動砲台(いわゆるファンネル)なんて、オールレンジ攻撃の概念を発想できる人なら、それこそガンダムを知らなくても思いつきそうな物なのに。

 二つの砲台はグリムガムの踵からさほど距離を離さず、体を起こして威嚇する蛇のようにこちらに照準を合わせながら揺らめいている。迂闊には動けなくなってしまったが……。

「見た目通りこざかしい……」

 杠のぼやきが、スピーカーを通して聞こえてくる。あの人、お互いの顔が見えなくなるとちょっと性格変わるタイプなんだな……。と、敵機の動きを警戒しつつも思った。

 ともかく、下手なことができないのなら、まずは無難なことをすればいい。自動追尾の利点はそこにもある。俺はとりあえずでハレース砲を発射した。

 テュロロロロロロロロ…………。

「ふん」

 杠がそれを鼻で笑う。そして彼女はこちらに背を向けて、全速力で逃亡した。

「あっ、あいつ……」

 こちらも多少口が悪くなる。

 相手の逃亡は理にかなっている。ハレース砲最大の目的である擬似的な二対一の形成は、ある程度接近しないことには成立しない。さっきサーベルに手を伸ばしてしまったことでそれがバレたのだろう。マシンガンもあるにはあるが、実弾兵器である以上ビームよりも弾の減速が激しく、離れた相手(それも重装甲)への有効打は見込めない。それに背を向けて逃げれば、羽織ったABCマントは、グリムガムの飛行速度よりやや速く飛ぶハレース砲のことも綺麗に迎え入れる形になる。

 つまりとにかく、俺は敵機を追わなければならない。忘れてはいけないことは少なくとも二つ。奴のビーム砲は敵に背を向けながらでも問題なく機能すること。そして、彼女は間違いなくまだ未知の手札を隠し持っていること。

 俺が素直に直線距離で追いかけると、案の定敵機の踵付近から正確な狙いでビームが飛んでくる。ポォンポォン、ポォンポンポポォン……と今度は遠慮なしの連射ぶりだ。しかしハレースなら速度を緩めることなくそれを回避することができる。出来るけれども……。

 そんなことは、相手だって見ていれば分かるはずである。にも関わらず、踵からの連射を頑なにやめようとしない。……少なくとも発射位置をずらすくらいのことは試してみてもいいはずなのに。それをしないということは、何か別のことを狙っている。単調な攻撃から読み取れることは明らかにそうだ。俺は確実に「誘い込まれて」いる。

 機動力の差から距離はどんどん詰まる。サーベルの射程圏内に近づくほどに緊張が高まる。ハレース砲はすでにマントに吸い込まれた。射程圏内まで、あと三秒、二、一……。

 ……その時ふと、踵からのビーム連射の目立ち方に紛れて、ごそごそと腹でも掻くかのように動いた敵機の腕を、俺は見逃さなかった。

 盾を持っていない右手で、グリムガムがポンッと何かを宙に放り出す。丸っこいそれには、ゴツゴツと四角い突起のようなデザインの連続が目立っていた。

 ……手榴弾か!!

「姑息な……!」

 爆風がどの程度の規模か分からないが、機動性と引き換えに装甲の薄いハレースでは直撃すなわち敗北になり得る。急停止の暇もなく、俺はそのままの勢いで上空に向かうことでそれを回避する他なかった。

 足元から聞こえる爆発音、直視せずとも見える閃光。どうやら手榴弾はそれなりの威力がある物だったらしく、全力で回避して正解だった。

 ……と、胸をなでおろす暇もなく。

 俺は、爆煙の中から伸びてくる触手を見逃さなかった。

 それもその触手……いやワイヤーは、一瞬の見間違いでなければ、三本あった!

「クソッ!!」

 本能で感じ取る。「本物のオールレンジ攻撃」が来る。この手の攻撃は一つは背後から来るのが定石だ。なら残り二つは……。

 ……なんて、考えて分かる物でもなければ、そもそも考える暇がない。

 俺はビームサーベルを抜刀する。そしてそれを頭上に掲げ高速回転させる。ロボットの手首は人間と違って骨格的な前後左右の概念がない。やろうと思えば風車のようにぐるぐると無限に同じ方向へ回転させられる。

 そうして「剣筋の傘」を作ったまま、俺は斜め上の方向へさらに上昇する。これなら上下左右四方向の攻撃を少なくとも避けられるし、斜め方向に砲台が置かれていたとしても頭上の物なら防げる。……斜め下の足元から撃たれていた場合は対処のしようがないから諦めるしかない!

「うおおおおおお!!!!」

 全ての状況を把握する余裕はない中で、全力で最善を尽くす。あとは天に身を任せるばかりだと、祈りの雄叫びを上げる。

『戦闘範囲逸脱の警告。上昇限界です』

 アナウンスの声と共に、強制的に機体の上昇が止められた。

 ……幸い、杠は斜め方向に砲台を配置していなかった。緑色のビームが、さっきまで俺が居た場所を複数方向から撃ち抜いていく。……危なかった。

 手榴弾の作った爆煙が、風に流されて晴れていく。

「避けて!? ズルか!」

「ズルくないから避けてる……!」

 目下のグリムガムへ、俺はすかさずハレース砲を撃つ。そして彼女がそれに気を取られている間に、三本伸びているワイヤーのうち一本をサーベルで切断しにかかる。

 ……ところがそのサーベルは、激しい火花を散らしてワイヤーから弾かれた。

「はぁ!?」

「はっ! 絡み死ねぇ!」

 水中に広げていた網を空中に持ち上げると、一本の線として収束しようとするように。三本のワイヤーが、俺をめがけて収束しようと動きだす。それこそまるで触手のように、ただ砲台を動かすために引っ張られる通信ケーブルとは思えない正確さで。

 ……自分でも意外だが、俺は案外この競技に向いているのかもしれない。咄嗟に理解した、なぜ杠はオールレンジ攻撃を有線で行ったのか。その答えは、「その線自体が武器だから」だ。

「有線ならぁ!」

 迫るワイヤーがスローモーションに見える。

 俺は握っているビームサーベルを、右肩に備え付けてあるケーブルに接続する。

 こうすることで取り回しが悪くなることを代償に、エネルギー供給量が上がり、刀身の太さと切断力が倍になる。……そういうロマンのある設定が、俺は好きだった。

「俺にもあるッ!!」

 ものすごい火花を散らしながら、強化サーベルでグリムガムワイヤーのうち一本を切断する。そうして生まれた隙間から、この包囲網を間一髪のところで脱出する。 

「なぁっ、はぁっ!?」

 残り二本のワイヤーが慌てて回収されていく。どうやら俺が今斬った分は向かって右の踵から射出されていた物らしく、隠されていた三本目は、腰の後ろから伸びてきているようだった。

 動揺の声がスピーカー越しに聞こえるのは良いものだ。俺がサディストだからではなく、勝負事において、相手の動揺につけこむことは重要だから。

 驚くこととワイヤーを回収すること、それからすでに発射されていたハレース砲をマントで防ぐことに思考リソースの大半を割いただろう杠に、俺は追撃のハレース砲を撃ち込む。弾速の遅いそれは不意打ちには向かないが……。

 ……目論見通り、及び腰の彼女はまたこちらに背を向けた。

「二度目のこと!」

 すかさず背中に備え付けたマシンガンを装備し、距離を詰めながら連射する。……このゲームのルールは一長一短。軽く取り回しの利くマントが、ビームだけでなく実弾も防ぐという可能性は、ない!

 予想通り、ABCマントに無数の風穴が開く。グリムガム自身の厚い装甲は口径の小さい銃弾を多少弾いたが、今度はそこに威力十分のハレース砲が迫る。

 直撃してはたまらないとグリムガムは振り向き、大盾を前面に構える。しかしわざわざABCマントを羽織ってきたということは、その盾の防御性能の大半は実弾兵器に向けて割いていると見た。俺は強化サーベルを片手にさらなる接近を敢行する。ここまでの様子を見た限り、焦った杠に搦手を弄じるような性格的余裕はないはず。ビーム砲からの射撃は最低限の警戒でいい。

 ……ここで決着をつける!

「落ちろぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 案の定、ハレース砲は大盾の大半を消し飛ばした。もう彼女の身を守る物はない。仮にワイヤーを二本重ねたところでこの強化サーベルは防げまい。勝った!

 ……本気でそう思った。

「ユニコォォォォォォォォォン!!!!」

 どこかのアニメで聞いたような謎の叫びが、女の甲高い声でこだまする。

 グリムガムの全身が、野球場のライト並みに激しく光り輝いた。全方位射撃!? と咄嗟に警戒して、サーベルを振るう手を止めてしまう。念じるだけで操縦できる都合上、躊躇いのフィードバックも顕著だった。

 しかし冷静に考えれば、まともな威力を持った全方位射撃など、ルールが許すはずがない。三門のオールレンジ砲台、それに連なるワイヤー状の近接兵器、威力に申し分ない手榴弾、マント、盾。これだけ持っていてさらに「サーベルの間合いから一撃で有効打となる全方位射撃」を持つことなど、許されるはずがない。

 ……すなわちそれは、単なる目眩しの光だった。考えるだけで完璧な操縦が出来たとしても、所詮これは有視界戦闘なのだ。

 サーベルの振り抜くことを躊躇ってはいけなかった。……そう悟った頃には光は晴れていて、我が愛機ハレースの両腕に、それぞれ触手のようなワイヤーが巻きついていた。

 火花の散る音と共に、両腕が切り落とされる。内蔵されたハレース砲も、握ったビームサーベルも、背中のマシンガンを再び握るための手も、すべては千葉の街中へと落下していった。

 ……敵機の駆動音すら聞こえてきそうな近距離の、一瞬の静寂の間に。たぶんお互い、同じことを考えていたと思う。

 ……勝った!!

「くたばれぇぇぇぇぇ!!」

 叫んだのは俺だった。ハレースにはまだ足が二本もある。そのうちの右側で、グリムガムに全力の蹴りを放つ。

 そしてそのまま、隠し球を使う。

「ロケットキィィィィィィィッック!!!!」

 膝から分離した脚部が、断面からまさにロケットのような火を吹き出す。それは推進力となって、蹴りに怯んだ敵機にめり込み、そのデカい図体をまっすぐ遠くへ運んでいく。

 追尾ビーム、マシンガン、強化機能付きサーベル。それぞれリスクリターンを堅実に押さえた、たった三つの武装が持てる武器の全てで、両腕がなければ戦闘不能になる? せっかくの妄想が実現する世界で、誰がそんな貧乏くさいことをするんだ? 武器はまだあるに決まっている!

 装甲の薄いハレースから十分に距離を離したところで、敵機に突き刺さった脚部は爆発する。

 爆炎からの轟音に混じって、女の甲高い声で「きゃあああ」という悲鳴が聞こえた。

 それをかき消すように、一度目の爆発よりも遥かに大きな誘爆が起こり、千葉上空を照らし出す。グリムガム自身が大破したのだ。

 ……これは下品な話だけれど。悲鳴が聞こえる機能は良いものだという感想は、決着を経ても覆ることはなかった。

「よし……!」

 思わずコクピット内でガッツポーズを決める。これが仮想空間ではなく現実なら、俺は今殺人を犯したことになるわけだが、その感触はあまり感じられなかった。仮想空間の性質を知っているからというよりは、やはり、相手の顔が見えないせいだろう。

 まぁ、それはともかく。さて、勝ってしまったものは仕方がない。現実世界に帰ったら、杠にはどんなことをしてもらおう? 御堂筋は「いくら絶対の罰ゲームでも、法に触れるほど過激なことはできない」というようなことを言っていた。そこを考えると今回の事のきっかけから考えて、プレイとはいえ殴ったりするのはさすがにまずいだろう。それなら、えぇと、自分の性癖と社会正義を擦り合わせた上でギリギリ許されそうなのは……。

『相田さん、相田さん』

「うん?」

 オペレーター役の御堂筋の声でアナウンスが入る。

 勝者に勝利を告げる声にしてはやけに覇気のないそのトーンが、チクリと嫌な予感を匂わせる。

 言いづらそうな調子で、御堂筋は俺に告げる。

『その、まだ決着はついてません』

「……はぁ? なんで。勝利条件は」

『相手の、仮想空間内での死亡です』

「だよな……ですよね? なら……」

 フッ……と、一つの可能性が脳裏をよぎる。

 サキュバスは人間よりも遥かに強い。その気になれば、車を投げ飛ばせるし、目で追えない速さで走れるし、そして何より……。

 ……何より、サキュバスは不死身である。人の性欲から精製する、独自の魔力がある限り。

「なっ、まさか、向こうだけ残機制……!?」

『いえ違います。死から蘇るサキュバスでも、一度起きた死は死としてカウントします。そこに不公平はありません』

「だったら……!」

 ハッ! と、また気づく。

 ガンダムには、コアファイターという形態がある。ガンダムのコクピットはそれ自体が戦闘機になっていて、それを本体とドッキングすることでガンダムを動かせるようになる。……つまりコアファイターとは、脱出システムでもある。

 グリムガムにもそれがあるのか!

 幸いにも謎の力で自由に空を飛べるため、頭と胴体と左足だけになってしまったハレースでも索敵行為を続けることには問題ない。いくら勝利の余韻に酔っていたとしても、視界内に入った脱出用の戦闘機を見逃すほど自分は間抜けではないはず……と思いたくて、俺はグリムガムが爆炎と共に散った場所よりも奥側に索敵範囲を絞った。

 ……すると、居た。建築物の森に隠れたつもりなのか、低空をのろのろと飛んでいく小型の戦闘機が一台。ご丁寧にモニターにはこう表示される。TARGET グリムガムD(脱出モード)。搭乗者、ユシラウス・リリッカドゥ(杠梨々花)。

「……さすがにこれは気が引けるが」

 かといって、やらないわけにもいかず。

 俺はハレースの頭部に備えていたバルカン砲で、その戦闘機を撃ち抜いた。戦闘機は飛行能力を失って墜落し、巨大ロボットから見れば小さな爆発が起こった。

 仮想の出来事にしても、後味の悪い結末だ。

「……これで勝ちか?」

『いえ、杠さんは死亡してません』

「……なに? そんなわけないだろ、いくらなんでも」

『しかし間違いなく生存してます。一度の死も起きてません』

「墜落して、あの爆発でか……?」

 あり得ない。あり得ないが……レフェリーが言うなら生きているのだろう。いや、それとも御堂筋は、杠とグルで俺をはめようとしている……? しかしそれなら、こんな遅延行為のようなこと以外にもっと手段があったはず……。

 今、何が起きているのか。生きているという杠は、どこで何をしているのか。

 ……いやちょっと待て。「どこ」で、「何」をしているのかだと?

「御堂筋さん」

『オペ子と呼んでください』

「えっ。……オペ子、一つ聞きたいことがあるんだけど」

『なんでしょう』

「索敵機能に反応した敵機に、搭乗者の名前が表示されるやつ。あれは、今まさに本人が乗っていることの証明か? それとも、ただの登録情報か?」

『後者です』

「……後者だぁ?」

 なら、あの脱出モードに、杠が乗っていたかは分からないじゃないか。俺が彼女を探し出すまでには少し間があった。その間に自動操縦機能でも使って、パイロットは降りていたとしたら。

 ……だから徐行の低空飛行だったのか? サキュバスならパラシュートを使わなくても、死なない程度の怪我とそれを治す不死身性で、あの戦闘機から飛び降りられるんじゃないか?

 もし、仮にそうだとして。しかし生身で生存した杠に何ができるのだろう。車を投げ飛ばせても、空飛ぶ巨大ロボと戦うのはいくらなんでも無理がある。なら遅延行為が本命? たとえばこの千葉県の中をちょこまかと逃げ回り、数日も経てばこちらの方が疲弊して、飲み食いをするためにロボットから降りざるを得なくなってくる。そこを暗殺するとか……? そんな姑息で気の長いことを、彼女は本気で狙っている……?

「……オペ子、この試合に制限時間はないのか?」

『あります、わたしに門限があるので。……ただそもそも長引きすぎてはつまらないので、制限時間は六十分としてます。ルールブックにも書いてありますよ』

「ルールブック……?」

 そういえばハレースを作る時にそんな物を見たような気がする。タブレットを使った仮想空間の説明同様、御堂筋はルールの説明に口頭以外の媒体を併用することを心がけているらしい。

 コクピット内を探すと、隅っこにルールブックがちゃんと置いてあった。パラパラとそれをめくり確認する。確かに制限時間は六十分で、判定勝ちの概念まで記されている。……そうするとやはり、杠の遅延に意味はないように思えるが。

「……ん?」

 さほど厚くもない冊子のページをめくっていくと、かなり後ろの方にサラッと書かれている、今日のところは聞き慣れない単語に目を引かれた。

 

■再出撃について

……自機が大破したものの、脱出機能等で生存した場合、そのまま殺されるのを待つだけでは面白みがない。よって、生存者が自軍基地に戻れた場合、そこからの再出撃が可能なものとする。

 ただし、再出撃に使用する機体には以下の制約が課される。

・すでに使用された機体(敵機も含む)と同じデザインの機体を使用することはできない。

・すでに自身が使用した武装のうち、二種以上を使用することはできない。

 

「…………な、なんだこれ。聞いてないぞ」

『相田さんがロボ作りに夢中になって、今話しかけないでって言ったんでしょ』

「い、言ったっけ……? ていうかこれ、まじか、やばい、じゃあ杠は……」

『彼女はサキュバスです。おそらく生身の全速力で、基地に向かっているかと』

「なんでそれを言わない!?」

『フェアプレー精神です』

「人間に真似できない戦法にフェアも糞もあるかッ!」

 やばいやばいやばいやばい。ハレースは満身創痍だ、再出撃なんかされたら手も足も出ない。早く杠を見つけて殺さなければ。彼女はどこへ行った? サキュバスの全速力とはどの程度なんだ? ……そもそも彼女の基地はどこにある?

「オペ子、索敵機能は生身には」

『適用されません』

「相手の基地の場所は」

『教えられません』

「チーバくんのどのあたりかだけでも……」

『ダメです。というかそれはほぼ答えです』

「…………クソカスがぁ」

 俺も今から基地に戻るか? いや、再出撃のことなんて考えてもいなかった。制約に引っかからない二機目を即座に想像することなんてできない。しかし杠の戦法の周到さから見て、彼女はあらかじめルールブックを読み込み、この状況を初めから想定していた可能性が高い。

 ……俺が彼女なら、二機目には敵基地の捜索と爆撃に特化した機能を盛り込む。満身創痍のハレースには適当に戦っても勝てる上、敵が再出撃にもたつけばそのまま処せるからだ。つまり俺にゆっくり再出撃機体の案を練る時間はない。基地に帰るのは悪手だ。

 俺に唯一残された手は、杠本人か彼女の基地を見つけ出して、再出撃前にそれを破壊すること。

「さすがに基地は索敵にかかるだろ……!?」

『はい。ただし、機体カメラのズーム機能で視認できる程度の距離まで近づく必要があります』

「……千葉県全体の中から?」

『そうです』

「……それは」

 確率的に無理なのでは? そう言おうとして、気を取り直す。グリムガムDは遠方、俺の基地とは大まかに見て逆の方向から飛来した。本当に千葉県全域に可能性が広がっているわけではないのだ、きっと見つけ出せる。

 ボロボロのハレースでは、本来の機動性を発揮することはできない。脱出機よりは速いが万全よりは遅い速度で、俺はしらみ潰しに杠の基地を探す。滑走路が……不自然な滑走路があるはずなのだ。千葉県に本来あるはずのない滑走路が!

 ……しかし、五分経っても十分経っても、俺の視界にそれは一向に映り込まない。何の違和感もない街並みや自然ばかりが目に入り、軍事的な気配がどこにも見当たらない。手がかりの一つもない平凡な景色を見送りながら、時間ばかりが刻刻と過ぎていく。

 ……そしてある時ついに、コクピット内のスピーカーから、不吉なノイズ音が鳴った。

 ザザッというその音を合図に、息一つ切らしていない落ち着いた声音で。俺は、事実上の死刑宣告を告げられる。

「ユシラウス・リリッカドゥ。グリムガムA。行きます」

 きっと、あと十分あれば俺が探していたであろう地点から、天を突く虹色の光が伸びた。

 ハレースよりもさらにもっとずっと、まるで骨のように細いボディが、虹色に発光している。機動力は万全のハレース以上だ。そして見た限りでは、外付けの武装はゼロ。ライフルもサーベルも持っていない。またどこかからワイヤーくらいは射出するのかもしれないが、その兵器としては不自然なほどの身軽さが、かえって見るも明らかに、パイロットの殺意を際立たせていた。

 あの虹色は、有視界戦闘でわざと目立つ「代償」だ……。と、俺はまるで走馬灯でも見るかのようにぼんやりと理解する。

 ……ハレースという名の由来は、ハレー彗星である。追尾するビームの実装を考えた時、「尾を引いて飛ぶ発光体」の代表としてそれを思いついたのだ。

 しかしこの戦いにおける真の彗星は、虹色に輝いているものだった。

 グリムガムAが、上空から大気を切り裂き迫ってくる。

「うぉぉぉああぁぁぁ!!!! 死に損ないがぁぁぁぁ!!」

 死を予感した。冗談抜きに恐怖を感じた。思わず叫んでいた。

 俺はバルカンを連射する。しかし機動性特化のグリムガムAには当たらない。だが、俺は目にも止まらぬ速さで迫るそれに、ダメ元で左足の蹴りを入れようと、最後のチャンスを狙う。明らかにあの機体の防御力はゼロだ、当てれば今度こそ勝てる。

「死に損ないはぁぁぁぁ!!」

 スピーカーから、甲高い女の声が聞こえる。

「喋るなぁッッ!!」

「ぐうぅぅぁあぁあぁあぁあぁッッッッ!?!?」

 俺の決死の蹴りは当たらなかった。いや、当たらないどころか、振り抜く暇もなく敵の蹴りの方が先に炸裂していた。

 その衝撃で左足の引きちぎれたハレースが、地面へと叩きつけられる。コクピットを襲う強烈な衝撃に目を開けていられなかった。

『機体損傷甚大、損傷甚大。本機は爆発します、直ちに脱出してください』

「脱出……」

 って、どうやるんだっけ?

 そう考えた瞬間に、もう脱出用の戦闘機が飛び出していた。自ら実装した覚えのないそれは、どうやら全機体に自動的に備え付けられている必須機能らしい。そういえばさっきパラパラとめくったルールブックにもそんなことが書いてあったような……。

 まとまらない思考に喝を入れるかのように、背後で轟音をたてながらハレースの残骸が爆発四散する。

 ……人間の俺に杠と同じことはできない。がしかし、それをやろうとしてみるしかない。爆炎を目眩しにして逃げ延び、生身で降りて、そのあとは何か、そこらへんにキーが刺さったままの車でも転がっていないか? とにかくなんとかして移動手段を手に入れて、それで基地まで戻るしかない。可能か不可能かではなく、それが出来なければ負けるのだから。

 グリムガムAの出現を目の当たりにした瞬間から、俺の心は「負けたくない」の衝動を爆発的に高めた。新野への謝罪が嫌なのではない、杠を性奴隷にしたいのではない。ただ、死にたくないのだ。

 しかし無情にも、脱出用の戦闘機は早々に前進をやめてしまう。いくら進めと念じても進まない。そのかわりに、硬い物の軋む音が全方向から聞こえてくる。

 グリムガムの射出したワイヤーに、俺はあっけなく絡め取られていた。伸ばしたメジャーを回収するようにシュルシュルとワイヤーごと俺は頭上のグリムガムに引き寄せられ、その胸の高さにまで掲げられる。

 考えてみれば、逃げられるはずがなかったのだ。俺は地面に叩きつけられて負けた、杠はそれを見下ろした。グリムガムDが爆発した時とは位置関係が違う。爆炎が目隠しになど、初めからなるはずがなかったのだ。

「……これから私はあなたを殺す。何か言い残すことは?」

「……ギブアップは、ギブアップはないのか、この競技には」

『ルールとしては定められてませんが……。ユー……杠さん、ギブアップを認めますか?』

「お断り」

「ひ、人殺し!」

「ご機嫌に私を殺そうとしておいてよく言う!」

「それは……」

 ぐうの音も出ない。

 避けようのない死の体験を目前に、俺は過去を振り返る。自分はどこで間違えたのか? 金を払って同意も得ているからといって、相手が不死身の人外だからといって、女を殴ったことが間違いだったのか? それとも、得られていると思っていた同意が手違いだったことに気づけなかったこと? あるいは、杠を家に上げたこと? 彼女からの決闘に受けて立ったこと? 種目をロボットバトルにしたこと?

 間違いだったといえば、全て間違いだったのかもしれない。しかしそれらは全て、当時の時点では避けようのないものだった。避けようがないのだから反省のしようもない。……なら俺は必然の運命によって今死ぬのか?

 脱出用の戦闘機も、なぜかやたらと視野は広い。頭上を見上げれば、狭いコクピットからでも敵機の顔が見える。グリムガムAの頭部はひし形で、目は相変わらずのモノアイ。ガンダムに登場するモビルスーツでいえばギャンに似ていた。

 ……いや、待て。「ガンダムに登場する」……?

「……あぁっ! あぁっ、ミスった!」

 俺は頭を抱えた。「避けられたはずの間違い」に、ついに気がついたのだ。

 俺は判断を間違えた。運任せのしらみ潰しで杠の基地を探すなどという博打に出たのは、勝負を捨てたことに等しい。俺は基地に戻るべきだった。そして再出撃するべきだった。新しい機体の案など思いつかないのにどうやって? なんて、その答えは、カタカナたったの四文字だったのだ。

 俺は「ガンダム」で再出撃するべきだった。ビームライフル、強化機能のない二刀流のビームサーベル、バズーカ、槍、ハンマー、ナパーム、盾、唯一無二のデザイン。ハレースと被っている点は何一つない。

 俺はガンダムになら、秒で乗れたはずだった。しかしそれに気づくことが出来なかった。気づけずに勝負を捨ててしまった。なぜ? 気が動転していたからだ。勝利を確信したところから一転して起きた予期せぬ事態の連続で、動揺で、冷静な判断力を欠いていたからだ。

 …………あぁそうか。と、俺は悟る。

 人は、冷静さを欠くと、「出来たはずのこと」や「やるべきだったこと」が出来なくなってしまうのだ。

 新野も……メルもそうだったのだろうか。彼女はサキュバスなのだから、本気で嫌だったならもっと明確にそれを表明できたはずだと俺は思った。しかしあの時、彼女は冷静でいられる状態ではなかった。

 彼女も、ガンダムに乗りそびれたのか……?

「何か知らないけど……。言い残すことはそれだけ?」

 グリムガムが、空いた片手を胸の高さに掲げる。ワイヤーを握っている方とは逆の、何も握っていないその手のひらは、骨のような腕に反してしっかりと力強い質量を持っている。

 その五本の指が一本一本、ゆっくりと握りこまれていく。

 振り子のように風が吹けば揺れたワイヤーが、如何なる力の作用なのか、突如として凍りつくようにその柔軟性を失っていく。

 俺の棺桶は、空中に完全に固定された。これから放たれる一撃を、少しの威力も逃すまいと言わんばかりに。

「歯ぁ食いしばれ、サド野郎」

「ま、待て! 待て待て待て! 俺が悪かった! 全部! 俺が間違ってた! 謝る、認めるよ! 俺が悪かったんだ!」

「私に謝ってどうする! 死んでルールに従え!」

「いやいやいや待て待て待て。そうだ、脱出、パラシュートとか! あるだろ!」

『全ての脱出経路をワイヤーに塞がれています』

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

「これで終わりだ! 一方的に殴られる、痛さと怖さを教えてやる!!」

「あぁぁああああぁああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 巨大な拳は虹色に輝きながら、いよいよ容赦のない勢いで戦いに決着をもたらした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がついた時には、自宅のテーブル前に座っていた。向かいには杠が居て、間の辺には御堂筋がいる。仮想空間の説明を受けていた頃の配置に戻っていた。

 けれどもちろん夢オチではない。その証拠に、杠のゲンコツが御堂筋の脳天を直撃する。

「いだぁ……!」

「どこがフェアなルールだ、バカ」

「だ、だって……」

「機体が大破したら負けのルールなら私が負けてた。脱出ありならサキュバス有利に決まってるだろ」

「でも、でもそれだと、「大破」の定義に困ったりするかなって。ジオングヘッドが成立しなくなったり……」

「じおん……なに? 知らないけど、とにかくフェアではない」

「……それは反省してます」

 観念した御堂筋が頭を下げる。杠にでも俺にでもなく、正面の虚空へ向かって。

 ジオングヘッドとは、初代ガンダムに登場するジオングというロボットの、頭部だけで動く形態のことだ。ジオングのコクピットは頭部にあることからそれが可能な上、頭部だけでもビームを撃てたり機敏に飛行したりと戦闘力がある。現にアニメの終盤ではその姿でしぶとく戦っていたりしたのだけど……。ガンダムを知らない人が見た目首ちょんぱなその絵面を見て「まだ大破していない」と思えるかどうかは、確かに怪しいところがある。

 どうやら御堂筋は本当に、決して杠を贔屓したかったわけではないらしい。彼女の言い分には俺も賛同する。かなりの自由度で想像通りの機体を作れるからこそ、彼女の言うような懸念は避けたいものだと俺も思う。

 というか、そんなことよりも気になるのは。

「杠さんって」

「うん?」

「ガンダムを見たことはあるんですか?」

「え、いや? ほぼないですね。ユニコーンだけちょっと見たくらいで」

「なるほど」

 にも関わらずあれだけの機体を作ったのか。そしてその上、決着の台詞があれだったのか。あぁでも言われてみれば、有線のオールレンジ攻撃はローゼンズールから着想を得たということか……。

 と、あれこれ考えている姿が、敗北を不服に思っている風にでも見えたのか。杠は仕方なさそうにため息をつく。

「まぁ、フェアじゃなかったことについては私からも謝ります。騙し討ちのようで申し訳なかった。……ただ勝負は勝負なので、約束通り、新野には謝罪してください」

「あ、はい。それはもちろん。勝負でなくても、そうできるならそうするべきだと、俺も気づきました」

「……まぁ、そういう条件の決闘でしたからね」

「え? いや、そうじゃなくて……」

 俺が反省したのは、決闘の罰の効力ではないのだけれど。しかしまぁ、そんなことを主張する権利すら、敗者にはないということなのだろう。ここは甘んじてそれを受け入れることにする。

 勝手なことかもしれないけれど、なんだか清々しい気持ちがしていた。糾弾された自分の悪を言いがかりだと否定するよりも、確かにそれは悪だったのだと心から理解できた方が気分がいい。それに、フェアではないと気づいた上で、なおルールの中で全力で勝ちに来た杠のその精神性が、俺はわりと好きだ。

 家に乗り込んで来ただけあって、決闘後の流れにおいても杠の用意は周到だった。新野の予定が空いていることは確認済みで、連絡をつけてもらって今すぐ彼女に会いに行くことになる。驚いたのはそうして杠&御堂筋と解散する際、「私が怒ってたことは新野に言わないで」と釘を刺されたことだ。なんと杠の行動は独断専行で、新野には何も伝えていないらしい。なんというか、基本的に手段を選ばないタイプなのだなと思う。

 最寄りとは違う方向の、少し離れた方にある駅前の喫茶店に、新野は居た。彼女は俺の顔を覚えていたらしく、店に入ったこちらを視認するなり立ち上がり、笑顔で手を振ってくれた。……いや、本当に俺のことを覚えていたら、そんな友好的な態度を取れるものだろうか? 快く迎えられたことにむしろ居心地の悪さを感じながら、席に着く。店員には適当にコーヒーを注文しておく。

「友達経由でお誘いを聞いて、正直驚きました。わたしのこと、そんなに気に入ってもらえたんですか?」

 冗談っぽく、彼女は笑って言う。まるで以前に客とデリヘル嬢の関係として会った時に、とても円満な別れ方をしたかのように。

 手元のティーカップに並々と溜まったカフェオレを、彼女は意味もなくスプーンでかきまぜる。動揺しているというよりは、手持ち無沙汰であるように見えた。

「梨々花とは、どこで知り合ったんですか?」

「えっ。あ、えっと、……あの、すいません、その前に俺、メルさんに謝りたいことがあって」

「あ、なんかそんな感じのことを聞いてます。でも何を……?」

「この前っ。この前、その、初めて会った時。俺、ひどいことしたじゃないですか」

「え? ……あ、あ〜はい。いや、でもあれお仕事ですから」

「でもそれが、手違いだったって聞いて。メルさんは本来、ああいうのをするはずじゃなかったって」

「……なんで手違いだと?」

「あ、その、店から聞いたんです。そういうことがあったから、申し訳なかったって」

「…………はぁ」

 なんで言っちゃうかなぁ……。

 と、ゾッとするほど恨めしそうな声で、小さく呟いたのが聞こえた。

 背筋が冷える。間違えたかもしれない。謝罪を受け入れてもらえるかどうかではなく、俺はその時になって初めて、「彼女はまだあの店で働いていて、それは今後もそうかもしれない」ということに気が回ったのだ。自分の小手先の嘘が、次の余計なトラブルの原因を作ってしまったかもしれないことを悟ったのだ。

 だけどそれは、俺が勝手な判断で杠のことを正直に話しても同じことである。頼むから何も起こらないでくれと、そう祈ることしか今できることはなかった。

 ボソボソと聞き取れない声で、おそらく愚痴のような物を呟いていた新野が、不意に憑き物のとれたような朗らかな雰囲気を纏う。

「なるほど……。それで、わざわざ謝りに来てくれたんですね」

「そ、そうです。そうしなきゃと思って」

「でもなんで梨々花と?」

「あ、それは……。……すいません俺、その手違いの話を聞いた時ショックで、SNSにその話を書き込んでしまって……」

「あら」

「それを発見したのが、たまたまその、杠さんだったんです。やり取りしたらメルさんの友人だって知って、俺も驚きました」

「なるほど……」

 全部大嘘である。杠から釘を刺されるついでに、そういうことにしておけと言いつけられたのだ。さすがに世の中、そこまでの偶然はなかなか起こらない。

 だけど幸い、新野は今の話を疑わずに聞いてくれたらしい。彼女はきっと良き友人に思いを馳せては微笑み、満足そうにカフェオレに口をつけた。そしてカップを置いた時、傷心の被害者とは思えないほど悪戯な笑みを浮かべる。

「相田さんは、いい人なんですね。なんだか安心しました」

「え……? いや、俺は……」

「手違いを知っても、わざわざ謝ってくれる人なんていませんよ。ていうか、相田さんも被害者じゃないですか」

「いや、そんなことは……」

 一度死ぬ前の俺なら、本当にその通りなんだよ分かってくれて嬉しいと、喜んでいたのかもしれないけど。今は胸が締めつけられる。いい人だなんて言わないでほしい。杠が訪ねてきた時、俺は、メルの名を聞いても一瞬誰のことか分からなかったのに。

 新野がスマホを取り出す。素早くロックを解除しながら、あっけらかんと言う。

「LINE交換しませんか?」

「えっ?」

「実は、紹介したい友達がいるんです。その子はその……相田さんの好きなことが好きなタイプで。せっかくだから、紹介したいなって。……あ、これ営業妨害なので、お店には秘密でお願いしますね」

「え、えっ……」

「あっ。それとももう、梨々花とエッチしました?」

「いやとんでもない」

「あはは」

 世間話でもするみたいに笑って、新野はLINEのQRコードを晒す。こう言ってはなんだけど、立場上、俺にそれを断る選択肢なんてあるはずがなかった。

 友達登録、新野未来。

「参考までに、その子の写真送りますね。……うーんどれにしようかな」

 彼女が写真を吟味している間に、店員がコーヒーを運んでくる。そのタイミングの良さは偶然かもしれないし、込み入った話が落ち着いた気配を察してから来てくれたのかもしれない。

 俺は気を落ち着けるためそれに口をつける。やたらと熱くて一口も飲めずにカップを置く。客観的事実のみを見れば、今この状況は、泉の女神じみた流れによってセフレを作るチャンスを得たようにも見えるけれど……。どうも俺はその手のチャンスに、あの決闘のトラウマを重ねるようになってしまったらしい。

 あ、これにしよ。新野が呟き、シュッとあっさり写真が送られてくる。写っている物には肌色が多かった。

 もしもコーヒーがぬるかったら、俺は口に含んだそれを吹いていたかもしれない。実際はそうならなかったかわりに、心の中で頭を抱えた。

「彼女、すごくいい子なんです。相田さんとも気が合うと思いますよ」

 ただ嘘をつかれただけの、何の罪もない新野がそんなことを言う。

 送られてきた写真に写っていたのは、痣だらけの体を宙吊りにされてなお余裕の笑みを浮かべている、杠梨々花の姿だった。

 

 

 


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