彼は柔道という殺傷力の高い格闘技を進化させる為に攻撃に特化出来る戦法を考えていた。
その男は柔道界一の実力者となった。
しかし、男はそれで満足はしなかった。
男は最強を目指していた。
柔道界では頂点を極めた。
次なる最強への道の一歩として、空手を選んだ。
早速男は、空手の世界では知らないものがいないと評判の男に決闘を申し込んだ。
相手も柔道界一の強者との戦い望み、非公式ながらも対戦が叶う。
しかし、決戦当日、その試合を見にきた人達は驚いた。
柔道家の男は当然柔道着を着て戦うのだとみんな思い込んでいたが、柔道家の着ていたのは綿の入った厚手の半纏とズボンだったのだ。
試合が始まり、空手家は何度か突きと蹴りの鮮やかな連携によりクリーンヒットを決めるが、厚手の半纏が打撃を吸収する為ダメージを与えられない。空手家は一瞬戸惑いの表情を見せる。その一瞬を見逃さず柔道家は一気に相手の懐に入り、強烈な一本背負を決め、地面に叩きつけられた空手はそのまま気絶した。
勝負は柔道家の圧勝だったが、試合を見に来ていた人達は
「打撃を防ぐ為に綿の入った服を着て戦うのはズルではないか」
「正々堂々対戦しろ」
「柔道家としての矜持を見せろ!」
と口々に非難した。
しかし、男はそんな批判など意にも介さず、
「俺が目指しているのは最強だ。その為に戦っている。」
とのみ答え、既に次なる戦いにだけ集中していた。
当初、敗北した空手家に同情的だった人達も、
「私自身が彼を柔道家と言う枠組みでしか測っていなかった事が敗因です」
と空手家自身が、公式にコメントしたことから、外野が口を出す事ではないといった雰囲気に変わっていった。
最強を目指す男が次なる対戦相手に選んだのは、剣術家であった。
剣術家は話題の人が剣術という今や剣道に追いやられつつある武術を対戦相手に選んだことに驚いたが、録画された空手家との試合を見せられた時に男の意図を察し、対決を承諾する。
試合当日。
剣術家は真剣を持って会場に現れる。
人々は真剣は危ないからと止めたが、
「これが対戦相手への礼儀であり、私の剣術家としての覚悟です」
と真剣な使用を押し通した。
会場に集まった人々は生まれて初めて人を斬る意志を持ってその場に立つ人を見て、試合への興奮ではない何か張り詰めた感覚に戸惑っていた。
そして最強を目指す男が会場に現れる。
「鎖帷子だ」
観客席から声が上がる。
男は前回着ていた半纏とズボンの上に鎖帷子の上下を着込んで登場したのだ。
男を見た人々は男の出立ちに半分は驚き、半分は感嘆した。
半分は男が真剣への対策をしてきた事に純粋に驚き、残りの半分の人は、男ははじめから剣術家が真剣でこの勝負に臨むことを知っていた。むしろ真剣との勝負を望むからこそあの剣術家を対戦相手に選んだのだと気付いたのだ。
一種異様な雰囲気の中試合が始まる。
徒手空拳の男と真剣を持った剣術家。
圧倒的なまでの間合いの差。
その不利を覆す為に男は剣術家に突進する。
その男を剣術家が上段からの袈裟斬りで迎える。
「きえぇぇっ!」
「おおうっ!」
2人の雄叫びが会場に響く。
次の瞬間、
カキィィーン!と金属音がして、
剣術家の刀が真ん中からポッキリ真っ二つに折れる。
折れた切先はそのまま宙を舞い、床に刺さる。
折れた刀をみた剣術家は、一瞬ガッカリと肩を落としたが、すぐに姿勢を正し、
「お見事!参りました」
と頭を下げた。
勝負は一瞬だった。
後日テレビなどでこの試合を観た人は、
「またズルしてる。」
「もはや格闘技の試合ではない」
「柔道家としての彼は死んだ。彼は道化に成り下がった」
とその格好を取り上げる、またしても非難を繰り返したが、実際に会場に来て対決を観ていた人達は、
「あれは間違いなく、死合いだった。彼らの対決を直接観てもいない奴らが否定するな」
と擁護した。
そんな世間の評価などどこ吹く風、男は次の対戦相手にシステマを使いこなす伝説の傭兵を指名した。
男は傭兵にフル装備での戦いを希望した。
傭兵は金さえ出してくれるならどこででも戦うと戦闘を快諾。
試合は傭兵が主戦場にしている中東のとある荒野で行われた。
傭兵はデザート仕様の迷彩服にヘルメット、ナイフとアサルトライフル、拳銃を装備してやってきた。
対する男は厚手の服の上に防弾チョッキを着込み、さらにその上から上下の鎖帷子。ヘルメットも装備している。
10mほど離れて対峙する2人。
傭兵はアサルトライフルを撃つ。
構わず突進する男。百戦錬磨の傭兵の銃撃が当たらない。
当たってもヘルメットや防弾チョッキを掠める程度、それでも本来なら突進を止めるに十分な衝撃があるはずだが、男の突進は止まらない。体捌きと地道に修行を積み重ねた足運びと膂力の賜物だ。
傭兵はアサルトライフルを捨て、拳銃とナイフを持って構える。あと数mに迫る男に牽制の為に一発撃ち込むが、男が急に加速した為に目標がズレる。銃弾は空を切り地面に着弾する。その間さらに距離を詰め銃を持つ袖を掴む。しかし、その瞬間男の首元を傭兵のナイフが掻き切ろうとする。
キンッ!と鎖帷子がそれを防ぐ。
斬るのは難しいと判断した傭兵はナイフを捨て拳銃に持ち替え撃とうとするがその時、男は既に懐に入り背負い投げを繰り出す。傭兵は咄嗟に掴まれていない手を犠牲に衝撃を和らげる。ボキッという鈍い音と共にドンっという地面に叩きつける音。傭兵は起き上がり、先ほどまで男がいた場所へ拳銃を撃つ。しかし、そこには男はおらず、既に背後に回っていた男が送襟絞めで再び傭兵を転がす。傭兵は抵抗を試みるが折れた片手では形勢を覆す事は不可であると判断し、
「降参だ!俺の負けだ!」
と言いながら自分の首を絞める手をタップする。
男は勝利したのだ。
その様子は内容が内容なので日本で放送される事はなかったが、その事実は伝わり、男は賞賛された。
「銃を避ける男」
「物理攻撃無効の柔道王」
「日本格闘家の誇り」
男はついに「最強の男」と呼ばれる様になった。
それを苦々しげに見る者がいた。
最強の男の同門の柔道家。彼の弟弟子であった。
弟弟子は男に決闘を申し込んだ。
男は勝負を承諾し、決戦の日が来た。
男に慢心は無かった。もちろんいつものフル装備だ。
しかし、最強の男は弟弟子に敗れる。
実力では劣るはずのその弟弟子に、あっさり投げられてしまった。
自らの重装備にスピードが出ていないのだ。
同じ柔道での勝負でそこに初めて気が付く。
最強の代償に柔道家としての力量が落ちてしまっては意味がない。
男は柔道家として一から修行をやり直すのであった。
(原典)ネズミの嫁入り