女性優位世界の【変身】男魔術師 in 崖っぷち戦線 作:回帰
カレンはその光景を見て思わず息を呑んだ。
「――ウソ!? アタイの最大火力がッ!」
戦場に翼の魔人の悲鳴じみた叫びが響き渡る。
……こいつが、新手の青い魔人に放った竜巻。
これまで連合軍兵士に放たれていた竜巻とは一線を画す、それこそ翼の魔人の決め技だろう一撃だ。
青い魔人を飲み込み、そのままカレンたちまでかみ砕いて。そして、この戦場の勝敗を決することになるだろうと、そう覚悟させるほどの攻撃だったのに。
それを……。
「ただの【強化】、拳一つで……? ――格が、違いすぎるわ……!」
【強化】に特殊効果なんてないのに。ただの物理的な力だけであれをどうにかできるものなの、と。
そんなカレンの驚愕は、すぐそばで上がった声に潜む感情と同じだった。
「あれは……ちょっと、倒せそうにない……」
「っサヤ、隊長。来ていたのね」
「うん。カレンはうちの隊の仲間だから、近づける機会を伺ってた。……でもさっきは、助けられなくてごめんね」
「それは隊長のせいじゃないわ。相手は魔人。捕まった時点で終わりだと、そう思っていたのだけど」
「あ、あの青い魔人、なんて恐ろしい……! ……でも、カレンさんを助けてくれたんですよね?」
「結果だけ見るとそうね、アイリ」
再び揃ったサヤ小隊の三人は、戦場で拳を振るう青い魔人を見つめる。
【強化】の魔術のみで翼の魔人の技を蹴散らした青い魔人は、肉弾戦でも無類の強さを誇るらしい。
翼の魔人は空を飛んで、カレンたちではほとんど捉えることができない速さで足の爪による攻撃を仕掛ける。対して、ほとんど位置を変えずに迎え撃つ青い魔人。
交錯のたび、翼の魔人に傷が増えているように見えた。
「圧倒的、すぎるわ……」
「私たち、さんざん痛めつけられたのにね」
どこか呆然と言葉をかわすカレンたち。
だが、カレンの頭に疑問がわく。
「……あの魔人、一体どこのどいつなの? 角持ちで、かなり高位そうなのに、あんな全身を覆う外殻の魔人なんて聞いたこともないわ」
「……翼の魔人とは派閥が違う? けど、問題は……」
「あ、あれほど強い魔人がどうしてこれまで知られていなかったのか、ですよね。敵勢力の戦力調査とその評価は、司令部の重要任務のはずです……!」
場合によっては。あのとんでもない魔人の存在一つで、軍はその戦略を大きく変える必要すらあるかもしれない。それほどの、人類に対する脅威となりうる。
それほどの存在がいま、カレンたちの前で明らかになったのだ。
今は、正しく判断するためにも――
「――できる限り、あの魔人の情報を集めないと。辺境伯領、奪還のためにも……――」
そう、厳しい眼差しで魔人同士の争いを見つめるカレン。
ただ、気になるのは……。
さっき青い魔人がカレンに話しかけてきた時の、あの妙なフレンドリーさ。高位魔族としての傲慢さは合わせて感じたものの、しかし。
助けてもらった後からのやり取りを思い出すと、どうにも気にかかる。なにやら、妙にソワソワするというか、心臓が早鐘を打つというか……。
故郷を奪った憎き魔人に抱くには……どうにも適していないように思える、この感情は。
怪訝に思うカレンはふと思い出す。そう、このどこか覚えのある感覚はたしか。
――さっき戦場の外に逃した新入りの男兵士、フーガと話をするときのような……。
「いや。そんなわけ、ないわ……ッ」
魔人なんて人類の敵、辺境伯領の宿敵なのに……! まかり間違って、味方への感情と誤認するなんて!
ブンブンと頭を振ったカレンは、意識してかせずにか、ふと思いを馳せる。
――そういえば彼は、無事に逃げられたんだろうか。あの戦場に似つかわしくない、あまりにも普通で心優しい、田舎育ちの少年は……と。
そして、その当の本人はというと――
――うん。
こうしてレヴィの力を使った姿で、人類の宿敵たる魔人と戦ってるわけだけど。
なんというか、その。
――レヴィの力、強すぎない……?
「……ッくそぉ! なんで、どうして! 魔術だけじゃなく、アタイの空中殺法まで通じないなんて……ッ!」
「だって空中殺法って言っても、結局攻撃の時は降りてくるから。動きが見えれば避けるだけだよ」
こんな感じに。あと、ついでに拳も入れておく。
「ぅぐぁっ、ッは! ぁぁああクソッ!」
一撃入れてもすぐ飛んで逃げられる。厄介だよね、やっぱり。
(フーガ、あんた……えげつないやり方するね。完全に相手のプライド折って)
え、そうかな。嬲ってるように見える、ってことかな。
うーん、別にそんなことする気はないんだけど。
ただ、一発殴って仕留めるならさっきみたいな大振りが必要で、それはたぶん避けられちゃうし。
かといって魔術でやろうにも、どうにも加減できる自信ない……。周りの仲間たちに被害が出たらダメだし。
だからこうして、ちまちまダメージを与えてるんだけど。
「こ、の! アタイのことを舐めてんのか!? カウンターばっかり! このおおおおおッ!」
「め、めちゃくちゃ怒ってる」
(必殺の一撃も自慢の立体機動も全部潰してるからね。なのに積極的にやりにこない。周りの人間を守ってるなんてアイツは想像できないだろうし、舐めプしてるようにしか見えないでしょ)
ひどい誤解だ……。でも、その方が都合いいかも。頭に血が昇ってる方が、逃げられたりしないだろうし。
(へえ。フーガなら、殺したくないから逃げてくれた方が、みたいに言うのかと思った)
僕があの魔人を殺せないって? ふふ、甘く見てもらっちゃ困るよ。
これでも僕、村では畑を狙う動物や魔物を相手してきたんだから。
(ふん。アイツは害獣と一緒ってわけ? それはまた)
それだけじゃないよ。
彼女は僕の仲間たちを傷つけた。それにきっと、この戦場には今日彼女の魔術で命を落とした人だっているはずだから。
だったらやっぱり。――畑を狙う不届者にはちゃんと罰を、ね。
(害獣と一緒で見せしめは必要……ってことね。やっぱりフーガ、案外リアリストじゃん)
そ、そう? そうかな。
(思考の基本がなんか、全部農夫視点なのが気になるけど……)
それはしょうがないよ。僕農夫だからね、気持ちは今でも!
(まあ、それは置いておいて。フーガにそれをする覚悟があるって言うなら。教えてあげる)
変わらず突っ込んでくる翼の魔人を捌きながら、レヴィの言葉に首を傾げる。
教えるって、なにを?
(――わたしの力の、上手な使い方。フーガぜんぜん使いこなせてないし。表面的なところのさらに一部だけだよ、いま出来てるのって)
……! それは、きっとそうだよね。僕、戦いなんて得意じゃないから。
(その割には、身のこなしとか素人っぽくないけど。……まあ、魔力の使い方って意味ではやっぱりまだまだだよ。わたしなら、いまフーガが使える程度の魔力でも、うまくアイツを倒せる)
それじゃあ。教えてくれる? レヴィ。
上手な魔力の使い方。
そして僕は、ますます速度を上げる翼の魔人を相手にしながら。
――体内で、魔力を練り上げる。
(そう、それでいい。魔力ってのはね、ただ溢れてきたものを垂れ流すだけじゃなくて、磨いてくものだから)
うん……。
魔力を圧縮。安定してない魔力は取り除いて、また圧縮。密度が上がるごとに不安定になりやすくなるから、都度質の悪い魔力は除ける。
そうすると段々、ふつうよりかなりエネルギーを秘めた、高密度高純度の魔力が出来上がってくる。
(うん、なかなかやるじゃん。ずっと向かってくるあの鳥頭いなしながらだし上出来かな)
ありがとう、なんだけど。……精錬した魔力を留めてる胸の辺りがすごく熱い! これ大丈夫なやつ?
(完璧に制御できてるなら大丈夫だけど……まあ、ちょっとしたきっかけで弾けちゃうような状態ではあるよ)
弾けるって、魔力が? 僕が!?
(……)
何も言ってくれない! じゃあこれ、早く使った方がいいよね? よしわかったすぐ使うよ!
ちょうどね、ほら。翼の魔人も盛り上がってるみたいだから!
「――さっきから、上の空で! もっとアタイを見ろッ! 恐怖しろ! あ、アタイにはねぇ、まだ上があるんだッ!」
そう言った直後。
翼の魔人は突然――空中で急激に速度を増して、一瞬僕の視界から消える。
追いきれなかった……?
「これが、アタイの最速だよッ! 連発できないし、これやった後は……ちょっと疲れるから、温存してたけど! 単なる火力が効かないなら、神速であんたを削り切ってやる!」
うわっ、また消えた。ほとんど影しか見えない速度。
しかも、空中で何度も速度を落とさず方向転換して、予測で攻撃を置いておくことも牽制されてる。
この異常な速度は……魔術?
(そうみたい。あれ、足の裏で圧縮した空気を解放して推進力を得てるんだ。言ってみれば、フーガが空飛ぶときにやったことの発展系)
それをより爆発力のある方法で、しかも完全に空中軌道を制御してるんだ。
うわあ、こんな奥の手もあったんだ。
(まあ、確かに速いけど……。でも、さっきのアイツの濁し方。たぶんこの技、けっこうなデメリットがあると見た。――それに)
うん。
僕なら――ううん、レヴィの力なら。
「アハハハハッ! 目で追うこともできてないじゃない! さすがにこれはあんたでも攻略できないみたいだね!?」
「うん、確かにすごく速い。僕じゃあ、影が一瞬で横切った、くらしか認識できないよ」
「だろうねえ! それじゃああんたは、今から一方的に殴られ続けることになるけど! その余裕がいつまでもつのか見ものだよ!」
(ビュンビュン飛び回るしか脳のない鳥頭が生意気に)
まあまあ。
でも実際、魔人ってすごいんだね。人類を滅ぼすほどの力だってくらいしか聞いてなかったけど、確かに一人で戦場を制圧できるんだもん。
この翼の魔人も。
――それに、レヴィも。
「それじゃ、さんざんビビらせてやったし!? これから本番! 目にもの見せてやる……ッ!」
そう言って、縦横無尽に飛び回る翼の魔人。
僕はその様子を眺めながら、さっき精錬した魔力を体に回す。
具体的には、目と、右腕へ。
発動する魔術は――。
「ああ、澄ましたあんたを鳴かせられるって思ったら、ちょっと興奮してきたよ! そんじゃ喰らいな、アタイの最速をぉ――!!」
基本に忠実。まずはそれだけでいいっていうのがレヴィの教えだよね。
だから。
「――【金剛強化】」
自然界ではあり得ない、高純度の魔力で【強化】を発動すれば。それはもう、肉体に金剛の強度を与えるに等しい。
それに、単に肉体に強度を上げる以上に、魔術的な――格のようなものだって上げられるという。
そんな力を目に使えば、目に見えないものが見えるようになったり。動体視力が神がかったり……。
「そらぁ! 潰れなァ――――――ぁ、あ……? え?」
「よぉく見えたよ。君の動き」
左腕で、飛び蹴りをかましてきた翼の魔人の足を掴む。
「ふふ、さっきも同じような一幕があったよね。その時は風の魔術で逃げられちゃったっけ。でも、今度は――」
逃げられる前に。力の詰まった右腕をコンパクトに振りかぶって。
「……ッや、やめて――」
そして。
「――ダメ。お仕置きね」
振り抜いた拳は、空気との摩擦で一瞬にして赤熱し。
一切の躊躇いなく、魔人の腹に突き込まれて――。