王都を包む鐘の音が、灰色の空に沈んでいった。
勇者王ブレイブ・セルヴァンテス・ブレイディアの葬儀は、王城の礼拝堂で厳かに行われている。
玉座の前に棺が据えられ、聖剣がその傍らで淡い光を放つ。
聖女マリアは祈りの言葉を繰り返し、列席する貴族たちは息を潜めていた。
マリア・アウグスト・ブレイディアは祭壇の前で跪き、胸に十字を切った。
「あなたは神に選ばれし勇者でした。
けれどわたくしは知っています。あなたは、ただ人としてこの国を愛していた。
どうか安らかに――我らが王、我が夫よ。」
祈りの声が堂内に広がり、光が静かに棺を包む。
聖職者たちは彼女の言葉を継ぐように低く詠唱を始め、
鐘が一度だけ鳴らされた――王を天に送る合図だった。
次男ブライアン・ヴェンタリス・ブレイディアは王衣をまとい、父の遺骸に深く頭を垂れた。
「父上……あなたは戦いの時代を終わらせ、この国に風を残されました。
私はその風を継ぎ、誰もが息できる国を築いてみせます。」
彼の声は揺るがず、だが指先はわずかに震えていた。
腰には片刃の剣――ローエンの鍛えた「風呼びの剣」が下がっている。
聖剣継承の儀を促されても、彼は静かに首を振った。
「聖剣は継がぬ。父の戦いは、父の剣で終わった。
ならば私は、自らの剣で国を守る。」
その言葉に神官たちは戸惑い、マリアは顔を伏せた。
だがブライアンは、誰の目も気にせずに壇上を降りる。
礼拝堂の奥、列席者の輪から離れた場所。
ローエンと一人の少年――アルトリウスが立っていた。
「兄上、久しいな……」
ブライアンは微笑んだ。
「相変わらずローエン殿に似て美しい。まるでどこぞの姫君のようだ。」
「ブライアン……私はこの顔を気にしています。
あまり茶化さないでください、父上の前ですよ。」
アルトリウスが苦笑すると、ブライアンは小さく笑みを返した。
彼は片膝をつき、恭しく兄の手を取る。
「失礼を。しかし兄上、これほど美しい手を見て黙していられましょうか。」
まだ少年のような兄の掌は柔らかく、それでいて、剣を握る者の硬さを秘めていた。
ローエンは二人を見守りながら、静かに言った。
「ブライアン、アタシとアリスは南へ行くよ。
灼けた砂に囲まれた魔の国が今どうなってるか、確かめなきゃなんないんだ。」
その言葉に、聖壇の方からかすかな声がした。
「ローエン姉さま……」
マリアだった。祈りの姿勢のまま、震える声で続ける。
「わたくし……あのときはごめんなさい。どうか、許して。」
ローエンはしばし彼女を見つめ、ゆるやかに微笑んだ。
「マリア……お前は、アイツを愛してたんだろ。
それだけで、もう十分さ。」
短い沈黙のあと、彼女は視線を棺へ戻す。
「マリアの祈りが、アイツに届きますように……なんてな。」
ブライアンはその光景を静かに見つめていた。
やがて、低く息をつくように呟く。
「……ローエン殿。父上も、きっと安らげるでしょう。」
その瞳には怒りも悲しみもなく、ただ深い理解だけがあった。
「父が守った平和を、誰かが見届けねばならぬのですな。」
アルトリウスはうなずき、自らの剣の柄を握る。
聖剣ではない、自らの鍛えた白銀の刃。
「僕も行きます。父上の残したものを、きちんとこの目で見たい。」
ブライアンは少し笑い、弟の肩を叩いた。
「兄上、道は険しい。けれど……どうかご無事で。」
「君もだよ、ブライアン。お互い、頑張ろうね。」
棺の上に置かれた花弁が、風呼びの剣の力に誘われて舞い上がった。
白い光が天井の高窓から差し込み、三人の影をひとつに結ぶ。
ローエンはその光の中で、小さく呟いた。
「あんたの子供たちは、しっかり強く育ってるよ。……なあ、相棒。」
そして彼女は振り返らずに歩き出す。
その背に、ブライアンの声が届いた。
「義母上、あなたもどうか……どうか生きていてくだされ。」
(こんな時に泣けりゃ、もっと楽だったろうに。
アタシはどうしようもなく、意地が悪い。)
礼拝堂の扉が閉じ、外では新たな風が吹いた。
勇者王の時代は終わり、次なる物語が始まろうとしていた。
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