ブレイブアフター   作:わしのシアン

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気になると加筆修正、悪い癖です……


第2話 魔女、遺骸に誓う

 王都を包む鐘の音が、灰色の空に沈んでいった。

 勇者王ブレイブ・セルヴァンテス・ブレイディアの葬儀は、王城の礼拝堂で厳かに行われている。

 玉座の前に棺が据えられ、聖剣がその傍らで淡い光を放つ。

 聖女マリアは祈りの言葉を繰り返し、列席する貴族たちは息を潜めていた。

 

 マリア・アウグスト・ブレイディアは祭壇の前で跪き、胸に十字を切った。

 「あなたは神に選ばれし勇者でした。

  けれどわたくしは知っています。あなたは、ただ人としてこの国を愛していた。

  どうか安らかに――我らが王、我が夫よ。」

 祈りの声が堂内に広がり、光が静かに棺を包む。

 聖職者たちは彼女の言葉を継ぐように低く詠唱を始め、

 鐘が一度だけ鳴らされた――王を天に送る合図だった。

 

 次男ブライアン・ヴェンタリス・ブレイディアは王衣をまとい、父の遺骸に深く頭を垂れた。

 「父上……あなたは戦いの時代を終わらせ、この国に風を残されました。

  私はその風を継ぎ、誰もが息できる国を築いてみせます。」

 彼の声は揺るがず、だが指先はわずかに震えていた。

 腰には片刃の剣――ローエンの鍛えた「風呼びの剣」が下がっている。

 聖剣継承の儀を促されても、彼は静かに首を振った。

 「聖剣は継がぬ。父の戦いは、父の剣で終わった。

  ならば私は、自らの剣で国を守る。」

 

 その言葉に神官たちは戸惑い、マリアは顔を伏せた。

 だがブライアンは、誰の目も気にせずに壇上を降りる。

 礼拝堂の奥、列席者の輪から離れた場所。

 ローエンと一人の少年――アルトリウスが立っていた。

 

 「兄上、久しいな……」

 ブライアンは微笑んだ。

 「相変わらずローエン殿に似て美しい。まるでどこぞの姫君のようだ。」

 

 「ブライアン……私はこの顔を気にしています。

  あまり茶化さないでください、父上の前ですよ。」

 アルトリウスが苦笑すると、ブライアンは小さく笑みを返した。

 彼は片膝をつき、恭しく兄の手を取る。

 「失礼を。しかし兄上、これほど美しい手を見て黙していられましょうか。」

 まだ少年のような兄の掌は柔らかく、それでいて、剣を握る者の硬さを秘めていた。

 

 ローエンは二人を見守りながら、静かに言った。

 「ブライアン、アタシとアリスは南へ行くよ。

 灼けた砂に囲まれた魔の国が今どうなってるか、確かめなきゃなんないんだ。」

 

 その言葉に、聖壇の方からかすかな声がした。

 「ローエン姉さま……」

 マリアだった。祈りの姿勢のまま、震える声で続ける。

 「わたくし……あのときはごめんなさい。どうか、許して。」

 

 ローエンはしばし彼女を見つめ、ゆるやかに微笑んだ。

「マリア……お前は、アイツを愛してたんだろ。

 それだけで、もう十分さ。」

 短い沈黙のあと、彼女は視線を棺へ戻す。

 「マリアの祈りが、アイツに届きますように……なんてな。」

 

 ブライアンはその光景を静かに見つめていた。

 やがて、低く息をつくように呟く。

 「……ローエン殿。父上も、きっと安らげるでしょう。」

 その瞳には怒りも悲しみもなく、ただ深い理解だけがあった。

 「父が守った平和を、誰かが見届けねばならぬのですな。」

 

 アルトリウスはうなずき、自らの剣の柄を握る。

 聖剣ではない、自らの鍛えた白銀の刃。

 「僕も行きます。父上の残したものを、きちんとこの目で見たい。」

 

 ブライアンは少し笑い、弟の肩を叩いた。

 「兄上、道は険しい。けれど……どうかご無事で。」

 「君もだよ、ブライアン。お互い、頑張ろうね。」

 

 棺の上に置かれた花弁が、風呼びの剣の力に誘われて舞い上がった。

 白い光が天井の高窓から差し込み、三人の影をひとつに結ぶ。

 ローエンはその光の中で、小さく呟いた。

 

「あんたの子供たちは、しっかり強く育ってるよ。……なあ、相棒。」

 

 そして彼女は振り返らずに歩き出す。

 その背に、ブライアンの声が届いた。

「義母上、あなたもどうか……どうか生きていてくだされ。」

 

(こんな時に泣けりゃ、もっと楽だったろうに。

 アタシはどうしようもなく、意地が悪い。)

 

 礼拝堂の扉が閉じ、外では新たな風が吹いた。

 勇者王の時代は終わり、次なる物語が始まろうとしていた。




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